第352話:ログレス中が混沌でさあ大変
「――御国のために、と信頼獲得のため意気込んでかなり急ぎましたので、後ろの部隊はまだ王都から出発して間もないかと。ただ、一部斥候部隊は魔獣に騎乗しているので人間相手の距離感で考えると詰められる恐れもあります」
(……本当にこいつ、べらべらと全部しゃべるな)
全てを信じるつもりは毛頭ないが、それにしても包み隠す様子すらなく聞かれたことに答える様は清々しく見える。
「あ、あの」
『暗部』見習いの仮面を外してから、ラックスは驚きつつ何度も彼の表情を見る。妙な素振りとは思ったが、今は尋問の方が優先だとクルスは捨て置いたが。
「それで、他の『暗部』も貴様のようなフィジカルを持つのか?」
「え?」
「あ、あのぉ」
「貴様が『暗部』とやらの中でどういう位置づけなのか知らんが、ただの人間とは思えない。他にそういうのがいるのなら、どういう理屈かも含めて話してもらうぞ」
「あ、ああ! なるほど」
ぽん、と『暗部』見習いは合点が言ったと手を打ち、
「自分、ファウダーの『ヘメロス』ですよ」
「……は!?」
「え!?」
あっけらかんと答えた。何がどうしてそうなる、と混乱するクルスであったが、それ以上に混乱していたのは――
「あ、あの!」
「おや殿下、どうされましたか?」
先ほどまでの声掛けは、声が小さすぎて届いていなかったのだが、さすがに驚きのあまり声量が増したのかラックスの声は『暗部』見習い改め、『ヘメロス』の元にも届いた。それにしてもかなり慌てた表情である。
「あ、あなたはログレス王立騎士団に所属している、イオ・イズミル殿、ですよね? あの、対抗戦にも出られていた」
「ええ。そのイオです」
笑顔で肯定する『ヘメロス』改めイオくん。地の文も混乱しそうになる。
その名を聞き、クルスもまた驚愕した。さすがに学生生活から離れてかなり時間が経過しており、対抗戦の情報を収集しているわけではないが、それでも後から耳に入るほどの大物であり、アミュ世代をひっくり返したログレスの秘密兵器。
ログレス入りしてからはあまり話を聞いていないが――
「でも、ファウダーの『ヘメロス』なのですか?」
「はい。生後間もない頃からファウダーですよ。こう見えて私、実はほぼ初期メンバーですから。自慢じゃないですけどね」
明らかに自慢している様子で語るイオ。ログレスの星、黄金の落日以降にようやくログレスが輩出できた正真正銘の世代トップ。
御国の自慢がガラガラと崩れ去る。
「人相書きと随分違うみたいだが?」
「……」
「それは黙秘なのか」
「仲間の重要な情報が絡むので……自分、仲間想いなんですよ」
「人相を変える能力でもあるのか?」
「……」
「……下手くそかよ」
ただ、『ヘメロス』とイオ、彼との出会いのおかげでクルスはようやくファウダーの、シャハルの捕まらぬ理由の一端に至る。おそらくシャハルは姿を変えて、必死に自分を探す騎士たちをあざ笑いながら世に紛れているのだ。
自分で初期メンバーと言う以上、揺さぶればもう少し出てくるかもしれない。
とは言え、
(今はその時間もない、か。さすがにこちらが王都を出た時点で、狙いに関しては気づかれているはず。しかも、時間を短縮するために奥の手も切っていると来た)
のんびりとしている時間はない。
クルスは何も言わずに黙々と、
「え、何をしているんですか?」
「尋問が終わったから処分を」
騎士剣を握り、イオの首に添える。
「ま、待った!」
「……?」
なんでこちらに待つ必要が、とクルスは首を傾げた。
「ま、マスター・リンザール。その、殺すのは」
「陛下、この男は陛下の命を狙ってきたのです。如何なる理由があろうと――」
「狙ってない! 殺す気ない! ただ、噂のマスター・リンザールとサシで戦ってみたいなぁ、って思っただけですから!」
「嘘つけ。そんな理由あり得るか」
「あり得ますゥ!」
「……面倒くさいからもういいか?」
「いいわけないでしょー! そもそも、私がファウダーであること明かしたんだから察してくださいよ! 今、私たちは同じ立場だって!」
「……」
「つきましては提案があるんですけど」
「聞きたくない。殺したい」
「共闘しません? 私たちと」
「嫌だ」
「またまた~。正直、わかっているんじゃないですか? それが最善だって。私たちは『トゥイーニー』を助けたい。彼女の復讐をお手伝いしたい。目的は先王ウルティゲルヌスの一派が管理する魔道研究所です」
「……」
「私もまあまあですけど、ご存じの通りうちには『斬罪』、マスター・ジンネマンがいます。ご存じですよね? ね?」
「……ああ、嫌と言うほどな」
クルスの脳裏に浮かぶは何度も何度も何度も何度も、煮え湯を浴びせられ、地面に叩きつけられて味わった土の味。その半分くらいは味方にやられた気もするが、それは横に置き、感情面では共闘など絶対に認められないし、嫌である。
理屈の上でも共闘が世に広まれば騎士、クルス・リンザールの経歴に大きな傷がつく。まさかファウダーと裏で手を組むなどと言う恥知らずな騎士が、世の中にいるわけがないとクルスは心の底からそう思っていた。
『へくち』
遠き地で、輝き男はくしゃみをしていた。クルスが自分の噂をしているのかもしれない、と前向きに捉える。基本、天才はポジティブに出来ている模様。
