第380話:優秀極まる先輩と後輩

 保存してあった黒き毛皮の狼男、その死体を軽く調べて、

「トレヴァー先輩、だねえ」

「御明察」

 あっさりとレイルはそれが元魔道研究所の研究員であったトレヴァーのものであると見抜いた。同じテーマを研究しても、研究者によって目指すべき方向性が異なるもの。自分の仮の姿であるライラとイールファナが違うように、レイルとトレヴァーも違う。優劣ではなく、ただただ異なるのだ。

「相変わらずの盛りたがり……ボクは好きだよ。エゴイスティックで。クライアントの意向を疎かにしがち、と言う点を除けば」

「ふっ」

 トレヴァーは研究者として優秀極まる男であったが、長所と短所が混在する性質でもあった。完璧主義者であり、より良いものを目指そうとする姿勢は良い。ただし、彼の目指すより良いものと、クライアントが望むそれがズレることも多々ある。

 この人造魔族は兵器としてかなり優秀である。

 体毛は魔導剣の攻撃を阻み、その爪牙は魔導剣と拮抗する性能を持つ。その上、体毛を操り、中距離も斬撃を繰り出せるのだから、兵器としての性能は折り紙付きと言えるだろう。ただ、それを果たしてログレスは求めているのだろうか。

 最終的に騎士が勝利せねばならぬ以上、正直性能を追い求める意味はない。重要なのは数であり、それらを制御する術である。

 そちらに注力すべきところを、トレヴァーは明らかに性能を追い求めているように見えた。より強く、より凶悪に、誰にも及ばぬ力を構築する。

 誰がそんなものを求めると言うのか――

「証明できるか?」

「やろうと思えばトレヴァー・メイフィールドの作だと突き付けることも可能だよ。でも、時間がかかるから……既存のそれとは異なる程度にしておこうか。先輩の職を奪うのは、如何にボクとて気が引けるからねえ」

「よく言う」

 短時間でそれが出来るのなら、レイルは必ずそれをやった。相手を虚仮にする、遊ぼうとする癖がレイルにもあるから。研究者に限らないが、世の中の第一人者、トップランナーは大体常軌を逸しているもの。

「いつまでにできる?」

「紙とペンを用意してくれたら、半日もあればそれなりのものはでっち上げられるよ。差別点を羅列し、それっぽい数値を記載しておけばいいだけだ。どうせ、数字を確認する時間なんてない。それにボクなら――」

 レイルは頭を指でトントンと叩き、

「当てて見せるけどね。元は同じ技術の派生だし」

 仮初めの自由を満喫する怪物ではなく、研究者の眼となっていた。

 このレイルの仕事なら信頼できる。

「任せた」

 レオポルドにとってトレヴァーは最も重要な存在であった。だが、レイルという才能を見出した瞬間、その価値は一つ下がった。

 その結果、彼は自分の下を去ったが、それだけの価値はあった。レイルとトレヴァー、その二人における最大の差は人読み。『双聖』の珍獣として空気を読み続けねば何処かで死んでいたレイルには人を読む力が備わっていた。

 トレヴァーが建前の、兵器としての性能にこだわり続けたのとは異なり、レイルはレオポルドを読み、明言せずとも彼が求める方向性に進み始めた。

 それゆえに厄介な部分はあるが――

「ボクも見学会、同席させてねぇ」

「お仲間のことなら、今は諦めろ」

「その下見は必要でしょ? そちらと同じく」

「……気取られるなよ」

「さあね。ボクはあの人のこと、結構評価しているんだよねえ」

「……」

 人を読むと言うことは、コミュニケーションにおける爆弾を避けられるということ。ただ、問題なのはレイルという人物はむしろ、その爆弾を弄り倒そうとする、そういう精神性を持つ点であった。

 出来れば連れて行きたくなどない。

 余人はともかく、あそこにはトレヴァーがいるのだ。

 必ず、

「久方ぶりの再会、楽しみだなぁ」

「……」

 厄介なことになる。


     ○


 新宮からの連絡に旧宮、大王陣営に大きな動揺が走った。今まで放置してきた暗殺問題、人造魔族の運用実験及び本命である王の暗殺に対する目くらましであった一手が、此処に来て大きな痛手へ繋がりそうなのだ。

「この資料の真偽は?」

「今、研究所の方に回し確認中ですが……この厚みですし、提出した中に魔道研究所の所長であるレオポルド・ゴエティア、そして研究所所属のデルデゥでしたか、連名での資料……下手なものを出して来るとは」

 既存の技術、ファウダーのそれは元々ユニオンの魔道研究所から流出したものであり、基本的な技術は同じもの。それは捕らえた構成員を調べ、ユニオンはもちろんこちらの、ログレスの研究所でも確認済み。

 専門家が細かく精査し、一朝一夕では絶対にあり得ぬ資料に仕上がっていた。

「あちらから何も言わず、時間をかけていたのはこれがあったからか」

「そもそも、ユニオンからの研究員など、いの一番に弾かねばならぬだろうに! 『暗部』の連中は何をしている!?」

「ことが起きてから人員に余裕のある内は事前にシャットアウトできていますし、足りぬ状況になった時点で列車網は完全に断ちました。徒歩なら穴はありますが、この資料を、この期間で作ることは不可能です」

