遡 今日子さんはカミングアウトする

「お兄ちゃんの好きそうなゲーム買ってきたの」

「ゲームですか?」

「そうそう。しかも二人で出来るように二つ♡」


 先日の先生呼びだしから数日後の土曜日。

 今日子さんが突然僕の部屋へと訪れて来たところだ。

 なんと言えばよいのか。

 今日子さんは彼女のデスクトップまで僕の部屋に運んできたのだ。

 行動力ヤバすぎる。

 兎角とかく割と簡素な作りのためかインストールも早く終わってくれた。


「そ、それで……、僕が好きそうな物とは?」

「んーと。MMORPGって書いてるよ。好きでしょ?」

「それはそうですけど。まぁ折角用意してくれた事ですし」


 あまり無下にするのも悪いかなと思い彼女の購入してきたゲームを遊んでみることにした。

 パッケージを見る限りはよくある量産型の魔法と剣と生産のファンタジー物の内容のようであった。


「お兄ちゃん種族は何にするの?」

「んー。珍しそうな鬼族ってのやってみようかと」

「ふむふむ。名前は?」

「んー。どうしましょうね」

「なら私決めてあげる「お兄ちゃん」で宜しくね」


 絶句するしかないけれど「ふふん」とドヤ顔な今日子さん。


「お断りします」

「えっ!?」

「ならこの前の白猫から「ホワイト」とでも適当に――後から名前変えれるぽいですし」


 なぜ目をぱちくりさせ驚いているのやら。

 とは言ってもホワイトも適当すぎだろうか。


 今日子さんはエルフを選び、名前は「それなら私はブラックにするう」と、この調子である。


「お兄ちゃんどこにいるの?」

「内緒ですよ」

「むぅ。意地悪っ」


 プレーヤーの開始地点が種族によって違うようだ。

 暫く別々で無言でゲームを進める。

 何となくこの空気感が気まずいなと感じ、僕は今日子さんから以前届いていた――メッセージについて触れようと尋ねることにした。


「ところで今日子さん」

「はいはい私のお兄ちゃん」

「私のはさておき、誕生日――」

「お兄ちゃんっ! この前部屋に入れてくれなかったからこのまま放置プレイかと思ってたっ!」


 どんな変態なプレイだ。

 さらに言うなら――誕生日の単語だけで察するとは彼女の計り知れない力に驚愕するばかりだ。


「だって――いつもお兄ちゃんを見ているからねっ」


 それが怖いんですよ。


「今日子さんの頭の中が不思議でたまりませんよ」

「え? お兄ちゃんのことばかりだよ。何言ってるの?」

「他にもあるでしょ。愛美さんでしたっけ。友達の事とか――」

「愛美ちゃんがなーに?」


 目が怖いっ!

 しかも近いっ!


 今日子さんは瞳孔を見開き、僕の顔までの距離10センチまで詰め寄ってきた。


 更に彼女は腹の底から響くような重い低い声で、


「愛美ちゃんはダメだよ」

「な、何がダメなのです。っていうか近いっ!」

「はぁ。大丈夫。友達とも順調だし、進学や将来の事も決まってるから」

「そ、そう」

「それより、私の誕生日っっっ!」


 先程までの893さんのような雰囲気から一転。

 彼女はキラキラが身体から溢れだしている。


 ように見えた。


「はい。記憶が戻るかもと考えてみたわけで」

「ふむふむ。確かにっ! それで何してくれるの? 最低でもキスは絶対してね?」

「は? いやいやいやいや」

「は? なになになになに」

「え、え?」

「え? 年に一回のお祝いなんだよ? なんだったら今でもいいんだよ? お兄ちゃん♡」

「少し落ち着いてっ。あまりこういう事言いたくないですけどね、もっと視野を広げましょうよ」

「むぅ。例えば?」

「さっきも言いましたけど、趣味とか友達とか――」

「はぁ。趣味ねえ。お兄ちゃんはあれでしょ? 燃え尽き症候群を恐れてるんだね?」

「なんで僕が恐れることになるのっ。もういいですゲーム続けましょう」


 毎回このパターンだ。

 放っておくと何されるかわかったものじゃない。

 何か他にのめり込んでくれると……。

 んー。例えば僕ならゲームか?


