第395話:問おう

 夢を見た。

「……滑稽だな。今更、まだ俺たちは昨日を想う」

 遠く、海を隔てた先にいたかつての師、そして表面上は輝き明日への希望に満ちていた時代の子ども。

 想いが重なり、夢見てしまった。

 やり直す機会を。

 器ではない、担うべきではない、そうして捨て去った昨日はどんな形であったのだろうか。何度も、何度も考えた。

 だけど、やはり『もし』など存在しない。

 歴史は、時は無情に進むばかり。

 ならば、

「陛下、連中が人造魔族の件を市井に流布し、日和見を決め込む貴族らに叛意を促しております。効果は、相当あった模様」

「……王都に寄せてくるか」

「おそらくは。この機を逃すほど、鈍重な連中であればそもそもこの状況にはなっておりませんので……如何いたしましょうか」

「予定通り、王都にて決戦を行う」

「……御意!」

 今できることを。

 誰よりも長き時を生きた。遠い時代を、其処からの歩みをじかに見てきた。正しいこともあっただろう。誤ったこともあっただろう。

 全てを見てきた自分に出せる答えを、

「備えよ。俺はしばし眠る」

「全てお任せを」

「うむ」

 偉大なる王に仕える騎士たち。彼らの眼の輝きを見て、王は嗤い出しそうになるのをこらえる。自分は偉大な騎士であったかもしれないが、素晴らしい王ではなかった。そう自認しているのに、彼らはそう見てくれない。

 ゆえに自分はそう振舞わねばならない。

 これは夢ではなく、現実であるのだから。

「今、望みをかなえよう。か弱き者よ。その薄弱な志で、歴史で、俺に何を語る? 説いてみよ、ほざいてみよ。そのような言葉があるとも思えぬがな」

 王は静かに目を閉じる。

 夢を見る。

「間合いぞ」

 もはや、今の王にとって距離はさほど関係がない。


     ○


「「ッ⁉」」

 サブラグ、そして時同じくしてウーゼルが何かの気配に目を見開く。

 とうとう、その時が迫りつつあると感じ取る。

「……あの時に、近づきつつある、か」

 サブラグが想うはグラウンド・ゼロ、全てが裏返った中心地に顕現した、神の如し力を持つ自らの王。残された力、そして正気を全て振り絞り、打ち破った。

 だが、当時は二人であった。

 自分と並ぶ騎士がいた。

「あの時よりも……勝る」

 ウーゼルが想うは魔王イドゥンとの決戦。あのリュディアですら届かなかった化け物、勝った理由は今もって謎。ゆえに騎士の上位に位置付けられた勇者リュディアよりも上に、天井を、想定を置いたことに間違いはなかった。

 今だけはこのソル族の身体に感謝しよう。

 百年、研鑽を蓄えられたのはこの身体の特権であるから。


     ○


 風の如し快走を続ける首無し騎士が急に停止した。

「どうされました?」

「……何かが、来る」

 緊急停止したと言うのに、ほんの少しの抵抗も感じさせないのはさすが風と競争していた騎士である。

 だが、先ほど無双の力を示した騎士は、

「……っ」

 様子を違えていた。

 目の前、何の影もないはずの平地に、突如真円の影が落ちる。ラックスも感じる。とても、何か異質な、形容し難い何かが現れる。

 本能が叫ぶ。

 今すぐ逃げろ、と。

「問おう」

 影が、どろりと人を象り、

「貴様の言葉を」

 王が、立つ。

「おおッ!」

 その顕現を待たず、首無し騎士は槍を引き抜き備えなく、腕を組んで立つだけの王に迫る。今この時をおいて、勝機なしと判断した。

 即断即決、これ以上ない反応であっただろう。

「問おう」

「ッ⁉」

 が、その槍は途上で止まる。まるで目の前に、見えざる壁があるかのように。王の前で、どれだけ押し込んでも、魔道により魔装と化した、暴風を練り込んだそれであっても、その壁を前に一寸すら押し込めない。

 王は視線一つ向けていない。

 単騎では警戒する意味もない、そう示すかのように。

「王としての在り方を」

 一瞥すらせず、『衝撃』が首無し騎士を無双の槍ごと吹き飛ばす。

「立ち方を、示せ。出来ぬのなら……此処で幕引きぞ」

 迸るは王圧、『衝撃』。

「『我らの手で』」

 王の見る夢、千年前最強の神術を備えし王であり、伝説の偉大なる騎士、

「ぁ、ぁぁ」

 『獅子王』ウルティゲルヌスが聳え立つ。


     ○


「……ぎ、ぃ」

「……ぬ、ぅ」

 誰もが言葉を失っていた。

 フロントラインを任されしは当代最高峰のフィジカルを持ち、片方はレコードホルダーたる歴戦の騎士、もう片方も若くとも十分な経験を備えた騎士である。

 だが、そんなもの関係ないのだ。

(喉が、焼けるッ!)

(息をも、封ずるか……怪物め)

 蒼き炎の巨人は、ただ其処に在るだけで周囲一帯を焦熱地獄と化す。近づけば近づくほどに、気温は跳ね上がり、迫撃の間合いはあらゆる動植物の生存を許さない。

 千年前、歴戦の猛者たちを、戦争経験者をも唸らせたイドゥン派第二位の、

「あんなの、どうしろって言うんだ?」

 新時代を彩る最高峰の神術。

 『蒼炎』は凡夫の肉薄すら許さない。対峙する騎士がレコードホルダーならば、この災厄の騎士もまたレコードホルダーである。

 公式に観測された中で、最も多くの人を、物を、破壊し尽くした人類の大敵。

『……ァ』

 欠伸を噛み殺しながら、つまらなそうに睥睨する。

 千年前の新鋭の眼には未だ、敵対する騎士はいない、見えない。

 全てが有象無象である。

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