「cafe&bar あだん堂」マスター 安壇征四郎は悩んでいた。

 都会の片隅。「cafe&bar あだん堂」は、佇むように、そこにあった。マスターは初老の男性、安壇あだん征四郎せいしろう。恐ろしく美しい顔をしており、あだん堂は、昼はcafe、夜はbarの形態で営業している。そこに訪れる客も従業員も中々癖が強く、安壇征四郎は、いつもの様に人間観察にいそしんでいた。


 従業員も数人おり、客の入りも良い。店内にはクラシックやジャズが流れ、カフェで営業している時は明るい照明、バーで経営している時は間接照明で雰囲気を出している。安壇征四郎は自分の店を愛していた。朝から晩まで働いて、資金を貯め、三十代後半になって、ようやく手に入れた自分の城。安壇征四郎に子供は居ない。だからこそ、自分の店は子供の様な存在なのだ。グラスを拭きながら、安壇征四郎は店の中を見渡した。


 今日は来てないな……。ほっ、と安堵の溜息をいて安壇征四郎は、自分のためにコーヒーを入れた。昼の営業は16:00まで。残り30分ほどだ。あの子は今日は来ないだろう。そろそろ外に出してある店の看板を仕舞うか、とコーヒーカップをカウンターに置いて、店のドアに手を掛けた所で、外から声がした。


「征四郎さん!こんにちは!」

 佐藤さとう由紀ゆき。確か、今年、大学に入学したと聞いているので、18歳か。色白で背が高く、モデルみたいな体型をしている。いつも明るく、溌剌はつらつとしていて、恐らく異性からの人気が高い女の子だな、という印象だ。ドアを開けて、渋々、佐藤由紀を中に入れる。


「今日の恰好も素敵ですね」

「あ、ああ。由紀ちゃん、ありがとう」

 安壇征四郎はシンプルな服装を好む。今日は黒いシャツに黒いパンツ。全身、真っ黒で揃えてみた。残念ながら、髪の毛は年齢の所為で白く染まっているけれど。


「ところで征四郎さん、いつになったら、私とデートしてくれますか?」

 その発言に、いつもの様に安壇征四郎は頭を抱えた。







 安壇征四郎は悩んでいた。





 もう年齢も年齢である。本音を言えば、若くてこんなにも可愛らしい女性に惚れられた、と言うのは嬉しい。しかし。しかしだ。あまりにも若すぎる。正直、自分に子供が居れば、このくらいの年齢だろう。食指が動かない。しかも佐藤由紀は客だ。この商売において、客に手を出すのはご法度。店主マスターである自分が、こんな可愛らしい女の子に手を出すなど、あってはならないのだ。


「ははは。いつも冗談が上手いね。でも、おじさんをあまり揶揄からかうものではないよ」

 安壇征四郎は、そそくさと店の看板を店内に仕舞って、カウンターの中へ戻った。店の従業員に目配せして、佐藤由紀の接客を任せようとすると、佐藤由紀はズカズカとカウンター席に座った。


「征四郎さん。いつもの」

「……はい」

 失敗したな。と自分でも思ってる。子供ほど年が離れていて、自分なんか恋愛対象にならないだろうとたかをくくって、彼女の人生相談に乗ったり、たまにドライブに連れていったりしていたのが、まずかった。そもそも、彼女の母親とは旧知の仲だ。友人の娘になど、手が出せるわけがないだろう。


 佐藤由紀がいつも頼む、甘いカフェオレを作って渡した。


「由紀ちゃん、もうそろそろ営業が終わるから、早く飲んで帰ってね」

「酷いです、征四郎さん。学校の補習、必死で終わらせて会いに来たのに」

「そんな必死にならなくてもいいよ」

「なぜですか?」

 佐藤由紀は頬っぺたを膨らませて、拗ねるように言った。


「その……会おうと思えばいつでも会えるじゃないか」

「征四郎さん、朝から晩まで働いてるから、店の外で会ってくれないじゃないですか」

「いや、それはそうだけど」

「昔はお休みを作ってまで、色々な所に連れて行ってくれたのに」

「あー……あの頃は暇だったんだけど、最近はさ……ほら、忙しくて」

「あー、私も夜、来られたらなあ」

「未成年は入店禁止!」

 本当は入店できる。勿論、酒類の提供は出来ないが、入店だけなら可能だ。ソフトドリンクや、ノンアルコールカクテルなどもある。しかし、従業員に協力してもらって、誤った知識を植え付けて、夜は店に来られないようにしていた。


 こんな「cafe&bar あだん堂」には、佐藤由紀の様に癖の強い客や、従業員が揃っている。では、今からその話をしよう。







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