第350話:若さゆえに

「なるほど……ログレスに我らを引き込み、どうするのかと思えば随分と大掛かりなことを考えていたわけだ。これをマスター・リンザールが一晩で?」

「はい」

「……よく鍛えられている」

 レオポルドは苦笑しながら彼らの話を咀嚼していた。正直言えばこの茶番、付き合う意味は薄い。大局がどう動こうとレオポルド・ゴエティアとしてではなく『天剣』のサブラグとして、今回の相手はこの手で拭わねばならぬ過去である。

 結末は決まっているのだ。

 それを上手く着地させるメリットも、義理もない。秩序の柱である騎士の国ログレス、先々を見越して弱体化してもらうのは悪い話でもない。

 ただ――

(新時代の騎士、か。正しく、レフ・クロイツェルの後継者と言うことなのだろう。おそらく俺にとって障害となる。アルテアンにとってもそうだろう。その上で、旧き秩序の側にも居場所はあるまいに……どう立つ気なのやら)

 この若さ、嫌いではない。

 この青さ、自分たちからはとうに失われたそれに微笑む。

「マスター・クレンツェ、私からも一つ、質問をしてもいいですか?」

「もちろんです。マスター・カズン」

「君はこの件、誰が悪で誰が正義と定義づける?」

 抽象的な質問を投げつけるバレット。その眼はじっと、ディンを見据える。それに対してもレオポルドは苦笑いを浮かべる。

 彼がこういう無駄な質問をする時は、相手を見ようとしている時。答えの内容ではなく、立ち居振舞いを見つめているのだ。

「……自分の言葉でなくとも構いませんか?」

「……ふむ、構いませんよ」

「まず、自分は今回の件に明確な悪はいないと思っています。ログレスの性急で安直な回答も、現在の八方塞がりな状況から来ています。例えそれが騎士の国としての立場にあぐらをかいた結果とは言え、民を思えばこそ座して滅ぶわけにはいかなかった。その道理は、一方から見た正しさがあります」

「ああ。私もそう思う。ウトガルドと言う敵を失った人類は必ず、人類同士で富を奪い合うでしょう。そう成る前に敵を作る、安直ですが道理ではあります」

「そして、それを別の方向から正そうとするのも当然です。経済発展における大きな足枷ですから……ウトガルドの存在は。ならば、第二のウトガルドなど認めてはならない。ログレスの正義一つ、壊せば済む話」

「そうですね」

 大国とは言え、所詮は一国。その正義一つ手折れば世界が豊かになる、みんなが幸せになる。ならば、その選択肢は最善寄りのベターとなるだろう。

 マイノリティの排除、時としてそれは全体にとっての正義と成る。

「……」

 それをマイノリティの側に立つ者が飲み込むかはまた別の話であるが。

「ならば、自分はどうするべきか、それをずっと考えてきました。考えて、身動きが取れずに、ただ時間ばかりが過ぎていく」

 ログレスの正義を認めるわけにはいかない。ただ、対案はなく、別の道を提示する頭も、力もなかった。

 だけど、

「でも、友人が道を示してくれたんです。薄い希望であっても、すがるに値するものを。いやまあ、ウトガルドの大地をミズガルズの側が統治するってのはどうなのかなって、今でも思いますしまだ最善じゃない気はしているんです。それはきっと、自分よりもその友人が、そう思っている」

 友人は新たな選択肢を捻り出した。それはまだ完全なものではないかもしれない。もっと何か、より良い道があるのかもしれない。

「ならきっと、何とかするだろうって……他人任せですけど」

「君が思うより、マスター・リンザールは万能ではないと思いますよ」

「だから、です」

「……」

「そいつは筋を通したいだけ。自分も、同じです。筋の通った道を歩みたいのは、誰だってそうだと思うから」

 ディンの眼に浮かぶ信頼、それを見てバレットは大きく目を見開いた。若く、青く、未熟、その眼に浮かぶ理想を通すほど世の中は甘くない。

 でも、

「わかりました。第十一騎士隊は今回の件、君たちに協力することとしましょう。その先にあるウトガルドの件も含め、協調できる部分はあるでしょうから」

 それを持たぬ者を騎士とは言いたくない。方向性の是非はともかく、バレットと言う騎士は潔癖な理想主義者であった。

 其処に違いはない。

「ふっ、珍しい」

「何か?」

「いや、すまない。無論、元より協力するつもりで来た。第十二騎士隊も右に同じ、だ。それに其処まで見えているのなら、我々から何も言うことはない。存分に我々を利用したまえ。たまには演者も悪くないからね」

