第392話:アゲてこーぜ

 『蒼巨焔』のムスペルヘイム。百年前、数多の文献に残された被害の数々は圧倒的であった。アルテアンを含む国が四つ、その崩壊によって間接的に滅んだ国も少なくなく、損害は観測不能。

 全てを焼き尽くす劫火、その威力範囲共に桁違い。

 数多の騎士が挑み、

『……』

 額の騎士に辿り着くことも出来なかった。

 座し、睥睨する騎士は隠れ潜む気など毛頭なく、正々堂々と姿を見せて構えている。隠れる必要などない。相手を取るに足らぬものと考えているのだろうか。

 遠く、高き、その姿からは敵意以外の何も読み取れない。

 騎士級が相手、とうとう自分の出番が来た。活躍して、自分と言う大物を逃がしたことを後悔させてやる、そう思っていたのだ。

 だが、

「……っ」

 小さな頃から大天才、第五騎士隊に所属するアミュ・アギスはそれを見上げ、圧倒され、言葉を失っていた。

 負けると考えて戦ったことなどない。

 だけど、目の前の怪物相手に勝っている自分が想像できない。

 ほんの、少しも――

「大丈夫」

 そんな彼女の背を、ばーんと叩くのは同じくオファー組、アセナ・ドローミであった。正直、納得していなかった。もちろんまだ勝ったことはないけれど、近いところにはいると思っていた。彼女が選ばれたのなら自分だって、

「まだ少しアミュちゃんには早いだけだから」

「……は、はい」

 それが大きな勘違いであったことを、今知る。稽古で手を抜いていたとか、そんなことはない。そんな器用な騎士でもない。

「すまないね。さすがに私は役に立たない」

「後方任務も大事!」

「ん、その通りだ」

 自分よりもずっと、弱いはずの先輩すら自分より余裕が見受けられる。自分が矢面に立たないから、ではない。おそらく立て、と言われても同じ振舞いである。

 場数の差。

「勝つ」

 背中の大きさが、自分との距離。

「伊達に歳は食ってないよ。先輩って生き物はね」

「……はい」

「すぐ君もあちら側だろうけどねえ」

「精進、しますッ」

 あそこは遠い。たぶん、この色々考えている先輩が自分を連れてきたのは、この距離を実感させるため。

 あそこはただ、強いだけで立てる場所ではない。

 そう、伝えるために。

「私と卿がフロントだ。やれるな?」

「イエス・マスター!」

「セイビングはドローミを支えてやれ」

「イエス・マスター」

「そして……わかっているな?」

 この場のリーダーとして指示を飛ばすフェデルは背後に控えるユーグを見る。

「心得ております、マスター・グラーヴェ」

「うむ。ガーターは後方待機。他の者はマスター・クリュニーの指示に従い、あれが放つ軍勢を相手せよ! 今、此処が最終防衛ラインであるッ! 自らの命を惜しむな! 自らの背後に生きる、民のために生きて、死ね!」

「イエス・マスター!」

 フェデルの檄を受け、後方支援役の精鋭たちの士気も跳ね上がる。そう、うしろに控える彼らもまた、世界最高峰の精鋭たちなのだ。

「開戦する。ついて来い」

「はっ!」

 ただ、そのさらに前を張る彼らが――

「ッ⁉」

 もっと化け物なだけで。

 フェデル、アセナが同時に前へ、足を踏み込む。爆発音と共に、

『……■』

 この場に君臨する最凶の視線を、興味を招いた。


     ○


「私が主役だぞ!」

「「……」」

 相手は騎士級、しかもおそらく伝説のメンバー三人でようやく討ち取った存在となれば、普通はもっと警戒するだろう。

 少しは慄くとか、慎重になるとか、色々あるはずなのだ。

(だ、大丈夫なの、こっちは)

 第十のメンバーとして同行する黄金世代、第十騎士隊のヘレナ・テロスは第九隊長、シラーの子どもっぽい振舞いに愕然としていた。

 それを、

「名案かと」

「素晴らしい考えだと思います、マスター・キスレヴ」

 リュネ、アントンが何故か持ち上げた。

 それでさらに、

「当然だな」

 調子に乗るシラー。第九の隊員は空気を読まずに「天才天才!」とやけくそのような応援をしているが、他の隊は白い眼であった。

 ただ、

「いよ、我らが大将!」

(あれ?)

