「cafe&bar あだん堂」マスター 安壇征四郎は過去を語る。

 この様に、「cafe&barあだん堂」には、様々な客が訪れる。


 安壇征四郎に取って、この店は子供のような存在である。とても大切な存在。安壇征四郎が、この店を始めた理由を聞かれると、昔から接客業がしたかったんです。と答えていたが、本当の理由は逃げたからである。





 安壇征四郎は十代から、歌舞伎町で働くホストだった。十代の頃は、それほど売れなかったが、二十代にもなると老舗のホストクラブでもナンバー入りを果たす程の売れっ子になった。安壇征四郎にとっては、金こそ全てだった。ゲームのハイスコアを更新しているような気分で、毎夜毎夜、色々な女と夜を共にした。


 大抵の女が安壇征四郎の美貌にやられて、何度も店を訪れる。金が足りなくなって、風俗へと身を落とす者も少なくなかった。安壇征四郎は、微量の痛みを心に抱えながらも、それは自己責任だと自分に言い聞かせた。何人もの女の生き血を吸いながら、自分は生きているんだという自覚はあった。


 ある日、客として訪れた唐木からき裕子ゆうこという客との出会いが、安壇征四郎の人生を変える。


 顔は綺麗な方ではあったが、突出して美しいと言う訳でもなかったし、金を持っている訳でもなかった。ただのOLで、給料日に友人達と軽く憂さを晴らしに来る客だった。その女は安壇征四郎にとって、人生で唯一、心を奪われた女だ。


 知性に溢れていて、並大抵の口説き文句では喜ばない女だった。特に外見についての誉め言葉を口にすると、これは親から譲り受けただけの物よ、と苦い顔をした。


 それが安壇征四郎のプライドに火を点けた。なんとしてでも、この女を落としてやる。


 それから、安壇征四郎は様々な本を読み、教養を付けた。初めは呪文でも読んでいる様な気分で、何度も挫けそうになったが、何度も読み返しているうちに、理解できるようになってきた。


 唐木裕子も、段々と知的な話を始めた安壇征四郎に興味を持ったのか、心を開き始めた。


 そんなある日、唐木裕子から私、結婚するのよ、と告げられる。


 最後に店を訪れてくれた唐木裕子に、これが最後だから今日は一緒に居たいといって、アフターに誘った。唐木裕子は笑顔で了承してくれた。ここで、自分の想いを吐き出せなかった事を、安壇征四郎は今でも後悔している。


 その後、抜け殻の様になった安壇征四郎だったが、唐木裕子との出会いで身に着けた知性と教養を武器に売り上げは加速していった。


 安壇征四郎がホストを辞めたのは、太客の一人が自殺した事が切っ掛けだった。彼女には多額の借金があった様だ。その時になって初めて、安壇征四郎は自分の罪を知った。女達の生き血を吸う吸血鬼の様な生活を止めて、昼職に就き、朝から晩まで働いた。


 自分の店を持とう。


 安壇征四郎は今度は誰しもが落ち着ける、誰かの心の支えになれる場所を作ろうと思った。


 そして、県外で「cafe&barあだん堂」をオープンした。


 様々な客が訪れた。様々な従業員が居た。


 Vtuber、高校生アルバイト、受験生、親子の様に見える友人、探偵……


 安壇征四郎が一番、印象に残っているのは、やはり客として訪れた唐木裕子だろう。彼女は結婚して「佐藤」に姓を変えて、あだん堂へとやって来た。偶然だろうか、必然だろうか、それは分からないけれど、彼女と再会出来た事が、安壇征四郎は純粋に嬉しかった。


 唐木……いや、佐藤裕子には娘が居た。名前は由紀。佐藤裕子に瓜二つ。生き写し。そんな佐藤由紀は、何故か安壇征四郎によく懐いた。


 安壇征四郎に子供は居ない。だから、佐藤由紀の事も子供の様に可愛がった。


 それがいけなかったのだろうか。


 いつしか、佐藤由紀から熱烈なアピールを受ける様になって、安壇征四郎はいつも頭を抱えている。今日もあの子は来るだろう。そう予想してドアを眺めていると、勢いよくドアが開いて、佐藤由紀が店内に入ってきた。


「征四郎さん!こんにちは!」

「ああ、由紀ちゃん。こんにちは」

 明るくて、笑顔が素敵で、スタイルも良い。同年代の男達なら絶対に放っておかないタイプだ。なのに佐藤由紀は足繫くあだん堂に通っては、安壇征四郎を口説く。


「征四郎さん、いつになったら、私とデートしてくれますか?」

 今日もいつもの台詞を口にしながら、カウンターでカフェオレを飲み始めた佐藤由紀の相手をしながら、安壇征四郎はやれやれと言った風に天井を見つめた。























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【cafe&bar あだん堂へようこそ】 三角さんかく @misumi_sankaku

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