第355話:新騎士VS旧騎士
「か細く、小さく、弱いッ!」
いの一番に突っ込んでくる騎士に対し、
「……ふぅ」
クルスは小さく息を吐く。この足と追いかけっこをしても分が悪い。どう考えてもティルたちはここにおらず、即席の仲間であるファウダーが身を挺して自分の味方として機能してくれるかも不透明である。
であれば必然、自らの力で活路を開かねばならない。
相手は、
(型も前掛かりなら、踏み込みも前掛かり。眼も完全に俺を侮っている)
自分を弱く見積もってくれている。これを生かさない手はない。まず一人、初手で数を減らす。その結果で相手の足を止める。
そのためにクルスは構えるもあえて立ち姿を僅かに崩す。かつてのディン戦ほど馬鹿みたいに後傾するわけではないが、ほんのりとだけ傾けた。
退け腰に見えるはず。
罠は張った。
あとは――
(来い)
ハメるだけ。
一気に距離を詰めてくる。躊躇は欠片もない。しかも先行するのは二人、挟む気はなさそうだが上手くやれば二枚抜きできるかもしれない。
いや、やるのだ。
この局面で勝つなら、それぐらいしなければならない。
「一歩分わしが早い。一番槍じゃい!」
「むぅ、しゃーないのー」
やはり侮っている。どれだけ生物としての性能に差があろうとも、騎士の優劣は其処だけではない。それを示す。
「もらったァ!」
(それはこっちの――)
セリフだ。
前掛かりな、勢いと共に振り抜かれた袈裟斬り。大好物である。これほどカウンターしやすい攻撃もない。
そう、
(なん、でだ?)
後一歩、踏み込んでくれていたら、確実に殺せていた。
「むぉ、こやつ、小癪にもカウンターを狙っておったわ!」
「小賢しいのぉ」
一歩分浅く、カウンターは薄く肉を切るだけに留まる。そしてこのカウンターを見てなお、相手からは侮りの視線が消えていない。
むしろ、くだらぬ技だと侮蔑の色すら浮かぶ。
だと言うのに、
(なんでだ!?)
なかなか踏み込んでこない。苛烈に、入れ代わり立ち代わり来る。前掛かりなのは相変わらず、前へ前へ、臆した様子はない。
「受けが崩れぬ!」
「へなちょこの剣なんじゃがのぉ」
(なんでこいつら……っ⁉)
クルスはようやく気付いた。対峙する二人ではなく、追いついてきた同じような老兵、老騎士たちの眼を見て、何故相手が踏み込まなかったのかを知る。
じっと、観察するような眼。臨戦態勢ではないからこそ浮き彫りとなる。
それは魔を対峙する時の、騎士の眼であった。
騎士のセオリー、それは初見の相手には例え獣級であっても見から入る、である。魔族相手、何が飛び出てくるのかわからない。
だからこそ警戒し、観察する手間をかける必要がある。
(……腐っても、騎士かよ!)
侮り、舐め腐り、侮蔑してなお、彼らの五体には染みついているのだ。知らぬ相手に対する騎士の立ち回りが。
間違えたのは、
(くそっ!)
初手で決めようとしたクルスであった。騙すなら幾度か打ち合い、相手に偽の自分を刷り込んでから仕留めるべきだった。
警戒はない。
こちらを舐めてくる。
身体能力だけの、旧い騎士。
(しかもこいつら、連携に継ぎ目がない。主導権を奪おうにも、そうさせてくれぬだけの技量がある。身体能力はもちろん、そうさせぬ立ち回りも……クソがァ)
そう考え、侮っていたのもまた、
「嫌な感じじゃ」
「これ、たぶん踏み込み待ちじゃぞ」
「じゃのぉ」
クルスの方であった。
〇
「マスター・ジンネマン?」
「……」
地面に手を付き『斬罪』ジエィ・ジンネマンは何かを読み取っていた。遠く、かすかな振動、その連なりを感じる。
何よりも、
「……臭う」
長年の経験が告げていた。
「グレイブス、耳を貸せ」
「うっ?」
「ジジイの頼み事だァ」
相手がこの前のような『暗部』相手ならどうとでもなる。ただ、そちらではない場合、騎士を出してきた場合は話が変わってくる。
時代に追われ、席を失った者たち。
耄碌し、担ぐ明日を違えた者たち。
いや、耄碌したのならばまだ救いがある。彼らには理解できないのだ。新しい時代のことが。受け入れ難いのだ。自分たちの積み重ねた昨日を否定されることが。
だから相反することになった。
それはいい。仕方がない。問題は、その積み重ねの方である。
「――出来るか?」
「うっうー」
「さすがだ。では頼むぞ」
彼らは古い。
ただ、古くとも積み重ねてきたのは事実なのだ。彼らが積み重ねてきたものが今の時代の土台となっている。
残っているのは皆、その時代を駆け抜け、生き延びた上澄みばかりである。
〇
「……ふゥ、ふゥ」
「こりゃあ埒が明かんか」
