第362話:これも噛み合いだわっしょい!

「……くそ」

 クルス・リンザールとの合流地点、その拠点を占拠している騎士たちに気づき、ティル・ナは決断を迫られた。

 戦うか、退くか。

 数の上ではそれほど大きな差はない。むしろ、ティルたちの方が多いかもしれない。察知した距離で相手の陣容を完全に確認する術はなかったが、やり合えばどうにかなるかもしれない。相手が普通の騎士団であればティルは迷わず戦闘を選んだ。

 こちらはパヌやトゥロの黄金世代を筆頭に、若く充実した騎士が揃っている。

 ただ、

「匂うな」

「子ネズミがわらわらと湧いて来たわ」

「……っ」

 陣すら敷くことなく、常人では探知不可能な距離で舌なめずりする老騎士たち。それらを見た瞬間、

「総員散開! 全力で逃げろ!」

 勝てない、そう感じた。

 一騎打ちならどうにかなる。パヌやトゥロの上澄みは渡り合える。しかし、他は勝てない。全員が上澄み、数的有利を作れる準備があればまだしも、備えのない遭遇戦では連携の有利も生かし辛い。

 荒れた戦場はおそらく、あちらがなお有利となる。

「潔し」

「ただのビビリじゃろ」

「ケツを突くのは趣味じゃないがなぁ」

「仕事じゃい。ネズミに勘違いさせぬよう、苛めてやらねばの」

 しんがりすら用意せぬ逃亡はただただ背中を向けるだけ。しかし、ティルはそれしかより多くを生かす道はないと判断した。

 唇を噛みながら、

「く、くそったれ!」

「死ぬ覚悟もなく騎士を騙るでないわ、ガキィ!」

 犠牲によって響く悲鳴を聞く。

「貴様がリーダーかァ?」

「意外と鈍足であったなぁ」

「……」

 ティルもまた二人の騎士に背中を突かれる。後方からさらに一人、二人、さすがの足の速さである。その上で、全員が優秀な騎士であるから遭遇戦であってもきちんと討つべき部分を、敵の急所を見極めてくる。

 ソル族の身体能力起因の足の速さ。

 理不尽な優速。

「……ぎり」

 歯噛みしながら、何も出来ない自分の間抜けさに嫌気がさしていた。正直、閑職に回された自分たちなど国家は警戒しないと思っていた。手を打つにしても、それはこちらが行動を明確に示した後だと高をくくっていた。

 実際、この騎士たちはあくまでラックス捜索のために動いている者たちであったし、ティルの考え自体は間違っていない。中枢に騎士たちを置いておく意味がないから、老人たちの息抜きを兼ねて動かしたに過ぎない。

 これもまた噛み合いである。

 ティル視点は相手の本気度を読み違えていた、になるがこの時点の彼らはクルスがファウダーと組んだことも知らず、錆び落とし程度の考えであった。

「おお、意外と頑張るな」

「おい、足を緩めるな」

「そちらこそ」

「……む?」

 後方につけてから、あまり差が縮まらない。後ろの騎士たちも同じ。

 妙な話である。

 何故なら、後方につけるまでは明らかに老人たちの方が速かったのだから。

「小僧、まさか」

「……足には自信があるんでな。どうする? 俺じゃなくて他を狙うか?」

「おいおい、煽りよるわ」

「敗軍の将の分際で……乗ったァ!」

 全てが悪い方に噛み合ったが、一つだけありがたかったのは彼らの優秀さ。自分をリーダーと見抜き、其処に人員を割いてくれた。

「ついて来い」

 それだけが救いであったのだ。

(感謝するよ、メラ。あんたに追い回されたおかげで……俺も随分足が速くなった。あんたには……遠く及ばなかったけど)

