第345話:食欲の秋?
「仮面の兄ちゃん早く肉焼いて」
「おそい~」
「す、すまないね」
クルス・リンザール改め仮面の騎士、クロスは今、子どもたちの前で急ぎ肉を焼いていた。腹ペコの子どもたちの列、その最後尾に――
「おなかへったね」
「はい」
ログレスの王女様が大皿を持ち待機していた。
(……テメエも焼く側回れや)
イマジナリークロイツェルとクルスの心の声が重なる。
何故こんなことになったのか、これには海よりも深く、山よりも高い理由があった。それは――
『孤児院ですか?』
『はい。昨今ではほぼ網羅できているとはいえ、突発型など思わぬところで被災し、両親を失ってしまう子どもは今なお絶えません』
『なるほど……王族としての使命ですか』
『いえ、個人的な活動です』
『……?』
『ただ、一緒にご飯を食べるだけですので』
『……はぁ』
こんな感じの理由である。王族としてのノブレスオブリージュかと思えば、普通に食欲に負けて子どもたち側に回る始末。
なお、食材の原資は王女様のポケットマネー。おこづかい制らしく、その大半が食費に消えている中の一つがこれに当たる。
結局王族ゆえ元を正せば公金であるので還元とも捉えられるが――
『外!? あの、冬ですが? 晴れてはいますが』
『……? 晴れているのですから問題ないのでは?』
『寒さとか』
『ふふ、まだ秋ですよ? ご冗談を』
『……え?』
ちなみに晴れているとはいえ、少し前に雪かきをしたばかり。隅には雪がどっかりと残っているし、アスガルドの寒中水泳すら乗り越えたクルスであったが普通に寒さを感じており、晴れていようがどう考えても気候は冬である。
でも、ログレスの民にとっては秋らしい。
時折半袖半ズボンと言う化け物みたいな格好で走り回っている子どももいるため、強がりでも何でもなくこの程度、外でのレジャーを阻む理由にはならない模様。
思えばディンも口では色々言っていたが、寒中水泳をしてもけろりとしていた気もしてきた。この土地にはどうやら、気候に適応した化け物しかいないらしい。
「はーやーく!」
「はーやーく!」
子どもたちの大合唱。
「はーやーく!」
それに混じる王女様。
なぜ自分は騎士になって、しかも世界最高の騎士団に所属しながら肉を焼かねばならないのか。これがプロのすることなのだろうか。
何をしているのだろうか、そういう想いが胸中を渦巻く中――
「王女様、今日のおにくはなんですか?」
「今日はスリュム地方産、宝赤種を卸の業者さんのご厚意で安くいただけたので、そちらを解た……お肉にして焼いております。サシこそ弱いですが肉質は柔らかく旨みも強い、お肉本来の美味しさを味わえるかと。あばら骨回りのバラは適度にサシが入り、若者にもおススメ出来ます。お年を召した方には内ももでしょうか。宝赤種の強みである旨みと柔らかさをダイレクトに味わうことが出来ますので」
「ぎゃはははは!」
「めっちゃ早口!」
「おもしろーい」
「ふふ、どうも」
どうやら恒例行事の様子。食への知識関心が異様に高い王女様へ、その質問を投げかけると怒涛の早口が聞ける、それを子どもたちは面白がる。
そして、
(また一つ、食の知識を授けてしまいました。喜んでくれています)
王女様が大笑いする彼らの様子を勘違いするまでがワンセット、であった。
そんな光景をクルスは複雑な思いで見つめていた。
自身の知る王女様と言えば祖国イリオスの、それと比べるとかなり違うようで、
(……いや、昔は、そうだな。近い部分もあったかもしれない)
今の彼女に成ったのは、自分やマリウスらの様々な要因が絡み合ったから。元々はああいう天真爛漫な、少し抜けたところもあったかもしれない。
「おいしー!」
「やわらかーい!」
「……」
「あ、王女様泣いてる!」
「おとなが泣いてるのはじめて見た!」
「……感動的美味さ。牧畜の神に感謝」
(いや、やっぱ似てはないな。さすがに)
あまりの美味しさに感動し、天を仰ぎながら涙を流す姿を彼女に重ねるのはさすがに問題だ、とクルスは思って自分の考えを否定する。
あれはもう抜けているとかいう次元ではない。
それはそれとして――
(……どれどれ)
子どもたちの波状攻撃が収まった頃に、調理人特権を使って美味しそうな部分をこっそりギっていたクルスはそれを焼き、こっそりと食べてみた。
すると、
(う、うまい!? 口の中で爆発するような凝縮された旨みに、しつこくなくさらりとした仄かな脂がニクい。アンディのところで食べたやつも美味しかったが、これはまた別ベクトルの感動だ。なんて、なんてものを……ガキにはもったいない)
