第393話:天才だと信じたかった者たち

 シラー・キスレヴは天才である。と言うよりもそもそもユニオン騎士団の門を叩く騎士の大半が、騎士界隈で言う天才の括りであり、その中でも優秀な方なのもまた疑いようのない事実である。その自認は間違いではない。

 事実、彼は対抗戦を優勝に導いており、今なお母校のスターであるし、成績優秀、頭脳明晰、その上で彼には言語化不能な異能があった。

 理屈はない。ただわかる。

 相手が何をしてくるか、相手が何をされると嫌なのか、それがわかる。わかると言うよりも彼がそうすべき、と思った行動が結果としてそうなっていた、の方が近いか。本人も、周りも、方々手を尽くして理屈を求めたが答えはない。

 何となくそう思った。

 それ以外の理由、理屈がないのだ。

 彼はそれゆえに自分を、真の天才だと思い込むようになった。無論、真の天才に相応しい実力を、格式を、全てを備えるための努力も欠かさなかった。

 神から与えられた言語化不能のギフト、それを失うことが怖かったから。

 しかし、それがある限り無敵。

 誰にも負けない。

 それが自分の人生なのだと、選ばれし者なのだと、本気で信じていた。

 そう、信じていた、である。

「天才が、止まらないッ!」

 他の者が立ち入ることすら出来ない戦場。天才モードのシラーゆえに対応できているが、そもそも離れていてもまともに見えない攻撃の数々。斬撃が光を帯びて、飛び回るような、常軌を逸した戦場に誰が立ち入れようか。

 無論、

「てててて天才!」

 天才である。

 だが――

(……さすがに、伝説ッ)

 必死に自己暗示を続けるシラーであったが、その内心は近づくほどに圧を増す騎士への恐怖とのせめぎ合いがあったのだ。

 別に身体能力がずば抜けているわけではない。

 別に反応速度が特筆しているわけでもない。

 オール満点を取る自信はあるが、百二十点、二百点の項目を彼は持たないのだ。

 正直、現時点で自分が何故対応できているのかすらわかっていない。

 それでも、

(これしかねーんだよ、私にはァ!)

 センスだけを頼りに進む。

 自分にはそれしかないと知っているから。

 そして、

『何も見えとらん。水物頼りの、何が騎士や』

 本当はそれすら本物からすれば張りぼてであることも――

「どうした天才?」

「ッ⁉」

 僅かな緩み、シラーは自らへの確信が、今浮かべるべきではないノイズのせいで揺らいだ、その弱さ、脆さを自省する。

 そのせいでこんなやつに借りを作ってしまった。

「敬語ォ」

「後輩にこびへつらうな、と言ったのは何処の誰でしたか?」

「……上下関係ィ」

「はいはい」

 自分を天才と信じるしかないシラーとは対照的な、自分を凡人と定義したことで自らの騎士としての在り方をも定めた男、アントン・マンハイム。

「……剣、納めていたか」

「ええ。それで、より強く、速い攻撃が来ました」

「何のための武器だよ、それ」

「確かに」

 必死に、センスを頼りに間合いを詰めるシラーに代わり、ウルティマの変化をいち早く俯瞰して、その攻撃に割って入った。

 常人には見えない攻撃である。

『■』

 ほう、と今度は騎士は疑問を浮かべることなく、捌かれた理由を解する。

 あの騎士は起こりだけで反応してきたのだ。

 つまり、

「応じ、出来るか凡人?」

「じゃないと、前には出ませんよ」

「なら、往くぞ」

「イエス・マスター」

 さらに速く、回転数も跳ね上がった拳での連撃。これが『騎士光』と名付けられた騎士の本領であった。

 何人よりも速く、多くを打倒する。

 出来れば殺さずに――それが生前の騎士の理念でもあった。

 圧巻の、閃光の煌めき。

 先ほどまでは児戯、試しでしかないと言わんばかりの武である。

 それを浴びながら、

「ド天才ッ!」

「おおッ!」

 二人の騎士は歯を食いしばりながら何とかしのぐ。手数が上がった。手の速さも一段上。それでもアントンのサポート込みで、なんとか食い下がる。

 じわじわと、

((速過ぎるだろ⁉))

 押し返されながら。

「もう、近づくことも、できない」

 ヘレナは自身の無力に絶望していた。リュネが近くに立っているだけで、他の騎士は皆極力安全圏に、つまりほぼ戦線その外側にいた。

 自分もそう。あの場では何一つ、役に立てそうになかったから。

「あれが、隊長格なんですね」

「あ、そういう言い方しちゃう?」

「そりゃあどっちも世間一般では天才だけどさ、それ自分らもそうでしょ? 努力していい学校に入って、努力してちやほやされて、世界最高の騎士団に入った。みんな一緒だよ。自分が天才と信じて、此処へ来た」