 いつか天才と横に並ぶため鍛え抜いた鋼の身体。いつか天才と並ぶために磨き上げた魔力のコントロール。天才である彼女も、秀才でしかない自分も、同じノマ族。

 それでも――

「老いぼれども!」

「ぬう⁉」

 足を地面に突き立て、最大の反発を得て駆け出す。力で加速を得る。時代錯誤の大剣を振り回す膂力を、全て推進力に回す。

 風のようなしなやかな加速を持っていた天才とはまるで違う、

「出来るものならな」

「ほざきよる」

「面白い!」

 剛力による馬鹿加速。

「おいおい……ノマ族だろうが」

「あの得物は伊達じゃなかったのぉ」

 後方で追いかける騎士たちも眼を剥く、敗軍の将が見せた最大戦速。その時点で真面目な仕事人であれば前の二人を残し、他の掃討に向かうだろうが、

「わしらを振り切れるか賭けるか?」

「ええの」

「俺は追いつく」

「穴で追いつかん」

 才人、騎士以外にあまり興味のない彼らはそうせずにティルを追いかける。ノマ族であの走りはかなり見込みがある。超人体質一歩手前なのはそうだが、それ以上に身体操作全般にかなりの練度を感じる。

 周りの雑魚はどうでもいい。どうせ大した障害にもならない。

 まあ、彼らが現役であり、王が強く敵の掃討を命じていれば状況は変わったかもしれないが、そうでなかったため彼らは自分の興味を優先した。

 即撤退、犠牲者が少なく済んだのはそのおかげである。

 ただ、少なく済んだだけで何人か死んだのは事実。

「ひーひー、あと百年、若ければ」

「わしは五十年で行けるわい」

「嘘つけぇ」

 ティルが引き付けてからの爆走をしなければ、おそらく半数近くの犠牲者が出ていたはず。立て直しようがなかった。

 実際、

「ようやく集まれたが……これだけか」

「しゃーなし」

「実際仲間が死ねば、そうなりますよ」

 何とか合流した部隊は犠牲者を差し引いても計算が合わぬほどに人が減っていた。同僚の死を前に、心が折れた騎士も少なくなかったのだ。

 何より相手はログレスにとって偉大なる先達の騎士たち。

 さすがに錆びているか、と思っていた騎士たちが皆、現役に近い実力を保持していた。その事実も重い。

「……リンザールと合流は無理だな」

 ティルは頭をかく。読み負けか噛み合いか、今の情報量だとその判断すらつかない。しかも最悪の状況は容易に想像がつく。

「ってか、たぶん死ぬっしょぉ。単純に足の差がきついし」

「俺は追われなかったけど、パヌは追われていただろ? どうやって撒いたんだ?」

「ちょこまか逃げて体力勝ち。二人撒いた」

「んー天才」

「リュリュなら三人は行けた。トゥロは一人でも無理」

「うっせーわ」

 和やかそうに見えるパヌらも一気に窮地へ追い込まれたことは理解していた。犠牲者も出た。顔見知りも亡くなったし、離脱していなくなった。

「とりあえず姿をくらまして情報収集だな。幸か不幸か人が減って隠れやすくはなった。お前らももう無理だと思ったらバックレていいぞ」

「そりゃないない」

「王都のディンが詰むしな。ソロンならバックレもありだけど」

「んだ」

「仲いいなぁ。そしてソロンの人望よ」

「んー、それは違う。人として好きってのはあるけど人望の差じゃない。騎士としてはソロンのが上。仕事での信頼感でもそう。だから逃げてもだいじょび」

「あれでディンは繊細だしなぁ。周りが支えないと不安なところがある騎士と、周りが支えなくても全部やってしまう騎士の差ですかね?」

「そりそり」

「……なるほどねえ」

 学び舎で学生の枠を超えた完全無欠ぶりを見せられた彼らにとってソロンを支える、と言う発想自体がなかった。どうせ彼なら何とかする。必要なら上手くこちらを運用するだろうし、その与えられた任務をこなすだけで万事上手くいく。

