第361話:風が吹き始めた

 離反に次ぐ離反、徐々に勢力を削られていく始末。

 ディン・クレンツェは窮地に立たされていた。だと言うのにレオポルドたちは慌てる素振りもなく寛いでおり、それもまた気を揉んでしまう。

 第六騎士隊の上司二人とも連絡がつかない。

 突発型の出現で足を失ったが、彼女たちの足があれば連絡が取れる場所へ移動し、こちらへ無事を伝えていてもおかしくない。

 だと言うのに音信不通のまま。

 フレン・スタディオンとも連絡がつかない。こちらは列車事故であり、生存者がいないとされているため、より深刻な状況である。

 それでもバレットは、

『揉み消す行為が行われただけで、それが達成できたかはまた別の話でしょう? これだけ全てを強引に進めようとしているのですし、何処かでボロが出るんじゃないですか? 推測ですがね。まあ、今は待つべき時ですよ』

 のんびりと紅茶を嗜み、国立の図書館で借りてきた本をずっと読みふけっている。レオポルドも似たようなもの。

 肝が据わっているのは心強いが、それにしてものんびりとし過ぎている気がする。まあ隊が違うとはいえ、上役であるため何も言えないが。

 離反者が後を絶たない話も、

『いいじゃないか。わかりやすくて。どうせ風見鶏で反復横跳びをする人物など信頼に置けないのだから……人員整理と思えば大したことではないだろう?』

 レオポルドは笑顔でそう答えた。

 動じぬが二人。

 そんな彼らを見て、

「マイペースね」

「……今は心強い、そう思うしかない」

 ディンの同期であり、ログレス上位勢の紅一点は呆気に取られていた。

 なお、彼女はディンが想定していた四六時中ラックスを守る仕事を任せられる騎士であった。実力は折り紙付き、だと思うのだが――

(正直、俺も今の実力は知らんしな。クルスが計算から外すと決めたのもわかる)