「ありがとうございます!」

 未熟な自分たちの腹芸が通用する相手ではない。彼らに対してはほぼすべてをさらけ出し、その上で協力を要請する。立場上、ウルティゲルヌスのやり方を秩序の騎士が認めるわけもなく、あとは同じ方向を向けるかどうか。

 クルスと話し合った通り、何とか上手く取りなすことが出来た。

 まだまだやることは山積みであるが――

「マスター・ヴァルザーゲンに連絡はしたかい?」

「はい。丁度、こちらの方に来る予定だったと、明日には到着予定です」

「ふふ、我々と同じく、か。面白い偶然もあったものだ」

「全くです」

「……?」

 苦虫を噛み潰したようなバレットに何処か楽しそうに微笑むレオポルド。少し前は、ディンはこの二人がどうにも苦手であった。底知れぬ感じがして、何故か距離がある気がしていたのだ。ただ、こうして腹を割って話すと思う。

 彼ら二人は少し重なるところがあり、それは何処か友にも重なるように思えた。

 何故かは、言語化は出来ないのだが。

「それにしても思い切りましたね」

「毒を食らわば皿まで、と言うことなのだろう」

「きょ、恐縮です」

 クルスが捻り出した乾坤一擲の策。それは普通のやり方では絶対に飲み込まれる新女王の権威を、外部から補強する策であった。

 つまり、ログレスにとっての外患誘致である。

 外部の武装勢力、ユニオン騎士団。

 そして、

「アルテアンの方は?」

「マスター・リンザールと自分の、共通の友人、フレン・スタディオンが動いてくれています。キャナダインと協調し、なるべく急ごしらえでも納得感のある、大きいスケールの案件をこさえて、現地入りしてくれるはずです」

「スタディオン、最近よく聞く名ですね。結構、把握しました」

 外部の商勢力、アルテアン。

 いずれも総体を見ればログレスが持つものよりも上。それらに協力を取り付け、無理やり新女王を大王と対等に持ち込む。

 元々の計画をより早め、ハッタリでも対決構図を確立する。

 そうして初めて選択肢が生まれるのだ。

「では、私は先王ウルティゲルヌス殿に謁見を申し込むとしよう」

「え、と」

「安心していい。私は今回、来るべき時までは君たちの協力者として演者に徹すると決めた。ただの遅延行為、あとは対外的にさざ波くらいは起こせるかな、とね。必要だろう? 何だかんだと、国内も固めねば意味がないからね」

「た、助かります!」

 ログレスに生きる者たちに――


     ○


 そして、クルスは新女王であるラックスを暗殺の脅威から引き離し、同時にティルとパヌが固めてくれている国境の騎士たちと合流するために動いていた。現在、国境の守りについている騎士は少なからず実権を握る先王が生む流れから外れた、主流層ではない面々が多い。現体制への不満を持つ者は少なくないはずなのだ。

 その戦力を手に入れ、王都を固めるディンの元へ戻る。

 威厳ある、力を持つ女王として――

「陛下、お下がりを」

「来ますか?」

「そのようで」

 当然、女王が王都を離れた時点で相手方もそう読むだろう。それにしても早い対応であるが、追撃を受けるのは想定の範囲内であった。

 ただこれだけ早いタイミングと、

(なんだ、こいつの足。振り切る択を取る気もしない。ノアの親戚か何かか?)

 単純な速力。

 これは完全に想定外であった。

 最短、王道のルートは外したつもりであったが――

(人造魔族? それならまだ――)

「見っけ」

(さらに、速く!? しかも……『暗部』、人間だと!?)

 凄まじい速さで『暗部』がクルスらの前に現れた。そのまま問答することもなく、騎士剣を引き抜きこちらへ詰めてくる。

 尋常ではない速力にクルスの表情が引き締まる。

「う、わぁ」

 最初の邂逅、衝突したと思った二人が流れるように入れ替わり、瞬く間に二合目へ突入し、それもまた音がしない。

 いや、かすかに涼やかな音がする。

 軽く、柔らかく、透き通るような受け流し。

「……で?」

 秩序の騎士、若手のホープである『冷徹』のクルス・リンザール。その剣が滴を湛えたように美しく、冷厳にそびえる。

 騎士として学んだからわかる。騎士として彼方に立つ者の、遠さが。

 この前の襲撃は此処まで集中力を研ぎ澄ませてはいなかった。その必要がなかった。これが頂点に至る騎士の、本気。

 もっと言うと――

「ふふん」

 対峙する『暗部』はそうする必要が、

「ふんッ!」

 あると言うこと。

 爆発的な加速と共に、怪物が迫り来る。

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