第389話:おやすみ

「……っ」

 ユニオン騎士団第八騎士隊隊長、オーディ・セイビングはその動きに目を見開く。普段、落ち着き滅多なことでは驚かぬ彼を驚かせたのは――

「これ、で!」

 同じく第八騎士隊隊員、テラ・アウストラリスであった。

 ピコ・アウストラリスを彷彿とさせる型。しっかりと基礎を突き詰め、ストレッチなどの各種柔軟も欠かさぬ彼の動きは、オーディの知る彼の動きに近づいていた。だからこそ、最近では驚きも少なくなっていたのだが――

(この、ムーブは)

 突き詰め、研磨し、固めた強固で芯の通ったそれに、小さくひびが入った。模倣の先へ、目指そうとする姿勢が、彼を一歩先へ運ぶ。

 これは正しい変化なのか、オーディとて正解を知るわけではない。

 ただ、

(最高に気持ち悪く、やり辛い。拍子が、狂いますね)

 自分もまた基礎を突き詰め、凡庸と謳われるほどに華のない剣を使うが、それゆえに外れた動きは気持ち悪く映った。

 そして、戦闘とはとどのつまり、相手が嫌がることをする、これが王道。

 ならば、気色悪く感じ、歪で不規則な動きは、

「らしくありませんでしたね」

「あ、わかりましたか」

「それはもう」

 歓迎すべきものなのだろう、とオーディは思った。ただ、その自分の感覚を伝えることすら紛れとなる、とも考え、テラに心境の変化をそれとなく問うた。

「昔、よく遊びでピコがやってくれたんです。不思議なムーブで、こう驚かせてきて……予想できなかっただろう、まだまだ甘い、動きが硬い、センスがない、真面目で面白くない、つまらない……思えばほぼ悪口でした」

「く、くく」

「わ、笑わないでくださいよ」

「いえ、失敬。随分と、私が聞いていた話と違うな、と思い」

「え、ピコ、私のこと何か言っていました?」

「故人の個人情報ですのでノーコメントで」

「……それは寒いです、隊長」

「……これでもそれなりの年齢なのでね」

 オヤジギャグへの若者の冷めた目にオーディはしょんぼりする。

「ふとそれを思い出して、今の自分なら出来るかなって思ったんですけど……やはり変でしたか?」

「変でしたよ」

「で、ですよねえ」

「でも、まあ、別にいいんじゃないですか? 変でも。それを君が面白いと思うのなら、一度突き詰める冒険をしてもいい。その回り道が君に何かをもたらすかもしれない。焦らぬと決めたのでしょう?」

「……はい。そのつもりです」

 黄金世代、その中で彼は前評判ほど目立つ活躍をしていない。各隊の隊長のように、オーディが特別扱いをせず公平に扱っていることも大きい。この稽古とて、希望した隊員をきっちり順番待ちし、その列を彼は一度も乱したことはない。

 まあ、最近の若者は控えめなのか、常に希望しているのはテラぐらいのものだが。

 綺羅星の如し同期には現状、差を付けられているのだろう。ただ、焦る意味はない。最後の最後、歩き続けた者が勝者となるのは往々にしてある話。

 テラの強みはピコがかつてオーディに話した通り、自分よりも不器用で、同期よりも劣ると自覚しているところ。飲み込みが悪くとも、コツコツと頑張って次に会う時までに覚えてくる泥臭さ、それが自分にはない強みだとピコは言っていた。

 自分を慕う者に恰好を付けて、天才のように振舞った。それゆえに憧れとなり、彼の陰は伝わらぬまま世を去った。

 そして今、思い出を糧にテラは一歩進む。

「では、隊長命令です。即時、業務を他の隊員に引継ぎ、私に同行してください」

「きゅ、急ですね」

「急な仕事ですので……先に言っておきますが今回の案件は危険です。そして、君はメインを張らずサポートに徹してもらいます」

「それは構いません。サポート経験は同期の誰よりも豊富なつもりです」

「結構。攻略の是非はともかく……いい勉強になりますよ」

「勉強、ですか」

「ええ。相手は推測ですが騎士級、それもこれまた推測ですが最上級です」

「なっ!?」

 騎士級など、大戦以降公式に観測されたのはアスガルド、メガラニカでの二件のみ。しかもアスガルドの方は観測者が少なく、公式と見做されぬケースもある。

 そんな存在が、いきなり現れたのだから大事件であろう。

「現在、動ける各隊のエースが投入されます。問題は……一か所ではない、と言うことですが。最も手強いであろう相手へ、我々は向かいます。覚悟を」

「……大事ですね」

「ユニオン騎士団の存在意義が問われることになります。負ければ、ですが」

「ですね」

 秩序の騎士として、此処で矢面に立たねばいつ立つ、と言う話。

「でも、どうして推測でも相手の戦力を読み取ることが出来たのですか?」

「いい質問ですね。それが今回の肝です」

「……?」

「現在、各地で散発している魔族の襲来ですが、その多くがどうも、かつて確認された魔族である、と報告が来ているのです」

「え?」

「何故か、は聞かないでください。誰にもわかりませんので」

「い、イエス・マスター」

 過去、討伐された魔族の発生。大国ログレスの内紛など面倒ごとが多い時期に、重なるように厄介極まる事件が連なる。

 果たしてこれは偶然か、それとも――


     ○


「……散れ!」

「次は何処へ逃げる気だ? 老兵ども」

「……」

 逃げた先で再び現実に突き当たり、こうして現実が追いかけてきた今、もはや彼らの心は再起不能と化しつつあった。このまま戦線離脱し、戦列から離れる者も少なくないだろう。剣を置き、今に口を挟まぬ老人として生きる。

