第360話:騎士ならこう戦え

「ほォれ」

「あっ」

 ファウダー、『斬罪』ジエィ・ジンネマンは対峙する相手の剣を跳ね上げた。柔らかい手つき、傍で見ているクルスも凝視してしまうほどに卓越している。

「う?」

「休んでいない。セット間に見物していただけだ」

「う~」

「言い訳だと? なら、しっかりぶら下がっていろ!」

「うっうー」

 なお、クルスはリハビリのため魔力を行使せずに『墓守』グレイブスを重りとした懸垂を木の枝で行っていた。

 騎士界では器足らずでも人間界では超人。見た目に反しそれなりの重量であるグレイブスがぶら下がっていても苦も無く回数を重ねていく。

 肩甲骨を意識し、胸を寄せながら引き切る。しっかり広背筋に効かせながら、下ろし(ネガティブ)を丁寧にやるのが懸垂のコツである。

 常人にはとてもきつい。本当にきつい。

「……」

 そんな修練を尻目に、『亡霊』リアンは切り株の上で読書をしていた。朗らかな陽気が降り注ぐが、気温は氷点下。

 悠々読書に興じる彼も少しおかしい。

「全体的に踏み込みが浅い。様子見で浅くしているのならばいいが、相手を崩しに行く時に及び腰では絶対に崩れん。踏み込む時は殺すつもりで、死ぬつもりで征けィ」

「い、イエス・マスター」

「続きだ。構えろ」

「……っ」

 ジエィの稽古を受けるのはラックス。ちなみにジエィは出身こそ異なるがログレス卒の騎士である。いわば二人は先輩後輩にあたる。

 何十年(百年近く)離れているんだ、と言う話であるが。

「浅い。緩い。何故全力で踏み込まん? それでは何の脅威にもならんぞ」

「……くっ」

「まだ緩い!」

 手厳しい評価が飛ぶ。ただ、すでにラックスは騎士学校の四学年、女王に即位すれば意味がなくなるとはいえ、本来ならば騎士団が戦力となるかを見定めるような時期である。プロとして通用するか、その視点で見られても仕方がない。

 そして、

(……あれだけの身体能力がある。技術も悪くない。特に基礎はかなり高い。丁寧に積み重ねてきたんだろう。それであれでは、そりゃあ物足りないわな)

 クルス視点でも物足りなく映る。下手にいいものを持っている分、歯がゆさがあるのはジエィとも同じ。

 物足りなさはおそらく精神的なもの。

 仕掛けで、

(無意識に加減している。たぶん、ずっと前から……まあ理由は知らんが)

 加減してしまっている。

 本人もわかっていないわけがない。いや、本人こそが一番理解している。クルスにはその気持ちがわかるから。

 かつては自分も精神的な部分で、戦えない状態に陥っていた。

 まあ、結果として本当に死ぬ現場へ放り込まれたら治る、と言うクロイツェル式治療法なら教えられるが、女王にそんなもの必要ない。

「……う!」

「おい、飽きるな! 負荷が落ちる!」

 自重+グレイブス。その内、グレイブスがぶら下がるのに飽きてリアンの方に走って行った。残されたクルスは仕方なく、

「……レップ数で負荷を稼ぐしかない、か」

 高回数に切り替える。

 より丁寧に、引き切る意識と下ろしへの意識に意識を割く。

 和やかな空間である。まるで窮地を感じさせない、のんびりとした振舞い。

 一応これには理由がある。

 時は少し遡り――


     〇


「随分とのんびり構えているんだな。そっちも楽な状況じゃないだろ」

 クルスはリハビリがてらラックスと肩車をしたグレイブスを乗せて腕立て伏せをしていた。腕立て、プッシュアップも存外馬鹿に出来ない種目である。ある程度自重を乗せられるし、荷重すれば負荷を上げることもできる。

 こちらも下ろしは丁寧に、挙上はあえてスピーディに行う。狙う部位としては大胸筋と二の腕、つまり上腕三頭筋である。

 手の位置で狙う部位に負荷を乗せることもできる。極端にやれば肩へも乗せることができるため、家トレとしては古くから優秀とされる。

 まあ、ウェイトが使えたらそっちの方が効率的であるが。

 ここまで全部余談である。

「貴様は釣りをする時急ぎ、魚を逃がすタイプだなァ」

「……どういうことだ?」

 何処からかかっぱらってきた新聞を片手に、ジエィは干し肉を噛み噛みのんびりしていた。今こうしてのんびりしている間にも王都に戦力が集まり、王の守りが分厚くなっているかもしれない。つまり必然、そのひざ元である魔道研究所、『トゥイーニー』へのアプローチも日に日に難しくなっているはず。

 それなのに彼らに焦る様子はない。たぶん何もわかっていないグレイブスはともかく、元隊長のジエィまでそんな様子なのは疑問符が浮かぶ。

「今回、貴様が何故後れを取ったのか、わかるか?」

「……考えが足りなかったからだ」

「本当にそうか?」

「……」

「貴様の中で間違った、と言う感覚はあるのか?」

「……感覚はない。ただ、結果として悪手だった。それが全てだろう」

「なら、貴様はまた同じ過ちを繰り返すぞォ。足りなかったのは考えじゃない。むしろ貴様は考え過ぎた。それが敗因だ」

「……考え過ぎ?」

 腕立てをしながらクルスは疑問符を浮かべる。これからどうすべきか、これまでどこで間違えたか、どう上手くすればよかったのか、幾度も考えた。

 だが、ジエィの言う通りクルスには明確な答えがなかった。

 あの時点で打てる最善手であった。無論、見知らぬ騎士に女王という駒を任せ、中枢で戦う手もあったが、何度考えてもリスクが大き過ぎる。

 その騎士が不意に虚ろの騎士を繰り出され、それに敗れぬとは限らないから。

 どう転んでも博打であるが、博打なら勝つ確率が高い方を取るべき。

 そう、

「勝負の世界、互いに最善を繰り出しても噛み合い次第で後れを取る。相手の型や癖が見えていない時は尚更、実力が拮抗していても、時に相手より実力が勝っていたとしても、ハマる時はある。ならば、どうするか」

