第348話:やられたらやり返す
「む、無理です」
ログレス王女、否、ログレスの女王、その継承者であるラックス・アウレリアヌスは顔を歪め、首を横に振る。
その反応は当然であろう。名目上、確かに彼女は王女であったがそもそも父親である現在の王がある主仮初めの王であり、その次に関しては適宜選別する手筈となっていた。適齢かつ適役であればラックスも候補であっただろうが――
それゆえに、
「……」
周囲の空気もよくない。クルスがしゃしゃり出ず、ディンに代弁してもらったが、それでもやはり角が立っている。何故ならクルスはもちろん、ディンですらユニオン騎士団の一員であり、あくまで外部の騎士扱いなのだ。
こればかりは仕方がない。
(……むしろいい選別になる。使える騎士か、そうでないかが)
クルスは必死に説得する友を尻目に、周囲の騎士たちを観察していた。仕えるべき主を失い、狼狽する騎士たち。そんな中にも当然、次のことを考える者が少しずつ出てくる頃合い。保身を考えれば当然。
泥船からはさっさと降りる。
逆に――
(勝機が薄いからこそ、俺が下の立場なら勝てばデカい方に付くんだがな。ただ、どうにもその空気は薄い。名門揃いだとこういう時、空気読みがな)
自分や騎士の家出身ではない、通常の流れでは上がり目の薄い騎士ならば、と思っていたが、残念ながらそういう感じはあまりない。
(……先王の復権、それを超える期待感は彼女にない。当然だ、あの子はただ王の子に生まれただけの、継承を見越した存在ではないから。どうする? 無論、彼女を御輿として担ぐのは前提だが……勝ち目がゼロならやる意味はない)
勝ち筋を造らねば話にならないが、その勝ち筋がなかなか見えない。前回襲ってきた魔族程度ならどうとでもなるが、今回のようなわけのわからない相手だと力で行くのも不安が残る。何より、そもそも力を振るうための大義形勢も難しい。
ちなみに先ほどクルスが仕留めた虚ろの騎士はすでに、体が砕けて魔障の痕を床にかすかに残すのみとなった。
目撃者は多いが、物的証拠がない。
「クルス、よくないぞ、このままじゃ」
「わかっている。使えそうな騎士の目星はついた。少ないが、亡き陛下の立場を考えればこれ以上贅沢は言えない」
「そうじゃない。それに殿下も――」
「陛下、だ。ディン」
「……クルス。無理筋だ。此処から巻き返しはない。他の国ならともかく、この国で皆が求める王は……もう決まっている」
小声でのやり取り。突然肉親を失い、大役が降ってきたラックスは自分には絶対無理だと拒絶の姿勢、それを見て僅かばかりの期待や、自分を取り立ててくれていた彼女の父王への忠義などが折れかける者も出てくる。
そうでなくとも元々どっちつかずの騎士もそれなりにいた模様。
「無理に歯向かっても悲惨な結果になるだけ。あの子を殺すことになるぞ。俺は良いが、騎士クルスの経歴にも大きな汚点となる」
「……」
「もう負けた。クロージングは俺がやるから、クルスは今のうちに国を出ろ。今ならまだ、関わっていなかったと言う形を取れる」
「……公平じゃない」
「……え?」
「いや、ただの妄言だ」
人造魔族の暗殺未遂から、虚ろの騎士による王の暗殺、王女への暗殺未遂。このまま手を引けばやられっぱなし、公平じゃない。
相手が大きいから殴られて当然なのか。
相手が大きいから従わねばならないのか。
現実はそう。
でも――
「先王、ウルティゲルヌス様の使者が参られました」
「なんと?」
「……ファウダーの襲撃があったと聞き、急ぎ駆け付けた次第。現在の王、その御身が無事であったか確認を取りたい、とのこと」
それは常に理不尽で、
「現在の王、と来たか」
「クルス」
「過ぎた野心を抱いた王を取り除き、明日の王へ復権する気満々。いや、もうした気になっているな。ファウダーに全てを擦り付け……完璧じゃないか」
不愉快だとクルスは思う。フィンブルの時と同じ、ただ翻弄されるだけ、ただ飲み込まれるだけ。それでへらへらと騎士を続けるのか。
「見事な政治手腕だ。今頃勝利の美酒でも楽しんでいる頃合いだろうよ」
