第一章・第二話〜事件〜

3学期が始まった1月のある日、その日も5年4組の様子は何ら変わらなかった。朝永が『事件』を起こすまでは。


「おい成瀬!俺らの宿題なんでやってねぇんだよ!?」


朝の会が始まる前、教室に朝永の怒号が響いた。


「使えねえ奴隷には罰が必要なんじゃね?」


高島はニタリと笑いながら朝永に提案すると、成瀬を押さえつけた。振り払おうとする成瀬を大山も一緒になって押さえる。


「成瀬、上野先生が毎日言ってるよなぁ?『仲間との約束は守れ』って。」


成瀬の頭を鷲掴みにしながら、朝永は成瀬の顔を覗き込んだ。そして、


「ほら、ユビキリしようぜ。」


と、成瀬の顔の前に小指を突き出した。それを合図に高島が成瀬の手を無理矢理引っ張り、小指を立てさせた。


「ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたら針千本のーます!指切った!」


成瀬の小指を乱雑に振り回し、朝永はそのまま成瀬の顔面を殴った。その衝撃で成瀬は椅子ごと後ろに倒れた。ガターンという衝撃音にクラス中が静まり返る。これは朝永が成瀬に対して日常的にふるっている暴力の一つ『ユビキリ』だ。体を強く打った成瀬は暫くは起き上がれず倒れ込んでいた。

すると、


「ひでぇ!あ、なぁ宗介。ユビキリっていうからには指カッターで切ってやれよ!」


成瀬の斜め前の席に足を組んで座っている木下が言った。その提案にクラスメイトたちがざわつく。


「え・・・ちょっと、流石に冗談だよね木下。」


「まさか、朝永もそこまでしないでしょ・・・。」


いじめグループに聞かれないようにさりげなく様子を伺う児童たち。しかし、朝永に善意など微塵も無かった。朝永は起き上がろうとする成瀬の右手を強く踏みつけた。


「それいいなぁ柊吾!・・・海、駿也!カッター持ってる?」


朝永がそう言うと大山はまるでアシスタントのように素早くカッターナイフを用意した。逃げようともがく成瀬の背中に高島が馬乗りになる。


「サンキュ。海、こいつの右手押さえてろ。」


カッターナイフの刃を出しながら朝永が大山に命じる。


「ぷはっ!マジでやんのかよ宗介!おもしれぇ〜!」


木下が大声で笑う。他のクラスメイトたちはこの地獄絵図から思わず目を逸らした。


小学校高学年の児童たちには、このいじめグループの行動が犯罪であるということは分かりきっていた。しかし、学校の教室という空間は、彼らにとっては世界の全て。ここで居場所を失えば人生終了も同じだった。

『今から職員室に行って先生を呼んでこようか。』

『帰ったら自分の親にこのことを話そうか。』

そんな考えが一瞬は頭をよぎるが、それらの思考は全て『それでもしいじめの標的が自分に変わったら』という可能性にかき消されてしまう。


ニタリと不気味な笑みを浮かべた朝永は、カッターナイフを持つ手に力を入れた。

じわじわと、成瀬の小指にカッターナイフの刃がめり込んでいく。呻き声を上げる成瀬。その声と苦痛に歪んだ表情を嘲笑うかのように、朝永は再び歌う。


「成瀬!てめぇが約束破るからだぞ!?ほら、ゆーびきーりげーんまーん!」


その様子を見てゲラゲラと笑う3人。その笑い声が、朝永の行動を助長する。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユビキリ 猫屋敷 鏡風 @mikaze_nekoyashiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