 考えを巡らせた推測と言う名の確率『は』高い博打。

「俺なら、勝とうとせずに誘い込む。隙を作って、なァ」

「……っ」

 それで突き進んだのがクルスの間違い。結果、相手と噛み合い、不利な状況となってしまった。

「貴様も受けの剣ならよくやるだろう? 同じだ、集団戦でも。八割勝てる、九割勝つ。聞こえはいいが裏目は常にある。貴様が受け手で、其処で勝負するか?」

「……しない」

「だろう? 勝てる状況作り、そのために温い手の一つや二つ、貴様も打つ。俺も打つ。それでいい。絶対のない勝負の世界だからこそ、限りなく近づけねばなァ」

「……だから、あえて情報収集に繰り出したのか。情報を得ながら、自分の足跡を残して、敵をこちらに誘導するために」

「そういうことだ」

「……」

 自分を餌に、相手を誘導して狙いを絞る。一見不利を作る形となるが、前回のような相手と不意の遭遇をなくす手として、相手を引き付けるのは有効である。

 しかもこちらには『墓守』がいる。

 彼の力があればある程度の包囲なら抜け出せる。そうでなくても追わせることで主導権を握り、相手に応じた手を打つことができる。

 其処に偶然、噛み合いはない。

「相手に気取られませんか?」

 読書中のリアンが口を開く。

「俺を誰だと思っている? きちんと騎士が追いかけられる最小限の足跡しか残しておらん。俺が本気を出せば老人どもはついてこれんからなァ」

「神に説法でしたね」

「はっはっは」

 敗北感が滲む。未知数が多い時の最善手とはつまり、温い手でしかないのだ。絶対に勝とうとするなら、多少の有利を捨ててでも、隙をさらしてでも、相手を誘導して未知を既知にする必要がある。

 時には勝つために負けることすら必要となる。

「ただ、『墓守』の力はある程度把握されている。そして、こちらには王がいて、それを取れば一発で詰み、相手は全力で来るぞ」

「……それをしのげば」

「そう。一転、好機だァ」

(それに……最悪の局面であればあまり意味はないが、どれか一つでも機能していればこちらに戦力を寄せること自体、援護となり得る)

 その時点の最善を取り、結果として悪手に転じた。ティルたちとの合流は成らず、彼らもすでに敗れて散った可能性が高い。

 列車の件もそう。

 ただ、最悪の想定はすべきだが確率は決して高くない。クルスは見ず知らずの騎士の手を借りぬ選択を取ったが、その分今回協力を要請した者は皆、腕が立ち、頭も切れる者たちばかり。

(まあ、期待はせず可能性に留めておこう。今すべきは……釣りの時間を有意義に過ごすこと。すぐに戻すぞ。そして、もう二度と、この国で遅れは取らん)

 クルスの眼に光が灯り、腕立ての切れが増す。


     〇


 スタディオン領、ログレスの中では名門だがトップ層でもない、と言う何とも難しい立場の騎士家が治める領地である。

 其処に突然、魔族が出現したと報せが入った。

 当主であるマスター・スタディオン含め、一族やその領地を守る騎士たちがその対処に向かう。まさかこの時期に、全員嫌な予感がしていた。

 現在、直接家と嫡男に関係はなくとも、名を持つ者が崩御した王に手を貸そうとしたこと自体は彼らの耳にも届いている。

 それを良しとせずとも、止めなかった判断を反旗と捉えられた可能性がある。

 だとすれば偉大なる王、ウルティゲルヌスの名の下、

「……すまぬな、皆」

「構いませんよ。フレンお坊ちゃんが悪いとは思っていませんから」

「そうですよ、伯父上」

 粛清。家を取り潰すため噂の人造魔族とやらを差し向けられた可能性がある。突発型ダンジョンが現れた、として――

「……むざむざやられはせんぞ」

「無論です」

 騎士たちは現場へ向かう。騎士の誇りをかけて、例え国家が生んだ存在であったとしても、退魔のために生まれた騎士が魔族に後れなど取るものか。

 そう覚悟して彼らは向かう。

 そして、

「……あっ」

 彼らは見た。

 多くの魔族に追われるボロボロの民を。中には魔族だけではなく、なかなか表の騎士が知る機会はないが『暗部』らしき者たちも混じる。

「……嗚呼」

 本気で来ていたのだ。

 絶望的な状況であろう。ゆえに、彼らの眼には涙が浮かぶ。

 震えが止まらなかった。

 何故なら――


「オオオオオァァァアアアアッ!」


 敵の追撃をただ一人、逃げ惑う人々から守りながら戦う『騎士』がいたから。

 血まみれ、誰よりも傷だらけ。それでも剣を振るい続ける。

 隻腕で。

「総員抜剣ッ!」

「イエス・マスタァーッ!」

 騎士たちは眼に炎を宿し、迷いなく敵に切りかかった。

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