「強いわ、この坊主」
クルスは体力を消耗しながらも毅然と立つ。対する二人の老騎士は傷だらけ、多数の箇所から出血しながらも、致命傷だけは受けてくれない。
それでもこれだけ斬られたなら萎えようものだが――
「二人くれぃ」
「四人の間違いだろう? 卿らも下がったらどうだ?」
「こっちは一番槍と二番槍ぞ。出遅れた卿らが悪いわい」
萎えるどころかむしろ剣を重ねる度に気力が充実し、キレも増してくる始末。充分現代のユニオンでも通用する騎士、それがさらに二人追加する。
剣を重ねるまでもない。
(……追加の二人も、同じレベルか)
こちらの剣を学習し、
「守戦の剣は好かんが、これだけやれるのなら認めるしかあるまい」
「さーて、久しぶりの実戦じゃい」
強敵と認め、警戒も充分。
(……クソが)
一人ずつならどうとでもなる。負ける気はしない。ただ、分厚く、山のように積み重なった経験値のせいか、もはや視線や合図を交わす必要なく連携が、連動が成立し、単純に倍以上の負荷がクルスにのしかかっていた。
確かに事実として彼らの現役時代と現代では騎士の死亡率は大幅に減少している。その理由の一端は戦術の言語化、向上にあり、騎士の平均値は死亡率に反し大幅に向上している。ただ、それはあくまで上から下を見た平均の話。
上澄みは感覚で最善に近いところまで辿り着いていた。
特に個人戦術は今と遜色ない。
そして今、クルスと対峙する騎士は全員がその上澄み。笑えるほどに苦しい。しかもまだ、後ろには同レベルやそれに近い騎士が控えている。
正直、ティルやパヌがいればどうにかなると思っていた。彼らの実力があって部隊運用出来れば多少の戦力ぐらい容易に跳ね返すだろう、と。
しかし今、対峙して思う。
彼らがいて、『暗部』まで控えていた場合、全滅させられた可能性も充分ある、と。相手の戦力を過小評価していた。
現役でない騎士、それを軽んじていた。
「……ふゥー」
「気を付けろ、あの小僧。どこからでもカウンターを繋げてくるぞ」
「見ていたとも。卿らをあそこまで一方的に切り裂いたのだ。さすがに侮る気は起きんよ。だから、四人がかりなのだ」
それに対し、彼らは骨の髄まで騎士であり、染みついた騎士がどれだけ侮ろうとも、どれだけ甘く見積もろうとも、彼らに足を踏み外させない。
退魔の騎士、多勢で一つに向かうことも厭わない。
相手が強いのなら、二人でも三人でも投じて相手を討つのがこの世界の、ミズガルズの騎士であるから――
「おおっ!」
「はは、とんでもないな、この小僧!」
「四人連動してなお、受けて流し、しっかり返しても来る!」
「受けの型もええのぉ」
四人の連携。目まぐるしく立ち位置を入れ替えながら、凄まじい速さでの攻防が連なる。観察する騎士たちが目を剥くほど、クルスのゼロは鬼気迫るものがあった。受け切るだけでも凄い、いや、受け切るだけならとうに彼は死んでいる。
受けながら、流しながら、攻撃までして相手の攻め手を潰しているから、ギリギリで攻防が成立しているのだ。
「対人特化と思いきや、ありゃあ退魔の型であったか。多勢相手の方が輝いとる」
「あら凄い。若いのも骨があるわい」
クルスを囲む四人の騎士、それぞれがユニオンやログレスの騎士団で長く活躍し、それなりの逸話を打ち立てた騎士たちである。それを知る騎士たちからすれば、彼らが四人がかりでなお、張り合える騎士と言うのはもはや信じ難い存在であった。
「ビフレストを彷彿とさせる。型もその変形であるからな」
「おー、おったのぉ。ウーゼルの同期だったか?」
「ああ。天才だった。若手では一番であったな」
「リュディアちゃんがおったろ?」
「あれは別枠。ユーダリル同様、あそこまで抜けると技がなぁ」
伝説の時代を生きた者たち。
百年ひと昔、この場で最高齢となれば二百をもゆうに越える。
紅き髪、彼らに流れる血が隔世を可能とする。
「しかし、まだ揺らがんか」
「間違えぬ。異常じゃろ、あそこまでいくと」
新たな時代、彼らと最も離れた騎士であるクルス・リンザール。器は卑小であるが技量はある。抜けている。ただ、其処は問題じゃない。
問題はあの乱戦の中、途切れず集中し続ける、選択を一度も間違えぬ尋常ならざる精神力にあった。化け物、傑出したものがある。
それが彼らの王、その敵と成っている。
確実に殺さねばならない。
一人を相手に四人以上かけても有効に機能しない。どうしても四方が限界となる。ただ、あそこまで堅牢だと隙間のひと剣とて欲しくなろう。
そうしてでも殺さねば、そう彼らが思った矢先に――
