確認

 コン、コン、コン、コン、…………と、窓が鳴っている。


 ここ数週間、私はこの音に悩まされていた。時間はいつも夜の11時ごろ。1秒に1回ほどのゆっくりしたペースで、アパートの窓からノックのような音がする。


「ああ、うるさいなぁ―――」


 騒がしい動画を延々と流してみたり、耳栓をしてみたり、イヤホンをつけて大音量で音楽を流してみたり。対策は一通り試したが、上手くいったものは無かった。


 音そのものはそんなに大きいわけではない。他の音でかき消してしまえば、簡単に聞こえなくなる。でも3分もすると、どうしても窓の方が気になってくる。そして無意識のうちに、窓の方に耳を傾けてしまうのだ。


 そうなればもう、音楽も耳栓も意味はない。コン、コン、コン、コン。実際に聞こえているのか、あるいは幻聴かはもはや分からない。しかし確かに私にはその音が聞こえる。


 この数週間、私はこの音に取り憑かれていると言うべき状態だった。


 今まで、道路に出て部屋のベランダを外から確認してみたり、スマホを設置して窓の外を撮ってみたりした。音の鳴っている間、ファミレスに避難していたこともある。


 でもダメだった。ベランダには何も居なかったし、カメラには何も映っていない。ファミレスに避難しても、気づけばずっとあの音のことばかり考えて気が晴れない。


 私には一つの根拠のない確信があった。私がカーテンを開けて、窓の外を確認する。そうしなければあの音は消えない。あの音は、そういうものなのだ。


 カーテンの方をじっと見る。引っ越してきたときに買った、明るい緑色のカーテンだ。


 コン、コン、コン、コン。心なしか音が大きくなったような気がする。


 そう、別に何ということもない。現実的に考えれば、雨戸か何かが振動して音が鳴っているとか、きっとその程度のことなのだ。だから確認することには何の問題もない。一思いに開けてしまえばいい。


 立ち上がって数歩だけ歩いて、カーテンに手をかけて、横に引いてしまえばいい。それだけですべて終わる。この数週間それだけのことが出来なかったのは、想像してしまうからだ。


 テンプレートな、例えば長い黒髪の女が、そこにはいるかもしれない。あるいはいつか映画で見た、眼窩から蛆の湧き出た屍体がいるかもしれない。陰気な男が、額を窓に打ち付けているのかもしれない。あるいは、ただ手だけがそこには浮いているのかもしれない。


 馬鹿な話だ。そんなことはありえない。カーテンの方をじっと見る。音はまだ消えない。確認するなら音の消える前にやる必要がある。


 コン、コン、コン、コン。


 まずは立ち上がらねばならない。しかし足は凍り付いたように動かない。目だけはカーテンから離さないまま、いつまでも窓には近づけずにいる。


 コン、コン、コン、コン。


 本当に馬鹿々々しい。ただ自室のカーテンを開けるだけのことだ。しかしそれを、カーテンを開けたときそこに居る何かを想像しただけで、


 コン、コン。


 音が止んだ。


 また今日も、自分は確認できなかった。


 ゆっくりと立ち上がる。あの音さえ止んでみれば、凍り付いたようだった足は容易く動いた。自分の口がカラカラに乾いているのにいまさら気付いた。


 目をカーテンから離して、シャワーを浴びる準備を始める。


「我ながらアホだよなぁ……」


 考えてみれば、カーテンを開けたってそこには窓があるのだ。本当に何かが居たとしても、いきなり何も隔てずにご対面というわけじゃない。自分は安全だ。


 明日こそは開けよう。いい加減うんざりだ。


 窓に背を向け、風呂に向かう。


 部屋の扉に手をかけたとき。


 カチャリと、窓の鍵が開く音がした。

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