第391話:ユニオン騎士団、立つ
ただでさえ国が割れ、機能不全に陥っていたところに予期せぬ魔族の襲来。一部は『鴉』が招いたファウダーであるが現在では大半がそうではなくなった。
むしろ、
「や、やめてくれェ! お、俺は魔族で、君たちの同じゅッ⁉」
『■■ィ』
各地で暗躍していたファウダーたちすら有無を言わさずに襲われ、蹂躙されていく始末。どんどん魔族は増えていく。ダンジョンは現れたり、現れなかったり、不安定で不透明な状況が続き、悪化の一途を辿る。
正直、王都に力押しできずに睨み合い、膠着しているスタディオン、彼らに同調した勢力にとってはあまりにも苦しい情勢であった。
現状、膠着状態ならば戦力を保持する意味はなく、周辺の援護に方々駆け回らせているが、それもキリがなく各都市から王都周りだけ狡い、騎士が守るのは王都近郊だけか、というクレームも届いている。
届いているならまだマシ。
「……連絡、つきませんね」
「……ううむ」
列車、通話機などのインフラも正常とは程遠く、無事を確認する手段が人を差し向けるしかない状況であった。
が、その人が足りない。
各地から来る悲鳴すら足りず、すでに届かぬ声に応じることも出来ない。
「リンザールからもないか。参ったな……俺のせいだよな」
「まーまー。なるよーになるっしょ」
各地を駆け回り戻ってきたばかりのティルは連絡なしの状況に頭を抱えた。自分が上手く立ち回れず、合流を阻止されてからずっと状況の整理が出来ない。クルスが今何処にいるのかもわからず、無事なのかすら不明。
さすがにラックスを確保、もしくは殺したとすれば大王陣営がそれを周知するはずなので、そうなっていない以上無事ではあるのだろうが。
「うまうま」
同じく駆け回っていたパヌはクッキー状のレーションをぽりぽりとハムスターのような所作で、出来るだけ時間をかけて食べていた。
少ない量でお腹が満たせるから。国家存亡の危機に際し、食料の節約のための行動かと思いきや、本人曰くダイエット中らしい。
太っているようには全然見えないが。
「……よ、よくあれだけ駆け回って、余裕があるな」
「ほ、本当に」
「トゥロたちはサボり過ぎ。俺、仕事の間にこっそり走っている」
「「うっ」」
「走らなくなる奴は少なくない。団入りすると色々理由を付けてな」
「「うぐッ!」」
パヌ、アスラクとしっかり学校時代の習慣を断ち切らずに、体力維持に努めている騎士はまあタフである。一日中走り回った後でもケロッとしているのだ。
逆に仕事を理由にサボるとひーひー言う羽目になる。
あるあるであろう。
そうこうしている内に――
「マスター・ヴァルザーゲンが戻ってきたぞ!」
さらに状況は動く。
「しかも……マスター・カズンも一緒だ」
フォルテ、バレットが王都から秘密裏に抜け出し、スタディオンと接触する。大王陣営が最も警戒しているであろう状況下で、連絡任務をこともなげに達成するあたりはさすが隊長格、正しく役不足と言える。
「王が動くぜ。で、どーするよ?」
端的に、フォルテが状況を述べる。
皆が息を飲む発言であろう。やる気はある。無ければここへ集まってなどいない。ただ、同時に伝説の騎士と向かい合うのはログレスの民ならば躊躇してしまうのも仕方がないことであるのだ。
「うちのクレンツェはやるとさ」
「なら、やるっしょ」
「だな」
「ね」
「ああ」
ログレス組はディンがやる気、ただそれだけで即時覚悟を固めた。先ほどまでひーひー言っていた者たちも、見事な変貌ぶりである。
「いいねえ。そうこなくっちゃ」
若者たちのやる気を受け、フォルテは笑みを浮かべた。
「ただ、その前に……遠足行きたい人ー」
「……?」
「はーい」
ノリで手を挙げたパヌ以外は全員どういうこと、となる。
○
ログレスだけに留まらず世界中が混乱の極みにあった。
ブロセリアンドでは――
「今ですわ!」
最新型の大盾を前に、濁流をただ一人せき止め、背後を守るはユニオン騎士団第三騎士隊、フレイヤ・ヴァナディースであった。
ユニオンが誇る最硬の防御力、範囲。天才イールファナ・エリュシオンの手で日夜改良を重ねられた最新型と彼女の圧倒的な魔力とそれに裏打ちされたフィジカル、何よりも見た目に反して基本ど根性の女傑が魔族の攻撃をしのぐ。
巨大な蛙、見た目は少々可愛らしいが、この蛙一匹で集落四つが濁流に飲まれ、三百人以上が行方知れずとなった。
ブロセリアンドと言う国家において、ここ百年では一度もなかった大災害、と言える。その災害の元凶を、フレイヤはただ一人止めていた。
全ては――
「よくやったァ!」
「見事だ、レディ」
この二人の怪物を、蛙の形をした怪物にぶつけるために。
怪物には、怪物をぶつけるのだ。
「遅れるなァ! ジョルジュ!」
片や、ユニオン騎士団第三騎士隊隊長を。
「君こそ」
片や、ブロセリアンド王立騎士団団長を。
怪物の攻撃をフレイヤが受け切り、この二人の怪物へ繋げる。
その仕事を、フレイヤと大盾は果たし切った。
二人の騎士はそれぞれの得物を手に、一気に距離を詰めていく。蛙はゲロゲロと鳴きながら、自らが飲み込み滅ぼした集落の残骸を、礫のように吐き出す。
濁流の恐ろしさは流れの速さもあるが、その中身が不透明であり混沌としているところにある。人を殺傷し得るものが混じった水は、如何なる凶器よりも恐ろしい。
