第349話:対立する二つの王宮
ログレスの王宮、新宮とは言えユニオン騎士団の、秩序の騎士が敷居をまたぐことは滅多にない。しかも隊長格ともなれば新宮建設後、つまりは王権を移行してからは初めてのこととなる。
それだけログレスという国は独立心が強い。特に騎士団は最優の学び舎で育てられ、それに誇りを持ち入団する者が多く、その結果他の騎士団よりも明らかにユニオン騎士団を敵視する者が多いのが実情である。
実際、ログレスほどとなると抜けて優秀でもユニオンを選ばぬ者はいるのだ。最近は少し減ったが、それでも『ヘメロス』が驚きや歓迎こそあれ、警戒などなかったのはそういう土壌が関係している。
だからこそ――
「まさかこんなにも早く来ていただけるとは」
「近くに所用があってね。偶然とは恐ろしいものだ」
こうして敷居をまたぐ二人の騎士、第十二騎士隊隊長であるレオポルド・ゴエティアと第十一騎士隊隊長であるバレット・カズン、この両名に対し周囲からは複雑な視線が向けられていた。
まあ、当人たちはまるで意に介していないが――
「殿下、いや、ラックス陛下はどちらかな?」
レオポルドの問いに、
「現在、陛下は王宮を離れております」
「……ほう」
出迎えたディンは正直に答える。現在、此処に存在しないはずの騎士であるクルスとラックス王女改め、ラックス女王は王宮から、王都から脱出していた。
クルス・リンザールがログレスに入っていることはレオポルドも把握している。第十二騎士隊に、研究所から研究員を出してほしい、その旨はディンから連絡が入ったと報告を受けているが、その裏には彼の影があった。
クルスとソロン以外、隊を跨いで第十二騎士隊と研究所を使おう、その発想には至らない。まだまだ、彼らの世代は本来、そういう仕事をこなしていないから。
ゆえに軽い驚きはあった。
てっきり、この地に彼がいると思っていたから。
「専門家は数日に内に王都に入るよう手配した。私も多少心得はあるので、先にある程度見ておいてもいい。同じ騎士団の仲間、しっかりと協力させてもらうつもりだ。例え隊が違ってもね。だから……状況と意図の共有を頼むよ」
求められた役割以上に機能しよう。
だから、つまらん腹芸はやめてくれよ、と笑顔のレオポルドは言葉の裏に含ませる。彼ならば当然、その程度受け取ってくれるはずだから。
「もちろんです。こちらへ」
「ああ」
「失礼いたします」
新宮の中に秩序の騎士、その隊長が二人入り込む。しかも一人はいち隊長の枠を超えた存在であり、グランドマスターであるウーゼルとある意味で肩を並べる特別な騎士である。その到来が波を生まぬわけはない。
○
「新女王、ラックス・アウレリアヌス・ログレスの名の下、愚か者どもは我らに盾突き、あまつさえ新宮とは言え王宮に、ユニオン騎士団の隊長を招き入れたと」
「が、外患誘致ではないか!」
「ログレスを騙るとは愚かな。こちらへ頭を下げ、借り物の玉座を返却していれば身の安全は保障してやったものを。これでは戦争となるだろうに」
「もしくは、それが狙いなのかもしれませぬぞ」
「であればなおのこと、愚かの極みであろうに。あんな名も知れぬ小娘なぞ、いったい誰が付き従うと言うのだ? 我らには偉大なる王、ウルティゲルヌス陛下がおるのだぞ? 端から勝負にもなっておらぬわ」
大王の側近である騎士たちがざわつく。
さしもの彼らもレオポルド・ゴエティアの名を知らぬわけがない。万能の騎士、革新の騎士、彼の存在は騎士の定義を、範囲を大きく変えるものであった。
そんな影響力を持つ彼が新女王の側に付いた。
そう見える行動を取った。
「しかし、すでに亡くなったとはいえ、その娘の父に存外支持者が多かったのも事実だぞ。ゆえに――」
殺したのだろう、と古参の騎士が言う。
「……むぅ」
