#14 わたし……退学します。
俺は
と、ずっと思っていた。けれど、少しだけ……いや、かなり揺らいでいる。
その理由は、
秋乃は……人を攻撃するような人格には到底思えないからだ。
最近の……クラスでの会話を見てもダンススクールでの、みんなとの会話を見てもそれは明らかだ。
夏音ですら『秋乃はおそらく濡れ衣を着せられている』と分析するくらいだからな。
それはそうとて、今夜の夕飯の席には珍しく父さんと母さん、それに
マジでそういうの止めてくれねえかな。こっちまで暗くなる。
「はい、それじゃあ、家族会議を始めます。司会は私、飛鳥が務めます。まず、今日の議題は秋乃ちゃんから。どうぞ」
「……すごく言いにくいのですが……わたし……退学することになりました」
「……は?」
唐突に何言ってやがるコイツ。陰でタバコでも吸っていたとか。万引でもしたとか。或いは、ま、まさか。ふ、不健全性的行為をしたとか……?
「ええっと……秋乃ちゃん? 何があったの? 充希先生に教えてくれない?」
「……お金がないとか?」
「春夜くんは黙っていてくれるかな?」
「シュンは黙っていて」
「怖い……」
典型的な女尊男卑なパワーバランスに屈するな。父親よ。気持ちは分かる。すごく分かるけど今のは父さんが悪い。お金がないって。秋乃はあのオータマだぞ。
どんだけ稼いでいると思っているんだ。
「お金がありません……」
「「「…………」」」
的はずれな意見だと思いきや、図星を突いていたとはさすが父親。威厳を保ったな。って。
は?
待て。金が無いとは?
「お金を管理しているはずの父に……すべて使い込まれてしまいました」
「ええっと……学費が払えずに退学?」
「充希先生……ごめんなさい。せっかくお世話になっていたのに」
「い、いいのよ。でもなんとかなりそうじゃない? ねえ、春夜くん?」
「ああ、うん。それくらいなら」
「ダメよ」
飛鳥さんがピシャリと言い放った……。しかも真顔で。まっすぐ秋乃を見据えて。
いや、それ以前にどんな父親なんだよ。
普通、娘の稼いだ金を使い込むか?
頭おかしいだろ。とはいえ、色々な種類の人間がいることも確か。秋乃の父親は娘の幸せも
「飛鳥さん、そんなに厳しくしなくても……」
「姉さんの意図はなんなんだよ。別にいいんじゃないの?」
「それでは、この子のためにならない。今後、誰にも頼ることなく生きていくなら、これくらい自分でどうにかできなくちゃ。まして、もう高校生でしょ。それくらい自分で考えなさい」
「……はい。ごめんなさい社長」
「……姉さん? 高校生に浴びせる言葉じゃないよ?」
ん……社長って言ったか?
確かに社長だろうけど、なんで秋乃が社長なんて呼ぶんだ?
何をそんな
「秋乃ちゃんのお父様を悪く言うつもりはないけれどね。いつかはこうなるんじゃないかって思っていたの。さて、秋乃ちゃんどうする?」
「退学して……」
「退学して何をするつもり? 天野がいないあなたに何が出来る? またニューチューブで稼ぐ? その機材は? スマホでいいと思ってる? じゃあ、スマホの通信費は誰が払う?」
「……うっ」
「飛鳥さん……ちょっと言い過ぎでは?」
「充希ちゃん。私がこの子を連れてきた理由分かる?」
母さんはかぶりを振って沈黙を貫いた。飛鳥さんの口調は確かにきついけど、正論すぎて反論が思いつかない。別に俺が秋乃を助ける義理はないけどこのまま退学っていうのはちょっといただけない気がする。
高校卒業がすべてではないにしても、勉強がすべてではないにしても。
思い出くらいは……胸に一つくらい秘めていてもいいんじゃないかな。
それを作るには……いかんせん学校生活が短すぎる気がする。
「私はね、秋乃ちゃんに期待しているの。分かるでしょ? あの歌声とダンスは逸材なの。でもね。それだけでやっていけるなんて思ったら大間違い。それはシュンや充希ちゃんがよく知っているわよね? 人間には嫉妬なんていう厄介な感情があるから。必ず足を引っ張られて引きずり降ろされて、精神をズタズタにされて。それでもやっていける力が今の秋乃ちゃんにあると思う?」
「……いえ」
「秋乃ちゃんはどう?」
「……わかりません」
「さて、秋乃ちゃん、お金がないときはどうする?」
「……稼ぐ?」
「そう。無いものは生み出すしかない。じゃあ、どうやって稼ごう? 学業をしながら稼ぐには相当な努力が必要だけど、今の貴女には武器がある。ヒントはここまで。あとは自分で考えてみて。ニューチューブで炎上商法なんて馬鹿な考えは論外ね。以上」
飛鳥さんはそれ以降何も話さずに、ひたすらチンジャオロースをつついた。
母さんも父さんも秋乃を心配そうに見るだけで助言も何もしなかった。沈黙したまま料理を平らげる俺たちに対して、秋乃の食欲はゼロ。一口だけ食べて「ごちそうさまでした」と言って離れに戻っていく。
「シケてんな。あいつ。悩みすぎだろ」
「お前ならどうする?」
「退学して引きこもる」
「……お前なぁ。僕は情けないよ」
「春くんは本音を言わないもの」
「春ちゃん……行ってあげて」
「……俺が? 俺そういうの分かんないけど?」
「いいの。それ食べたら行って。お願い」
飛鳥さんの頼みだから仕方ないけど。
離れは……真っ暗だった。あいつ失踪とかしていないよな?
引き戸をノックしても反応がないし。こんな時間にどこに行ったんだよ。
しばらくして、ガチャリと音がして引き戸が開いた。
いや、ひでえ顔してる。涙と
俺の胸にもたれ掛かってわんわん泣いた。ギャン泣きってやつ?
俺にどうしろっていうんだよ。飛鳥さんも無責任だよな。俺に解決法なんて見つけられないぞ。
「はるたかぁッ!! わだじ……もうずごじいっじょに……がっごういぎだい」
「……お前な。まだ退学になってねえだろ。明日だって学校じゃねえか」
「……でもぉ」
「可能性があるなら賭けてみろよ」
「何……に?」
「いや、それは知らん。けど、飛鳥さんがああ言うなら。あ、待て。もしかして、お前の言っていた社長って飛鳥さんなのか?」
「うん。そうだけど」
マジかよ。全然知らなかった。家では仕事の話なんてしないから、まさかオータマの事務所のCEOだったとか。良い笑い草だろうよ。これ。
「入って?」
「ああ、うん」
あ。
俺、女の子の部屋に入るのって初めてかもしれん。
やばい。緊張してきた。
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