第356話:大国が戦争する、ということ
ぶらり列車の旅、第六騎士隊隊長『武運』のフォルテ・ヴァルザーゲンは駅弁に舌鼓を打ちながら、のんびりと車窓の景色を眺めていた。
部下の危機に一肌脱ぐ。
其処まで彼女は過保護な上司ではない。モノになると思って部下であるディンを重用し、経験を積ませた。その彼が引っ張ってきた好機。
そう、好機なのだ。
「楽しそうですね、隊長」
「そりゃあな。旅は誰でも好きだろ?」
向かいの副隊長の言葉に彼女は陽気に返す。ログレスという国は騎士の国であり、様々な分野で独立心が強い傾向がある。特に騎士、武力面はどの勢力も食い込めていない。彼女の支持母体であるワーテゥルとて近寄ることすら出来ていない。
其処に食い込めたなら、この規模の国と世界有数のダンジョン発生数、自前の騎士団を削る前提だが、相当美味しいしのぎとなる。
だから、
「勝ち目の薄い戦ですよ? 先王ウルティゲルヌスを支持する騎士は多い。それは国内外にかかわらず、です。勝っても上手くやらねば……中立であるべきユニオンにとっては大きな汚点となりかねません」
「だから勝つし、上手くやる方に張ったんだよ」
「……ハァ」
分の悪い賭けに乗った。彼女は何でも穴党である。小勝ちには興味がなく、常に大勝ちを狙い続ける。そのマインドで彼女は趙実力主義のワーテゥルで台頭し、会長の、団の代表としてユニオンに入り込んだ。
勝ち続ける。今までも、これからも。
「あのぉ、もしかして秩序の騎士の方々ですか?」
そんな彼女たちの席に、わざわざ顔を出して声をかけてきた者がいた。
長身痩躯、頬のこけた姿はとても弱そうに見える。
「そうですが何か?」
彼女と同じくワーテゥルからの編入組である副隊長はその男に疑いの視線を送った。確かに今の二人は秩序の騎士を恰好からして隠していない。
しかし、極秘任務であり、相手は大国。
警戒するに越してことはない。
「あ、実はわたくし、こういう者でして」
男は胸ポケットから、裸の名刺を取り出し彼女たちへ差し出す。
其処には、
「……あー、研究所で見たことある顔だわ」
「へへ、どうも、マスター・ヴァルザーゲン」
魔道研究所、デルデゥと記載されていた。直接の面識はないが、隊長としてちょくちょく出入りしている中、フォルテの記憶にこの男の顔があった。
冴えない見た目だが、妙に印象に残っているのは何故だろうか。
「で、何用だ?」
「いやはや、旅は道連れ世は情けと言いますか……実は私、マスター・ゴエティアに御呼ばれしまして、王都までご一緒出来たらな、と」
「何故?」
フォルテの相手を覗き込むような眼が、デルデゥに突き刺さる。
それに対し、
「いやぁ、怖いじゃないですか。色々と」
にへらあ、と笑みで受け流すデルデゥ。フォルテはその振る舞いに笑みを浮かべる。これでわかった。どっちかだ、と。
愚者か、切れ者か。
おそらくは――
「まあいいぜ。座りな」
「やったー」
さあ、この出会いは吉と出るか凶と出るか。そもそもこの旅路が自分にとってどういうものとなるか、そのスリルを彼女は楽しんでいた。
大勝ちする博打はいつも、
「おっ」
「いっ⁉」
「……これは」
大負けの要素を孕むから。
突然、彼女たちの列車が急停止する。運転席からのアナウンスがラッパから響く。その内容に、
「列車前方に魔族の群れが現れました! 乗客の皆さまは――」
フォルテは笑みを深めた。
「どっちだと思う?」
「……突発型か、それとも別か、自分にはわかりません」
「だから張るんだろうが。相変わらず詰まらん奴だなぁ」
「恐縮です」
この列車は運がいい。ユニオン騎士団第六騎士隊、隊長と副隊長が同乗していたのだから。いや、運が悪いのかもしれない。
彼らが乗っているから、足止めのために放たれた魔族かもしれないから。
「ついてくるのか?」
「近くの方が安全な気がするのでぇ」
「ハッ、鉄火場でその振る舞いは面白過ぎるだろ。ついてきな」
「やったー」
「……」
副隊長のいぶかしむ視線も何のその、意気投合するフォルテとデルデゥ。もちろんどちらも、視線が絡み合わないところで浮かべる貌は――