 面白みは皆無だが。

 信頼は圧倒的にソロン。

 人望はディン。やはり人間隙が無いと近くに感じることも出来ないものなのだ。

「ま、やるからには盛り返すとしますか」

「おー」

 話が横道に逸れたが、彼らはまず逃げることを徹底した。情報を集めつつ、自分たちの存在を隠し続ける。

 クルスとの合流も考えたが、今の戦力で増援に行ってもまとめて潰されるだけ。それならばしかるべき時に、しかるべき動きが出来るよう備える。

 その過程で列車事故を知り、

「……ここまでやるか」

「さすがに引く」

「お、俺の憧れの騎士団が……どんどん曇っていく」

「リュリュもそういうのあったと思う。お兄ちゃん、『暗部』入りしてたし。その辺から明らかにモチベ、もう一段下がっていたから」

「……噂には聞いてたよ。家庭崩壊」

「騎士ってなんだろ、と最近おもふ」

 あまりにも露骨なやり口に彼らの足は自然とそちらへ向く。同じようにおかしい、と感じた騎士と数名、合流することができた。

 その中に、

「ウェーイ」

「う、うぇい?」

 同じく黄金世代の騎士、アスラク・ティモネンもいた。

「相変わらずアスラク、ノリ悪い」

 ノリが悪い友達と合流して嬉しそうにけらけら笑うパヌ。やり過ぎなほどに封鎖された事故現場。ちらほら見え隠れする『暗部』の存在。

 しかも続々と騎士たちが厳戒態勢の中、集まってくる。

 事故、とは思えない雰囲気である。

 そして、

「マスター・ナ」

「その呼び方やめて……何連れてきたの?」

「その辺にいたから拉致してきた」

「……とりま抜くか、情報」

 パヌがその辺で拉致してきた『暗部』の一人から情報を抜き出し、彼らは敵戦力よりタッチの差で早く、スタディオン領に入ることができたのだ。

 その前に、

「お、男前どもが来たねえ」

「ま、マスター・ヴァルザーゲン⁉」

 フォルテがただの勘でスタディオン領入りしていたのは驚愕であったが。

 これがクルスと合流失敗からの、彼らの足跡であった。


     〇


「はっは、オレには二枚以上付けな。じゃないと、死ぬぜェ!」

「小娘が!」

「面妖な剣を使う」

 ド派手に暴れ回る四剣使いのフォルテ。

「失敬」

「ぐ、こいつ、どこから⁉」

 影の薄い副隊長が打ち合うことなく死角から斬りつける。フォルテが暴れると仕事が楽でいい、と副隊長は微笑む。

「ぬん!」

「おう、よく鍛えているな、小僧」

「……普通に、受けられるか」

「あたりめーだ。俺を誰だと思ってやがる」

「知らね」

「へ?」

 打ち合うアスラクの足、その隙間を滑り込みスーッと攻撃を仕掛けるパヌ。あまりにも突飛な奇襲に老騎士は眼を剥き、アスラクと打ち合い力がかかる方ではない、逆方向へ避けた。誘導通りの動き。

「ゴチ」

「こぞ――」

 それを先回りしたトゥロが切り捨てる。

「ウェイ!」

「「わっしょーい!」」

「……え?」

「今はわっしょいの時代、ウェイは古い」

「……そっか」

 黄金世代のコンビネーションが炸裂する。個人戦術に優れる老騎士たちも集団戦の中で俯瞰して数的有利を作る、そういう仕事は得手ではない。

「……ぬかった!」

 パヌとやり合っていた老騎士は顔を歪める。パヌとやり合い、自分が優勢になったところでトゥロへスイッチ、逃げたか軟弱もの、と思いながら新たな敵であるトゥロを相手取り退け腰で間合いを取ったと思えば、其処に同胞が流れてきて斬られた。

