遡 今日子さんの妹日記と相合傘 弐
次の日の学校は何一つとして頭に入らなかった。
元々学校に友人と呼べる友人もいないのだから。
気兼ねなく自堕落を貪るのだ。
やはり僕は雪の日は好きだと思う。
あれ。
既視感?
昨日もこんな事考えてたような気がする。
「おかえり――お兄ちゃん」
妖怪雪女……。
「だから雪女言うな」
「いや、今日子さん。昨日もびちょ濡れ――」
「今日は覚えてるんだね」
今日は? 何を言っているんだ。
というより二日連続で鍵を忘れたのかこの人。
案外、人は見かけに寄らないようだ。
結局、朝は僕が意識朦朧だったせいもあり、朝はろくに会話もなく。
どこのクラスかも分からずじまいだった。
というか、本当に同じ学校なんだろうか。
色々考えてはいるけれど、昨日からの不可解な出来事と、不可解な生き物にも少し慣れてしまった自分がいる――ことにも気がついてしまう。
「お兄ちゃん? その答えは中に入ってから答えるから、早く鍵開けて」
「あ、すみません」
「敬語禁止ねっ」
玄関扉の鍵を開けながら――チラッと今日子さんを視界に入れると「なんで他人扱いするかなぁ」とブツブツと不機嫌――な御様子。
今日子さんは昨日に続き、お風呂へ直行した。
答えてくれるんじゃなかったのだろうか。
いきなりではあるけれど、僕はあまり人との関わりが得意ではない。
だからといって虐めにあうわけでもない。
勿論、その逆も然り。
コミュ障と言えばその通りで、大体の人には敬語になる。
それが自分を馴れ馴れしい人間から防衛する手段の一つなのだ。
ははは。
――お兄ちゃーん
風呂場から今日子さんが呼んでいる。
何事だろうか。
昨日みたいにからかうような言動は慎んで欲しいのだけれど。
僕は洗面台には入らず、廊下の扉を閉めた状態で返事をした。
「どうしましたか?」
「はぁ。クラスの話聞きたいんじゃないの?」
あぁ、そんな事言ったっけ?
「で、私は隣のクラス。成績はお兄ちゃんより少し上。彼氏無し。好きな人お兄ちゃん。好きな食べ物も――お兄ちゃん。他に聞きたいことは?」
「失礼しました……」
僕は逃げるように自室へとかけていった。
少し頭の弱い子なのだろうか。
階段に差し掛かる辺りで「お兄ちゃん?」と呼ばれた気がしたけど、聞こえないふりをした。
昨日よりも今日の方が冷静でいられている。
けれど、やはり落ち着かないというか、他人の家にいる感覚になる。
僕は流行りの音楽が何か知らないけれど、適当な動画をYouTubeで流し、イヤホンで耳を塞ぐことにした。
友達のいない僕は滅多にスマホを触らないのだけれど。
だからだった。
そのせいだった。
なんとも間抜けな現代人だ。
昨日と日付が同じだった……。
「うわぁっ!」
イヤホンを咄嗟に外し、後ろに仰け反ってしまった。
勿論なのだけれど、椅子から転げ落ちた。
「ふふふ――お兄ちゃんドジだね」
部屋の扉へ振り向くと、お風呂上がりで濡れたままの。
とは言ってもスウェットは着ているけれど。
茹で上がったタコの様な今日子さんが笑っていた。
妖怪蛸女。
蟹女でも良いかも。
「こらー。昨日から妖怪妖怪って。こんな可愛らしい妹に向かってひどくない?」
自分で言うのもどうなのだろう。
まぁ、確かに頷けるのだけれど。
人間付き合いが得意ではない僕でもわかるくらいには――彼女の容姿は整っているのだと思う。
栗色をもう少し明るくした長い髪とその毛色。
サラサラだけど、ほんのり少しだけくせがある天然パーマ。
目鼻立ちもくっきりスッキリ。
ボディラインは知らないけれど。
きっと学校の三学年中でも10人の中には入るのでは?
