遡 今日子さんと隣人生徒さん

「どうだろ? でも嬉しい♡」


 僕が混乱しているにも関わらず、僕の首に両手を回し力ずよく僕を引き寄せる彼女。


「と、とにかくトラックを――」


 頭のネジが完全に緩んでいる今日子さんを僕は地面に放り投げ――そのままトラックへと駆け出す。

 後ろから「冷たぁ」と声が聞こえたけれど、人命救助が最優先に決まっている。

 本当にどういう神経してるんだか。

 いくらあれだけのスピードで突っ込んだトラックとはいっても、自業自得だとしてもだ。


「ぐはっ」

「お兄ちゃん落ち着いて」

「落ち着く? トラックの運転手――」

「あれ見なよお」


 思い切り首のマフラーを後ろから引っ張られ、仰け反ってしまい変な声が出てしまったけれど、この人は何を言っているんだ。


 狂気の沙汰だなこの人は。

 と僕が呟くと彼女が、


「だから運転手さん、車から降りてきて電話かけてるよ? 警察にでも連絡してるんじゃない?」


 今日子さんが指差す先へ再度振り向くと、確かにトラックの運転手らしきおじさんが電話で話しながら、頭を何度も下げている様子が見えた。


 混乱していたのかもしれないが、僕は少しほっとし落ち着きを取り戻していく。


 今日子さんは僕の姿を見ながら鞄を手に取り、


「よし。遅刻しちゃうから学校いこ? ここまで何ページ使ったかわからないよ」


 わけがわからないのは君の方だよ。

 とは言っても遅刻してしまうのも問題だ。

 不真面目な僕ではあってもそれくらいはわかる。


「そ、うですね。確かに遅刻はしたくない」

「でしょ? でも残念。もう少しでお兄ちゃんとチュー出来そうだったのにな」


 横断歩道を渡りながら、隣で破廉恥極まりない言動を晒す今日子さん。

 例え記憶が戻っても他人の振りを続けたい。

 心から思う。


 僕は破廉恥な彼女の言葉は流し、『圓遁えんしゅん高校』の正門へと歩きながら尋ねた。


「ところでさっきのは意識して?」


 あれ以来、特にこのような出来事に遭遇してなかった為、やはりというのか聞きたくなってしまう。


「んーん。本持ってきてないし。わからない」


 どさくさに紛れて腕を絡めなくても……。


「へえ。相変わらずわけわからない事が出来るんですね。とは言っても、別に今日子さんの記憶が僕に無くても不都合は無いですけど。やはり家に他人がいるのも――」

「ちょっとお兄ちゃんひどくない?」

「え? 何がですか?」

「他人って言った。気色悪いとも言った!」

「仕方ないじゃないですか(気色悪いは言ってないけど)」

「仕方なくなんかないっ」


 ええ。それってただの我儘じゃ。

 そもそも僕から今日子さんの記憶が無くなったのって――本人のせいなんじゃ。


「確かに私のせいかもだけど」

「ほらやっぱり」

「でもでもちゃんと理由はあるはずなのっ」

「というと?」

「…………」


 あ。少し言いすぎた。

 どうしても妹と思えないからつい本音が出てしまう。


「ごめんなさい。言いすぎました」

「先にいく」


 今日子さんは玄関で靴を脱ぎ下駄箱に投げ捨てるように靴を入れるや、ささくさと駆け出して行ってしまった。

 んー。

 困った方だ。



 ※



 教室に着くと、やはり先程の事故の話で盛り上がりを見せている様子だ。

 まぁ。若者というのはどんな時代であれこういうものなのだろう。

 いや、自分も若いのだけれど。

 たまにしか見ないSNSを見ると酷い惨状で予測はつくというものだ。


 渋谷のハロウィンで「ウェェェイ」とか。

 バイト先でヤバすぎる画像をあげるとか。

 兎に角、挙げればきりがないが、これが日本の若者なのだろう。


「ウェェェイじゃないよ。さかのぼりくん。遡 環奇さかのぼり たまきくん」


 あれ。声にだしてたっけ。

 自分の名前を呼ばれてびっくりした。

 呼ばれたのいつぶりだっけ?

 5年ぶりくらいか?