「クルス、もうやめろ」
「そ、そもそも貴殿らが陛下を唆し、対立させねばこのようなことにはならなかったのだぞ! 全ての原因は――」
「陛下が仮初めの王でしかなかったことが原因では?」
「っ⁉」
「クルス!」
「それとも周りが私も含め、無能ぞろいだったせいでしょうかね」
クルス・リンザールは自分への怒りに打ち震えていた。最初の暗殺未遂、それを深く考えることなくただの牽制と決めつけ、最大の急所である王の警護を、自分の立場を鑑みて、出しゃばるべきではないと考え一線引いていた。
甘さがあった。
あの男なら絶対に、急所を空けない。空けるとすればそれは相手を誘い込む罠。あの男から何を学んだ。
どうして其処で妥協してしまう。
どうして徹し切れない。
「もしくは、時代遅れの遺物、老いぼれどもが時代錯誤の夢を見ているせいでしょうか? 一時代を築いた偉大なる王、大戦経験者も側近に控える。元隊長格の騎士も……それがこの時代に、何の役に立つ? クソゴミどもが……虚仮にしやがって。俺はそう思いますよ。心の底からね」
クルス・リンザールのまごうことなき本音。度し難い計画を企てる夢見がちな老人ども。こちらが紳士的に、時代遅れだからしゃしゃるなカス、と優しく伝えてやったのに、あまりにも老いぼれすぎて何も響いていなかった。
「ディン、とりあえず使者とやらには確認中とだけ伝えよう」
「……それでどうする?」
「一晩くれ。勝ち筋を捻り出して見せる」
「……わかった。出なければ手を引く、いいな」
「ああ」
品がない。言葉づかいではなく、やり方がどうにも癪に障る。普段からあの男のようにカスな口調で、ドブみたいな態度ならまだいい。それが大人物、騎士の鑑、みたいな態度で、こんな飛び道具を使ってきた。
どうやらここからは何でもありらしい。
(考えろ。あの男なら、どうする?)
なら――
「ラックス様」
「……」
「あいつは、おそらく何かしらの勝ち筋を見出してきます。そしてそれはきっと、とんでもないやり方になるはずです」
「……信じているのですね」
「ええ。乗るかどうかはラックス様次第です。乗れない、と判断されたなら、俺が全力であいつを跳ねのけますからご安心を。その上で……」
ディンは少しばかり迷いながら、
「立ち向かいたいけど勇気が出ない。そういう時は突き進むクルス・リンザールの背中を見ればいい。自分はそのおかげで今、騎士に成れましたので」
父を失い、降って湧いた重責に押し潰されそうな少女へ声を、助言を授ける。どう転んでも此処から先、彼女に安寧はない。
先王ウルティゲルヌスに白旗を挙げたところで、それでみんな無事、みんな幸せなどと言う決着には絶対ならないから。
逃げたら一生、影に付きまとわれる。
怖れに飲み込まれる。
「……考えます」
「ええ。この夜は自分がお守りいたします」
「よしなに」
もし、解放されたいのなら、やはり向き合うしかない。戦うしかない。恐れの元を取り除くしかない。
自分はまだ取り除けずに、未だに自分のトラウマ、その元凶相手に暇を見つけては稽古を申し込み、頑張ってはいるけれど――よく考えたらそれ以上のトラウマであるあの敗戦相手にはなかなか勝負を挑めていない。
そのことにディンは苦笑する。
きっと今、その男はあの頃みたいに必死で向き合っているはずだから。
○
日が昇る前、薄っすらと遠くが白み始めた頃――
「待たせた」
クルスはディンが守り、ラックスが待つ部屋へ戻ってきた。その眼には力強い光が浮かび、勝ち筋を捻り出してきたことが一目瞭然であった。
あとはそれが、
「皆さん、一旦お下がりを。では、聞かせてください、マスター・リンザール」
「はっ」
ラックス・アウレリアヌスの意に沿うかどうか。ログレスという国、その命運を託すに値するかどうか。
ログレスの騎士ならば必ず一度は憧れる、生ける伝説に太刀打ちできるか。
「「……っ」」
クルスの策はラックスとディンのみに伝えられた。多くの騎士がそれに対し不平を零したが、今は知り得る者を絞ることが先決である。
何せ――
「以上です」
「……そこまで、やるのですか」
