「cafe&bar あだん堂」マスター 安壇征四郎は悩んでいた。
都会の片隅。「cafe&bar あだん堂」は、佇むように、そこにあった。マスターは初老の男性、
従業員も数人おり、客の入りも良い。店内にはクラシックやジャズが流れ、カフェで営業している時は明るい照明、バーで経営している時は間接照明で雰囲気を出している。安壇征四郎は自分の店を愛していた。朝から晩まで働いて、資金を貯め、三十代後半になって、
今日は来てないな……。ほっ、と安堵の溜息を
「征四郎さん!こんにちは!」
「今日の恰好も素敵ですね」
「あ、ああ。由紀ちゃん、ありがとう」
安壇征四郎はシンプルな服装を好む。今日は黒いシャツに黒いパンツ。全身、真っ黒で揃えてみた。残念ながら、髪の毛は年齢の所為で白く染まっているけれど。
「ところで征四郎さん、いつになったら、私とデートしてくれますか?」
その発言に、いつもの様に安壇征四郎は頭を抱えた。
安壇征四郎は悩んでいた。
もう年齢も年齢である。本音を言えば、若くてこんなにも可愛らしい女性に惚れられた、と言うのは嬉しい。しかし。しかしだ。あまりにも若すぎる。正直、自分に子供が居れば、このくらいの年齢だろう。食指が動かない。しかも佐藤由紀は客だ。この商売において、客に手を出すのはご法度。
「ははは。いつも冗談が上手いね。でも、おじさんをあまり
安壇征四郎は、そそくさと店の看板を店内に仕舞って、カウンターの中へ戻った。店の従業員に目配せして、佐藤由紀の接客を任せようとすると、佐藤由紀はズカズカとカウンター席に座った。
「征四郎さん。いつもの」
「……はい」
失敗したな。と自分でも思ってる。子供ほど年が離れていて、自分なんか恋愛対象にならないだろうとたかをくくって、彼女の人生相談に乗ったり、
佐藤由紀がいつも頼む、甘いカフェオレを作って渡した。
「由紀ちゃん、もうそろそろ営業が終わるから、早く飲んで帰ってね」
「酷いです、征四郎さん。学校の補習、必死で終わらせて会いに来たのに」
「そんな必死にならなくてもいいよ」
「なぜですか?」
佐藤由紀は頬っぺたを膨らませて、拗ねるように言った。
「その……会おうと思えばいつでも会えるじゃないか」
「征四郎さん、朝から晩まで働いてるから、店の外で会ってくれないじゃないですか」
「いや、それはそうだけど」
「昔はお休みを作ってまで、色々な所に連れて行ってくれたのに」
「あー……あの頃は暇だったんだけど、最近はさ……ほら、忙しくて」
「あー、私も夜、来られたらなあ」
「未成年は入店禁止!」
本当は入店できる。勿論、酒類の提供は出来ないが、入店だけなら可能だ。ソフトドリンクや、ノンアルコールカクテルなどもある。しかし、従業員に協力してもらって、誤った知識を植え付けて、夜は店に来られないようにしていた。
こんな「cafe&bar あだん堂」には、佐藤由紀の様に癖の強い客や、従業員が揃っている。では、今からその話をしよう。
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