第2話

「時間はまだあるから……じゃあ、さっきの店員を呼んで、もう一つあるか聞いてみませんか?」

「いいえ。そのクマのぬいぐるみが欲しいのです。あつかましくて申し訳ありませんが……そう、私は……」


 女性にも娘の誕生日かお祝い事のためにクマのぬいぐるみが必要……か。


「いいでしょう。お譲りしますよ。その代わりそこの居酒屋で、どうして、このクマのぬいぐるみじゃないといけないのかを話して頂けませんか?」


 春の始まりの春一番が明日に吹く。

 今日の天気予報でそれを聞いていた。


 春は嬉しい。

 なんだか生き返るかのような気持ちになるのはぼくだけだろうか?



 居酒屋では、カウンター席で、女性はウイスキーの水割りを注文した。ぼくはこれから娘の誕生日なので、アルコールはまずいからとお冷とホッケを頼んだ。


 客はまだらだったが、喧騒だけはしっかりとしていた。


「あの、突然に本当にすみませんね」

「いえ、お互いに焦るほどに必要だった。このクマのぬいぐるみがね。それだけで十分だと思います。大切な人のためって、なにかと焦ることが多いですよね」

「ええ。でも、私は家には帰れないんです」

「ほお、というと……」

「夫はいません。あの人の妻には内緒ですが。娘はあの男との愛人関係で産まれたんです。もう、あの男には会いません。けれども、娘には……」

 

 女性はグラスを傾けた。

 酒が入っていないと話せないのだろう。


 ぼくはバツが悪くなる。

 それと同時に可哀想な人だと知った。


「そういうことなら、お渡しします。あ、でも……その男の人はぼくみたいですね。昔、死んでしまった女性。それも愛人みたいな関係でした」


 女性は急に俯き。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る