 ログレスで団入りしたのだから上澄みなのは間違いない。しかもログレスも必勝を確信していた黄金世代である。

 ただ、未知数なのは事実。

 こういう時、学生時代の到達点を知るソロンが欲しくなる。正直、今一番欲しい人材だとディンは思っていた。

 が、

『第二騎士隊、マスター・エウエノルの要請で第一騎士隊からマスター・グローリー、第四騎士隊からマスター・エリュシオンが応援として現場へ向かい不在です』

 応援を頼もうとしたらものの見事に先を越されていた。何事も素早い男であるが、何もこんな時まで先回りしないでくれ、と泣きそうになる。

 まあ、ノアも遊びで隊、派閥を跨ぎ人を呼ぶわけがないので、相当なダンジョンなのだろう。ログレスだけが世界ではない。

 現在進行形で世界にはダンジョンが生まれ、騎士が働いているのだ。

 そんな厳しい局面で、

「マスター・クレンツェ、表に御父上が参られました」

「……またか。奥へ通してください」

「イエス・マスター」

 さらに厄介な案件が降りかかる。

「大変ね、名門の跡取り息子も」

「勘当息子なんだけどな、建前上は」

 馬鹿息子であるディンの説得のため、クレンツェ家の当主であるディンの父が新宮の方へやってきたのだ。

 すでに三度目、二度とも平行線で話は終わっている。

 今更無意味だと思うのだが――

「しつこいですよ、父上」

「しつこくもなる。御家が傾くかどうかの瀬戸際だぞ」

「……そのための勘当では?」

「状況は変化する。良くも悪くも」

 一度目は何人かの騎士を引き連れ、二度目は一族の騎士を、そして三度目は当主自ら、単身乗り込んできた。

 まあ、こちらにどうこうする理由もなく、三度目ともなれば危害を加えるとあちらも思わないのだろう。

 だから、

「ディン」

「何度説得されても俺は――」

 トントン、と机を指で叩く父。指に視線を誘導し、そのまま何も言わずに近づけ、とハンドシグナルを送る。

「……」

 ディンもまた何も言わず、極力足音も消して近づく。

 父の口に耳を近づけ、

「フレン・スタディオンが『暗部』の仕掛けを突破し、彼の地元まで到達した。何人かは把握できていないが、事故で全滅とされた乗客も引き連れてな」

「……っ」

 父からもたらされた情報に目を見開く。

「マスター・スタディオンは今回の件で怒りをあらわにし、元々慎重な姿勢で静観していたが、陛下の復帰を認めず完全に敵対の姿勢を取るに至った」

「……初耳です」

「スタディオン領との連絡手段は現在、全て封鎖されているからな。当然だ」

「……」

 一筋の光明、にわかには信じられない話であるが、フレン・スタディオンならばもしかして、と思わせるものがあった。あれだけ才能にはシビアであったノアやソロンでさえ、彼には期待していた、という評価であったのだ。

 四強を除けば最上級の評価であっただろう。

 すでに騎士の道を捨て何年経ったか。そんな人物が『暗部』の魔の手から逃げ延びるだけでも信じ難いと言うのに、乗客まで幾人か守り抜いた。

 全滅したはずの人が生きている。

 これは明らかに恣意的な隠滅であり、表沙汰となれば大きな追い風となるだろう。

 そう――

「……封鎖、ですか」

「ああ。スタディオン領は今、こちらの陣営にとって即対処すべき案件の一つとなった。すでに騎士と『暗部』の混成部隊が向かっている」

「……くそ」

 表沙汰に出来れば――出来ねば何の意味もない。むしろ、大王の力を誇示する結果となり、より大きく状況は傾いてしまうだろう。

 決定打となりかねない。

 だからこそ――

「……案件の、一つ? 最優先の、間違いじゃなく?」

「……」

「そう、か」

 最優先であるはずなのだ。総力を結集し、潰しにかかるべき。それをしない、出来ない理由がある。

 そう、父は伝えてくれたのだ。

 今まで安否の確認が取れていなかった、ラックス新女王の身柄を確保する。これ以上の案件は存在しない。それさえ潰せば、争いの芽は断たれるのだ。

 スタディオンがどれだけ怒り狂おうと、御輿なき反乱など成立しない。

 だが、逆に言えば御輿さえあれば――御輿と重ねることが出来たら――

「何度も私は言ったぞ。こちらへ寝返るべきだ、と」

「……何度も言った通り、お断りします」

「……また来る」

 父を見送り、ディンはすぐさまレオポルドたちの下へ向かう。手に入れた情報は大きい、これを生かせば勝機は芽生えるはず。

 何よりもクルスの無事が確認できたのは大きい。まあ、実際無事ではなく負傷し、ファウダーの世話になっているのだが、その共闘を知らぬディンからすればラックスの無事イコールクルスの無事である。

 彼がいなければ誰が彼女を守れると言うのか。

 つまり、

「お願いします、お二人の力が必要なのです」

 今やるべきはスタディオン領に向かい、立ち上がった彼らと共に戦うこと。生まれた火種、これを守らねば勝ちはない。

 だが、

「断る」「お断りします」

「え?」

 二人は即答した。

 断る、と。

「フレン氏の無事は喜ばしい。マスター・リンザールもその情報が確かなら無事の可能性は高いだろう。喜ぶべき状況だ」

「なら――」

「今から我々がスタディオン領に向かって、間に合うと思いますか?」

「……そ、それは」

 何とかこらえてくれる。そう信じて動くしかないだろう。

「列車も封じられているだろう。馬、徒歩、どんなに急いでも戦など終わっている。残念ながらこの状況で我らに出来ることはないよ」

「……列車を奪ってでも動くべきです」

「線路を断たれるかもしれませんよ?」

「それでも、この機を逃すわけにはいかないでしょう!」

 座して勝機を逃す真似はしたくない。座して、友を、親友にとっての親友を、みすみす見逃したとあっては顔向けできない。

 何があってもやるべきだ、ディンはそう思う。

「マスター・ゴエティア!」

 灼熱の炎、瞳に浮かぶそれにレオポルドは苦笑し、

「それでも私なら動かない」

 真面目な貌でそう言い切った。

「何故ですか!?」

「私が第十二騎士隊の隊長だからだ」

「……?」

 レオポルドはディンの肩をポンと叩き、

「組織の長とは人を信じるのが仕事だ。現場の全てに介入など出来ない。君がこの場を離れたら、この新宮を先王が押さえにかかる。この地もまた重要な大義名分、明け渡さず蓋をし続けるのが我々の役割だ」

