第382話:恐怖の大王

「何の話ですか?」

「しぃ」

 ディンの疑問に対し、バレットはただ沈黙せよと伝える。この程度で己を見失う男ではないとしても、傍目にもわかるほどに揺らいでいる天を見るのはバレットにとっても初めてのこと。

 今、彼が何を見ているのか。

 そればかりは――


(其処でゼピュロスの拳を受けた。本当に受け手は人間か? シャクスと並ぶ騎士の一人だぞ。それが我を失うほどの魔障で拡大された力を……だが、間違いなく受けている。止めている。当たり前のように)


 騎士を知る天にしかわからぬこと。

 二対二、凄まじい激闘である。シャクスとゼピュロスが強いのは知っている。そして、少なくとも神術を模した魔道に関しては、自分も含め我を失っていた方が威力、規模共に上。この巨大なドームを形成するほどの戦いである。

 天まで覆うは地より形作られた剣の数々。

 一対一ならば勝つ。誰が相手でも勝って見せる。自らこそが最強であり、それこそが『天剣』、その確信すら揺らぐほどの景色。

(野性的だが、ところどころで合理的でもある。其処で阻み、其処で流し、ハメ処を二人で作り上げる。流れるような連携、見事だ。其処でゼピュロスの必殺を受け、流した隙を……取った)

 サブラグの眼には死闘が見えていた。自分の陣営でもシャクスに次ぐ序列、他国から招かれた身、かつての仇敵であり戦友であった。それほどの男と渡り合う化け物。ただ、まだギリギリ人間ではある。

 完全な外れ値だが、自分たちがミズガルズの侵略を受け止めていた時もごく一握り、才能だけでこちらの騎士と渡り合う怪物はいた。

 それと似た匂いがする。だから、こちらはミズガルズの人間でもおかしくはない。問題はもう一人、後衛でシャクスと打ち合う者。

 シャクスと同じ、地を操る力を持っている。

 統一王国ウトガルド、二つの派閥があるとはいえ、自分の陣営のナンバーツーなのだから、当然世界全体でも五指に入る騎士であった。

 それと五分に渡り合う騎士など、まして同じ能力でなど、ありえない。

(が、ただでは死なん。そうだな、そういう男だった。死にながら相手を掴み、其処をシャクスが突いた。我はなくとも、染みついた戦いは消えない。此処で、盾持ちが致命傷を負った。だが……今度はそちらもか!)

 想像するだけで胸躍る攻防。サブラグは笑みを浮かべる自分を止められなかった。弟が、戦友が敗れたことよりも、それと渡り合う者の存在が、極上の戦場が自分を沸き立たせる。ゼピュロスが死を賭して盾持ちを致命に追いやり、その盾持ちがシャクスを抑え、謎の騎士がシャクスを仕留めた。

 いや、

(……仕留められたが、最後の最後、とどめには至っていない。手落ち、いや、この次元の使い手がそれはない。殺さなかった、それも謎だ。身内だった? だが、思い当たる騎士はいない。ウトガルド全土を見渡しても――)

