#10(終) ありがとう

 部屋に飾られている花が、ビオラから水仙になった。窓からは暖かい日差しが差し込み、鼎の現れた寒い晩はずいぶん前のことになった。

 鼎は楽しそうにみい太と猫じゃらしで遊んでいる。みい太はスクスクとでっかくなり、もう子猫という感じはしなくなってきた。まだまだ動きがちょこまかするので長時間目を離すときはケージにいれているが、もう一〜二カ月もしたらケージなしでいいかもしれない。

 鼎は最近かわいい春物のワンピースを手に入れてご機嫌である。楽しそうな人、嬉しそうな人を見るのは精神安定にとてもいい。


 そして最近、あることに気づいた。

 僕の職場は、ブラックでもなんでもない、ふつうの会社だったのだ。

 僕は仕事を他人にうまく回せなくて、一人で大量の仕事を抱え込んだ結果、ブラック労働になっていただけだったのだ。ばかばかしい結論だが、これで少し気分が楽になった。要するに、遠慮なく仲間に頼れるようになったのである。

 業務内容としては個人を相手に資産運用なんかのプランニングをする仕事なので、基本的に他人のお金を扱っている。それで、僕は自分ひとりで完璧に回そうとして、あんなことになっていた。


 僕は人に頼ることを知ったのだ。それはひとえに鼎のおかげだ。鼎が毎日、弁当や食事を作ってくれて、僕に自分を大事にするということを教えてくれた。

 まゆと暮らしていたころ、僕は孤独だった。まゆは僕が忙しくなるにつれて、僕に対して冷たくなっていった。

 まあ人間とお人形さんを比較するのもおかしいが、鼎は僕が仕事で遅くなっても怒らないし、僕を好きだと言ってくれる。


 だから、なにかお礼がしたい。

 というわけで、日曜日。僕は、二人でのんびり外でお茶を飲もう、と言って、鼎をデートに誘った。前もってお店は決めてある。イチゴフェアをやっている、ちょっと豪華なフルーツパーラーだ。

 鼎はワンピースの上からジャケットを着たきちんとファッション。僕はそれに違和感のない服装で合わせた。みい太はケージにいれて家を出た。


「フルーツパーラー。初めてで楽しみ」


「いままで外食はフードコートばっかりだったからね……ググったらすごくおいしいって評判だった」


「ぐーぐる。便利だね、そんなことも調べられるんだ」


「鼎だって結構買い物してるでしょ?」


「うん。キクヤのおかげ」


 鼎はかわいいハンドバッグを振り回さんばかりのご機嫌さんで、でも靴がハイヒールなので品よく歩いている。その横を歩きながら、鼎はフルーツパーラーでなにをお願いするのかな、と考える。

 ちょうど、3時前くらいにフルーツパーラーに到着して、店内はなかなか賑わっていたが、予約済みだったので無事に席につくことができた。

 渡されたメニューを見て、鼎は躊躇なくイチゴパフェとコーヒーを注文した。僕はプリンとワイルドストロベリーのフレーバーティーを注文する。鼎はニコニコしていて、テーブルクロスのきれいな刺繍を見たり、店内を眺めたりと忙しい。


「すごーい。超高級」


「そうだね、僕もこういうところは初めてだ」


 そんなふうにワクワクしていると、イチゴパフェとプリン、それからコーヒーとフレーバーティーが運ばれてきた。鼎はワクワクした顔をしながら、その縦長の器をしみじみと眺めて、


「食べていい?」と聞いてきた。


「もちろん。いただきます」


「いただきます」


 鼎はイチゴアイスに刺さったウエハースを、ぱくりむしゃむしゃと元気よく食べた。よくわからない顔でアイスクリームをすくって口に運び、


「おいしー。普通のアイスよりずっとおいしい」


 と、明るく笑って、もう一口食べた。


 僕もプリンをおいしくいただき、おいしいお茶を楽しみ、なかなか幸せなティータイムを過ごした。そのあと、鼎は何故かホームセンターにいきたいと言い出した。こんな素敵なデートでなぜホームセンター? と思っていたら、鼎はワイルドストロベリーの苗を一つ買った。


「キクヤの飲んでたお茶、おいしそうだったから」


「そっか。家で育てたらもっとおいしいかもね」


 僕がそう言うと鼎はすごく嬉しそうな顔をした。僕も嬉しかった。

 鼎は家に帰って、うっかり水やりを忘れて枯れてしまったビオラの鉢を片付け、そこにワイルドストロベリーを植えた。ワイルドストロベリーの苗は白い可憐な花が咲いていて、このままただの花だと思ってもじゅうぶんにかわいい。

 僕は鼎の、楽しそうな横顔を見てニコニコしている。実際楽しい。鼎が、鼎自身の楽しいことをしているのが、なんだかすごく嬉しかった。


「ありがと」


「なに?」


「僕の好きな鼎でいてくれて、本当にありがとう」

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お人形さんと僕 金澤流都 @kanezya

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