りんご

りんご

フーちゃんは冬になると、必ず風邪を引いてしまいます。

12月の初め頃に鼻がグジュグジュし出して、中旬に体がだるくなり、クリスマスから年末にかけて寝込んでしまうのです。どんなに手洗いうがいを頑張っても、着膨れしてぽんぽこぽんになっても、どうしても風邪を引いてしまうのです。

だからクリスマスイブの夜には、いつもご馳走が食べれませんでした。

その代わり、お母さんがいつも枕元までそっと持ってきてくれる物がありました。

それはフーちゃんとお母さんの間では「りんごのあったか」と呼ばれていました。

すりおろしたりんごを鍋でコトコト温めてお砂糖を入れた、ホットドリンクです。

だけど小さい頃のフーちゃんは、「りんごのあったか」にあまり興味がありませんでした。

クリスマスイブの美味しいご飯が食べられなかった時に出される、残念な飲み物だったからです。

フーちゃんはそれから少し大きくなって、小学校最後のクリスマスを迎えようとしていました。

でもまた12月中旬になって、体がだるくて鼻もジュルジュルしていました。

でもフーちゃんは懸命に「変わらないよ、元気だよ」と言って、何でもない顔をしていました。「小学生じゃなくなると、サンタさんは来なくなるんだよ」とお父さんに聞かされていたので、頑張って元気にクリスマスイブを迎えて、夜更かしして、サンタさんに直接会ってお話がしたかったからです。

手洗いうがいをいつもよりしっかり毎日やりました。ちゃんと早く寝て、靴下もモコモコのやつを履いて、マフラーも手袋もしっかりつけて、ご飯もモリモリ食べていました。

だけどやっぱりしんどくて、ついにお母さんが熱を測ると、38度を超えていました。

またフーちゃんは、風邪に勝つことができませんでした。

美味しいクッキーも焼いたのに。クリスマスツリーだって可愛く飾り付けできたのに。

お医者さんからの帰り、お母さんが運転する車の中で、フーちゃんはシクシク泣きました。

「帰ったら、りんごのあったか、作ってあげようか?」お母さんが静かにフーちゃんに聞きました。

フーちゃんは黙って、こくりと頷きました。

帰ってすぐにパジャマに着替えて、フーちゃんはベッドに潜り込みました。

それから温かくて甘いいい匂いがして、フーちゃんは目が覚めました。

どうやら一眠りしてしまっていたようです。

「りんごのあったか、作ったよ。飲む?」お母さんが言いました。

フーちゃんは上半身を起こしました。

フーちゃん用の花柄のマグカップに入った、黄金色のトロトロしたりんごのあったか。ふーふーして、一口飲むと、体がポカポカしました。

「知ってた?フーちゃん。これにはね、生姜とシナモンが入ってるんだよ。だから体がポカポカになるでしょ?」お母さんが笑って言いました。

「お母さんの隠し味。フーちゃんが大きくなったから、教えてあげたよ」お母さんはフーちゃんの頭を優しく撫でました。

フーちゃんはまた一口飲みました。

飲み込んだりんごのあったかが、お腹の中でじわぁ〜と染み渡っていくのを感じました。ほんとだ、生姜とシナモン、いる。とフーちゃんは思って、風邪を引くのも悪くないかもしれないと、初めて思いました。

それから数年経って、フーちゃんはすっかり大きくなりました。

今じゃ二十歳を超えたお姉さんです。周りの友達にももう「フーちゃん」じゃなくて「楓花」と呼ばれています。12月になって風邪を引くこともすっかりなくなりました。

ある日、お母さんからLINEが来ました。

なんとお母さんが風邪を引いて寝込んでしまったそうなのです。

フーちゃんは一人暮らしをしていますが、久しぶりに実家に帰りました。

「おかえり」冷えピタをおでこに貼って横になるお母さんが、ベッドからガラガラの声で言いました。

「あぁあぁ、ちゃんと病人じゃん」フーちゃんはマスクをしたままお母さんを覗き込みました。

「熱は?」

「さっき測ったら38度だった」

「ちゃんとあるねぇ、薬は?」

「買ってあった市販のやつ飲んだ」

「ご飯は?」

「食べてない。ポカリ飲んだだけ」フーちゃんはテキパキお母さんから聞くと、早速台所に向かいました。

1人用のお鍋でお粥を炊いて、サクサクねぎを切りました。冷蔵庫に豚肉が残ってるから、お父さんと自分は生姜焼きでもしようかな。

お盆に乗せて寝室まで運ぶと、お母さんは嬉しそうに、赤く火照った頬をぷくっとさせて、お粥を食べてくれました。

お父さんと久しぶりに2人で食べる夕食も、なんだか特別で美味しいものでした。

全て食べ終わり、全員分の洗い物を片付けた後、フーちゃんはまたお母さんの寝室を覗きました。

「何か欲しいものある?」フーちゃんはそっと聞きました。

「なんか甘いの、飲みたいかも」とお母さんが小さく言いました。

フーちゃんはそれでいいことを思いつきました。

「いいよ、待ってて」

野菜室からりんごを取り出して、スリスリしました。生姜焼きで使った生姜の残りも、一緒に擦りおろしました。それとシナモンを小さなお鍋にかけて、お砂糖を2杯入れて、コトコト言うまで煮ました。

「できたよ」

お母さんは上半身をゆっくり起こしました。「りんごのあったか?」

「今日はもうひと手間」フーちゃんはにっこり言いました。

お母さんは不思議そうに一口啜ると「華やか」と言いました。

「ホットワインにしたの。アルコールは飛ばしてあるから大丈夫」

鍋にりんごのあったかができたら、そこに赤ワインを入れて混ぜたのです。フーちゃんも一緒に飲みました。ワインのいい香りと、リンゴの甘味と、生姜とシナモンが、口の中いっぱいに広がって、思わず、ふぅ、とひと息ついてしまう美味しさでした。お母さんはゆっくり味わって、全部飲んでくれました。

「美味しくって元気が出たよ、ありがとう」

次の日、お母さんは本当に元気になりました。まだ体のだるさは残っていましたが、熱は平熱まで下がっていたのです。フーちゃんはそれでホッと胸を撫で下ろしました。

「ハ、ハ、ハクションッッ!」

あれれ?今度はフーちゃんの鼻が風邪気味です。

「あちゃぁ〜、久しぶりにやっちゃったかな」とフーちゃんは思いました。

でもいいかな、そしたらまた作ってもらお。

大好きなりんごのあったかを。

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りんご @htki100me

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