「そんなに褒めなくても……。まぁ、お兄ちゃんだけ分かっててくれれば、他の人にどう思われても関係ないんだけどね」
「…………」
「黙らないで。恥ずかしくなる」
だから、初対面で尚且つ人との関わりが苦手なんだって。
「一つお聞きしても?」
「はい。というか中入ってもいい?」
椅子から転げ落ちた為、ふんぞり返った状態で会話をし始めてしまったことに少しだけ羞恥心を覚えながら、今日子さんをベッドへ……。
いや、机の椅子へと案内した。
「昨日、明日はもっと混乱するかもって。日付?」
「うーん。確実とは言えなかったんだけど、もしかしたら。程度にはそうなるかもって思ってた」
ふむふむ。
なんで今日子さんは曖昧なのだろうか。
そもそも、未だにこの人を信用してはいないけれど。
謎多き高校二年生の
本当に何者なのだろうが。
話している時は普通の女子高校生ぽくはあるけど。
少し大人びている気もする。
いや――気の所為か。
不貞腐れてる風な姿はやはり高校二年生だろう。
そんな今日子さんは少し考えながら話を続ける。
「日付の事ね。うーん。何から話していけばいいのかわからない。というのが本音」
「というと?」
「昨日の事。えーと、つまりお兄ちゃんの記憶の欠如。もしくは逆?」
「逆?」
逆? この記憶がない事が正しいということ?
いやいやいや――そんなまさか。
今日子さんは『いや、そうじゃなくて』と言い続けて、
「私の存在自体が偽りだとしたら――てこと」
「? でも昨日はずっと一緒に居たって」
「なんだけど、そう書き換えられてたりとか?」
どうやら本人も正確な答えは持ち合わせていないようで、首を傾げたり、視線を明後日に向けたり。
「書き換える……」
何を何に?
「例えば記憶とか。えーと未来とか?」
「? そんな事出来るんです?」
「むぅ。言わなきゃダメだよねぇ。やっぱり」
何を隠しているのやら。
高校二年生の女子高校生が記憶を書き換えるって。
ゲームや漫画じゃあるまいし。
「ちょっと待っててね」
そう言った今日子さんは、そそくさと部屋から出ていき。
瞬く間に戻って一つの本を見せてきた。
「これは?」
「私の日記帳。というか。先の事が書かれるとでも言えば良いのか」
「先の事。未来の事とでも?」
とでも言うつもりですか?
「そのつもりなの。というより書くのは私じゃなくて。書かれそうな事を予測する。とでも言うのかなぁ。勝手にいつの間にか書かれてるの」
「わけがわからないですね……」
どゆこと?
今日子さんが本を見せながら説明してくれた。
つまり、例えば明日、給食でパンを食べた。
と、書かれるであろうと、今日子さんが予測する。
それが正しいことならそのまま空白にパンを食べた。
と、記載されるようだ。
うん。何言ってるのかさっぱり。
「むう。わからないよね」
「はい。それと日付がどう関係するんですか?」
「えーと、予測というか願い事になるのかな。それが大きければ大きいほど、書かれるであろう内容と
「ぽい?」
なんだなんだ。
雲行きが怪しくなってきたではありませんか。
つまり、日付が変わらないのも僕の記憶も今日子さんの願い事がでかすぎた――ということ?
「多分……。でもでもね、こんな事は確かに初めてだけど、希望が叶えば解決するはずなの」
「つまり――記憶が戻ると?」
「多分」
今日子さんは俯いてしまい、やはり確定ではないけどという。
ということは、今日子さんの願い事を叶えてあげれば良いのかな?
なんだ、簡単に考えれば簡単そうじゃないか。
確かに言ってることは曖昧だし、間違ってるかもしれないけれど――記憶が戻るなら。
希望が湧いてきたかも。
なので、僕は今日子さんの願いを聞いてみた。
「で、何を願ったんですか?」
「…………」
「今日子さん?」
「えーとね。答えれないというか、わからないの」
「はい?」
「無意識で考えてるようなことだと、思う。ごめんね」
それはまた難儀なことで。
あれ? でも、何か気がついた様な……。
「今日子さん。僕と今日子さん以外は日付が繰り返していること気が付いては?」
「多分無い」
「なるほど」
一旦整理しないといけないけど、大分遅くなって来てしまった、母からの晩御飯の呼び出しも無視してしまってるし。
「先に晩御飯と、僕はお風呂行ってきますね」
「うん。わかった」
「らしくないですよ? 昨日はもっとキチガイみたいな言動してたじゃないです」
僕は、俯いている彼女に少しだけ責任のような感情を持ったのかもしれない。
彼女に「俯くなんてらしくない」と少しだけ励ましたのだが、
「お兄ちゃんっ! 結婚してっ!」
と、頬を紅潮させながら。
兎角全く会話が成り立たない困った人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます