第4話

楠木さえは、10年落ちのニッサンのワゴン車の中で揺られていた

客の家に向かう為である。

高速代をケチる50代半ばの運転手は前歯すらない。

浅黒い顔、その黒さにプラスしわしわの左手はハンドル、右手の指にはタバコが挟まっていた。運転席の少し開いた窓から、タバコの灰を指でトントンと飛ばすと…後ろにいるさえの顔の方にも飛んできた

車を出発して40分余り、最初の2本までは黙ってたが、さすがに限界だ…


「ちょっと、長谷川さん!灰!!やめてよタバコ!

服も臭くなるんですけど!」


「すんません」

めんどくさそうに低い声で答える長谷川の声を聞き終わる前に


「店長に言うかんね!!マジでありえないから!

さえは店のナンバー3なんだからね!」

ナンバー1と言えない苛立ちと、灰がかかって、ヒステリックに答えるさえの組んだ足は小刻みに揺れている。イライラしたときに爪を噛む癖も治らない…

そうだ、この客が終わったら空きだから、常連にメールでも入れて指名入れてもらおう。

小さなピンクのポシェットからスマホを取り出していじり始める。金になりそうな客のリストは別に作らないとな…


楠木さえは27歳になっていた。物心ついたときには母親はいなかった。気づいた時には姉と父と三人で暮らしていた。毎日酒に酔った父が忘れられない…

父にはよく引っ叩かれた。

姉が母の代わりにご飯を炊いたりしていた。2つしか違わないのに、幼い頃はずっと歳上に感じた。


三人でしばらく生活していたが…さえが9歳の時、心臓の弱い父親は、普段の酒がたたり、外の現場で働いてる途中で現場で倒れ、病院へと運ばれた。


その時、姉と二人で小学校で授業を受けていたさえは、教室に用務員さんがきて、慌てた様子で、担任に耳元で何か囁いている。

担任はみるみる顔が険しくなり、さえをみた。

窓際にいるさえの横にきて

少し身体を屈ませ、慌てた様子でさえに言った


「楠木さん、お父さんが倒れて病院に運ばれました。校長先生が病院に乗せて行くから、お帰りの準備して。」


その時のことはそれから先はあんまり覚えていない

姉と車に乗って乗って、どこの病院に行ったとか、どれくらいの時間だったとかそんなのは忘れてしまった…

覚えているのは…苦しみながらうなり、心臓部を叩いているベッドの上の父の姿。

その時の声、部屋に充満する、消毒薬の匂い、心電図とはあの時はわからなかったが

ピッピッピッとなる機械音……

忘れたくても忘れられない…

居場所がない姉とさえは父の顔より上の隅で、姉と二人手を握ってずっと立って父を見つめていた…


そういえば、その時は爪を噛んでいたのか??

いや噛んでいない…

姉の腕を掴んでいた手を握っている反対側の手を

握っている姉の腕に絡めていた…

少しでも近くに体温を感じたかった…

ただただ怖かった…早く家に帰りたかったと思っていた…




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忘却の意味 くすのき 猫 @shiro61163

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