 此処が我慢のしどころだ、と伝える。

「それに、私はそれほど今の状況に悲観してなどいないがね」

「その心は?」

 バレットの茶化したような問いかけに、

「此処は騎士の国で、たくさんの騎士が集まっているから、かな?」

 レオポルドもお茶目に返す。

(駄目だ、この人たち)

 こうなったら自分だけでも、と身を翻した瞬間、

「バレット」

「イエス・マスター」

「がっ!?」

 背後からバレットが抑え込む。体格的にも自分の方が力が出るはずなのに、上手く抑え込まれて力が出ない。

 当たり前だが徒手格闘の技術も高い。

「吉報が入るまで拘束しておこうか」

「凶報かもしれませんが」

「その時はその時だ。まあ、私が現場にいればあの報せが流れた時点で、そちらへ軸足を移している。頭が切れるか、勘が冴えるか……勝ち負けにはなるさ」

(何の、話だ? くそ、やっぱ、隊長はやべえ)

 するりと差し込まれた腕が首を圧迫し、ほどなくディンの意識が飛ぶ。

 そして、彼の意識が戻った時には完全に拘束されてしまっていた。その拘束が解かれるのは吉報か、凶報、どちらかがこの地へ届いた時である。

 それは決して遠くない。すぐ近くの未来である。


     〇


 ラックスを追うために多くの騎士を、戦力を割く必要がある。何故ならばあちらに何故かファウダー、しかも『斬罪』『亡霊』という強力な戦力と『墓守』という機動力まで兼ね備えている。並の部隊では捕捉すら叶わない。

 加えてスタディオン領への進攻は多くの騎士にとって迷いが生まれるものとなる。名門であり、多くの騎士を輩出してきた家系である。真っすぐとした騎士道を歩んできた騎士の家、国内の信頼は厚い。

 如何に偉大なる王が命じたとしてもしこりは残る。

 必然、戦力はそう成らぬ者たちを中心にするしかない。それでも充分な戦力であった。いや、十二分な戦力だったと言えるだろう。

 しかし今――

「……ぬぅ」

 両陣営は向かい合い、睨み合ったまま硬直していた。

 動けない理由があったのだ。

 それは、

「な、こっちの方が面白くなっただろ?」

「ただの博打でしょうに」

 第六騎士隊隊長、そして副隊長が何故かスタディオン陣営にいたこと。その戦力はすでに大王陣営にも共有されている。

 無双の四剣使い。

 とは言え、所詮は副隊長を交えてもたった二人。騎士たちもジエィ、クルスを相手取るために向かった面々に比べれば少し落ちるが凄腕ぞろい。

 臆する理由はない。

 だが、動けていない。

 そのもう一つの理由が、

「うおおお、興奮してきた~」

「落ち着けよ、パヌ」

「全くだ」

「武者震いがわからんか~、トゥロとアスラクはつんまらないなぁ」

 若手を中心としたログレスの騎士団。それなりの数、である。

「読み通り。これでも文武両道の元首席でね」

 それを率いるはマグ・メル出身、アスガルド卒、からのログレスに団入りした異色の経歴を持つ男、ティル・ナ、である。

 この時期に列車事故、そして乗客全滅はやり過ぎた。

 臭い過ぎた。

 何かが起きるかもしれない、あるかもしれない。そう読み、嗅ぎ、身を寄せるのは偶然ではない。

「勝つぞ!」

「応ッ!」

「わっしょーい!」

 それほど多くないのはお互い様。されど、才人が集う。士気も高い。

 何よりも想定していた者たちと、想定していなかった者たちでは心持ちが違う。

「先手必勝。胸を借りますよ、先輩方」

 先手、若輩者たちが征く。

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