第366話:勝つのはどちらか
「覚悟!」
「……っ」
斬り伏せるのではなく、制圧して非武装化、その後に拘束する。ウルティゲルヌス派の騎士による暗殺未遂、何度目かわからぬそれにディンは眉を顰める。
少し離れているとは言え隣り合う二つの王宮。
出入りの少ない旧宮とは異なり、新宮は今なお政治的中枢であり、最低限であっても王の仕事をこなす必要がある。
現在、王の代行としてディンが実務を捌いていた。ログレス騎士団の面々に成り手がおらず、緊急で王がクルスと共に新宮を離れたこともあり、こちらはこちらでかなり難しい橋を渡り続けていた。
無論、政の中身に関しては両派閥、中立含め有力貴族たちの協力があるからこそ、何とか成り立っている。それでも王の決裁権は代行者のディンが握る歪な状況。其処を突き、暗殺を仕掛けてディンを仕留められたなら代行者すら不在となり実権がウルティゲルヌスに移る。それが出来ずとも精神的圧力にはなる。
先王派としては仕掛け得な状況。
しかし、
「さすがの手際。マスター・ヴァルザーゲンの指導の賜物ですかね」
「……近くにいるなら手伝ってくださいよ」
「必要があるのなら手伝いますよ」
(本当かよ)
先王派が如何なる仕掛けをしようと、ディン・クレンツェは揺らがずに新宮から離れる気配すら見せない。
全てを跳ねのけ、居座り続ける代行者。
しかも近くには代行者の守護者であるレオポルドやバレットが控えている状況。今は漬物石ほどにも動く気配はないが、きっと有事の際は動いてくれるだろう。
たぶん。二人ともよく図書館通いをして席を外すが、きっと――
「でも、仕掛け、かなり雑になってきましたね」
「マスター・クレンツェがここにいて、王権の代行者たる限り、表立っての無理攻めは出来ず、スタディオン領の一件から風向きは悪くなる一方。焦りもするでしょう。今は静観、ただ此処に立ち続けることですよ」
「……それが一番有効、ですか」
「最初に言った通りです。若者はすぐ動きたがりますが、動き回ることが効果的なケースは存外多くない。どっしり構えられる、常に後手から勝ち筋を睨み続ける。これが常勝の秘訣です。何事も」
「……若者。その、マスター・カズンはおいくつなんですか?」
「秘密です。個人情報ですので」
「そ、それは失礼を」
年齢不詳、名門出の正規ルートではない騎士たちは隊長格であっても色々とわからぬことが多かったりする。
彼もまたその一人、出身校すらわからない場合、団歴ぐらいしか下の者にはわからないのだ。フォルテ、バレットの年齢はユニオン七不思議の二つである。
そもそもフォルテは正しい年齢を知らぬそうだが、詳細は不明。
「マスター・スタディオンが各地に呼びかけながら王都へ陳情に来る、とのことだ。王都の市中でも噂になっている」
王宮へ戻ったレオポオルドが本を小脇に抱え、市中での伝聞を皆に伝える。
吉報であり、どんどん大事に、最終局面が迫ってきている気配がする。
「その割には旧宮の騎士たちの動きは遅いようで」
「マスター・リンザールが捕捉されたのかもしれないね」
「……そ、それは」
ディンを暗殺し実権を無理やり剥ぎ取る。これは効果的であるが、結局正統後継者として擁立したラックスが生存している限りは片手落ち。
逆にラックスを仕留めればこちらも終わり。
戦力を集中すべき戦場は迫り来るスタディオンではない、と見做しているのだろう。接近している間、まともな交戦が行われていないのがその証左である。
「もしくは捕捉させたか」
「捕捉させる……あっ」
「戦術的に、運に寄らぬ完勝を目指すつもりなら面白い手だ。それで勝てる算段があるのなら、ね。さて、見物じゃないか」
此処からクルスの状況を窺い知るのは不可能。実際はレオポルド、サブラグならば可能であるが、あえて彼はそうしていなかった。
決戦に備え力の無駄遣いを避けている、それが半分。
もう半分が、
(シャクス、ギュルヴィ、アリス両陛下……そして今回もそう。あらゆる物事の渦中に何故か、クルス・リンザールという騎士がいる。設計者が極めて優秀、途中でテコ入れをした者もそう。ただ、それを差し引いてなおあの年齢で自らの剣に辿り着き、それを深める段階に至る……その道しかなかったとはいえ傑出している)
期待し同時に警戒する騎士、その道筋のネタバレはつまらない、という極めて個人的な考えによるものであった。
(王を生かせるか? 生かさねば……あの魔女の一人勝ちになるぞ。無論、俺にとってはどちらでもやることは変わらんが)
見物、その言葉に嘘偽りはない。
〇
クルスは敵の動き、布陣の慎重な動きを見つめながら――
「随分と慎重に間合いを測るんだな」
「こちらに『墓守』がいるのは看破されている。当然、その能力は警戒されているだろうよ。ゆえに、縦長の陣形で緩やかに包囲を狭めているのだ」
「だが――」
「ああ。奴らは『墓守』の穴、その最長距離を知らん。もっと来い。派閥の騎士を総動員するだけではなく、おそらく他国の騎士もこの規模なら混じるだろう。その分、この手は敵に大きく響くぞォ」
敵の用意した数を見て、恐れるどころか笑みを浮かべていた。数は多ければ多いほどいい。何故なら、彼らは交戦する気がないのだ。
相手を自陣深くまで寄せさせ、『墓守』の力で一気にすり抜ける。そのまま戦力を置き去りに、『墓守』の力と存分に休んだ騎士の脚力を総動員し、王都まで駆け抜けてそのまま新宮に入り込む。
