第379話:色々と合流なう

「よォ、マスター・クレンツェ」

「隊長!」

 スタディオン領での一戦に参加したユニオン騎士団第六騎士隊隊長、フォルテ・ヴァルザーゲンは、スタディオン家やその動きに応じた諸侯の軍勢と共に王都近くまで来ていた。が、現在もスタディオンの勢力は王都入り出来ていない。

 王都近郊で無駄な争いを起こしたくない、これも強行できぬ理由の一つであるが、もう一つの理由は――

「予期せぬ魔族の襲来、ですか」

「ああ。おそらくファウダーも噛んでいるわな。加えて、ダンジョン発生の周期も早まっている。定期的に出てくるんで、本来対処も容易いが回転率が上がり、戦力も少ないとなぁ。まあ、その辺はそっちのがわかってんだろ」

「……ええ。厳しいです」

 単純にそれどころではない状況下になりつつある、と言うことであった。平時なら容易くこなせる民を守る剣としての役割を十全に果たせていない。

 それが一番の問題であり、王都を目前にして立ち往生しているスタディオンの勢力も、実は方々へ散りつつ各所のケアに奔走している。つまり戦力分散し事を構えられる状況ではなくなっていた。

 フォルテらは、それらは他国の問題であり依頼無き状況で関与すべきではない、と離脱して副隊長を伴いこっそりと王都入りしていた。

 その辺はワーテゥル出身、仕事に関しての判断はドライである。

「その部分に関しては派閥を越えて対応を始めているんですが……」

「各都市が勝手に自衛を始めて時すでに遅し、か」

「……はい」

 全ての戦力を王都が差配しているのではなく、ダンジョンの発生状況などを共有しつつ、各都市、各領主の裁量で対応する。これは別にログレスに限った話ではなく、どの都市でもそれが基本となる。

 が、それも状況悪化に拍車をかけている点はある。

 全てが悪い方へ転がっている。

 いや、

「隊長はこの状況で、どの勢力が得をしていると思いますか?」

 それでもいるはずなのだ。

 何処かで得をしている勢力が。バレットに言われたことを何度も反芻した。裏の裏を考える、上に立つのならその視点が必要なのだと。

「うち」

 ディンの問いに、フォルテは皮肉げな笑みを浮かべながら答えた。

「え?」

「ミズガルズ最大規模の騎士団を独自で保有する大国ログレス。その騎士団が苦しく、今は上層部にまで秩序の騎士、ディン・クレンツェが入り込んでいる。他にも怖い怖い、マスター・ゴエティアとその仲間たちもな」

「……」

「騎士団自体はやめても、各々の家がある領地では何のかんのと活動していた余生の長い老騎士たちも、今は女王のケツを追いかけ回している。その過程で結構死んでるんじゃねえの? 案外マスター・リンザールがぶっ殺しまくっているかもな」

「そ、それはないと思いますが」

「まあ、それは冗談としても……おそらく今回の騒動で騎士の数は減る。ダンジョン発生数の多い大国をケアし切れぬほど減ったら、中枢で活躍した秩序の騎士に穴埋めの依頼が来てもおかしくはない。な、得だろ?」

 ログレスの騎士団が沈めばユニオン騎士団が浮上する。レオポルドやフォルテがこちらへ訪れたのは、ディンが要請したからではない。

 其処に旨みがあったから、である。

「あとは王政が崩れてほしいところとか……オレは思いつかんが、そんなところがあったら涎が出るほどに良い状況だ。ミズガルズ屈指の王国が崩れたら、乱れたら、そういう空気が生まれてもおかしくはねー」

 思いつかない、と言いつつも明らかにフォルテはその存在を認知している。バレットも同様なのだろう。そもそも彼女たちのことをディンは知らない。

 だけど、

「どうした?」

「……いえ」

 若くして隊長格まで上り詰めた者たち。其処に何のバックボーンもないはずがない。そう、ディンが見えていないだけでフォルテが敵となる可能性もあるのだ。

 自分の立ち位置次第で。

「正義と悪、きっちり分かれていたら楽なのに、と思いまして」

「そりゃあ無理だな。純粋悪なんぞ滅多に存在しない。存在したとして、誰にとってもの悪であるのなら、それはただの異常者でしかねーし、哀れなマイノリティ、変わり者同士でけなげに徒党を組もうがただの雑魚だ」

 フォルテは笑みを消し、

「本当に怖いのは正義だ。自身の正義を貫く善人ほど、怖いものはねえ。我欲に奔走する悪人はいつか踏み外すが、世界のため、国のため、領地のため、一族のため、家族のため、善意で立つ奴は簡単じゃねえぞ」

 持論を述べる。

 間違えるな、とディンに伝えるように。

「そういう意味で……あの二人は怖いぜぇ」

「マスター・ゴエティアとマスター・カズンですか?」

「ああ。オレの感覚だと善人なんだよ、どっちもな。ある種、潔癖なほどに……だからこそ怖いんだ。何処を見て、何処に立っているのか。それ次第で敵にも味方にもなる。味方なら頼れるが、つまりは敵としては最悪って話さ」

