第383話:俺たちが相手だ

「待ってください!」

 ログレスにとっての伝説、それが再び力強く立つというのなら、それに向き合える者が果たして何人いるだろうか。ましてやログレス出身であればなおさら、王の物語を知らぬ者などいないのだから。

 それでもディン・クレンツェは声を上げた。

「……」

 王は一瞥を送り、騎士たちは祖国そのものである大王へ歯向かう裏切り者、不忠者へ敵意を送る。

 だが、

「魔族を放つような戦となれば、王都の民を巻き込むことになります! そのことについて偉大なる王は何を想うのですか!?」

 ディンは歯を食いしばりながら向き合う。

「ならば、貴様らが剣を引けばよい。秩序の騎士よ、ログレスから出たクレンツェの子が旗振り役とならねば立てぬ勢力など、端からこの国にとって真っ当ではない」

「我々は先に亡くなられた王の意思を継いだだけで――」

「それが問題なのだ。外患誘致、輸血したつもりが毒を招き入れることもあろう。魔導の流れは全て、アルテアンに行き着く。継承者たる小娘が作り上げた流れ、キャナダインすらもいわばその一部に過ぎぬ」

 目先、ログレスは救われるかもしれない。

 ただ、ウルティゲルヌスは最終的に割を食うことになる、と言っているのだ。今の秩序にとっての毒を、目先の利益で招き入れる。

 革新という甘美なる実が――

「だから、陛下を討ったのですか?」

「ああ。俺が討ち取った。喧伝しても構わんぞ。今更、取り繕うのもくだらぬ。全てを知った上で、俺かそちらか、選べばいい。あとは力のみが全てを決する」

「……っ」

 大王自ら、隠し立てする気はない、と言った。

 実際、それで多くの陣営に激震が走るだろう。大王が今更、開き直って全てを認めても潔しとはならない。

 ならないし、大王とてそう見られるとは思っていない。

 自分が其処で割を食っても、多くが敵に回ろうと、全部まとめて相手をする。ただそれだけだと、大王は言っているのだ。

 窮し、開き直り、民を巻き込む戦を起こした老いた王。

 それでいい。

 だから、さっさと戦争をしよう。

「マスター・クレンツェ。これ以上ない申し出ではないですか。ありがたく、ありのままを喧伝し、一気呵成に決着といきましょう」

 バレットは笑みを浮かべ、ディンに決起を促す。

 戦えばいい。相手が自ら窮地に立ってくれたのだ。無駄に長引かせ、迷う要因を与えるよりも、事実のみで押し切り大王を始末する。

 それが最善最短。元より血を見ずに決着などありえない。

「哀れなるウト族の子……随分と威勢が良いな」

「ただ、合理的な判断を促しているだけですよ」

 ウルティゲルヌスの圧に揺らぐことなく、バレットもまた受けて立つ構えを見せる。むしろ、大王の発言でその戦意が僅かに増したようにも見えた。

「……まだ、質問への答えを貰っておりません」

 だが、ディンは二人の生む敵意の衝突すら見てみぬふりをした。

 其処ではない。そうではない。

 どうして、そちらばかり見る、と。

「……なるほど。青い。よかろう、貴様の、いや、卿の質問に答えよう」

 ウルティゲルヌス、大王、王、

「『どうでもいい』」

 二つの声が重なり、響く。

 それにレオポルドは唇を噛み、俯いた。

「騎士を求め、守護者を敬い足るを知る民ならば喜んで守ろう。我らが命を捧げるに足る存在ならば……だが、そんな民が今何処にいる? 欲深き羊たち。我らが守り、育んだ芝を喰らいつくし、隣の芝を見て涎を垂らす愚物ばかり……あげく、騎士へ突き立てる剣を求め、後ろ足で砂をかけると来た」

 ウルティゲルヌスの貌が歪む。

 苛烈に、深く、深く、その眼には民への嫌悪、憎悪、それと同時にかつて抱いていた愛情、強者の責務、律する心が、愛憎が渦巻く。

「そちらを選ぶ。構わぬ。その裏で暗躍する新たなる秩序、足るを知る男の断片しか継がずに、模倣するだけの哀れな小娘に助力を求める。一向に構わぬッ!」

 王の眼には何が映っているのか。

 それは、

(貴様は何も答えられん。それは俺とて同じこと。王の視点は、王にしか持ち得ぬもの。その景色を共有できぬ者に、如何な言葉がかけられようか)