クルス、あまりの美味しさに衝撃を受ける。
さすがに泣きはしない。良い大人だから。でも、学生時代なら、三学年辺りなら泣いていた可能性もある。
(これがログレスの、本場の味か。冷蔵冷凍技術が発達したとはいえ、やはり本場は違うな。こうなってくると一度、色々と食べ比べてみたい、気が――)
気がする、そう思っていたところに、
「美味しかったですか?」
「うおっ!?」
ひょこっと現れる王女様。
「お、おかわりですか?」
「ええ」
「た、ただいま焼きますね。しばしお待ちを」
「はい。で、美味しかったですか?」
「……はい、とても」
「それはよかった。とてもよい匂いがしましたので、ああ、良い部位を食べてくださっているな、と。感動してくださったのなら何よりです」
「ど、どうも」
これはこっそりと確保していた当てつけなのか、それとも素直に受け取るべきか、ひねくれクルスは考え込んでしまう。
まあ、思考が混濁してなお焼きの手つきに揺らぎがないのは、さすがは『冷徹』のクルス・リンザール、であった。
「タレが自慢です」
「確かに、美味しいですね」
「焼肉はログレスの、騎士の生んだ文化ですから、タレの多様性も世界一です。私も研究しているのですが、まだまだ名店のそれには遠く及ばず」
(……王族より、騎士より、たぶんコックが向いているな、この子は)
「それに、よく研究中に材料が、お腹の中に紛失してしまうのです」
(前言撤回。たぶん、一番向いていない)
「なぜでしょうか?」
「……お、お腹が空くからでは?」
「……そうかもしれませんね。哀しいことです」
「……」
ちょっと自分の理解が及ぶ存在ではない、クルスはすでにこの王女に関して敵わぬと思い始めていた。
「お腹が空きました」
「……しばしお待ちを」
胃に関しては間違いなく人類の領域を超えている。
○
「……」
黙々と焼き、そして黙々と食べる王女様。すでにお腹を満たした子どもたちは食事に飽きたのか、孤児院の庭を走り回っている。
そんな素敵な光景を見ながら、王女の食事は止まらない。
半分くらい社会福祉のつもりだと思っていたクルスも、そろそろ我欲しかないんじゃないか、と思うほどに――
なお、そのクルスは現在、ディンが諸々の情報を伝達、共有するために訪れており、その間は王女が焼き手に回っていた。正直、もう焼き手の需要はない。
彼女以外、全員お腹いっぱいだから。
(遠慮させぬよう、私が率先して食べねば)
なのでこの考えは大きく間違っている。定期開催している行事なので、とっくの昔に子どもたちの中から遠慮の二文字は消えている。ただただ、この程度でお腹いっぱいになる理由が王女には遠慮しか思いつかない、それだけだった。
そんな時、
「う~」
こそこそと隅で動く人影を彼女は目敏く発見した。普段はボケっとしているが、食べ物が絡むと感覚が鋭くなるのだ。
ゆえに、
「こら」
「うっ!?」
王女はその小さな人影を叱る。見慣れぬ格好の子どもであった。ずんぐりむっくりしている。ダボっとした格好もそれを助長していた。
そんな子は今、隅に保管していたお肉をかすめ取ろうとしていたのだ。
それをこの王女が見逃すはずもなし。
「盗みはいけません」
「……う~」
「睨んでもダメです。ですので……どうぞ」
「う?」
「焼きたてです。美味しいですよ」
盗みを働こうとした子どもに王女は自分用の焼き肉を差し出す。この孤児院に在籍している子ではないだろうが、目の前にお腹を空かした子どもがいるのなら、在席の有無は大した問題ではない。
子どもはおそるおそる、その皿を手に取り、
「うっ!」
「はい。返さなくてもいいですよ」
相手を警戒しながらも手づかみで食べ始めた。
そして、
「うううッ⁉」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう。美味しいのです。ログレスの誇りです」
「うがががが!」
とんでもない勢いで食べ始めた。大変素晴らしい喰いっぷりに王女は満面の笑みを浮かべ、どんどん追加で焼き始めた。
この様子なら、
「うっ!」
どうせすぐにおかわりするだろうから。
「すぐ焼きますから」
「うっ、うっ、うっ」
すっかり気を良くした子どもを見て、王女は笑みを深めどんどん肉を焼き、それを食べさせてやる。子どもの方も遠慮の二文字は皆無、手づかみでガンガンいく。
止まる気配が微塵もない。
さすがにそんな様子に、
「あれ?」
「なんだろ?」
