第354話:最善ゆえに――
「……」
「……」
「……」
「うっ! うっ!」
「いただきます」
もりもりと男らしい様々な部位ごちゃ混ぜ焼肉(味付けは塩のみ)を食すグレイブスとラックス。これは果たして料理なのだろうか、とクルスは何とも言えぬ表情となっているも、概ね想定通りではある。
まあ、よく思えばそもそもこの廃屋には調味料が足りない。申し訳程度の付け合わせ、しなびた野草類も塩を振って炒められただけ。
どんな名シェフもこの手札では同じ程度のことしか出来ないだろう。
ではなぜ、この廃屋内にある手札を知る大人二人が唖然としているのかと言うと、
((量が、多い))
ただただそれに尽きる。
食べ盛りのグレイブスはともかく、『亡霊』の主体であるリアンは良い大人であるし、ジエィに至ってはジジイである。
身体能力的に若さを取り戻したとはいえ、趣向まで若返ったわけではない。むしろ寒中水泳の時も思ったが、数値以外の部分はどうにも老いたままである。
若き日ならば喜んで貪った。いや、少し多過ぎるが。
しかし今、ジエィの前にあるのはウーゼル以上の難関である。
「あっ、もしかして皆さん――」
申し訳なさそうなラックスの表情に、大人二人はギクッとする。せっかく作ってくれたのだ。たぶん丸三日分以上の食料を使って。
せめて嬉しそうに食べねば――
「タレの材料があれば、味に変化があって食も進んだと思うのですが……申し訳ございません。街に出た時にでも調達してみます」
((そっちじゃない))
見当違いのことで謝られ、愛想笑いを浮かべながらジエィとリアンは肉にかじりつく。野生動物、実に野趣あふれる味わいであった。
少しなら美味しく味わえるんだけどなぁ、と大人二人はしょぼい顔つきとなっていた。それを横目にクルスは、
(めしが美味い)
二人の(特にジエィ)の苦しむ様と共に肉を食べる。
最高の調味料であった。性格のクロイツェル化も相当進行している模様。
そんな中――
「……う?」
今の今まで、生涯で一度も気にしたことがなかったのだが、グレイブス少年はお隣の席に座り、勢いはともかく上品な所作で食事をするラックスを見つめる。
自分は手づかみ。
彼女はフォークとナイフを上手く使っている。
「……ぅ~」
何度か『水葬』や『トゥイーニー』が使い方を彼に教えようとしたこともあったが、彼自身必要性を感じたことがなかったため跳ね除けてきた。
しかし今、
「どうしましたか?」
「……ぅぅ」
人生で初めて必要を感じた。
なのでグレイブスは自分用に用意されたそれらを掴む。鷲掴み。
それを男気と共に肉へ突き立てた。
何かが違う。何もかもが違う。
「……ぅ?」
フォークにナイフ、どちらも突き立った肉にかじりつきながら、何かが違う想いにモヤモヤするグレイブスであった。
その様子を見て、
「ふっ」
と底意地の悪い笑みを浮かべるクルス(重度のクロイツェル病患者)。性格の悪化が留まるところを知らない。
悪意には敏感なグレイブスは馬鹿にされたことを察知し、怒りのあまり手元の肉を掴み、それをクルス目がけて投げる。
が、
「まったく、食事を粗末にするなよ」
クルスはひょいとかわす。顔には底意地の悪い笑みが張り付いたまま。
所詮子どもの癇癪、騎士である自分に害を及ぼすには十年早い――
「未熟者が」
「……」
と思っていたが、回避した先の壁とクルスの皿を繋げて、グレイブス渾身の剛速球(お肉)は見事、秩序の騎士の顔面をビターンと捉えた。
「ハンカチ、貸しましょうか?」
「……自分のがある」
剣を抜いていれば、其処までケアできた。戦闘中じゃないから抜けがあっただけ。実戦なら間違えない、と心の中で言い訳を唱え続ける情けない若手騎士のトップ。あまりにも情けない姿である。
「こら、食べ物を粗末にしてはいけませんよ」
「う、ぅう」
しかし、グレイブスもラックスに叱られて痛み分け。自らの緩み、油断に愕然とするクルスと叱られたことにしゅんとするグレイブス。
そしてすでに、
(歳は、取りたくないなァ)
(元々、肉より野菜派なんですよ)
グロッキー状態のお二人さん。
混沌である。
「マスター・リンザール、大丈夫ですか?」
「もちろん」
まさか騎士が顔がべちゃっとして大変不愉快です、などと言うわけにもいかず、其処は大いに強がってしまう男クルス。
それに安堵し、
「一緒に使い方の勉強をしましょう。作法なんて別になくても構いませんが、あると便利ではありますし」
ラックスはグレイブスに提案する。
「ぅ? うっ! うっ! うっ!」
グレイブス少年、ションボリから一転、喜びの舞を披露する。