「……事前に入り込んでいた、と?」

「その可能性は高くなりました。そもそも、レオポルド・ゴエティアらの動きが早過ぎる。止めようがないほどに……もはや暗殺させたとしか思えぬほどに」

「……ぬぅ」

 それゆえに狂う時系列。元々、早過ぎるレオポルドらの来訪に関しては懸念があったところを、今回の資料はより深めることになった。

 暗殺を誘い、こちらの陣営から大義を毟り取る。

 そんなことを予期するなど不可能であるが、そんな不可能すら頭に入れねば整合性が取れぬほど、レオポルドの動きとこの資料は強烈な一手であったのだ。

 これを半日ででっちあげられる人材など、この世にレイルしかいないだろう。

 その存在が確定せぬ限り、

「……トレヴァーさん」

「……」

 研究所の方へ回された資料を見て、トレヴァーは表情を歪める。ただ一人、この時系列を歪められる存在に心当たりはある。十中八九、レイルであろう。

 レオポルドが手放すわけがない。別組織へ移っても、必ず手綱を握っている。あの力を知った今、その考えは半ば確信に変わっていた。

 だが――

「……隙が、ないっ」

 頭を掻き毟るほどの憤怒が、彼の中でレイルの関与を確定させなかった。もし、短期間でこれをでっち上げたとするならば、それはある意味トレヴァーへの挑戦状であり、お前の研究など死体一つで全部見通せる。

 数字全てをあてはめられる、薄く透けたものでしかないと言われているようなものであるから。

(レイル・イスティナーイー!)

 自分の方が優れたものを創っている。兵器として、誰がどう見てもファウダーのものよりも、こちらの、ログレスの方が優れている。

 種類も多岐に渡る。如何なる任務にも対応できる。

 最高の兵器に、着実に近づいている。あちらが牛歩の歩みである中、自分は彼らよりもずっと先を行っていた。

 その確信が、研究者としてのトレヴァーを立たせていた。

 それなのに――

(貴様の、頭の中にもあったと言うのか? 無からの創造が……ならば何故、人間を使うなどという、後進的な技術にこだわる?)

 資料を見ればわかる。

(何故だ⁉)

 こいつはわかっているやつだ、と言うことが。


     ○


 新宮の、ディンたちの要求は資料の拡散を止めたければログレスの魔道研究所を、レオポルドや研究者を伴い調査させろ、というものであった。

 すでにその旨はトレヴァーらに伝え、見られてはまずいものは極力隠滅、『奥』へと隠しておく手配をしたが、全てを隠せるほどの物量ではない。

 ある程度は見せる必要がある。

 そもそも、クレンツェ家の直系であるディンはすでに一度研究所を父と共に見学しており、少なくともその時に見せた分は残しておく必要がある。

 此処に来て、過去すらも逆風となり始めた大王派。

 しかも、

「……陛下は?」

「……今は眠られている」

「……またか」

 偉大なる王ウルティゲルヌスの状態も芳しくはない。目覚めると明晰に指示を飛ばすのだが、如何せん日に日にその時間が短くなっているのだ。

 正直言えば、

「王権を取り戻したとて、いつまで持つのだ?」

「……言うな」

 長くない、信者である騎士たちすら過ぎる伝説の崩御。純血のソル族とて三百年は長過ぎる。大体が二百歳を越えた辺りから傾き始め、二百五十歳を越えると多くが老衰で亡くなってしまう。

 とうの昔にラインは越えているのだ。

 伝説の男、あと十年、いや二十年は生きる。

 そう思っていた彼らも、もはやそれを信じられなくなりつつあった。

 そんな状況下での一手、陣営を揺さぶるには充分過ぎた。

 そんな頃、

「失礼するよ」

「どぉもぉ」

 レオポルドとデルデゥ、そしてディンたちがログレスの魔道研究所に立ち入った。以前の姿を知るディンが伴うことである程度の隠蔽は阻止できる。

 しかも、

「当研究所の所長、トレヴァー・メイフィールドです」

「ユニオン魔道研究所のヒラ研究員、デルデゥですぅ」

 デルデゥ扮するレイル・イスティナーイーが伴うのだ。全力で隠したとて、ほんの僅かな解れからもレイルは真実を掴むだろう。

 すでに暗殺の件は立証されたも同然。

 決着を先延ばしにして、有利だった大王陣営は一瞬でその立場を追われた。放置していればスタディオンの勢いは薄れ、求心力が失われる。ラックスさえ王都に近づけねば、それでいつかは勝てる勝負であった。

 それが今、ログレスが目指す新たな秩序を構築するための必須パーツである、人造魔族の存在が、そのまま彼らに跳ね返りつつあった。

 現時点の情報すら拡散されたら、果たしてどうなるか読めない。

 此処で、何かより明確なものを掴まれたなら――

「……殺気立っていますね」

「ええ。王手がかけられていますから」

 ディンとバレットも当然、自分たちが突き付けている刃がどう作用するのか、それを理解していた。

「あと一押しで、あちらから動きますよ」

「それを捌いたら」

「そう、我々の勝ちです」

 雌雄を決する時は、目前に迫りつつあった。

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