第359話:腹が減ってはなんとやら

「……状況は?」

 不覚傷、これも失態ではある。ただ、現行の騎士には標準装備されていないサブウェポンで、あの決死をやられたのならむしろ相手を称えるべき。

 問題なのはこの状況を招いたこと。

 結果論であっても――

「良いと思うかァ?」

「……」

 この状況を招いたのは他ならぬクルス自身なのだ。相手の力(虚ろの騎士)を大きく見積もり過ぎたか、四六時中護衛することも考えたがトイレなどまで考えると難しい部分はあった。ただ、不可能ではなかったのだ。

 女性の騎士を付けることも出来た。

 ディンはログレスの同期に当てがあるとも言っていた。

 それでも――

(見ず知らずの騎士を信頼できず、俺は俺の案を通した。ラックスを中枢から離して安全を確保しつつ、中枢から離された戦力との合流、彼らをたきつける大義名分にしようと。一手で両得を狙った……それが、このザマ)

 今を選んだのは自分である。

「突発型ダンジョンによる線路の破壊、それと程時を同じくして起きた列車事故、加えて国境線の警備に他国の騎士を招集している、とよ」

「……その情報は何処で?」

「貴様が呑気に寝ている間、この俺手ずから情報収集してやったのだ。近くに洞窟があり、『墓守』、『亡霊』がセットであれば対策なしでまず勝てん。二枚で王を守り、一枚が斥候として情報収集、理に適っているだろう?」

「気取られては――」

「誰に口を利いておる、小僧。案ずるなよ、戦のやり方は心得ておるわ」

 元ユニオン騎士団第七騎士隊隊長、普段は戦闘狂としか思えぬ立ち回りであるが、こういう局面での落ち着き様は頼りになる。

 まあ、

(ファウダーを頼りにしてどうする、俺)

 信頼すべき相手ではなく、今は信頼するしかない相手であるが。手負い、しかもそれなりに長く臥せっていたのか体が重い。対立はもちろん、逃げの手すら通じまい。通じたとて、今の自分に女王の護衛が務まるかと言えば――

「その突発型ダンジョンの目撃者は?」

「さてなァ。俺も現地に行ったわけではない。そして、今この国で流れる言説は全て、それなりに検閲が入っているだろう」

「……そうか」

 列車、インフラを自ら破壊するなら何らかの意味がある。自分が寝ていた時間、事件の起きたタイミングがわからぬ以上、推測にしかならないが、おそらくは第六騎士隊の合流、そして――

(……すまん)

 協力を買ってくれたであろうフレンも現地入りする手はずだった。彼の性格上、こういう頼みを断るとは思えない。やる気を出して、リリアンと上手く調整して現地入りしてくれただろうに。

「事故は?」

「生存者無し、との報せが回っておる」

「……そう、か」

 全て自分の落ち度。

 上手くやって見せる、そう思っていた。組み上げた勝ち筋は間違いではない。問題があったとすれば噛み合いであるが、もっと根本の話として、クルスは少しばかりログレス騎士団を、現役を退いた騎士たちを甘く見ていた。

 確かに彼らはユニオン騎士団に至れなかった者たちの集まりかもしれない。時代に取り残された老害かもしれない。

 それでも彼らは騎士なのだ。

 誰も彼もが積み重ねた者ばかり、団入りする騎士とは皆そういう者。

 時代を隔ててもそれは変わらない。

 しかも、

「貴様を刺した騎士は元ユニオン騎士団、大戦の折第三騎士隊の副隊長であった御方だ。隊長を死なせた責任を取り、大戦後剣を置かれた。俺も実戦は初めて見る。マスター・ユーダリル曰く、強靭で粘り強い騎士であったとよ」

「……」

「長命種の怖さよなァ。現役から退いたとはいえ、その実力が錆び付いているとは限らない。自ら席を立った者もいれば、席を追われた者もいるが……追われた者すら剣の腕が理由とは限らん。時代に追われただけ、やもしれん」