確かに彼の言う通り、新女王の父にそれなりの指示が集まっていたのは事実である。それは裏を返せば大王への不支持が思ったよりも多かったと言うこと。
信じ難い、許し難い、今回の件はそれらに対する警告の意味もあった。
彼らからすれば忠義を尽くすべき真の王はウルティゲルヌスただ一人、それがログレスという国であるはずなのに、と言う気分である。
「小娘にこちらへ出仕せよ、とは伝えたのか?」
「はい。ただ、当方に暗殺の疑いがある以上、新たなる女王を対面させるわけにはいかぬ、と。生意気にも断った上に――」
「そもそも王都にはおらぬ、と。ふん、それでよく女王などとほざきよる。王が先頭に立ち民を率いてこそ、ログレスという国は成り立つと言うのに」
断られる前に、王都にラックスがいないことを彼らは知っていた。偉大なる王の持つ眼、それが不在を見たから。
ただ、
「各々方落ち着いてください。すでに陛下が方針を示された通り、取り除くは紛い物の王を騙る小娘とその騎士、これが最優先であります。『暗部』を差し向けてはおりますがファウダーの件もあり手が足りませぬ」
王都にいないことしかわかっていない、それが王の眼の範囲であるから。彼らがそれを知るとは思えないが、とにかく距離を取り姿をくらましていることは理解できる。こちらの暗殺の手から逃れるために。
「陛下、我々も動くべきかと思いますが、如何でしょうか?」
「構わぬ」
玉座は自分一人いれば楽勝で守ることができる。その強い言葉から彼ら騎士たちはそう汲み取った。
士気が跳ね上がる。
「よしっ!」
「久方ぶりの戦場、腕が鳴りますなぁ」
「相手がどこぞの馬の骨とも知れぬ騎士と、ジエィの小僧であろう? 他は取るに足らぬ者ばかり……錆び落としにもならぬわ」
「ふはは、確かに」
やはりログレスには強い王こそが似合う。
「王宮から、王都から小娘が離れてくれたのはむしろありがたい話。目撃者不在なればどうとでも出来る。多少目撃者がいようとも――」
「死人に口なし、と。ふふ、悪いことばかり考えるなぁ」
「卿こそ」
全ての守り手たれ、その校訓と共に育てられ、騎士と成った彼らであるが――
(……秩序だけの守り手だな、これでは)
ディンの父であるクレンツェ家当主は末席で目を瞑る。秩序のために、王のために、それを守るためならば何をしてもいい。どの騎士団も、国立であれば大なり小なり抱える問題、それが今劣化と共により顕著となる。
「クレンツェ家も大変であるな。ログレスを逃げ出し、何とか騎士に成ったと思えば反旗を翻す勢力の尖兵となってしまったわけで」
「……愚かな息子です」
「まあ、勘当されているのでしょう? ならば、ただの経験値不足の若造騎士。我らにかかれば一ひねりでしょうな」
「はっはっは、違いない」
「ははは」
(……あれが卿らより劣るとは思えんがな)
当主として家を守る責務がある。心の底から偉大なる王の身を崇拝する騎士たちの熱狂とは裏腹に、その苛烈なやり方に対して冷ややかな気持ちを抱く者も少なくない。王あっての国か、国あっての王か。国と民、国と騎士、民と騎士。
何がための騎士か――
「最優先は王を騙る小娘の身柄。次点はファウダー、『墓守』の身柄です。その二つを手中に収めれば、あとはどうとでもなりますので」
「応よ」
「どちらも生死問わず……簡単でしょう」
王のための騎士たちはいきり立つ。
○
「陛下、こちらです」
「ええ」
クルスとラックスは今、王都から離れながら人里離れた山地を歩いていた。あの虚ろの騎士が何処まで届くのか、こちらをどこまで把握できるのか、それがわからぬからこそ、それを知るためにあえて大回りを取る。
狙いは国境線、今頃あちらも動いてくれているはず。
それまでに動き回りながら敵を知る。
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