第5話 プロの仕事



「顔だけは強いんだよ、あの事務所。

永華なんて大した実力もないくせに、顔だけで選ばれるんだから得だよな。」


「え?」


「君も可愛いけど、タレント志望?

あんな事務所よりうちに来たいなら、相談に乗るけど。」


「いや、私は……!」


「スマホ貸して。連絡先入れとくから。

……今夜でもどう?」


 さり気なく腰を引き寄せられて驚く。

もしかして私、口説かれてる!?


「こら、麗央!仕事中だろ!?」

「いいじゃん、別に。

マスコミもいないし。」

「だからって、スタッフに手を出すのは…」


マネージャーさんが、すみませんと謝ってくるけど、腰に回された手はそのままだ。


普通なら喜んで、連絡先を交換するかもしれないけど。


「迷惑です、離して下さい。」

「!?」


「私は仕事をしに来てます。業務以外のお話なら失礼します。」


そんなことをする為にここにいるんじゃない。

せっかく永華が紹介してくれた仕事だし、やる以上は責任を持って働きたい。


さっきまで、真剣な眼差しで撮影するモデル達やそれを支える為に一生懸命サポートするチームを見て素敵だなと思ったから。



腰に回された手を、にっこりと笑って振り払った。


断られると思っていなかったのか、きょとんとする麗央さんに背を向けて歩き出す。


「あ、言い忘れましたけど!」


これだけは言わなきゃ、と振り返った。


「顔だって、実力のうちです。

永華だけの特別な才能です!!」


生まれながらに、神様がくれたギフト。

どう使おうが本人の自由だ。


…そのせいで、彼氏を何人も取られたけど。

心のどこかでわかってた。

私よりも永華が魅力的で、私が選ばれなかっただけ。



「ちょっと、待ってよ!ねぇ!」

「な、なんですか!?」


捨て台詞も決まって、出て行こうとした私の手は、なぜか麗央さんに引き止められた。


い、言い過ぎた!?怒られる!?


「気に入ったよ、名前は?」

「りこ、です……けど。」

「莉子ちゃん、このCMが

俺に決まったらデートして?」

「へ!?何でですか!?」

「永華より、実力があればいいんでしょ?

久しぶりにヤル気でたわ!」

「や、別にそういうことじゃ……」


手首を掴まれたまま、オロオロする私に

ニコッと笑いかけた麗央さんは、爽やかなイケメンオーラを放っていて。


……ま、眩しい。溶けそう。


思わず顔を背けた私の後ろから



「うちのスタッフに、何か用?」


「!と、永華!」



とわ、だよ、ね?



そっと、私の肩に手をかけて

引き寄せる。



真っ赤なティントが映える

白雪みたいな肌は無垢なのに


少しつりぎみのキャットラインを引いた

目元は、妖艶で。


フルメイクをした永華は

実際に目の前にすると、息が止まるくらいに

綺麗。



男とか、女とか性別を超えて

永華だけが1つの作品みたいだ。



どくんっ、大きく心臓が跳ねた。




「ただ話してただけですよ。

今日はよろしくお願いします、永華さん。」


両手を上げて、何もしていないと

ジェスチャーする麗央さん。



さり気なく、私の手を握った永華。

撮影していたのかいつもより少し冷たい指先。



「よろしく、って何が?」


「だから…今日の撮影ですよ。

俺もこのCM本気で狙ってるんで。」



ね?莉子ちゃん!と

目配せする麗央さんに、何と答えればいいのか。


ウロウロと視線を泳がせると





ふっ、と笑った永華が

瑞々しい薔薇のような唇で




「知らないの?このCM、今の撮影で

僕に決まったけど。」


「は!?」



当然のように言い放った。




ポカンとする、麗央さんと

騒つく周りのモデル達のことなんて



気にも留めていないように

にこっと天使みたいに微笑んで



「じゃ、お疲れ様でしたー!」



礼儀正しく頭を下げたのは

一瞬で






「顔だけの僕に仕事取られるなんて

……大したことないね。」




ボソッと呟いた永華の目は

全く笑っていなかった。




「永華、仕事決まったって……?」



小声で話しかけると

こっちを見下ろした永華は



どこか、不機嫌そうに

眉を寄せると




「話がある。……おいで、莉子。」


「え、なにっ!?」




騒つく楽屋から

強引に私の手を引いて歩き出した。







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小悪魔と私の危険なルームシェア 琴羽 @2541

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