 ソル族の、長命種の真の恐ろしさをクルスは理解していなかった。アミュ、『ヘメロス』を知り、フィジカルに優れた混血を知り、魔族と比較すれば人の範疇でしかなく、自分たちとは大した違いはない、そう思っていた。

 だが、違うのだ。

 長命種の恐ろしさはむしろ、歳を取れば取るほどに現れる。現役期間の圧倒的な長さが経験を無尽蔵に積ませ、とんでもない厚みとなる。

 本来、ノマ族が老成して得る領域に、彼らは若き体と共に至る。

 健常な肉体を持つ達人、それが彼らである。

「……何故、彼らが席を追われる?」

 あれだけの剣の腕を持つのだ。フェデルらよりも上の世代がユニオン騎士団にもっといてもいい。彼ら老人より腕が劣る騎士などいくらでもいる。

 連携に難があるのなら話は別だが――それもない。

 むしろ分厚い経験則に裏打ちされたそれは、卓越したものであったように見えた。

「理由は色々だ。ただ、総じて時代だな。貴様らが古く感じているだろう、フェデルやカノッサは当時基準では革新的な方でな。上の世代と幾度も対立したものだ。加えて騎士団として、グランドマスターが若き者たちを支持したのも大きい。一人、また一人と去って行った。自分はまだできる、そう思う者も少なくなかったはず」

「……」

「まあ、あまり持ち上げ過ぎてもあれだからなァ。欠陥も伝えておこう。上の世代は総じて小隊規模を超えた戦いになると、途端に動きが鈍化する。今のように多くの人員をかけて攻略する、時代を遡れば遡るほど、騎士の仕事にそんな余裕はなくなる。そういう経験もなければ知識もない。積む必要性も感じていない」

「何故?」

「単独攻略がもてはやされた時代だぞ? それが必要とされた側面はあれど、人数をかけた攻略を恥と思う文化があったんだよ、昔は」

 上手く人数をかき集め、集団戦に持ち込んでいれば勝っていたかもしれない。ただ、強力な個の力が消えるわけではなく、当初の予定よりも戦力が削れていたのは間違いないだろうが。よしんば騎士同士の集団戦に勝利したとして、まだログレスには『暗部』もいれば先王派の正規の騎士団もいる。

 単純な正面突破は元々苦しかった。

 そして現在、おそらくは――

「最後に、国境線の警備が他国の騎士で賄われたと言うことは」

「人員を追加する必要が出た、と言うことだなァ」

「……くそ」

 ティルたちの生死は不明。ただ、この流れるようなやり口は相手方の方が一枚も二枚も上に感じるものであった。

 若造の決起など、大国の力をもってすれば赤子の手をひねるようなもの。

 そう、突き付けられた気がする。

「で、白旗でも挙げるか、小僧」

 ジエィの問いにクルスは歯を食いしばる。苦しい局面である。か細い、薄い勝ち筋、それでも掴んだと思っていたそれはさらに薄く、今にもちぎれかけている。

 しかも相手の陣容も未だ不透明。

 地力の底が見えない。

 勝ち負けを問える状況なのか、この勝ち筋は元々無理筋だったのでは、様々な考えが去来する。それらは全て諦めるための理由付け。

 でも、

「……」

 離れたところからクルスを見つめる眼、『亡霊』リアン・ウィズダムのそれと一瞬すれ違う。フィンブルの『亡霊』、国家秩序に踏み潰された者たちの集合体。

 自分が殺した人たち。

 それを見て――

「冗談、ぬかせ。俺は何が何でも、勝つんだよッ!」

 激痛の中、その痛みすら薪として心の火にくべ、クルスは無理やり立ち上がった。絶対に負けん。何が何でも勝つ。

 どん底上等、いつだって自分は其処から這い上がった。

 勝ち上がってきた。

「はっはっは、大馬鹿だなァ」

 ゲラゲラと無意味に見える起立を笑うジエィ。

「……ふふ」

 リアンもまた小さく微笑む。

 反骨の騎士、その真価は逆境にこそある。

「さすがマスター・リンザール。立派な志です。まさに騎士の鑑」

「うっうっー」

 そう言えばこの場にいなかったラックスが『墓守』グレイブスを肩車しながら現れた。背丈こそ小柄だが、あれでかなり重厚な体躯であろうに、それを幼児と変わらぬ扱いにしてのけるところは才能しか感じない。