 善人ゆえに怖い。

「見つめるべきは立ち位置。それだけでかなり見え方が変わる。覚えとけ」

「イエス・マスター」

 その考えをディンは持ち合わせていなかった。ただ、確かに納得できるのだ。誰もがよりよい明日を求めながら、その立ち位置ゆえに相容れない。

 それはきっと、今のログレスもそうであるから。

「そう言えばお二人には会われましたか?」

「おう。ちょいとツレがいたんでな。あれも結構な難物だったが」

「もしかして、その、研究所の専門家ですか?」

「それそれ」

「……おそらくすでに二人から話がいっていると思うのですが」

「ん?」

 王都への列車網が断たれ、専門家の到着は諦めていたが、フォルテが連れてきてくれたのならありがたい。すでに二人にも話してあるため、おそらく二人から提案を受けている頃合いだろうが、それが成れば状況は少し進展できる。

 こちらの正当性を強化する、小さくとも大きな一歩。

 その手札でどう捌くか、難しいが立ち往生よりずっといい。


     ○


「ふい~」

 ソファーに座り込み、大股開きで顔をころころと変えるデルデゥ、ライラ、ソシテレイル・イスティナーイー。いくらこの場にレオポルドとバレットしかいないとは言え、無駄な隙をさらしていることに変わりなくバレットは眉を顰める。

 が、

「いやぁ、危なかったよ。危険だった。つまり、危険手当が欲しいところだね」

 顔をハーフ&ハーフ、レイル&ライラで分けている自由人は気にすることなく、舌を出しながら話す。真面目なバレットをより逆撫でした。

 煽っているのだから当然であろうが。

「この件が終われば検討しよう。まあ、リアをせびるのなら我々よりも太い相手がいると思うが……」

 レオポルドは苦笑しながら流した。ほんのり皮肉交じりに。

「わかっているくせにぃ」

「ふっ、貴様だけならばいくらでも、身の立てようも守りようもあると言うのに……随分と面倒見がよくなったな。親心でも芽生えたか?」

「ボクは今の面白い環境を守りたいだけさ」

「そういうことにしておこう」

 レイルが、デルデゥが合流したのなら少しは面白い動きが出来る。

 旧宮付近はレオポルド、サブラグの天も通りが悪く、様子見すらままならぬ場所であった。其処へ、

「とある魔族の死体を保存してある」

「人造魔族ってやつ?」

「俺の見立てでは。だが、エビデンスが欲しい」

「何のために?」

「強請るため」

「強請った後は?」

「敵地見学でもさせてもらう。火事場泥棒をする時に手間取りたくはないのでな」

「うええ……火事場になるのぉ?」

「なる」

 事前調査するためにも確証がいる。専門家による論理的な確証が。それを提示できるのは魔道研究所の専門家として登録してあるデルデゥである。

「出来るか?」

「断れるの?」

「死と引き換えならば好きにしろ」

「はいはい」

 結局立場が弱い自分が悪いですよ、とレイルは仕事を引き受ける。まあ、それでも方向性としてより深い部分で結びついているこちら側はまだ融通が利く。

 問題はウトガルドの無力化、魔族の兵器化が達成できたらそれでいい。ファウダーが金庫番、『鴉』が所属する勢力の方である。

「ちなみに、ボクの仲間たちは無事? もう死んじゃった?」

「人造魔族の方は知らんが、それを救出しに来た連中なら今は秩序の騎士と行動を共にしている」

「え、何がどうしてそうなったの? まさか、マスター・リンザール?」

「ああ」

 レイルは天を仰ぎ、此処に来て初めて顔を歪めた。

「そっちだったかぁ」

 悔し気に。ファウダーの首領、『創者』シャハルとして彼らと行動を共にしていれば、今頃構図だけで面白そうな現場を共にすることが出来ていたのだ。

 正直、精度が高く仕事が早いだけで、この役回りはデルデゥでなくとも出来たから。中身がレイルでなければたぶん、途中で殺されていただろうが。

「やっぱり、その、今からそっちに行ってもいい?」

「手遅れだ。もう分断されている。と言うか、自分たちでそうした」

「……ボクもその力、欲しいなぁ」

「本気でそれを望むのなら、そういう力が発現していた。魔障とはそういうものだからな。知っているだろう?」

「……」

 ぶすっと機嫌を損ねるレイル。力の、魔道の話題はレイルのコンプレックスに触れる話であり、あまり楽しいものではないのだ。

 自分で振っといてなんだが。

「自分嫌いを解消してから手術すべきでしたね」

 バレット、ようやく隙を見つけたので煽り返す。

 彼も良い性格をしている。

「君の手術、わざと失敗すべきだったよ」

「感謝しています。おかげさまで私は望みの力を得ることが出来ましたから」

「……ケェ」

 性格の良い二人に挟まれ、レイルは大層いい貌付きであった。

 手の内が読まれている相手は苦手なのだ。

 昔から。

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