其処からはラックスによるグレイブスへのマナー講座となる。それをしながら、隙あらば食事もこなす様は他三名に衝撃を与える。
気づけば全て、彼女が中心の空気が生まれていた。
これだけ曲者ぞろいであるにもかかわらず――
「……わかっているかァ未熟者」
「何がだ」
「拾い物だぞ、この娘は」
「……知っている。だから、勝てると踏んだ」
「なるほど」
器足らずの王を無理やり据えようと思っているわけではない。それでは誰にとっても不幸な結末が待つ。自分の経歴にも、最終的には傷となるだろう。
そうならぬと思ったから、彼女で行くと決めたのだ。
ラックス・アウレリアヌス・ログレスで勝つと決めたのだ。
〇
ファウダーと合流したクルスはすぐさま移動を提案した。元々、目的はディンが内側を固めつつ時間を稼いでいる間に、ティルたちが取りまとめてくれているはずの戦力と合流して王都へ戻る。迅速に、それでいて相手方をかく乱しながら、王都の戦力を分散させた状態で王都に戻り、大義名分を押し込みクーデターを起こす。
簡単な道のりではない。
イレギュラーも起きるだろう。
そのために――
「俺たちと組んだ。なァ、マスター・リンザールよ」
道中、ジエィがクルスに問いかける。
「どれだけの確率で、この合流が叶うと思う?」
「……最善は尽くした。合流地点も線路から遠く、徒歩と大きな差はない。その分辺境となったが……合流自体は問題なくできるはずだ」
「問題は戦力か?」
「ああ。どれだけの人員がなびいてくれたか。先王派はあまり国境に配備されていないとは言え、浮遊層全てがこちらへ傾くとも思えない」
「なるほどなァ」
「何か?」
「いや、まあ、あくまで老人の戯言だがな……暇を持て余した老人ほど活動的な者はおらん。しかもそれが健勝であればなおさらだ」
「何が言いたい?」
「さてなァ」
ジエィの含んだ笑みにクルスは苛立つ。正直言えば、騎士に限らずミズガルズにおいてこの千年、大規模な人間同士の戦争と言うものはほとんどない。クルスも小国の内乱の鎮圧などの仕事をこなしたことはあるが、大国を二分する規模となれば当然初めてとなる。実績がない。経験がない。
だから、学ぶにも限度がある。
読むのも難しい。
人同士の戦い、ウトガルドと言う大敵が存在する世界において、それはあまりに未開拓な分野であった。何なら千年前の方がよほどノウハウがある。
そういう時代、世界における、人との戦いとは難しいもの。
「もう少しで着く。俺が先行する」
ジエィとグレイブスにラックスの守りを任せ、クルスはさらに歩を進めた。ちなみにリアン、『亡霊』は廃屋でお留守番をしている。理由は仲間が入り混じる集団戦に彼はあまりにも不向きであるから、であった。
それに外での戦いもあまり得意ではない。
もしもの時、役立つとすれば今ではない、と考える。
そう、
「……」
もしもの時は――
合流地点、国境沿いの山々に備えられた小さな砦。普段は常時騎士が詰めているわけではなく、国境警備の交代要員などが道中休むため、中継地点としての機能しか有していない場所である。
穴場と読んだ。
実際に、もし合流するのなら最善手であったと思う。
しかし、
「……っ」
最善手ゆえに相手の最善手とも噛み合う。穴場であった、穴場だから読まれた。相手の裏をかく、その観点から言えば最善手は悪手であった。
「飯はまだかのぉ」
「さっき食ったじゃろうが」
「そうじゃったか?」
ティルたちとの合流地点、其処には明らかに彼らとは異なる一団が占拠していた。秘密裏の行動とは思えぬほどに、大々的に国の旗を、騎士団の旗を差して自分たちの陣地であることを主張している。
「ところでの」
「ん?」
先王派に先回りされていた。
先回りされ、おそらく――
「また、ネズミが来とるのぉ」
「一匹」
「造作もない」
交戦し、退いたか、敗れたか。殺されたか。
どちらにせよここはもう、
「くそっ」
仲間となる戦力はいない。
いるのは、
「出るぞ、戦であるッ!」
「応ッ!」
白髪交じりの紅き髪の、しわが刻まれた騎士たち。戦を前に意気軒高、嬉々として陣地の探知範囲外であろう、クルスの方へ駆け出してきた。
その健脚は、
「速いッ⁉」
ソル族、それに連なる者のそれ。
太鼓の音が鳴り響く、さらに砦の中から、その周辺から、
「敵か!」
「戦だ!」
「騎士が出る。『暗部』どもは下がっておれィ」
騎士が出る。戦場から遠ざかったからこそ、それに焦がれる騎士たちが続々と現れる。戦いを前に嬉々として、戦場の喜びと共に――
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