 どちらも最後のとどめを放ったのは謎の騎士。シャクスと同じ力を持つ騎士。戦い方からもウトガルドの、自分たちと同じ匂いを感じる。

 だが、だからこそわからないのだ。

 該当する人物が自分の記憶に存在しないから。

 ただ、ひとつわかるのは此処で盾持ちが致命傷を負った。それでも謎の騎士はとどめを刺せず、その結果長い時を要したが彼らは復活できた。

 自分の陣営の騎士は大半、そういう状態であった。

「陛下」

「……何ぞ?」

 サブラグはレオポルドの仮面を被り、突如現れた大王ウルティゲルヌスに声をかける。大王もまた噂とは異なり、ハッキリしている様子。

 以前会った時はすぐもう一人の王が出たが、今は大王そのもの。

「魔族は言葉が通じず、それゆえに名はこちらで決めるしかありません。陛下がおっしゃられた二つ騎士が名、どうして知り得たのでしょうか?」

「異なことを。卿らもまた名付けたのだろう? マスター・ガーターが討伐した騎士級をシャクス、と」

 大王はしっかり今の騎士、その情報も追っている。

「……そう敵が発した、と報告がありましたので」

「ならば、同じ理由であろう」

「……っ」

 そんなわけがないのだ。二つ名まで合致している以上、意思疎通がどうこうではなく知っていたとしか思えない。

 その、

「……では、その陛下の師の名をお教えいただきたい」

「マスター・グラスヘイム」

 ウルティゲルヌスの師が鍵を握る。もしかしたら、と思ったがその名を聞いてもレオポルドに、サブラグに思い至る名はない。

 そもそも、

「名を言っても思い当たるまい。世界中で、よく見る名であるからな」

「……」

 グラスヘイムという苗字はミズガルズではありふれている。世界中で、不自然なほどにどの地域でもその名は使われているのだ。

 ゆえに行き詰まる。

「くく、どうやら第十二騎士隊隊長、万能の、革新の騎士であるマスター・ゴエティアは不思議と歴史に興味がある様子」

 大王は嗤いながら、

「なれば、その大扉の先を征くがいい」

 一点を指さす。

「陛下!?」

 大王陣営の騎士たちがどよめく。

 が、

「山を築いた戦いの後、黎明の騎士は其の道を進み、最後の決戦に赴いた」

 大王は意に介すことすらなく言葉を続ける。

「……」

「魔王サブラグとの決戦である。そして、皮一枚、勝利した。全てを出し尽くした死闘の末に……黎明を築き上げたもう一人の騎士を失いながら」

「……其処に何がある?」

「卿の望む残滓が。そして……火種が転がっておるわァ」

 空気が、張り裂けんばかりに膨れ上がった。

 大王、ウルティゲルヌスの、枯れ枝の肉体が同時に膨れ上がる。

「卿らがエレク・ウィンザーの真似事をする小娘とつるんでいるのは知っている。よかろう、我々も決戦といこうじゃあないかァ」

 しわが、一つ、また一つ、消える。

 戦を前に――

「俺の築く秩序か、小娘の築かんとする秩序か……二つに一つ。決めるは力、戦争、闘争であるッ! 血沸き、肉躍るッ!」

 長き眠りから覚め、今一度還ってきた。

 十年でも、二十年でも、百年でも、偉大なる騎士は立つ。

「覚悟はよいか? 騎士ならば、勝ち取って見せよ! 其のかいなで、力ずくで、勝利を、時代を! 敵も味方も、立ち上がれィ!」

 発言の内容ではない。

 目の前の奇跡に騎士たちは奮い立つ。

 王が帰ってきた。

 騎士の王が、誰よりも力強く立つ。

「俺が立つ」

 相手は獅子王であると思っていた。主君との、因果を断つ戦いであると。だが、ことはそう簡単ではない。

 当然なのだ。

 最強の王と共鳴した者、当然化け物でしかない。

「マスター・カズン、あの扉の先には……」

「そうですね。おそらくは此処に保管していた魔族たちを移送したのでしょう。それがすなわち、戦への火種。それだけの物量があり、もはや隠し立てする気もない。美しく勝つ気もない。力で行く、そちらも力で来い、そう聞こえましたね」

「……っ」

 いつでも来い。受けて立つ。

 開き直りとも取れる態度であるが、それが不思議と騎士たちを高揚させた。王都を、民を、世界をも揺るがしかねない大戦。

 やる気はあるか。

 こちらはある。

 そう、大王ウルティゲルヌスは力強く言い切った。

 戦が始まる。

 もし止められるとすれば――

「……」

 この場にいる誰か、である。

 ただし、あの存在そのものが威圧する大王と向き合う必要はあるが。

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