 それは――

(……地獄じゃな)

 ソル族の寿命の長さが、彼らを苦しめる。ノマ族ならばとうの昔に、惜しまれながら家族に看取られている。ノマ族二人分すらザラ。

 だが、惜しまれている内が華なのだ。

 それを理解しつつ、今この場で剣を握り突貫して散ることこそが、戦士としての本懐と理解しつつも、そうできぬ以上自分たちは才能に恵まれながらも、やはりならず者であったのだろう。

 それを知り、今一度剣を置く。

 其処からの余生は、気が遠くなるほどに長い。

 心が砕け散る。

 クルスの到来で完全に敵は総崩れとなった。戦力差が問題ではない。問題は士気、現実に挟まれた彼らに、もはや立つ瀬はなかった。

 それを見届け、

「我が主よ。久しぶりに運動して少々、疲れてしまいました」

 グレイブスへピコが声をかける。

「う、うー!」

 だけどそうしたら、もう戻ってこれない気がする、グレイブスはまだやれる、頑張れる、とピコへアピールする。

 だが、

「いつも通りに戻るだけだよ。あ、でもいつか、君が私なんかのお守りが必要なくなったら、元々の墓地に返してくれるかい? 私は別にいいんだが、きっと周りは思うところがあるだろうし、墓とは元来、生者のためのものだから」

 ピコは笑顔で首を振った。

 やりたいことは山ほどある。やり残したことも沢山ある。クルスの道のりを色々と聞いてみたい。やはり第七なのか、上司としてあの男はどうか、あと好敵手だった男の講義の内容とかも、卒業まで行ったなら深いところまで経験したはず。

 何よりも出来の悪い、要領も悪い、だからこそこっそりと期待しているテラがどういう状況なのか、知りたい。見たい。

 今の自分を教えたい、とも思う。

 しかし、やはりそれは蛇足であるのだ。

「頼むよ」

「……ぅぅ」

 死者は生者に深く関与すべきではない。此度は少年の意気に立ち上がったが、きっとそれは例外で、現状の彼の力は冥府の深淵にまでは届かない。

 そしてきっと、届くようになったら、其処まで成長したら、彼は自らを律し、容易く力を行使することなどないだろう。

 臆病で弱虫、すぐパニックになり能力が暴発することもある。そんな少年が成長した姿も見てみたいが――

「大丈夫。もう一人が君の大事なものを守ってくれる。二人ならきっと、しばらくは持つ。あくまで予想だがね。それは君の戦いだ。やれるね」

「……うっ!」

 頑張る、とサムズアップするグレイブスを見てピコは微笑み、少し離れたところで暴れ散らかすクルスを今一度視界に収めて――

「では、おやすみ」

 ピコは眼を瞑る。

「うー」

 グレイブスは断腸の思いでピコの接続を断った。意思が消える。力なく、生前を知るからこそ別物の立ち姿に、少年は顔をぐしゃりと歪めた。

 自分がために繋げ、自分がために断つ。

 今まで何の疑問もなく、寄る辺として使い倒してきた力。少年は初めてそれに疑問を持った。自分の行いは正しいことであったのだろうか、と。

 悪いことをしている自覚はある。悪者の仲間なのも理解している。

 ただ、それとは別に、悪いと思っていなかったことですら、むしろそちらの方がよくなかったのでは、そういう思いが去来する。

 頭痛が消えた。それもまた罪悪感を加速させる。

「どうした? 不細工がより不細工になっているぞ」

 いつの間にか敵を追い散らしたクルスがグレイブスの下へ、つまりピコの下へやってきた。意識せずに隣に並ぶも、もはやその死体に意思はない。

「うー!」

「うるさいって? はは、よく耐えた。あの連中が相手じゃその死体一つじゃ厳しかっただろうに。頑張ったんだな」

 今は仲間、グレイブスの頭をクルスは無造作に撫でる。

 それを、

「うっ」

 グレイブスは跳ね除ける。自分は何も頑張っていない。褒められるのは自分ではない。だから、そうじゃないのだと払った。

「なんだ、照れているのか?」

「……ぅー」

「よくわからんな」

 だけど伝わらない。

 ここ最近、言葉が必要だと思う場面が増えた。ファウダーの仲間たちはそれなしに意思疎通を取ってくれるし、ラックスもそうだった。時折ムカつくけど、クルスも何だかんだと寄り添ってくれる。

 それは甘えで、負荷をかけているのだと今更ながら気づいたから。

 だけど、今まで必要だと思わなかったから、積み重ねがない。自信もない。笑われるのが怖い。間違って伝わるのも怖い。

「リアンたちも後から来る。ジジイの介護で忙しいんでな」

「うっうー」

「お、ようやく笑ったな」

「うー!」

 いつか勉強して、胸を張って話せる日が来るのだろうか。

 来たらいいな、と思う。

 そうしたら、

「……」

 この戦いのことを事細かに話そう、そうグレイブスは思った。

 クルスと仲間なのは、

「……うー」

「情緒不安定か?」

 今だけなのだけれど。それはラックスも同じ。

 だって、自分たちはワルモノだから――

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