#16 はやく言っちゃいなさいよっ! こ、告白なんて



週末のよく晴れた日の朝。

春高さまに散歩に誘われた。

散歩なのにバスに乗って五分ほど進んだ場所で、国立天文台のパラボラアンテナがいくつも置かれた公園みたい。

アンテナって言ってもチャチな小さいやつじゃなくて、衛星アンテナで規格外に大きい。



広い敷地にいくつもの桜が根ざしていて、今日、満開を迎えるって。



なんだろう。こんなところに連れ出したのにはきっと理由があるはず。



はっ!



もしかして……もしかして……こ、告白ッ!?

どうしよ〜〜〜〜心の準備ができていないよっ!!

気が利かなくてごめんなさい。

もう少しえる格好をしてくればよかったなぁ。

ダメダメ。悟られないように素でいなくちゃ。



「気持ちいいね〜〜〜」

「だろ」

「でも、ど、ど、どうしてわたしを連れて……きたの?」

「桜見たくないのか?」

「あ。もしかして、わたしに見せるため?」

「ってばーーーーかッ!! 桜を見る目的で誘い出し、家族のいないこの場所でお前にとくとどれくらいオタクなのかを聞き出してやろうという魂胆だッ!!」



ああ、すごく悪そうな顔している。



まずは、その目。

森で怪我した小動物系モンスターの幼獣を回復魔法で助けると思いきや、油断させてトドメを刺す、ドロドロに腐った根性が身体に染み付いた冒険者のような双眸をしているわ。


そして、その口。

口の端を吊り上げて喉奥から引きるような、ヒヒヒッ! っていう声を漏らして、若干引き気味のわたしを更に陥れてやろうというドス黒い性根にその笑みが染まっているみたい。


極め付きはその態度。

仰々しくかぶりを振ってオーバーアクション気味に両手のひらを空に向けて、まるで道に迷った幼子を足蹴あしげにして踏みつけた後、奴隷市場に売り飛ばそうとするクズ商人のような悪態をついている。



って、完全に悪人じゃん。

今日に限って脳内変換が効かないなんて。どうしたの秋乃ッ!?

春高さまは照れ隠しをしているに違いない。

実際、動揺を隠しきれていないもの。



「オ、オタクじゃないわよ? あのラノベは……そ、そう春高に借りるまでもなく、自分で買っちゃったほうが早いかなーって思っただけ。けなされるいわれなんてないわ」

「ほぉ。じゃあ、その他の文庫本は? コミックまで揃えているじゃねえか。それに同人誌まであったぞ? これのどこが『オタクじゃないわ』だよッ!!」

「いいじゃない……別に」

「キモいって散々言ってくれたよな……なあ、同士よ」

「一緒にしないでくれる?」



朝日がキラキラしていて、満開の桜の花びらから漏れた光がすっごくキレイ。

朝露がレンズみたいに膨らんで、目を凝らして観察してみると「なあ秋乃」と後ろから春高さまが声を掛けてきた。

ついに、ついに告白のときなのッ!?



「なに?」

「お前は素でいけよ。ソロデビューしてもあんまりキャラ作るな」

「え?」

「俺は……オ、オタクでもいいと思うぞ」

「……なにそれ。今まで散々けなしておいて」

「コスプレするくらいの気概を持てって言ってるんだよ」

「それ……ミスったら痛い子じゃん」

「すでに痛い子だから安心しろ」



それは喜んでいいのか、怒る反応を見せたほうがいいのか。

痛い子なのは身を持って知っているけど、春高さまに言われてもなぜか何の感情も起きない。いや、毒舌に慣れつつあってマズイかな、とは思う。



「本気で言ってる?」

「ああ。お前と一緒に過ごして思ったんだけど、なんでオータマのようなキャラを演じてるんだ? お前、素のほうが絶対にいいのに」

「それって、もしかして遠回しに褒めてる?」

「褒めてねえよ。こうやってお前を陥れて失敗して帰ってもらう作戦だ」

「はいはい。どうせ花月雪に負けて地に落ちますよ」



穏やかで温かくて。春爛漫を絵に描いたような光景に思わず息を呑んだ。それに隣には春高さまがいて、あの頃と変わらずの悪態をついているし。けれど、どこか頼もしげにわたしのことを考えてくれているし。

これは告白のフラグよね?

素がいいなんて。絶対に好感度アップしてるのよねっ!?



「わたしが素で臨んだら、つまらないキャラってことで一蹴されちゃうような気がするんだけど?」

「そうじゃなくて、オータマのキャラを捨てないと、いつまでも花月雪をイジメていた邪悪な女のイメージが払拭できないって言ってんの。むしろお笑いに走るくらいじゃないとなかなか難しいんじゃないかって」

「なるほど」



思わず納得してしまったけど、でも勝負はMVの再生回数であってトークをしたり、ゲーム実況をしたりするわけではないよ?