「そこまでやらねば勝てぬのです」
「……」
如何なる内容であろうと、あの日自分に騎士を示した者に乗ってみよう、そう思っていたラックスでさえ、飲み込むべきか悩む内容であったから。
下手を打てば売国に繋がりかねない。
だけど、確かにこれなら戦える。
「……父は、玉座に乗り気ではありませんでした。でも、適材が自分しかいないから引き受けた、と。今は他界してしまいましたが、母がそう教えてくれたのです。あんまりでしょう? 用済みになったら殺す。せめて穏便に返却を求めればいいものを、偉大な騎士の取る行動が暗殺では……何が騎士の国か」
「……」
「マスター・リンザール」
「はっ」
「私はきっと、肉親を殺されて感情的になっているだけです。それと、自分の身を守りたいから、貴方にすがろうとしているのでしょう。王に相応しいとは思えません。王となるべき者とも思いません」
「……」
「それでもいいですか?」
「無論」
「それでも勝てますか?」
「必ずや」
「では、託します」
「御意」
戦って、勝つと決めた。
「こっちの段取りは任せろ。ティル先輩にも伝えておく」
「頼む」
やられたらやり返す。
「勝つぞ」
「おうよ、親友」
それが道理である。
○
「し、失礼いたします!」
「遅いぞ! 何をしておった!」
御年八十を超える使者を務めた騎士も、この場では末席。こうして顎で使われることも多く、軽んじられることもしばしば。
普段なら内心毒づくこともあろうが――
「陛下、ご報告がございます」
「……何ぞ?」
「一晩待ち、彼奴等の陣営から王が命を失ったと正式な回答が出て参りました」
ふん、そんなわかりきった話を一晩かけて手にして来たのか、と周囲の視線は冷たい。それも当然のこと。このまま終われば、当然であった。
「なお、現王暗殺の件、ファウダーではなく当方への嫌疑あり、とのこと」
「……なっ!?」
疑われるのは当然であろうが、それを公の場で口にするのは話がまるで異なってくる。何故なら――
「連中は馬鹿か? 旗印を欠き、我々に歯向かうと申したのか!?」
それは恭順ではなく敵対を示すことであったから。
王も、そして周りの騎士たちも驚愕する。
「次の王はラックス・アウレリアヌスが務める、とも」
「……誰だ?」
「確か、学生の娘がいたはず」
「学生!?」
周囲の騎士たちが騒ぎ立てる中、
「……」
王は静かに目を瞑り、何かを見ようとする。
だが、
「……新宮に、その者はおらぬ。騎士も、消えた」
すでに王都から離れたことを知る。
それと同時に、
「他に彼奴等は何か申したか?」
「はっ。そ、その、以前から引き渡しを渋っていた人造魔族の遺体、その半分の件ですが……ファウダーの手の物か判別するために、専門家を招集することにした、と」
「今日、か?」
「あ、はい」
「……であれば、おかしな話だ」
ウルティゲルヌスは眼を見開き、強い敵意を浮かべる。
「もう来ている」
何故か、眼が合った気がしたから。
○
「……見られているな」
「どうされましたか?」
「いや、今は気にする必要などない」
「はっ」
第十二騎士隊隊長レオポルド・ゴエティア、そして第十一騎士隊隊長バレット・カズン、両名はすでにログレスの王都へ足を踏み入れていた。
謎の情報リーク、それと今朝がた王都の駅に、自分たちの到着に合わせて研究所の方から伝えられた情報、それらを加味して――
「さて、新宮の方へ向かおうか。マスター・クレンツェの助けとならねば」
「ええ、そうですね」
「デルデゥは?」
「すぐこちらへ向かう、と」
「結構」
隠れ潜む気など毛頭ない。隊服をはためかせて、威風堂々とログレスの王都を歩む秩序の騎士、その顔の一人である男。
見るならば見ろ。来るなら来い。
(……なるほど。すでにウーゼルは入り込み、くく、あれとの交戦に備えて練っている、か。相変わらず不器用な男だ)
災厄が、
(あれは俺たちの手落ち。無駄な気迫だぞ、ウーゼル。俺が片を付けるからな)
来た。
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