 この場の誰も知らぬ。知り得ぬことなのだ。

 王であったモノしか。

 群れの長であるレオポルドですら王ではない。かなり近い景色は見える。王が抱く嫌悪を、今は彼も多少は共感することができる。

 だが、それでも多少止まり。

 しかもウルティゲルヌスは誰よりも長く、見つめ続けてきたのだ。

 人の営みを。社会の発展を。変わりゆく世界を。

「王には自分が、アルテアンの陣営に見えているのですね」

「それ以外、何がある? 卿の背後で立つその二人、当然だがそちらと繋がっておるぞ? 小娘が送り込んだ走狗、身の内に秘めたる思いがあろうとなかろうと、こやつらもまた紐付きよ」

「自分は第六騎士隊です!」

「ワーテゥルもまた無関係だと思うか? あれだけの資金力を持ち、世界中に根を張ることが出来ているのは……そういうコネクションを持つからだ。ウィンザーの弟子が小娘、魔女ならば、彼奴等は魔女の弟子、その一人である」

「……っ」

 自分の信頼する、無頼の騎士フォルテ。彼女が古巣であるワーテゥルと結びつきが強いのは周知の事実。だからこそ、ディンは信頼していた。あそこは独立独歩、何処とも付き合うが、何処とも重ならない。

 そういう組織だと思っていたから。

 何を信じていいのか、わからなくなる。

「第四の隊長、ファウダーの『鴉』とやらもそう。わかるか? 自分が何処にも属していないと口にできるのは、何も見えていないだけなのだ。卿も秩序の騎士である前に名門クレンツェ家に生まれ、ログレスの子として育まれた。その縁が今、卿を其処に立たせているが、それもまた何かに属する、ということ」

「……」

「俺(ログレス)を選ぶか、そちら(アルテアン)を選ぶか、だ」

 全部崩れ去り、


「あっ」


 ようやく、わかった。

 なんで、

「……そう、か」

 『彼』だったのか、が。

「ようやくわかったか。さあ、俺の手を取れ。ログレスの子よ」

 偉大なる王がディンへ手を差し伸べる。

 選べば守ろう。王は決めたのだ。もう、守るのはウルティゲルヌスの道を選び取った者だけだ、と。今までの恩を忘れ、功績を忘れ、隣の芝生へ赴かんとする者たちはもう、守るべき対象ではない、と。

 迷いは晴れた。

 だから――

「俺には陛下がわかりません。王の景色を、見たことがなく、共感も出来ないから。陛下が何故、其処まで民を唾棄するのか……俺にはわかりません」

「……そうか。残念だ」

 王は悲しみ、自身そのもの(ログレス)の子であった者を敵と、

「アルテアンのことも、俺にはわかりません。ユニオン騎士団のことも、しがらみが多過ぎて何もわからない」

 認識しようとした。

「でも、一人だけ、俺にもわかるやつがいました」

 認識しようとしていた。

「……?」

 王の知らぬ、知り得ぬ存在。二極からすればカスのような個。

「そいつは勝つと言った。一人の女の子を守るために、その子を王へ押し上げた」

 生まれは控えめに言ってクソ田舎。

「成長して奥行きを得たように見えても、その実アホみたいに浅い。すぐ顔に出る。徹したつもりが、ちょっと目をそらすとすぐに甘くなる」

 ほぼ白紙で御三家の敷居をまたいだ芋野郎。

「そいつが勝つと言った。なら、此処は迷うところじゃなかった。女王も、スタディオンも、あいつの手札なんです。それで勝つ気なんです。やる気だけは一人前で、身の程知らずのアホたれなんで……」