「どこのボケ老人なの。うける。本当に君は他人に興味がないんだね」

「うわっ」


 どうやら本当に呼ばれてたらしい。


「あはは。さっき校門の――」

「事故ですか? 居ましたよ」


 名前なんだっけこの人。


「じゃなくて今日子と――喧嘩してたでしょ」

「え?」

「わたしにはそう見えてたけど? 違った?」


 むむむむむ。

 喧嘩というかなんというか。

 と、そんな時に救いの手が。


「はいはーい。席についてくださいねー」


 どうやらHRが始まるようだ。

 先程の生徒に上手い返事が思いつかなかったが、先生に助けられた。

 女子生徒は少し僕を睨みながら自席へと戻っていった。


 女子高校生怖ぇぇ。


 いつも適当に授業に参加している素振りだけの僕。

 一応、成績は中間あたり。

 目立ちすぎないポジション。

 高すぎても低すぎても目立つのだ。

 出る杭は打たれる。

 ボコボコと打たれるのが現代日本。

 俺TUEEEEなんて実際の世の中でやったら……。

 考えただけでも震え上がってしまう。

 何事も大人しく目立ちすぎない。


「たまきくん。放課後先生の所に来なさい」


 目立ちすぎず。

 誰にも悟られないように。

 ははは。

 これが処世術なのだよ。若者たちよっ!


「こらー。たまきくん! 先生の話を聞きなさいっ」

「はっ、はい」


――クスクス


 しまった。

 考えていたらそのまさかで目立ってしまった。

 生きるって難しい。


 そんなこんなで恥ずかしながら昼までを過ごし、さて昼飯だ。

 と、思っていると、今日はどんなイベントなんだ。

 と思えるほど次から次へ。

 朝一番で話しかけてきた生徒――(A子ちゃん)が僕を真上から見下ろしているではありませんか。


「A子ちゃんじゃなくて、天月 愛美あまつき まなみ。何回自己紹介しなきゃいけないのよ」


 天月さんは「はぁ」と僕を見下ろしながら溜息をついている。


「あ、えーと。Aはあってましたね天月さん。ははは」

「それとっ。これも何度目かわからないけど、同い歳なんだから愛美まなみって呼んで」

「ええと。愛美さん。それでどうかしましたか?」

「はぁ。朝の話だよ。今日子のはーなーし」

「あばばばばばっ」


 僕は愛美さんに左右の頬を思い切り引っ張られ、とんでもない声をあげてしまった。

 それには周りの『昼飯なう』な生徒達も僕を見ながら微笑している。


 これには僕もただしく『ぴえん』だ。


「ぴえん、でも、なう、でもなくて、今日子っ。喧嘩してたでしょ?」

「いたたっ。それで今日子さんがどうしましたか?」

「今日子さん? そんな呼び方するまで兄妹の仲が冷えきっているの?」

「あっ」


 あの日付け繰り返しの一件から暫く問題なく過ごしてたから忘れてた。

 そうだ。

 兄妹なんだっけ?

 どうにも実感ないんだよなあ。


「いや今日子。うん。今日子」

「本当にどーしたの? あんなに兄妹とは思えない程仲が良かったのに」

「え?」


 これは思いもよらない展開すぎる。


「え。じゃないよー。今日子はあまりそんな素振り見せないから気にしないようにしてたけど、明らかに仲がおかしくなったでしょ?」


 今までどんな関係だったんだ?

 更に愛美さんからの追求は止まらない。


「世間体は置いておいて――(今日子は結婚するって言ってたじゃない)」

「は、え?」


 思わず椅子から飛び跳ね「ガタンっ」と大きな音を出してしまった。

 勿論――周りはざわつき始めてしまう。


「ちょっと来てっ」

「あわわわっ」


 またしても変な声を出してしまったが、僕は愛美さんにトイレでボコられてしまうのだろうか。

 大きな身体を持ちながら暴力沙汰には縁がないのだ。


 腕をグイグイ引かれ連れてこられたのは体育館。

 さすが北海道。

 屋上呼び出しは寒すぎるのだ。


「体育館でも寒いねっ」


 愛美さんはカーディガンを羽織っているけれど、やはり寒いのは寒いらしく、身体を震わせている。

 そんな無理しなくても……。


「無理でもいいの。貴方たちが心配」

「といいますと?」

「だからさっき言ったじゃないの」

「世間体でしたっけ」

「そう。誰も近づけさせない程だったじゃない。それに――」


 そんなまさか。

 と、声に出そうになったけれどなんとか我慢する。


「なんと言っていいのやら……」

「確かに二人の話だし。家族、いえ、兄妹の話だからわたしのはお節介かもだけど……」

「ええと。ご心配おかけしてすみません。僕達は大丈夫ですから、お気になさらず――」

「心配するわよっ!」


 そんなにも今とかけ離れていたのだろうか。

 こんなに声を荒らげる程に。

 母に上手いこと聞いとけば良かったかな。

 といっても、なんて説明したらいいのやら。

 記憶無くしましたって?

 病院連れてかれるし、脳検査とかゴメンだよなぁ。


 愛美さんが声を荒らげ、僕は暫くかんがえていると、


「愛美ちゃん!」

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