 リディオ、ジャンは誇らしげに自分たちのリーダーを見つめる。

「でも、其処で気づくんだ。あれ、自分は天才じゃなかったって」

「まずは其処からっしょ」

「……」

 学校というカテゴリーは開けているようでそうではない。どうしたってその学年での相対評価となるし、もっと言えばその学び舎の外を知る機会すら少ない。一つ年齢が違えばもう、比較する方が難しいだろう。

 そんな環境を卒業し、騎士団に、仕事に就いて初めて世代の枠が外れ、無差別級での戦いへと放り込まれる。

 世代最強が十年二十年に一人の人材を前にわからされる。毎年起きる悲劇。どうしたって現実は甘くない。

 君臨する本物たちの壁は分厚く、それがそのまま苦い現実となる。

「あれ、どっちも攻撃は見えてないよ、たぶん」

「え?」

「天才隊長閣下はセンス一本、アントンさんは相手の技の起こりを見ている。最初にシラーさんが前に出たのは情報収集のため。情報があろうがなかろうがやること変わんないのはあの人の強みだ。でも、それって怖いだろ?」

「俺はアントンさん役でも怖いね。だって、結局技は見えてないんだ。起こりを見て、あとは来ると信じて捌く。間違えたら、死ぬ」

「……」

「方法は違う。でも、あそこに立つのは別に才能がずば抜けているからじゃない。言っちゃなんだけど、二人ともスペックは凡人寄りだよ。隊長格じゃ」

「覚悟の差ってこと。それは覚えとくといい」

「……はい」

 天才と信じ続けるしかない男と天才だと信じていたのに現実を知り自らを凡夫と飲み込んだ男、その上で秩序の騎士として戦う選択をした者たち。

 諦める選択肢はあった。

 そうして団を変えたり、剣を置いた者たちもいた。

 それでも彼らは、

「まだかよ!?」

「四の五の言わずに頑張れ天才!」

「敬意ィ!」

 今もなお、ギリギリのところで立ち続けている。

「って言っても、アントンさんも普通にオファー組だけどね」

「そもそもオファー貰えん時点で察するべきなんよな、俺ら」

 かつて、学び舎の世界で英雄だった者たち。

 しかし、大きな世界へ漕ぎ出て、自分が本物の天才ではなかったと知る。

 秩序の騎士は、世界最高の騎士団であるユニオン騎士団は残酷なのだ。

 世界中から、世代を超えて才能が集まるから。

 有象無象の天才たちの中に『本物』が混じるのだ。

「さすがです、お二人とも」

 第十騎士隊隊長、『中立』のリュネ・ループが片眼鏡を外す。二人のおかげで彼の技をたくさん見ることが出来た。見事な技術である。敵ながら天晴れ。

 無駄がなく、流れるような所作は指の先まで芸術的。

 本当に素晴らしい。

「充分、拝見いたしました」

 普段彼女は、視力が『悪い』方の眼でしかものを見ない。ド近眼なのだ、片目は。だから眼鏡をしている。

 だけど、


「参ります」


 もう片方の視力は測定不能。遠くを、広く、何よりも細やかに見据えることができる特別な眼を持つ。そして、一つ目でありながら、遠近感も備える。

 理由は――複眼であるから。

 一つの眼の中に無数の眼が細かく動く。異能である。何故そう生まれたのかは定かではない。家族親族に同様の症状はなく、彼女だけがそう生まれた。

 外に出ることを許されず、監獄のような場所に家庭教師を付けられて学びを、戦闘技術を得た。家が事業に失敗し、没落した結果、彼女は売りに出された。

 最強の騎士として。

 無論、その経歴を知るは秩序の騎士でも限られた者のみ。一応公には偽証された経歴が公開されている。

 そして、紆余曲折を経て隊長に至る。

 つまり――

「私は欠陥持ちの騎士などこれっぽっちも認めないが、さっさとしろ!」

「場は整いました! マスター・ループ!」

 事実、彼女は強かったのだ。それも桁外れに。

 愛用のツインブレードを旋回させながら、この場で唯一、敵騎士の攻撃を見ることのできる『本物』の一人が、立ち上がる。

「三分で終わらせます」

 大嫌いな自分の異能とて、世のため人のために役立つのならば行使しよう。

 時間制限、三分。

 それ以上は脳が処理限界に至る。

 ただし、

「どうも」

『ッ⁉』

 その時間、彼女は秩序の騎士最強の実力を持つ。ウーゼルのみ互角、それ以外の隊長全員に彼女は三分で勝利を収めている。

 閃光を掻い潜り、瞬く間に肉薄、

「見えていますよ?」

 初公開の蹴りをもかわしながら、切り上げる。

 薄く、黒き血が舞う。

『■ッ!』

 騎士は笑みを、浮かべたような気がした。

「……くく」

 『本物』もまた、笑む。

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