第353話:ぐう
(出来れば味方と確定していない状況で、陛下を連中と接触させたくはないが……虚ろの化け物が現れぬとも限らない。それに――)
「……」
(――当たり前のようについてくる気しかないな。一応、敵対した場合は虚ろの化け物や人造魔族よりよほど危険な相手なんだが)
『斬罪』は当然として、『亡霊』とて対策が固まりつつあるも騎士の殺傷数ではファウダーでもぶっちぎりであるし、『墓守』も人間離れした膂力と万能な能力を兼ね備え、強力な死体を操ることもできる危険な相手である。
安全ではない。
それをわかっているのかわかっていないのか――
「……」
(この顔は、何を考えているんだ?)
ラックスは若手の中でも上質な経験を、数を積んだクルスをして読めぬ表情をしていた。真剣ではある。時折眉をひそめている。
ただ、腕は常に腹の上であった。
(まさか、この面倒な状況下で、いや、まさかな。さすがに、違うだろ)
彼女なりに何かあるのだろう、とクルスは考え直し、
(……『亡霊』、か)
気まずさを抱きながらも敵か味方か、廃屋の中に入る。
其処には、
「う!?」
クルスの貌を見て滅茶苦茶驚き、その後滅茶苦茶敵意を浮かべる『墓守』と、
「……」
こちらも驚き、
「……奇遇ですね」
「……ああ」
苦笑する『亡霊』がいた。
現状、他のメンバーはここにいないのだろう。それでも秩序からしたら充分脅威な戦力ではある。特に『墓守』は運用次第で警戒を易々と掻い潜ることのできる力を持ち、それゆえにどの勢力も危険視しつつあった。
「我らが同志、『ヘメロス』が招いたと言うことでよいのか?」
「その通りだ」
「殺したか?」
「それなら、こうしてのこのこと近づかない。違うか?」
「ふむ」
端から殺したと思ってもいないくせに、会話を楽しむだけの老人も厄介極まる。最近の立ち回りだけ見れば戦闘狂にしか見えないが、元々は世界最高の騎士団、その騎士隊を率いていた頂点の騎士が一角である。
思考は決して浅くない。浅くなりようがない。
「それで用件は?」
(わかっているくせに……)
わかりきった質問である。
「……そちらの『ヘメロス』から共闘を申し込まれた。利害は一致している、と。こちらも目的達成のため、一時的に手を組むのはやぶさかではないと思っている」
「ほう、共闘と来たか。これは驚いた」
(嘘つけ狸ジジイ)
パン、と膝を打つ『斬罪』ジエィ。
そして、
「皆はどう思う?」
他二人の意見を求める。
当然、
「うっ! うっ! うっ!」
「反対反対大反対、と」
ファウダーキラーに続き、組織にとって何度も立ちはだかった秩序の騎士、クルス・リンザールへのヘイトはなかなかのもの。
怒涛の勢いで『墓守』は反対する。
言葉は通じずとも、誰がどう見たって敵意しかない。
「で、『亡霊』はどうだ?」
「……」
クルスは視線を合わせられず、俯き小さく息を飲む。彼の、彼らの存在には負い目しかない。それが悟られ、クロイツェルから『亡霊』のいる戦場を追い出されたこともあった。それでも何度か対峙したが、何とも言えぬ結果に終わっている。
剣を抜けば戦える。
でも、これほど抜き辛い相手も――いない。
「ちなみに俺は面白いと思う。ただ、此処は多数決でいこう」
「……さて、そうですね」
たまに夢を見る。何も知らずに彼らと接し、調子のいいことを言っていた自分。そのすぐ後、騎士剣を振るい彼らの命運を断った。
彼らの望みを、彼らの明日を、あの国の――
「私は構いませんよ」
「……っ」
「ふふ、クロス君は私が拒絶すると思っていたようですが」
「……それは」
「ほほう、何ぞ因縁でもあるのか?」
「ふふ、内緒です。ねえ、クロス君」
「……」
興味津々のジエィをひらひらとかわしながら、『亡霊』リアン・ウィズダムは秩序の騎士、『冷徹』と呼ばれる騎士を見つめていた。
クルスはその理知的な眼から視線を逸らす。
「うう、リアン!」
「わかっています、彼は敵です。我々の仲間を何人も倒した。でも、それだけ彼は強い。『トゥイーニー』君を助けるためには彼の力が必要になるかもしれない」
「……うう」
「今も彼女は苦しんで、辛い目に合っているかもしれない」
「……ぅ」
「大丈夫。彼は理由もなく君に、我々に暴力など振るったりしませんよ。そうでしょう、我々の友人、クロス君」
「……っ」
唇を噛むクルス。同じく渋面を浮かべる『墓守』グレイブス。クルスとリアンの関係に興味津々のジエィ。
なかなか空気が終わっている。
そんな時、
ぐう
と大きな音が鳴った。その爆音は全員の耳朶を打つ。何が起きたのか、ジエィをして腰の剣に手をやるほどの音量であった。
耐えて、耐えて、耐えて、最後に破裂した。
そんな音。
「……」
奏でた本人はほんのり赤面して、
「……お腹、空いちゃいました」
小さく零した。
その姿を見て、
「うっ!?」
『墓守』グレイブスは眼を大きく見開く。クルスへの敵意が先行し過ぎて、後ろでこっそりと立っていたラックスの存在に気付かなかったのだ。
「また会いましたね」
「う、ああ」
まさかの事態。クルス、リアン、ジエィ、全員がどういうこっちゃ、という表情になる。クルスは一応、この二人に面識があるのは知っているが、本人は仲良くしたと言っただけで、それを言葉通りになど受け取っていない。
何なら自分たちへの調査であったのでは、と深読みしていたほど。
他二人など、そもそも面識があることすら知らない。
「う、う」
「どうしましたか?」
耳を拝借、とグレイブスがリアンの耳に口を近づけ、ごにょごにょと何かを言う。どうせう、あ、しか言わないのだから何の意味もないのだが。
「くく、駄目ですよ。どちらかは駄目で、どっちも、です」
「う、うう」
頭を抱えるグレイブス。ちら、とラックスを見て笑みを浮かべ、ちら、とクルスを見てゴミクズを見るような表情となる。
しかし、
「うっ」
最後は親指を立て、
「これで全員賛同と言うことで」
彼もまたクルスたちの仲間入りを認めた。
主に、
「うっ、うっ」
「ついてこい、ですか」
「うっうー」
ラックスのおかげ、である。
そして彼女を厨房に招き、お腹が空いたなら自分(とジエィ)が確保した食料を好きに食べてよいと促す。
「実は私、料理も趣味でして」
「うっ!」
「そんなに褒められると照れますね」
「実際助かるなァ。俺だとどうしても男料理で、リアンがやると全ての材料を計測し始めるから時間がかかり、結局ろくなものが出来ん」
「頑張ります」
自分よりも爆速で馴染み、仲間入りを果たしたラックス。
立ち尽くすクルスに、
「座ったらどうですか?」
リアンは対面の椅子を指す。
「……では、失礼します」
「どうぞ」
そして、
「今日はいい天気ですね」
「曇りだが」
「陽射しがなくて楽でしょう?」
「まあ、確かに」
何ともたどたどしく、会話を交わす。
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