「ゲームもいいけど、絵なら描いてるよ?」


 今日子さんはゲーム画面を見ながら呟いた。

 どうやら大急ぎでレベルをあげているようだ。

 お使いクエストからお使いクエストへ……。

 そのなんとも器用な今日子さんへ僕は、


「ほほー。例えばどんな――油絵とか水彩?」

「どっちも出来るけど、パソコンで人物画が多いかな。特にお兄ちゃん」

「ゲホッ……」


 聞かなければよかったと心底思った。


「いつ頃から描き始めたんですか?」

「えーと、中学生だったかな?」

「ふむふむ。そのパソコンで見れるんですか?」

「見れるけど、もうすぐお兄ちゃんと合流出来るから、その後ならいいよ? 合流したらすぐに式を挙げようねっ! お兄ちゃん♡」


 ダメだこの人。

 というよりこのゲーム結婚システムあったのか。

 まさか、その為だけにこのゲームを……。

 とにかく何を会話しても今日子さんはそっち方向に持っていきたがる。

 それに前にも思ったけれど、近親婚なんてそもそも出来るんだろうか――この国の法律って。


「あれ。言ってなかったっけ――私養子だよ?」

「はっ、はいい?」

「物心つく前だから私にとっては些細な事だよっ」


 とんだカミングアウトを今日子さんから告げられ、僕は盛大にマウスとキーボードをひっくり返してしまった。


「だ、だから母さんは反対しないだかなんとか――」

「あ、そうそう。既にお父さんにも許可は貰ってるし」

「ちょ……」

「ああ――でもお兄ちゃんが記憶無くす前の話だけどね。って誕生日のはーなーしー。私が勝手に決めていいの? 何して欲しいとか」

「え、あー。何言われるか恐ろしいです」

「妹を妖怪扱いしないでよう。でも、特に何も要らないよ」

「そう……」


 どちらにしても明日くらいしか準備出来る日も無いのだけれど。

 にしても養子とは。

 どんどん漫画やゲームの世界みたいになってきたきがする。

 この流れに任せてしまうと本当に今日子さんの思う壷になってしまう。

 どうにかならないものだろうか。


 しかし、それにしてもだ。

 今日子さんゲーム攻略早すぎじゃないだろうか。

 MMOってかなり時間を必要とするジャンルなのに。


「ところで今日子さん」

「はいはい私のお兄ちゃん」

「……何か裏技みたいなの使ってませんか?」

「裏技?」

「ゲーム攻略早すぎません?」

「お兄ちゃんが集中しなさすぎなんじゃないかな? あと……、さっき気が付いたんだけど太陽の位置、全然変わってない」

「え?」

「時計も少ししか進んでないよっ、こりゃ凄いね」


 はい?

 またしてもいつものとんでも能力か?

 確かに外もまだ明るい。

 時計もかなりゆっくりだけど……。

 ゲーム内時間は。

 普通のスピードなんだろうか。


「はぁ」


 僕は深く深く溜息をついた。


「今回はなんだろうね? というか時間の繰り返しじゃないみたいだね。一日でお婆ちゃんになったらどーしよーっ。あはは」


 本当に訳がわからない。

 あくまでも体感だけど、三時間くらいたった気がするんだけど。

 十分くらいしか時計が進んでない。

 日のあかりが変わらないから今日子さんのゲーム攻略が早く感じたという錯覚なのだろうか。


 またあの繰り返しみたいなことになるんだろうか。

 と、今日何度目かわからない溜息を僕はつくことになってしまったのだった。


 本当に。なんだかなぁ。

 

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