「うーし、久しぶりの実戦だ。とりあえずオレが遊ぶから、そっちは護衛で」
「……イエス・マスター」
列車から降りて、威風堂々と魔族の群れに近づいていく。
その歩みは大股で、一切の躊躇がない。
四つの剣を提げた騎士。
世にも珍しき四剣使い。
「あーそーぼー」
妖艶な笑みを浮かべ、敵を前に舌なめずり。
咆哮と共に押し寄せてくる魔族相手に、
「はっは!」
フォルテはふた振りの剣を引き抜き、二剣にて切り裂く。それを皮切りに、続々と押し寄せてくる魔族たち。
「はっはっは!」
ふた振りの騎士剣は彼女の手から離れる。
ミスか、故意か、その瞬間彼女は無手となった。
魔族が食い千切ろうと牙を向ける。
「はっはっはっはっは!」
フォルテは笑いながら腰の剣をさらに引き抜いた。その二つで切り裂き、前へ進みながら再び剣を放り、無手となる。
敵が来る。
其処に、振りたいところに丁度、最初に彼女が放り投げた剣が来た。それを彼女はキャッチしながら最小動作で切り裂く。今度は二体を、両の手で別々に切った。
次の瞬間にはまた無手に、そしてその手前で放った剣を掴み、本当の意味での最短動作で、最短距離で切り裂いていく。
剣を握りながら予備動作をするより、無手で予備動作をした方が早い。斬る瞬間にだけ手元にあれば、それでいい。
それが傍目には運頼りにしか見えない、そうでなければ人間ではない、『武運』と言う女傑の戦い方である。
「はーっはっはっはっはっはァ!」
奇抜、奇特、しかしてその裏側は緻密な計算と徹底した合理主義のたまもの。その上で常人の発想、その上を征く。
騎士剣の性能向上が可能とした、これもまた新時代の型。
ジュー・カテュオール。
在野の天才、騎士学校を卒業していない異端の騎士、フォルテ・ヴァルザーゲンのみが操る、最難の型である。
〇
大国ログレスを繋ぐ列車は当然だが一つだけではない。ほぼ同時刻、同じように列車に乗る青年がいた。
きっちりと仕立ての好いスーツを身にまとい、肩幅やスタイルの好さも相まって目を引くルックスである。
しかしよく見ると片方の腕があるはずの袖はからっぽ。
隻腕の青年、フレン・スタディオンは友との約束を果たすために列車で王都へ向かっていた。ディンから連絡を受け、通話機でリヴィエールのリリアンと調整した案件を手に、彼にとっても故郷に戻ってきたのだ。
里帰りと言うにはかなり不穏なものであるが。
「……」
ログレス出身者にとって、特に騎士の家出身にとってウルティゲルヌスという存在は特別なものである。それこそウーゼルらよりも上と見る向きも強い。
この国を、ウトガルドの、災厄の軍勢の襲来がどの地域よりも多いこの土地を、ずっと昔からその手で守り続けてきた偉人である。
それと戦う、相反する。
正直、気乗りはしない。それはきっと、この国の人間なら誰でも同じだろう。
ただ、それ以上に親友との仕事と言うのは胸躍るものがある。ようやく、かなり時間がかかったが多少、好き勝手出来る地盤が整ってきた。自分が勝手に思いを託した騎士や、自分が推したい騎士たちを支えられる力が――
(……いや、さすがにまだ足りないかな)
ある、とはまだ言えない。
とは言え、近づきつつある。騎士の道を断たれた自分が、彼らと共に戦える時が。長かった、それでも希望はあるのだ。
なら、突き進むのみ。
「おや、君はスタディオンじゃないですか?」
「……?」
突然声をかけられてフレンはそちらへ視線を向ける。其処には一人の男が立っていた。帽子を被り、動きやすそうな恰好をしており、おそらくは同世代。
ただ、あまりピンと来ていない。
どこかで見たことがあるような気はするが――
「あれ、忘れました? いやまあ当然ですか。僕と君は入れ替わりでしたし」
「……入れ替わり、あっ」
記憶を掘り起こし、フレンはようやく彼が誰だかわかった。
「イェッセ・デネン」
「覚えていてもらい、ホッとしましたよ」
「久しぶり過ぎて……こうして話したのは入学前の説明会だったかな?」
「あはは、よく覚えていますね。恥ずかしい記憶ですが」
