第3話

「笑われるかも知れませんが、私はそれでも幸せでした……」

「え? ごめん……聞こえなかった。何か言いましたか?」

「いえ、いいんですよ。私は遠くへ行きますが、一目でも会いたかったな」

 

 ぼくは急に居酒屋全体が仄暖かくなるのを肌で感じた。

 夕方で陽が沈んでいると言うのに淡い光がカウンター席を照らす。

 そう、彼女を中心に。

 ああ、この人は死んでいるんだなとぼくは思った。

 もう、この世にはいない。


 そう、名前は佐藤 恵。


 ぼくの最初で最後の愛人だった人だ。


 最後の別れの時に、ぼくと娘のために、二人でクマのぬいぐるみを買おうと言ってたっけ。


「さあ、一緒にいきましょう。娘に会いに……」

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ギフト 主道 学 @etoo

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