 第十や第七の経験豊富な騎士たちがヨイショに加わっていたのを見て、ヘレナは少し疑問に思った。実力では及ばぬとも知識だけは、と他隊の騎士の情報も網羅している彼女からすると、実力が上の騎士ほどそうしているように見える。

 何かがおかしい。

「やあお嬢さん」

「俺たちが疑問に答えてあげようか?」

 そんな彼女の下に、

「……結構です」

「「なぜ⁉」」

 第七のお調子者コンビ、リディオとジャンが近寄ってきた。彼らもアントンの補佐として第七の代表者に選ばれていたのだ。

 当然、ヘレナもこの二人を知っている。

 極めて優秀だが、それはそれとして酒癖も女癖も悪いと評判、普通騎士は他の職業相手にコンパでは無双できるはずなのに、毎度惨敗して返ってくる駄目ンズ。

 警戒してしかるべきであろう。特に異性なら。

 そんな状況下ではないのは百も承知の上で、である。

「お、始まるよ」

(……結構って言ったのに)

 髪の長いリディオの言う通り、単独でシラーが敵へ近寄っていく。魔族にしては大人しく、敵の到来を待っていた騎士も動き始めた。

 二つの距離が、少しずつ縮まる。

「あの――」

「あ、ここ別に安全圏じゃないよ」

 リディオ、ジャン、二人の剣がヘレナの前で何かを受けて、そらした。

「「重ンもッ⁉」」

 そして二人してびっくりする。

「いちち、この立ち位置良くないな。少しずれようか」

「は、はい」

 この二人がいなかったら、今ので自分は死んでいた。警戒していなかったわけではない。余所見をしていたわけでもない。

 ただ、瞬きをしただけ。

 瞬きをしただけで――流れ弾が飛んできた。それだけなのだ。

 相手はこちらを、狙ってすらいない。

「さすがに速いなぁ」

「ああ。あれはやべーわ」

 ただただ速く、強い。その攻撃は全て、それゆえに光を帯びる。厳密にそれは光ではなく、当然光速ではない。

 だが、人の反応できる代物でもない。

 瞬きしたら死ぬ。これだけ離れていてもそうなるのだ。

 それなのに、

「あれは、なにが、どうなって」

「まあそりゃ」

「あの人が主役を張れる配役だしな」

「モチベも高い」

「「何よりも――」」

 視線の先、『貴公子』シラー・キスレヴは敵騎士級、単身で強き者のみと戦う稀有なる魔族として、ウルティゲルヌスに敬意を持って名付けられた『騎士光』ウルティマの連続攻撃を、避けに避けまくっていたのだ。

 人間離れしている。

 ありえない。

「「自己肯定感(バイブス)が跳ね上がっている」」

「そ、それで?」

「それだけ。そう言う天才なの、あの人」

「そうそう。あれ、俗に言う天才タイムってやつ」

「え、ええ?」

 ヘレナの知らぬ情報。

「ま、学生時代知らんと知らねーか」

「だな。あの人の全盛期だしなぁ。良くも悪くも仕事向いてなかったのよ、あの人。それで色々あるけど一応隊長だし……化け物ではあるよ。当たり前だけど」

「……?」

 そんな話をしている間も、

「天才天才天才天才ィ!」

『……?』

 シラーは誰もが目視すら叶わぬ攻撃を、ただ一人矢面に、舞台の上に立ってかわしまくっていた。もはや、攻撃を見てすらいない。

 と言うか、

『???』

 眼を瞑っている。

「あのアホ」

「アホですね」

 アントン、リュネが呆れ果てる状況で、

「天才が過ぎるッ」

 バイブスと共に調子もアゲアゲ、シラー・キスレヴは伝説の攻撃をかわしまくり、少しずつ間合いを詰めていく。当然、攻撃の苛烈さは増す。速さも、回転数も、もはや常人の眼には光が明滅しているようにしか見えない。

 なのに、

「ン天ッ才!」

 当たらない。かわし続ける。

 全部、

「大人になっても怖いもの知らずかよ、あのアホは」

「まあ、童心に帰ってもらわねば困りますよ。それが強みなのですから」

 ヤマ勘で。

『■?』

 何故、と騎士級の声が聞こえたような気がした。

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