「いや、最優の学び舎を受けるんだ。あれぐらい野心があって当然さ」
自分と同じ年にログレスを受験し、見事合格した男である。同じログレスの騎士の家出身者であり、家格が少し下であるため接点は薄いが、入学前にあったログレスの騎士の家出身者向けの説明会では、自分やディン、リュリュやパヌと言った入学前から特別視されていた者たちに、
『僕は必ず君たちに勝つ! イェッセ・デネンの名を刻むんだ!』
と豪語していた。
フレンやディンは凄い子だなぁ、と思っていたが、良くも悪くも正直者の天才二人組はドでかい欠伸で返事して、ひと悶着あったことがあった。
「でも、結局僕は二学年の末……退学することになった」
「……残念だよ。君とも一緒に学びたかった」
「そう言っていただけると救われます」
彼はフレンの向かいに座る。それほど親しい仲ではないが、何だかんだと知人と旅の中で出会うと言うのは悪くない気分であった。
「風の噂で聞きましたが」
イェッセの視線、それが自分の利き腕があった空の袖に向けられ、
「ああ。自分も一年後、君の後を追う形になったよ。不覚傷さ」
フレンは苦笑しながら答えた。
「残念です」
「いや、今は何だかんだ、それでよかったのだと思っているよ」
「……なぜ?」
「騎士になる、そう信じて疑わない人生。その確信ってね、さほど強くないのだと知ったから。友人のね、何が何でも這い上がってやる、その眼を、背中を見ると、勝てないな、って思っていたんだ。当時はそれで奮起して、一緒に登ってやろうとしていたけれど……たぶんその熱は借りものだった。騎士を続けていたら、並ぼうとして足りぬ自分に絶望していたら……きっと今より屈折していたから」
フレン・スタディオンの、心の底からの本音。不運でログレスに入学できず、遮二無二努力していた自分は強いと、強くなったと思っていた。騎士へなりたい、騎士へなるんだと言う想いは誰にも負けない。
そう思っていた。
親友、クルス・リンザールに会うまでは。
「今は何だかんだ充実しているよ」
「……理解できない」
「え?」
フレンは友を想い、自分の選択を振り返りながら真摯に言葉を紡いだ。それは同じく騎士の道を断たれた彼への、もしかしたら自分の編入が枠を奪った結果そうなった彼への心ばかりの誠意だと思っていたから。
だから、気づけなかった。
彼の貌が、
「その程度の執着なら、初めから騎士など目指さないでほしかった。僕は、き、君のせいで、学校を追われたんだ。君がいなければ、僕は――」
ぐにゃりと歪んでいたことに。
「……イェッセ?」
「でも、今が充実しているのは同意見です。騎士ではなくなった君が、僕らの人生で最も重要な、騎士を手放して充実しているのは理解できませんがね」
「騎士だけが人生じゃない。どうしたんだい、急に」
「そう言い聞かせるだけの人生ですか……くく、哀れだ」
「……君は」
フレンは警戒して騎士剣に手を添える。
「逆の手で、しかも片腕で、けなげなことだ。僕には君と違い、騎士として万全だ。五体がある。忠義もある。それゆえに僕は、騎士と成った!」
「君が、騎士?」
何を言っているんだ、と疑問を浮かべながらフレンは目の前の、歪んだ表情を浮かべる男を警戒していた。
それが、
「僕『ら』が、騎士だ」
「ッ⁉」
迂闊な隙を生む。何故こうも、自分に注意を向けさせるのか、其処まで考えが及んでいれば、防げた状況。
「……後ろ、か」
洒脱なスーツを貫く、騎士剣。背後から、後ろの座席から伸びたそれはフレンを貫いていた。フレンは顔を歪めた。
甘く見ていた。
「ああ、挨拶がまだでしたね」
イェッセは帽子を脱ぎ捨てる。その下にあった髪が、はらりと垂れる。一部だけ、真紅に染まったそれは、染めていなければ――
「我らは大王、ウルティゲルヌス様に仕える者。『暗流諜報謀略部隊』所属、イェッセ・デネン。陛下の騎士だ。君とは、違う」
甘く見ていた。
この国は、此処までやるのだ。
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