おそらくはそのまま、何らかの決着を付けることになるだろう。ラックスはウルティゲルヌスとの対談を求めているが、その果てに決戦となる可能性もある。
王都での戦いはどちらも避けたい。
だからこそ、王都での決戦は避けられない。
「おォい、『亡霊』よ。小坊主の様子はどうだァ?」
「たらふく食べて気持ちよく寝ています」
「そりゃ結構。くく、なかなか戦を分かってきたなァ、あの小坊主も」
「喜ぶべきか、悲しむべきか」
現在、ラックスの膝の上で爆睡する『墓守』グレイブスが今回の作戦、そのキーマンである。彼なりに体力を蓄え、能力の連続使用に備えているのだ。
数は多くないとは言え、相手の中核部隊はソル族の超々後期高齢騎士の皆さまである。常人にとっては馬鹿げた足を持つクルスやジエィも、健脚自慢の老人たちにはとてもかなわない。持久力だけは勝てても、根本的な速さの差を埋めるにはやはり『墓守』の不条理極まる『穴』の力が必須となる。
ただし、相手もある程度は能力を把握しているため、それを想定した動きを取ってきている。慎重過ぎる立ち回りはそのため。
ならば、そろそろ――
「敵が『飛び道具』を放ったぞ」
「うむ。頃合いよなァ」
クルスとジエィは目を見合わせる。
飛び道具とは、ログレスの魔道研究の賜物であり『暗部』が主体として行使する人造魔族であった。獣級、捨て石の群れは本隊の間合いの展開をこれ以上狭めることなく、相手を索敵し居場所を探り出すための一手である。
あとは戦力を逐次投入し、距離を保ちながらじわじわと嬲り殺す。
つまり、相手はこれ以上踏み込んでこない。
これ以上、待つ意味が消えたと言うこと。
「小坊主!」
「うっ!」
ぴょん、と元気よく跳ね起きる『墓守』グレイブス。
絶好調らしい。
「飛べるか?」
「……」
クルスの問い、それには無言で視線すら合わせない。
クルス、大人気なく額に青筋を浮かべる。
「行けますか?」
「うっうー」
ラックスの問いには笑顔で、サムズアップまでする始末。よりクルスの苛立ちは高まるが、相手は礼儀を知らぬ小坊主、熱くなるな、と自身に言い聞かせる。
言い聞かせている時点で熱くなっているのは内緒である。
「では集合」
ジエィの周りに全員が集まり、
「全力で頼むぞ」
「うっ」
『墓守』グレイブスが、
「うううううううううううううッ!」
地面に手を付き、全員を巻き込むほどの円を、縁を、穴を生む。
(物理的な穴ではない。一体、どういう原理なのやら)
神がかり的な魔道の力、それが発揮された。
穴が全員を飲み込み、消える。
●
最大距離、到達。
目視で観測していた範囲、敵部隊もかなりの遠間であったが――
「地図の地形と合致、把握した」
「おお、想定より大きく飛んだなァ」
事前に調べていた王都までの、ゴールまでの道筋。予定よりも少し遠くへ仲間を運んで見せたことに二人の騎士は驚きと喜びを見せる。
「う」
得意げなグレイブス。それをラックスがよしよしと頭を撫でてやる。
それで小躍りするグレイブスであった。
が、
「喜んでいる場合ではないぞォ。さっさと引き離すため、に」
何度か飛ばねば心もとない。簡単ではないが今は出来るだけ引き離したいため、ジエィはグレイブスに次も頼む、と言おうとした。
言おうとしたのだ。
何事もなければ。
「マスター・ジンネマン?」
「……」
途中で言葉に詰まったジエィはラックスに呼びかけられても硬直したままであった。次、飛ぼうとするグレイブスが地面に手を付く。
その時、
「ちっ」
「うっ!?」
クルスがグレイブスに突っ込み、その動きを止めた。何をする、と一瞬怒りの視線を向けるグレイブスであったが、そのすぐ後に自分の立っていた場所、其処に剣が突き立ち、その怒りは消え失せる。
疑問、そして――
「う、うう」
「気にするな。お前は要だ。それを守るのも俺の仕事、それだけだ」
すでにクルスはグレイブスから視線を外し、剣が飛来した方に視線を向けていた。『墓守』の不条理な力をフル活用した作戦。
それが、
「情報よりも少しばかり距離が長かったな。研究所に伝えておけ。情報は正確に、危うく敵を逃がすところであった、と」
完全に看破されていた。
「久しいな、ジンネマン。あの若造が私よりも老いる時代か」
すぐ近くに展開していた騎士たち。明らかに自分たちの跳躍を、移動距離を把握した上での陣形である。
そして、彼らの先頭に一人の騎士が立つ。
「……ご無沙汰しております、マスター・ブレイザブリク」
「いや、老いて見える、だったな。がっかりだぞ、私は卿を買っていたのだが」
身内であるラックスのみならず、門外漢であるリアンや騎士界隈には疎めなクルスすら、ブレイザブリクの名を聞き眼を剥く。
「残念だ」
白髪交じりの紅き髪を一つ結び、巨躯が音もなくとんでもない距離を跳ぶ。
予備動作を、屈伸運動を必要とせずに――
「さて、ようやく決着だな。アウレリアヌスの娘よ」
「……」
全員の頭を一足で飛び越え、音もなく着地した。
「いざ――」
そして騎士は剣を引き抜き、両手を広げるように構えた。
それが示すは本物の証。
伝説の三騎士、騎士の王ウルティゲルヌス、先々代のグランドマスターであった『ヘメロス』の素体である騎士、そしてこの男、マスター・ブレイザブリク。
「――尋常に」
公式記録に残る最初の、騎士級討伐を達成した伝説が来た。
当然、ウルティゲルヌスにとって最強の一手である。
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