「腹が減っては戦が出来ない。騎士の格言に則り、食で英気を養いましょう」

「うっ」

 ラックスの目配せを受け、グレイブスが鼻歌交じりに――

「……ぐっ」

 クルスの目の前に、厨房で用意していた食事をどどんと出現させる。深手を負い、意識を失っていた者に対して、あまりにも容赦のない量。

 気合十分であったクルスが僅かに揺らぐほどである。

「男なら完食で」

「うっうー」

「……ジョートーだよ」

 立ち上がったクルス、今度は痛みに顔を歪めながら座る。

 そして目の前の食事に手を付け始めた。

 マナーの欠片もない暴食となる。

「わっしょい、わっしょい」

「うっしょい、うっしょい」

 それを煽り倒す女王ラックスと一応敵のグレイブス。若者たちの団欒を遠巻きに、いつの間にやらリアンと合流していたジエィは酒を酌み交わす。

 勝負は靴を履くまでわからない。

 これもまた騎士の格言である。賭場でタコ負けした、パンツ一丁の騎士が放った言葉であるので、参考にするかどうかはその人次第であるが。

 しばらくして、

「……もう食えねえ」

 世の中気合いだけではどうにもならないこともある。

 クルス、早速惜敗。

「軟弱な」

「何か?」

「いえ、つい。……ご安心を、必殺技がありますので」

「もう、ベルトは緩めていますが」

「もっと必殺技です」

 残りは大人半食分ほどか。クルスにしてはよく頑張った。寝起き、これ以上はどう考えても体に悪い。いや、現在進行形で体に良くない。

 しかし、彼女たちは諦めることを許さなかった。

 肩からひょい、と降りたグレイブスはクルスからフォークをひったくり、この前より上達した食器捌きでクルスの残した分を食べ始めた。

 もぐもぐ、もぐもぐ、ほっぺがどんどん膨らんでいく。

「……?」

 どういうことだ、とクルスはいぶかしむ間にグレイブスは完食した。と言うか咀嚼した分を全て、ぷっくりと膨らむほっぺに収納しているだけだが。

 食べない、飲み込まない。

 過ぎるは――

「待て!」

 嫌な確信。

「やっておしまいなさい」

「う」

「はうッ⁉」

 ズドン、と胃に突如、凄まじい圧迫感が来た。クルスは必死に口を押さえる。色んな意味で吐きそうになるも、必死でこらえていた。

「うあー」

「見せんでいい!」

 口の中には何もありません、と悪戯っぽい笑みを浮かべながらグレイブスは見せてきた。予想は的中する。胃への直接転送。能力の無駄遣いが過ぎる。

「……こ、これを、俺が、寝ている間も?」

「最初は私が咀嚼役でしたが、グレイブスが全部自分でやると言ってくださったので……とても働き者のいい子です」

 確かに体は重いが、それでも寝たきりだった割には動いた。身体もそれほど痩せていない。水分補給も出来ている。

 感謝すべきなのだろう。

 だけど、

「うっ、うっ」

 肩をつんつん、とつつき、

「なんだ?」

「ばーか」

 楽しそうに罵倒する姿を見ればそんな気も失せる。

「この、ガキィ」

 よりにもよってなんちゅう言語を体得しているんだ、と腹立てながらクルスは思う。感謝はしない。してたまるか。

 その分、

(大人の、騎士の威厳を、このガキに示してやる)

 騎士の力を見せてやる、とクルスは誓う。

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