 位置取り含め、全部デザインされた流れである。

 これで各個撃破し、

「行けアスラク! とにかく前を張るのだ! 騎士をやる」

「あ、ああ」

 生まれた数的有利を使い倒す。

「……いかんぞ、これは」

 一人一人はどうとでもなる。思っていたよりも手強いが、決して劣るとは思わない。むしろ、負ける道理がないとすら思う。

 が、集団戦をしてみてわかった。

 若い騎士の怖さが。

 それに――

「どっせいッ!」

「ぐ、おッ!」

 中央、力で押し通るはティル・ナ。ソル族、『暗部』の操る魔族、何が相手でも力で突き進む。大剣はその覚悟の証。

 昔、唯一彼女に勝てた腕相撲。

 勝ったらボコボコにされたが、恥ずかしながらその成功体験が彼にその道を選ばせた。それしかない、と思ったから。

 だから、

「オオオオオオッ!」

「ば、馬鹿な。この俺が、半分も、ソル族の血が入った、俺がァ!」

 力でぶち抜く。

 相手を押し切り、相手の騎士剣と共に切り裂く。

「い、今時の騎士ってこんなにすごいの?」

「あの辺は特別です、マスター・スタディオン」

「……うちの子片手でも天才だと思っていたけど、なるほど。諦められたわけだ」

「我々は魔族を中心に捌きましょう」

「うむ」

 黄金世代、ティルは外れているが、そもそもここにその時代の主役たちなどいないのだ。だと言うのに、動きが際立つ。

 スタディオンの騎士が二人がかりでようやく渡り合える老騎士と、渡り合うだけなら一人でもやる。二人いれば勝ち切る。

 三人いれば、どんどん切り崩していくことができる。

 層の厚さが尋常ではない。

「さすがログレス、粒ぞろいだな。うちに欲しいぜ」

「集中してください」

「別に集中しなくても、オレの剣は乱れねえよ」

 話しながらお手玉感覚で騎士剣を投げ回すフォルテ。理解に苦しむ剣を相手に、一人、また一人と倒れていく。

 どれだけ警戒しても足りない。

 未知の剣を前に対処すら見えない。

「ここまでだな」

「し、しかし! マスタ――」

「黙れ、『暗部』。元はと言えば貴様らが蒔いた種だ。ただ一人のネズミすら捉えられず、逃がした結果が今だと知れ」

「う、ぐ」

 『暗部』イェッセ・デネンは身震いする。確かに老騎士の言う通り、フレン・スタディオンを逃がしたのは自分たちの落ち度である。その結果、スタディオンの蜂起を促し、様々な噛み合いによって今、敗勢に陥っていた。

 だが、そもそも隻腕となり、騎士を諦め商人となった者が一線級の力を保持しているなど、誰が考えられようか。

 背後から、完全に意識の外から刺したのだ。

 なのに、あの男はおそらく剣がその身に触れた瞬間、無意識に腰を切り被害を最小限に食い止めた。スーツは貫かれ、腹部にも傷を負ったが、貫通ではなかったのだ。あの車両には背後の席を含め、何人も『暗部』が仕込まれていた。

 元々事故とする予定であり、実際そうした。

 が、

『イェッセェッ!』

 そうしたのと、そうさせられたのでは大きく違う。隻腕で、利き腕とは逆の手で、獅子奮迅の立ち回りを見せる彼に、そうするしかなくなったから証拠隠滅のためではなく、隻腕の怪物を止めるために車両を大破させた。

 その瞬間の眼を、イェッセは覚えている。

 普段温厚な者の、真の怒り。

 先頭車両の爆発、それと同時に連鎖する破壊。『暗部』である自分たちは取り決め通り、外へ逃げた。

 フレンは歯を食いしばりながら、全力で後ろの車両へ駆け出し客席を切り裂き、壁ごと蹴って横にぶち抜く。それを凄まじい速度で繰り返し、出来ることをした。

 何人も死なせた。でも、座席がクッションとなり十人以上、死ぬはずだった者たちを救った。鬼気迫る救出劇、あの時ほど人間を恐ろしいと思ったことはない。

 超人、そう思った。

 自分とは違う――

「……」

 此処には、そういう超人たちばかりがいる。

「負けだ。……戦力を分けたとはいえ、情けない」

 勝負は決した。傾けば外部的要因が絡まぬ限り、覆すことはできない。

 スタディオン領がウルティゲルヌスの差し向けた手勢を跳ね返したのだ。この報せはログレスを大きく揺るがすこととなる。

 この局地戦の勝利は、

「わっしょーい!」

 ログレスの明日を変えた、かもしれない。

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