「いずれも名のある騎士ばかり……豪華な景色だなァ」
「ぬっ!?」
突然、地面から一人の男が湧いて出てきた。
その男はすでに抜く構えを取っている。
「小僧、伏せて退けィ!」
「くっ!」
その言葉を聞き、クルスは攻防を崩し、自らの身を危険にさらしてでも伏せて跳ぶ。それがこの場での最善手であったから。
「そォれィ!」
真っ二つ。
『斬罪』ジエィ・ジンネマンの居合が炸裂した。初見ではまず、反応など出来ぬ一撃である。何人の騎士がこの刃の犠牲となったか。
だが、
「ふはは、さすがだァ」
クルスの回避動作から察し飛んでかわした者、伏せてかわした者、受けとめようとして真っ二つになった者、それを見て受けられぬと跳び片足、軸足を失った者、四人の内たった一人しか殺せず、もう一人も負傷止まり。
必殺の初手にしては寂しい戦果。
「まだ」
だが、ジエィはさらに二撃目に移る。跳躍した者、伏せた者、それらを同時に断つため、斜めに刃を入れる。
「「っ⁉」」
伏せていた方は地に足がついていたため凄まじい身体能力で刃を回避し、跳んでかわした方も誰かが投擲した騎士剣、その威力と蹴り足で無理やり回避する。
普通なら跳んだ方は死んでいたが、今回は周りと本人が優秀だった。
ただし、
「来い!」
「わかっている!」
今の狙いは健在であった二人の騎士を、逃げの手を打つクルスから離れさせるためであった。これでクルスに追いつける健在な騎士はいない。
観戦していた者たちも動き出しているが、さすがにジエィの下へクルスが到達する方が早い。そうすれば――
「いい子だ」
どろり、と揺らぐ足場。
『墓守』グレイブスの力で逃走経路は確保できていたのだ。
今、この状況であればこれしかない逃げの手。ソル族を中心に構成された騎士たち、その足とまともに追いかけっこしては絶対に勝てない。
だからこそ、裏技に、魔道に頼る。
「後ろ! 来るぞォ!」
「は?」
ジエィと合流し、逃げが成ったと確信した瞬間、背後から鬼気迫る表情で一人の騎士が迫り来る。片足を、軸足を断ち切られた騎士であった。
斬られた瞬間を、着地する直前までクルスは見ていた。ジエィなら動ける二人の動きは潰してくれる。それなら、自分が警戒すべきはそれ以外である、と。
周りより自分の方が早い。
片足を失った騎士も、あそこから、あの着地から間に合うことはない。
そう思っていたのに――
「こいつ、あの着地から踏み切ったのか!? 斬られた足だぞ!」
「ふははははははァ!」
最も衝撃が来る着地の際に斬られた足でスタートを切って、此処まで距離を詰めてきた。笑顔で、心の底から戦いへの喜びを浮かべて――
理解の外側、それが突っ込んできた。
「ぬぅ」
ジエィも抜けない。抜けばクルスごと斬ってしまうから。あの状況下で、理性か本能か、しっかりとジエィの剣対策にクルスを使っているのがニクい。
クルスと騎士が衝突する。
致し方がない、とジエィはそのまま二人を引っ張り込んだ。
どぷん、と三者の姿が消える。
その地面に、
「これが噂の、『墓守』とやらの力か」
一人の騎士が飛び込んできて騎士剣を突き立てるも、其処にはただの大地があるだけで何の手応えもなかった。
「行動は常に二人以上。面白い追いかけっこになりそうだ」
死者を出したにもかかわらず騎士たちは皆、好戦的な笑みを浮かべて敵だけを見据えていた。戦場ゆえ、人死になどよくあること。
惜しむ命などない。騎士として、戦場で死ねるのなら本望。
彼らの貌がそう言う。
〇
「無事か、小僧」
「……ああ」
倒れ伏す騎士を退かし、クルスはよろめきながら立ち上がる。決死で突っ込んできた、踏み込んでくれた。ゆえにようやくカウンターが刺さったのだ。
最後は相手の腕を断ち切り、返しの一撃で首も刎ねた。
あの一瞬でもクルスは間違えなかったのだ。
それは見事であった。
が、
「うー!」
「マスター・リンザール、その、お腹が」
グレイブスとラックスが心配そうな目を向け、声をかけてくる。クルスはその視線をいぶかしみながら、視線を辿り――
「……クソが……狡い、ジジイだ」
自らの腹に突き立てられたナイフを見つめ、顔を歪める。昔の騎士は兵站の確保がままならぬ時、現地で魔族を殺して解体し、それを食べていたらしい。彼がそういう小道具を持っていたのは、今は失われた文化のため。
クルスは間違えなかった。
だが、相手も間違えなかった。
噛み合い、最善を打ち合い、そしてクルスもまた倒れる。
互いの血に濡れながら――
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