「メリット、大きいと思うなぁ。しかも、私を生かせば得しかない」
自分が内部から偽の情報を流し、『暗部』をクルスらの望む通りに動かすこともできる。あまりやり過ぎることはできないが、少しでも逸らせるのなら、ほんの一時でさえ惜しい状況ではありがたい。
だが、
「貴様が俺たちを売らぬ保証がない」
それを信じ、売られた場合にクルスたちは詰む。
「共闘を了承していただけたら、仲間との合流場所を教えます。それで信じてほしい。私は仲間を絶対に売らない」
「それが信じられないって話なんだが?」
「……」
真っすぐとクルスを見据える眼に曇りはない。これで嘘つきなら大したものである。それなりに色々と経験を積み、曇った眼をたくさん見てきた。
曇りを隠す眼も。
全部さらけ出し、さあ信じろと言う者はなかなかいない。
だから――
「……ログレスは仲間ではないのか?」
「同期や騎士団の好きな人たちはそう思っていますよ。ティル先輩とかご存じです? あの人、面白いから大好きです。彼らは売れないし、売らない」
「……『暗部』は?」
「面白くない人ばかりなので嫌いですねえ。成り立ちのせいか積み重ねずに力を求める人が多過ぎて尊敬できない。……なので、心置きなく売ります」
「……」
「それが私です」
クルスは迷いながら――
○
レオポルドはラックスを襲った魔族、その死体に触れる。自分たちと同じ存在であれば、それなりに伝わるものもあるが――
(驚くほどに違う。そもそもベースとなる生き物自体がかけ合わせかつ、最初から魔障を注入し、そういう生き物として誕生させているのか。此処まで違うと俺では門外漢、さすがにあれの到着を待つ必要があるな)
人を、既存の生物を魔障により魔族化するのではなく、そもそもそういう生き物として生み出す。結果は近くとも中身は別物。
(……得られるものは多そうだ)
慈善事業で忙しい中、この地に訪れたわけではない。欲しい情報があり、それを公的に奪う機会があったから、レオポルド・ゴエティアとしてやってきた。
騎士としての使命を果たすためなら、わざわざ小難しい道など選ばない。
「デルデゥは?」
「もうすぐ着くかと」
「卿はあれを死守しろ。この王都で隙を見せるなよ」
「イエス・マスター」
頭を下げるバレットを尻目に、
(さて、親玉の貌はどうなっているか)
考えるだけでレオポルドの仮面にかすかなひびが入る。それほどに、サブラグにとって対面する相手が持つ気配は特別であるのだ。
共に戦場を駆けた戦友であり、仕えるべきであった主。
そして、
(……)
天と炎、自分たちの全てを賭して打ち破った魔障の王。
つまり、真の魔王である。
○
「ええ、大丈夫ですよ。存分におやりなさい、貴方はもう一国一城の主なのですから。都市一つ、創り上げる勢いでね」
通話を切った後、温和な笑みを浮かべながら、
「ヴェルスに連絡を。上手く混沌を乗りこなし、全部壊せ、と。どうにもレイル・イスティナーイーが手緩いのか、秩序がいまいち揺らいでいない。それどころか秩序の態度が軟化し、こちらに傾く始末。これでは意味がない」
大旦那が指示を飛ばす。
「やるからには総取りを目指さなきゃいけません。それが商人です」
商の王は安全圏より盤面を司る。
○
「そういうわけでトゥロ、俺たちの仲間になってちょ」
「ん」
「何この手?」
「何かくれ」
「……んー、じゃあこの前買ったカメラで」
「乗った」
「いえーい」
同期と交渉したパヌはやり切った顔で、
「むふ」
ドヤ顔をティルへ向ける。
「軽いな~。一応、場合によっては国家反逆的な奴になるんだけど」
「まあ、パヌはともかくディンやフレンがそっちにいるんですよね? だったらまあ、俺ら同期で乗らない奴はいないと思いますよ。ソロンだと考えるけど」
「俺はともかくってなんでだよ!」
「お前とリュリュはなぁ、腕だけは信頼できるんだけど」
「おい!」
「あっはっは」
かるーい感じで偉大なる王、ウルティゲルヌスに反抗するための戦力を集めていた。とてもそうは見えないが、そうなのである。
○
人里離れた山中にある廃屋。
その中で、
「む?」
「おや、『ヘメロス』君が来ましたか?」
「いや……」
ファウダー御一行が隠れ潜んでいた。
「足音が二つ。『ヘメロス』ではない」
「……まさか」
「様子を見てこよう」
彼らを統率するは元ユニオン騎士団第七騎士隊隊長、ジエィ・ジンネマン。
腰の剣に手をやりながらゆったりと歩む。
足音が近づく。隠す意図は感じられない。
それどころか、
(こちらにいるのを知り、その上で伝わるように歩む、か)
あえて気配をこちらに向けているようにも思えた。
なれば、
「……これはこれは、くく、随分と面白い状況じゃアないか」
「……ジンネマン」
意図は明白。その上で対面し、ジエィは相好を崩す。
なるほど、今回はこういう運命であったか、と。
「俺『は』歓迎しよう。こちらへ、マスター・リンザール」
「……そうさせてもらう」
現役の第七騎士隊所属、クルス・リンザールが混沌と合流した。
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