遡 今日子さんは結婚したい

――神父モリアート(NPC)「汝はこの者を生涯愛することを誓いますか?」


 あれからも暫くゲームを進めている二人。

 いまだに現実時間はなぜか――ゆーっくりと進む現象の真っ最中である。

 神父モリアートさんの前で僕達は見つめ合っている。


「勿論誓いますっ! 私はお兄ちゃんしか愛せない身体なのっ」


 今日子さんは僕の隣で画面を食い入るように見つめながら、両手を祈るように交差し愛を叫んでいる。

 これには僕はツッコミをいれるしかなく、


「今日子さん。叫ばないでください。システムで聞かれてるんですよ。『YES or NO』を選ぶんですよ」


「そんな全力で言わなくても。ぴえん」


 と、泣き真似をする今日子さん。

 僕は「いいから進めてください」と今日子さんを促し、やっとのことで彼女はゲームを進める。


――ブラック(エルフ)「もちろん永遠に誓いますよっ!」


――ホワイト(鬼)「チャットはいいですから……」


「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

「はいはい、なんですか今日子さん」

「い、いまから……ゴクッ」

「……」

「愛の、誓いの、子作りキッスイベントだようっ!!」

「はぁ。生々しく言わなくてもわかりますよ」


 とんでもないゲームだが、結婚するイベントを終えるとカップルの子供を仲間として育てる事が出来るようなシステムらしい。


「お兄ちゃん――」

「ちょっとっ! 近いですっ!」

「むぅ。お願い? こっちでも『ちゅ〜』したい」

「それより、イベント終わりますよっ!」

「ひぇっあ! 危ない見逃すところだった――」


――神父モリアート(NPC)「この者たちに神の祝福をっ!」


 これで一通りのイベントも終わりだと思うけれど……。


「今日子さん?」


 今日子さんが完全に氷のように硬直している。


「……」

「大丈夫ですか?」

「ふぁっ! あまりの嬉しさに気を失ってたあ」

「それは何よりで」

「お兄ちゃん! 私達夫婦の子供の名前っ! あ・な・た――が決めてね? パパ♡」


 完全に暴走モード突入した様子の今日子さん。

 これは逃げるしか無さそうだ。


「ちょっとトイレと諸々――」

「えええっ!」


 暫く時間を置けば頭も冷えるだろう。

 と、僕は考え興味本位で外に出てみることにした。


 時間を確認したいと思ってたのか、僕は珍しくスマホを手にしていた。

 そのスマホの画面を見ながら玄関扉を開ける。


「おー。戻った」


 思わず独りごちてしまった。

 普通の時間速度に戻ったのだから仕方ないと言えよう。

 という事は、あの結婚イベントがフラグだったのだろうか。

 今日子さんは無自覚だからなんとも手に負えない。


「ん? 未読メッセージ。今日子さん?」


 愛美――あれから今日子とはうまくやれてる? 15:48

 

 はい? なんで愛美さんが。

 今日子さんがID教えたんだろうか。

 

 あ。

 もしかしてあの時か?

 教室で僕のスマホを渡したときに……。


 たまき――はい。多分ですが 16:27


 愛美――曖昧だね。16:27


 愛美――電話鳴らすからでてね 16:27


「はい。環奇たまきです」

「うん――急にごめんね」

「いえ、どうしましたか?」

「気になってたから」

「……そうですか。すみません」

「いーのよ。わたしが勝手に心配してるだけだから」

「そうですか」

「ところで――だいぶ前に話した事まだ覚えてる?」

「えーと、なんでしょう?」

「? そっか――いやごめん。気にしないで」

「はぁ」

「ごめん、またかけるね――プープー」


 なんだ?

 今日子さんに直接聞けば良いのに。


 僕は特に気にすることも無く自室へと戻った。


「遅いよお、お兄ちゃん」

「ああ、ごめんなさい」

「それでえ――赤ちゃんの名前♡」

「考えますからっ! その前に小腹すきませんか?」

「じゃあお兄ちゃん決めといてね! 私取ってくる」


 今日子さんはいそいそと部屋を飛び出していった。

 子供。

 ホワイト・ブラック。

 足しても黒だよな。


 というよりも、完全に今日子さんのペースに飲まれていることを自覚してしまう。

 これではまるで。

 いや、考えるのはやめておこう。


 僕は暫くゲームを進めるでも無く放心していたのかもしれない。

 階段を登ってくる足音で意識を取り戻したくらいなのだ。


「お待たせお兄ちゃん」

「ごめんなさい、ぼっーとしてて決めれなかったです」

「いーよ。それより食べよ?」


 今日子さんが運んできたのはオムライスとサラダ。

 「私がつくったのー」と褒めて欲しいのがまるわかりではある。

 料理出来るという事にも驚くしかない。

 本当に何一つとして彼女の記憶が無いのだから。


「お、いしいです」

「ほんと? 良かった。お母さんいないからこんなものしか作れないけど」

「いえいえ、本当に美味しいですよ」

「えへへ。嬉しいよお兄ちゃん。昔を思い出すよ――」

「……」

「ああ。ごめごめん。今私は――他人というか同居人だもんね」


 さすがにどう答えるのがよいのかわからない。

 その後食べ終わるまで沈黙が続いた。

 僕が困っている様子だったのか彼女は、


「空気悪くしてごめんね、またゲームしよ? ほらせっかくだから名前もつけてあげたいしね」

「あ、はい。色繋がりとかでいいかなと」

「うーん。ならクリムゾン。本当はディープクリムゾンだったはずだけど長いしね。たしか深紅だったかな」

「ふむふむ。名前っぽくないけどそうしましょうか」

「はーい、決まりねっ」

「といっても僕達もですけどね、はは」


 ということでゲーム上の子はクリムゾンとなった。

 よくよく考えてみると、今日子さんと雨の日にあってはじめてこんなに話したかもしれない。


 いつも愛してる。とか――大好きとか。

 そんなことしか言わない彼女ではあるけれど。

 少しだけ距離が近づいた気がした。


 いやそれは――僕の気の迷いや気のせいだったのかもしれない……。

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