だったらキャラなんてあまり関係ないんじゃないかな?



「お前……歌とダンスがあれば再生回数稼げるなんて思っていないか?」

「違うの?」

「それで花月雪かげつゆきに勝とうなんて甘いぞ? 花月雪はお前と匹敵するほど歌がエモくてダンスもそこそこ上手い。とにかく、お前は等身大の女子高生っていうのが売りで、同じ世代を引き込むことができれば勝つのも夢じゃないはず」

「ターゲットを一〇代に限定しろってこと?」

「ああ。すべての世代に受け入れるなんて世界的なスターでもない限り無理だ。だから一〇代の同世代を引き込み、かつその話題性で二〇代三〇代の世代の興味を引く。そのためには歌だけではなく、ニューチューバーとして別の側面を見せる必要があると思う。だから、オタク活動だ!」

「えっと、つまり?」

「ギャップだ。花月雪にはそれがない。花月雪はプライベートの動画も配信しているが歌って踊る彼女の姿と大した変わりがない。そう、こんな朗らかな春の日が年中続いているみたいな感じなんだ」



周りを見渡すと、どこもかしこも春めいている。草木が芽吹き、暖かい光が降り注ぐ癒やしの季節。花月雪が、こんな日のようだって言いたいの?



「キャラ的に、オータマは限りなく凍える冬だ。もう寂しさと侘しさしかない。楽曲が良くてもダンスが上手くても、人間的なキャラで言えば花月雪のほうを観たいと思う人間のほうが多いと思う。実際、ユニットを組んでいたときも花月雪のほうが、好感度が高かっただろ?」

「……うん」

「だからキャラチェンジしないと、いくら歌とダンスがうまくてもあいつには勝てない」



すごい説得力がある。でも、正直どうしたらいいのか分からない。春高さまの言いたいことはよく分かるけれど、今の自分に何が出来るのか。どう道を進めばいいんだろう?



「誰もが恋をしたいって思えるキャラ。愛されキャラにチェンジして、MVでは凍るような歌声と今までにないキレッキレのダンスをしてみたらいいんじゃないかって。ただ、それが言いたかっただけだ」

「やっぱり……春高はわたしに助言したくてここに連れてきたんだよね?」

「今のは余談だ。ここからが本題」



や、やっぱり〜〜〜〜〜!!

ほら、はやく『秋乃、お前が好きだ。好きすぎて夜も眠れないんだっ!!』って言いなさいよ。言ってしまいなさいよ。はやく言って楽になっちゃいなさいよぉぉぉぉ(発狂)。



「え、えぇ。聞こうかしら」

「お、俺に……」

「うん……」



俺……に? 



に?




「俺に……」




額ににじむ汗と気まずそうな顔つき。

愛の告白に使うエネルギーがどれほどのものか、わたしには経験がないから分からないけれど。春高さま、がんばって! あと一言発せれば、わたしは『はい、喜んで』って返すからねっ! 一緒に永遠の愛を育みましょう!!

さあ、その大きな愛を受け止めてあげるからっ!!




「俺に……お前のラノベとコミックを貸してくれっ!! 頼むっ!!」



……は? え?



「はい、よ、喜んで……」



あれ、なんか思っていたのと違う……。



「ほんとかっ!! 本当にいいんだな!?」

「……う、うん」

「いやぁ。金がなくて買えなかったんだ。僅かなバイト代では一冊一三〇〇円近くするラノベを買うには勇気がいるし、それで駄作だったら目も当てられないし、コミックに関しては、小説に比べてあっという間に読んでしまうから時間的価値で言えばコミックは割高だと損得勘定が働いてしまって買わずじまいだし。こんなこと格好悪くて家の中では言えない。二人きりのときに言えばいいって思ったけれど、タイミングを失って言えなかった。だから今日は思い切ってシチュエーションを作ってみたんだ。ほら、恋愛小説の告白のシーンみたいにさ。これならもう言わないといけないっていう状況だろ」



そして、なぜか饒舌じょうぜつに話すとか。

そんなにプライドを賭けて言わなきゃいけないこと?

普通に「あれ貸してくれる?」って言えばいいでしょうに。

顔はいいのに(脳内変換できた♡)、性格は本当に残念……。



「いやぁ。持つべきものはオタクの友だなぁ」

「は、ははは」

「……どうした? なにか嫌なことでもあったか? よし、そういうときは帰ってAPEXでもしようぜ」

「……ははははは」



せっかく絶好のシチュエーションなのに。

なんで告ってくれないのよぉぉぉぉぉッ!!


ばかぁ!!





って……逆にわたしが告っても望み薄か……切なし……。



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