第388話:おんぶにいないと思ったら――
「「……」」
おっさんずおんぶ。
血だまりの中、ただ一人の生存者として救出されたジエィであったが、片腕は完全に機能不全、その上全身傷だらけで倒れ伏していたため、さすがに死んだと思われていた。が、其処は何だかんだと強靭な生命力を持つジジイ。
虫の息だったのも今は昔、現在は『亡霊』リアンの背で休んでいた。おっさんとジジイのおんぶはなかなか強烈な絵面であり、何処か介護を思わせる。
父子であればほのぼのな感じもあるが――
「おい、どうしたァ?」
そんな中、
「……っ」
突然、リアンが膝を崩した。決して騎士のような頑強な、鍛え抜いた肉体を持つわけではないが、それでも人ひとりで膝を屈するほど柔ではない。
だが、彼は頭を抑え、貌を歪めていた。
「……いえ、申し訳ありません」
「謝られても俺は迷惑をかけている立場ゆえなァ」
おんぶされている方が悪いだろ、とジエィは思うも奇妙な様子は少し気になってしまう。あちらも激戦だったはず、疲労もあるだろうが――
「無理せんでも置いて行けば勝手に追いつくぞ」
「……逆に、今のうちに少しでも役に立っておく必要があるかもしれないので」
「……?」
「まだ、我々は目的を果たしていませんから」
「そりゃあそうだ」
大王一派にハメられ、目的である『トゥイーニー』からかなり遠ざかってしまった。そのおかげで色々と実りはあったが、主力二人が満身創痍となりながらも目的から遠い現状は決して楽観視など出来ない。
上手くラックスが王都へ到達したとして、其処にファウダーが誰一人いなければ、誰が人造魔族と見分けのつかぬ彼女を守ると言うのか。
歩を進める必要がある。
難敵を退けてなお――
○
騎士だろうが魔族だろうが、如何なる状況でも巧みに位置取りを変更し、持ち味を生かした戦いをすることで優位を築くグレイブスたち。
ただ、
「……ぅぅ」
頭痛は強まるばかり、さすがに色々と鈍いグレイブスも変調に気づき、その理由も察しつつあった。力の使い過ぎによる消耗は先ほども経験している。
それと似ているが、異質な感覚もあった。
繋がりが、今にも切れてしまいそうな、不思議なものが。
それは、
「……」
彼によって繋がれている側も感じ取っていた。じわじわと迫る破局の時。器に対して力が大き過ぎたのだ。
もっと成長し、より深く理解し、そしてようやく至る境地。
一人は無意識に、二人は意識も混じるがまだまだ偶然の域を出ない。彼の覚悟に、結びつく側の彼らが応えた側面も大きい。
(……あくまで推測だが、距離は問題ではない。それが問題なら『亡霊』の単独行動はあり得ないから。なら、考えられるのはおそらく、数)
突如、二人に増えた接続。
それが彼に大きな負荷を与えているのだ。『穴』を繋げて移動するよりずっと、大きな負荷を彼ら三名が与えている。
そう考えるのが妥当であり、
(最も合理的なのは……現状役割の薄い最初の一人との接続を断ち、負荷を軽減すること。ただ、二人の負荷に耐えられるかは未知数。最悪は一人、となると大元である私を残すのが正しい判断、となる)
その場合すべきことも明白であろう。
かつての自分なら迷わない、と言った。常に一歩自分の先にいた好敵手も迷わない。きっと、あの蛇も何の躊躇もなく正しい判断を取る。
だが、
「……どうにも、不思議な気分だ」
今のピコは正しさを取る気にはなれなかった。あの日、自分が取るべきだった正しさは、本当に大局を思えば一人離脱する道であっただろう。たまたま差し違えるところまで到達できたが、本来は絶対に届かない相手だった。
抵抗は無意味で、自分が何をしても守り切れない。
しかし、逃げることは出来たかもしれない。なら、逃げを打つべきだった。どうせ誰も守り切れぬとしたら、せめて可能性のある道を選ぶ。合理的な判断とはそういうもの。それは正しくとも、何度繰り返しても、きっと自分は選べない。
無意味と知りながら、立つ以外の道はなかった。
そんな自分が、正しい判断をすべきだ、などと何故言える。
「……っし」
「くっ! 何故、そんな動きが続く!」
「生前、腐っても修練を欠かした日はない!」
「……我らとてェ!」
諦めて彼らとは別の道を模索した。引退して第二の人生を歩み出した。半ば剣を置きつつ、それでも握り続けた気持ちがわかる。
わかるからこそ、残酷なまでに登った山の差が出る。
斬り捨て、優劣をつけ、ピコは歩みを止めずに戦い続ける。
あとは、
「ぅ、ぅう」
グレイブスの判断次第。彼が何を考え、何を選ぶのか。意見はある。こうすべきだと、彼の後々の人生を考えてプラニングしてやることも可能。
教師であった自分ならそうしたかもしれない。
だが、今は死者。何処まで行っても過去でしかない。
だから、やるべきことだけをやる。
明日を選ぶのは――
「うう」
明日を生きる者の特権であるのだから。
彼にもわかっている。何かを選ばなければいけないことが。最も合理的な選択は現状浮いた状態の『亡霊』の繋がりを断つこと。次点は状況が不透明なラックスの方へ向かわせたメラ・メルの接続を断つ。
もしくは、ピコを断ち切りグレイブス本人は全力で逃げに徹するか。これが一番リスクが高い。グレイブスの力を知った騎士たちは死に物狂いで彼を討とうとする。生半可な追撃ではない。それもきっと、彼は理解している。
少年は何を選ぶか。
何を選んでも傷つく。
次、繋げられる確証など何処にもないのだ。
だから、悩む。悔やむ。傷になる。
その傷が――
「……っ」
人を成長させる。
だが、
「……なるほど。そういう、ことか」
ピコは強まる頭痛、霞む視界の中、遠くにもう一つの明日を見た。
人造魔族の、獣の足音。さらに劣勢になる、そう思った。しかし、獣の背中には明らかにおかしな光景があった。おそらく『暗部』であろう御者に操らせながら、その首に剣を添えて脅している、人相の悪い青年がいた。
「なっ!?」
「馬鹿が! 命惜しさに、何を連れてきたァ!」
「第二ラウンドだ。丁度暴れ足りなかった!」
魔族を断ち切り、御者役は優しくぶん殴って昏倒させ、青年が降り立った。芯のある立ち姿である。一見してわかる、素晴らしい騎士なのだと。
そう、わかるのだ。
騎士は立ち姿で、決まるから。
「……そう、か」
ピコ・アウストラリスは奇縁に感謝する。あの日、自分が見初めたわけではない。あの蛇が明らかにおかしな行動を取り、何故かあの少年が御三家に入った。基準には達していなかった。経歴も白紙、普通御三家は取らない。
テュールも、ウルも、その気はなかったはず。
自分も其処まで本気で獲得しようとはしていなかった。
そんな子が、
「クルス・リンザァールッ!」
「来いよ、ジジイども。もう逃げんなよォ!」
歴戦の騎士を圧倒している。ピコの知らぬ剣、想像すらしたことのないリスクの塊の剣を振るい、死の綱渡りを笑顔で駆け抜ける狂気があった。
あの蛇と同じ、踏み込むことに躊躇いのない眼。
死と生の境で、
「騎士に、成ったんだなぁ」
死ぬまで立つ。
完成系を見て、合点がいった。蛇を知るから。自分も彼を調べたから。短い間だが教えたから。だから、わかった。
蛇が何故、彼を選んだか。
答え合わせが出来た。
これ以上ない、冥土の土産である。
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