第52話 パンデモニウム㉘
「もう一度あの爆弾を使ってペンギンどもを追い払えないのか?」
「残念ながら後1発しかない。あの数のペンギンを相手にするにはまるで足りない。それに、もし爆発で地底湖の通路が崩落してしまったら、道は完全に断たれる。簡単には使えない。」
ペーターの提案を、チェザーレは却下した。これから先、一体どんな危険が待ち受けているのか分からない状況では、なるべく戦力を温存しておきたかった。
「……クソッ! ポイントも幾つかロストしている! あんのクソペンギンども!」
車椅子の液晶パネルでポイントの残数を確認しながら、チェザーレはこの地底湖にやって来てから何度目になるか分からない悪態を吐いた。ペンギンの分厚い皮下脂肪にめり込んだまま抜けなくなってしまい、回収不可となったポイントが幾つもあったのだ。
「このままじゃあ、この洞窟を抜けるまでにポイントを全て失いかねない。浅はかだった! ペンギン相手にあの武器は愚策だったか。」
チェザーレが歯噛みしているその横で、闇虚は岩塊のバリケード越しに地底湖内のペンギン達の様子を探っていた。
『へぇ、中々面白いことしてるね、あいつら。』
珍しく興味深げに、闇虚はペンギン達の様子を確認していた。ペーターもそんな彼女の様子に少し興味を持ったのか、闇虚の隣に座ると、一緒に地底湖の様子を窺った。
ペンギン達は、岩の通路の上に整列すると、先程の爆発や、闇虚達との戦闘で命を落とした仲間たちを、湖の岸に整然と並べていた。そして、ゆっくりと仲間の死骸を水中に押しやると、まるで灯篭流しの如く、湖の中心部に向けて流しやった。
『仲間を弔う気持ちとかもあるのかね?』
闇虚がそう言った刹那、水中で待ち受けていたペンギンの群れが、仲間の死骸に食らいついた。死骸はあっという間にバラバラに解体され、臓腑や血肉が線香花火の様に水面に散った。
『前言撤回。所詮は畜生だった。』
呆れたようにそう言う闇虚の横で、ペーターは陸の上にいる他のペンギンの一団に注目していた。
そのペンギン達は、爆発して粉々になった手榴弾の破片を、しきりに突き回していた。突き回すだけでなく、口に咥えたり、地面に転がしたり、ヒレを使って持ち上げようと試みたりする者もいた。いずれにせよ、先程多数の仲間を葬った手榴弾に興味を惹かれているのは明らかであった。
その隣では、別のペンギンの一団が、爆発で粉微塵に吹き飛んだ仲間の骨片を集めていた。彼等はまるで掃除でもするかのように集めた骨を積み上げると、それを咥えて何やら跳ね回り始めた。遠目で見ると、それはまるで子供が木の枝でチャンバラごっこをしているかのようであった。
「……」
ペーターは無言で、そんなペンギン達の様子を凝視していた。
『どうした? 動物園が好きなのか?』
そんなペーターの様子が物珍しかったのか、隣の闇虚が茶化したように声をかけた。
「……」
ペーターはそんな闇虚の言葉には一切反応せず、相変わらずじっとペンギン達の様子を観察していた。
「お前がそういう態度ってことは、事態は僕達にとってあまり良い方向に動いていないってことか。」
彼等の後ろの方で、チェザーレが溜息をつきながら言った。そう。ペーターが事態を注視するということは、取りも直さず、目の前の事態が彼の「遊び」の範疇を超えつつあるということなのだ。地獄絵図の如き殺戮よりももっと酷いことが起ころうとしている前触れと言い換えてもよかった。
『遊んでいるようにしか見えないけどねぇ、あのペンギン君達。』
先程からずっと、骨片を咥えてチャンバラごっこに興じているペンギン達を横目で見ながら、闇虚は呆れたように言った。
「そう、遊んでいるんだ。連中にとっては、殺し合いも遊びの一つ。俺と同じだな。」
闇虚の言葉に相槌を打つように、ペーターが言った。
『成程。アンタのお仲間って訳か。じゃあ一緒に骨を咥えてお友達にでもなってみる?』
ペーターの言葉を嘲笑う闇虚に対し、チェザーレは顎に手を当て何か考え始めた。ペーターの言葉に、何かインスピレーションを得た様子であった。
「そいつは無理だ。俺はペンギン語なんて分からんし、何より連中は……」
闇虚の嘲りに対し、真顔で返答しようとするペーターの言葉を、横から流れてきたスピーカーの音声が遮った。
「いい所に気付きましたね、ペーター。」
またしても、エディであった。隧道内にはカメラもマイクもスピーカーも見当たらないのに、声だけが響いてくる。まるで声だけの亡霊が闇虚達に語りかけているかのようであった。
『あんのクソ女……!』
先程のエディとのいざこざを思い出し、再び闇虚の心の中に激昂の火が燃え上がりかけた。透が慌てて彼女の怒りを無理矢理抑え込まなければ、またしても爆発しかねない状況であった。
「闇虚、待……」
心の中で闇虚の怒りを抑え込もうとした透を、意外にも闇虚自身が制した。
『分かってるよ、透。今は黙ってる。』
透が拍子抜けするくらい、闇虚はあっさりと怒りの炎を鎮火させた。一体どんな心境の変化があったのか、透には全く理解しかねたが、取り敢えず先程の二の舞は避けられたようであった。
「あのペンギン達にとって、殺戮は遊戯であり、娯楽であり、文化なのです。あなた方が今いる隧道内には、様々な海洋生物の遺骸が陳列されておりますが、それこそ彼等が狩り立てた「戦利品」なのです。」
闇虚の様子に気付いているのかいないのか、エディは彼女を無視して言葉を続けた。
ペーターは、隧道内の壁面の窪みに陳列された遺骸にちらりと目を向けた。
「成程な。遊びであるが故に、その欲求には限りが無い。そして欲求に限りが無いから、進化の速度も速いという訳だ。」
「進化……?」
ペーターの言葉に対し、チェザーレは怪訝そうな目を向けた。
「見てみろ。もう学習しだしたぞ。」
ペーターが、岩のバリケードの向こう側で戯れるペンギン達の方を顎でしゃくった。
ペンギン達は、今や仲間の骨片を完全に「武器」として扱い始めていた。
一匹のペンギンが、嘴に尖った骨片を咥えたまま地面を滑り、相手のペンギンの足首を切り裂いた。悲鳴を上げて倒れ伏す相手ペンギンを、勝者であるペンギンは一切の躊躇を見せず、嘴の骨片で刺し貫いた。周りのペンギン達は、そんな勝者ペンギンの姿を称えるように、歓声のような声を上げた
先程までの下手なチャンバラなどではなく、如何に扱えば最も効果的に相手を傷つけられるか、どう力を加えれば相手の命を抉れるか、この短時間で完全に学習したのだ。
「俺がナイフを振るうのを見て、武器を使うことを学習したって訳だ。大した連中だよ。」
「こんな短時間で道具の使用を学習したっていうのか? たかがペンギンが? いや、だが確かに……。」
淡々と説明するペーターに対し、チェザーレは信じられない面持ちで、はしゃぎ回るペンギン達を見つめた。だが、どれ程信じられなくとも、目の前の現実が、ペーターの言葉が真実であることを告げていた。
望洋漠々怪人譚 時田宗暢 @tokitamunenobu
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