しかし、
「「温いッ!」」
二人は同時に攻撃へ突っ込み、切り裂き、速度を緩めることなく突貫する。この僅か隙間を作るため、フレイヤは身体を張ったのだ。
それを生かさずして何が年長者か。
何が騎士か。
『■■』
「なっ!?」
蛙の、腹の奥底から響く合唱と共に、さらに濁流が溢れ出す。どうやらあの蛙、体の中にダンジョンを内蔵する、極めて珍しい魔族であったらしい。
「おい」
「肩にしろよ!」
「やだ」
「あー!」
ぐしゃ、とブロセリアンドの団長、その奇怪な頭を踏みつけ、第三騎士隊隊長であるヴィクトリアは舞い上がった。
それと同時に、団長は濁流に飲まれて流される。
が、
「我らの勝ちだ!」
『黒百合』と呼ばれる長く、つややかな黒髪をたなびかせ、ヴィクトリアの槍が蛙の頭蓋を打ち抜き、貫いた。
勝利である。
ヴィクトリアは槍を掲げ、近づくことすら叶わなかった騎士たちを鼓舞すると共に亡き民への哀悼も、その勝利にて行う。
「お見事でしたよ、フレイヤ」
「サポートが限界でしたわ」
「それすら出来なかった私らの立場よ」
サラナ、レリーの両副隊長らがフレイヤを労う。彼女は本気で届かなかったことを悔やんでいる様子だが、そもそもあれを前に矢面に立てるだけで規格外なのだ。相手はある意味水害そのもの、人類にとっての永劫の大敵である。
「気にせず。あなたも充分化け物ですよ。あの二人は、年季の入った化け物なだけです。そんな彼らすら、あなたの代わりは務まらない」
「そうそう、胸を張りなさいな」
「……イエス・マスター」
一人で立つ、完結せねば騎士にあらずは昔の話。無論、それなりに一人でやれる技量は必要だが、その先は専門職でも構わない、とサラナは思う。
「おーい、サラナ~。助けてくれ~」
「呼んでいますわ」
「聞こえません」
笑顔で無視をするサラナ。その辺、よくわかっていないのはレリーも同じらしい。ブロセリアンド組で色々あるのだろう。
学友同士、
「せめて、髪だけ整えてくれ~」
「だから、垂らしたままの方が良いでしょうに。相変わらずセンスがない」
色々とあるのだ、きっと。
「で、我に報告はあるか? サラナよ」
蛙狩りを終えたヴィクトリアが第三の皆に合流する。その貌は晴れやかであるが、何処か普段の彼女とは違う顔つきであった。
ちなみに彼女も彼の悲鳴は無視している。
「はい。先ほどユニオンから連絡が入りました。正式に確認されたそうです。第十、第九、第七方面が『騎士光』ウルティマ、第二、第五、第八が『蒼巨焔』ムスペルヘイム。いずれも残る文書と特徴が一致したとのこと」
「……つまり、我々は外れ、か」
「……逆です、隊長」
正式に相手が騎士級であると確認された。
それが相手でなかったことを当りとするか外れとするかはまあそれぞれ考え方はあるだろう。人類の大半はヴィクトリアの逆であろうが。
「さすが隊長ね! イカスと思わない?」
「そ、そうですわね」
レリーの隊長好き好きが発動する横で、フレイヤは仕事をこなしながら体得した愛想笑いを浮かべていた。
(……ふぅ。じゃなくて、まだ何も終わっていませんわよ。しっかりなさい、私)
もし、この仕事を終えて一休みする機会があれば、休暇でも取って久しぶりに彼を映画にでも誘おうかと思う。命のやり取りですり減らした心を補充する。
彼が一緒に休みを取ってくれるかは――未知数であるが。
○
光輝ける騎士。
それを前に誰もが表情をこわばらせていた。一目でわかる異質、肌で感じるは圧倒的な力、人型でありながら、見た目に反して巨大に見える。
圧が、迸る。
「上司たちはどうしたんだい、マンハイムゥ」
「別件でして。自分で勘弁してください」
「ふん」
「仲、よろしいんですね」
「「よくない」」
だが、そんな中、彼らは圧を感じながらもその足に揺らぎはない。少なくとも感じさせぬだけの、強く立つ気迫が感じられた。
第九隊長シラー。
第七主任騎士アントン。
第十隊長リュネ。
彼らが伝説の騎士たちを伝説とした、最古の騎士級に向かい合う。
それと同時刻、
『……■■■』
怒りの蒼き炎、それが象るは炎の巨人。巨人の額には小柄な騎士がゆったりと座し、眼下のムシケラを、滅ぼすべき敵を見据えていた。
魔王イドゥン侵攻の折、その先槍として現れ多くを炎に包み、当時アルテアンと呼ばれた国を一夜にして滅ぼした騎士級である。
最後はアルテアン出身であったリュディアの、復讐の刃に倒れたが、その被害規模は確認されている範囲では最大最高、つまりは最悪。
ミズガルズにとっての悪夢が再来したのだ。
向かうは、
「卿が後方で我慢できるのか、カノッサよ」
第二隊長、フェデル。
「とうにわしより上じゃよ。この二人は」
第五隊長カノッサ、に代わり、
「足を引っ張らぬよう励みます」
「勝つぞー!」
第五副隊長ユーグ。そして大抜擢、第五隊員のアセナ。
「振り回されぬように善処しますよ、私は」
第八隊長オーディも控える。
勝つために精鋭を揃えた。危機を跳ね除けてこそ、秩序の騎士、ユニオン騎士団である。今、総力を結集して事に当たる。
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