 忘れるな。

「だから、俺が立つ場所は最初から決まっている!」

 そのクソ田舎出の、アホな芋野郎に自分は負けたのだ。

「で、俺が勝たせます」

 心根一つ、それだけで――負けるなどとは微塵も思っていなかった。正直自分がソロンに勝つよりも確率は低いと思っていた。

 不可能を可能にした。

 自分の中にあった天井を突き破って、新しい地平を見せてくれた。

 あの日の傷(敗北)が、自分の勲章で、宝物なのだ。

「卿にも見えておらぬだけだ。その者もまた誰かに連なり――」

「それが出来る奴なら、もっと上手い生き方をしていますよ。そして、騎士になんて絶対に成っていない。何もない、あるはずのものすら手放して、向いていない道をひた走る。世界一の馬鹿、だから信じられる」

 知らぬなら口を挟むな王様。

 これは馬鹿と、その馬鹿に感化された凡夫の絆である。

「これはあいつが板挟みの俺に用意してくれた戦いでもある。アホな芋野郎が必死に頭捻って、勝とうとしてんだ!」

 一方的かもしれないが、それでいいと才に満ちた凡夫は思う。

「今更、俺が芋引くわけにはいかねーだろ!」

 髪をかき上げ、そちらがその気なら覚悟はできた。

 やってやる、とディン・クレンツェは奮起する。大王と戦う、それはもう当たり前。その上であの芋野郎ならきっと、どうにかして民を守ろうとする。

 いつか金蔓になるから、とか言い訳して。

 なら、その言い訳を待つ必要はない。先回りして全部押さえておく。

「来いよ伝説! 俺たちが相手だ!」

 楽な道に生まれた、優秀な凡夫ならそれぐらいやってみせろ。自分に檄を飛ばす。全部、やり切って、全部終わらせて、申し訳なさそうに戻ってきた芋野郎に言う。

 大したことなかった、と。

「く、くく、はっはっはっはっは!」

 大王、ウルティゲルヌスは大笑いした。腹を抱えて、嬉しそうに。

 そうか、

「はっは……して、その者の名は?」

「クルス・リンザール。何者でもないから、何にでも成れる。そういう男です」

「刻もう」

 この時代にも、こういう主従が、騎士の関係性があるのだと、笑った。クルス・リンザールの名は知っている。優秀な騎士であるとも伝え聞いている。今回の件で大きな障害となる、若く勢いのある存在だとも聞いた。

 しかし、雑多な百聞は真の一聞に如かず。

「やるのだな?」

「はい」

「俺は容赦せぬぞ。相手が騎士ならば、尚更だ」

 小賢しい連中の走狗ではなく、

「こちらこそ」

 若き騎士が相手なら、本当の戦ならば――

「『楽しみだ』」

 二つの王は同時に笑みを浮かべた。

 同時に、足るを知りながらも何かに囚われた騎士たちもまた、そのむせ返るような青さに笑みを浮かべる。

 いつか、自分たちの敵に成り得る存在。

 だからこそ――


 戦が始まる。

 旧き秩序対新たなる秩序、その構図を超えて。


     ○


 なお、

「あー、スッキリしたぁ!」

 絶好調のクルスは敵のいなくなった雪原にダイブし、気持ちよさそうに天を仰ぐ。仕事のストレス、モヤモヤを全部吐き出した。

「んー!」

 久方ぶりに気持ちよく眠れそうだ、と笑みを浮かべる。

「……クロス君」

 其処に、

「まだ何も終わっていませんよ」

 『亡霊』リアンが現実を叩きつけてきた。あの場の敵全部を屠ったわけではない。むしろ、決闘を選ばなかった多くの騎士が戦わないと決め、この場から去って行っただけ。人造魔族も『暗部』が撤収したから全部いなくなっただけ。

 その分、

「……少し、現実逃避していただけだ。嗚呼、無敵の感覚が消えていく」

「……まったく」

 先々の味方の負荷が増えただけ。

 クルスは現実を前にため息をつきながら再び立ち上がった。

「この件が終わったら休暇を取る。そう決めた」

「ご予定は?」

「男友達と食べ放題に行く。映画仲間と映画をはしごする。久しぶりにアスガルドへ帰って、友人に会う。ついでに後輩たちに先輩風を吹かす」

「……俗っぽいですねえ」

「ふん」

 そして、俗っぽい明日を夢見て歩き始める。

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