遊んでいる他の子どもたちが気付かぬはずもなくてくてくと近寄ってきた。食事に夢中で気づかぬ子ども。焼くのに夢中で気づかぬ王女。
そして、
「へんなかお~」
「ほんとだ!」
子どもの素直な、それゆえに鋭利な言葉が向けられる。
「……うぅ」
その子どもは食事の手を止め、向けられた言葉に、その奇異の視線に、違う者を排斥する空気に消沈し、
「ううっ」
地面に手を付ける。ずぶりと手が沈み、その手が何かを掴んだ。自分はもうあの頃とは違う。いじめられて、のけものにされるだけではない。
戦えるのだ、武器があるのだ、と。
だが、その敵意に、殺意に気づくことなく、
「コラァ!」
それが吹き飛ぶほどの声量で、王女が他の子たちを一喝した。普段、ともすれば舐められてすらいた王女の、強い声と表情に子どもたちは怯えを浮かべる。
「変な顔などと言ってはいけません。人間、誰しも違う顔を、体を持っています。私とあなたたちは違いますよね?」
「は、はい」
「みんなも違うはずです。そして、その子も違う。それだけです。違いますか?」
「……ちがいません」
「そうですね。差別はいけないことです。でも、よく知らぬ相手をそう思ってしまうのも仕方がないこと。ですので……みんなで遊びましょうか」
王女の笑顔を見て、他の子どもたちはホッとしながら、
「はーい」
と返事をした。
そのことに、
「……」
一番驚いていたのは常に人の世から排斥され、それが当たり前となっていた子ども、ファウダー『墓守』グレイブスであった。
「では、私が鬼を務めましょう。鬼ごっこ、知っていますか?」
「う、うっ!」
やったことはない。けれど、その様子を何度も遠巻きで見ていた。だから、やり方はわかる。自分がやることになるなんて、考えたこともなかったけれど。
「よろしい。では、皆さん逃げてください!」
「わー!」
「う、ううー!」
子どもたちに混ざり、グレイブスも鬼ごっこに参加する。人の子どもたちと混じって何かをするなんて初めての経験であった。
「なにしてるの!」
「もっといそがないと!」
「う?」
「王女様はね――」
ドン、と大きな音がしたと思ったら、
「うあ!?」
「タッチです。次は鬼ですよ」
「大人気ないんだ」
一気に距離を詰め、グレイブスにタッチする。騎士の訓練を積む学生、それが本気を出すのだから普通は逃げられない。
子ども相手だから手を抜く、そんな発想はこの王女にはない。
「にげろー!」
「さ、追いかける番です」
「……うっ」
蜘蛛の子を散らすように逃げられる。この光景は何度も見てきた。何度も経験してきた。だけど、同じ光景でもこんなに嬉しい、楽しいことがあるのだと、
「う~」
「ゴーゴー」
少年、グレイブスは初めて知る。
○
「感触は悪くなかった。あまりに大きな話だし、諸侯の反応も鈍い部分はあるけど、やっぱり将来への不安に、比較的穏当な解決策があるのは大きい」
「そうか。先王の方も好感触ではあったんだよな?」
「ああ。思っていたよりも双方、穏やかな話し合いだったぜ。ま、公の場だし、腹の底はわからんけどな」
「……ふむ」
ディンからの報告を聞き、クルスとしては少しばかり当てが外れた感じを受けていた。先の王同士の話し合いから、事態が大きく動くと思えば凪そのもの。
まあ、嵐の前の静けさと思えば其処までではあるが――
「陛下の警備は問題ないんだな?」
「当然だろ。大国ログレスの王様だぜ? どこ行くにも騎士はぞろぞろついて行くし、寝所だって周囲を魔除け、人除けの強力な陣地が構築されている。唯一の穴である出入り口だって常に騎士が張り付いているしな。穴はねーよ」
「そりゃそうか」
「まだ気にしてんのか? 王女が襲撃されたこと」
「……王女である必要が見えないのは、どうにも気持ち悪いだろ?」
「まあ、そりゃあ……で、その王女様の様子はどうだ?」
「普段通りだ。食べ物さえあればなんとかなる」
「そ、そうか」
色々と規格外、そう思えば学校での何とも言えぬ立ち回り、何とも掴み辛いところはあるが、大原則として食べ物さえ与えておけば何とかなる。
クルスもその最大の攻略法は早々に見出していた。
誰でもわかることであるが。
「襲撃はないよな」
「あれば大騒ぎになるさ」
「それもそうだな」
「肉、食ってくか? 馬鹿みたいに美味いぞ」
「よ、よくあの情報を聞いて、宝牛種系を食う気になるな」
「美味けりゃ何でもいいだろ」
「……農家育ちのたくましさだな、こりゃ」
「うるせー。で、どうする?」
「食べてくよ」
「ちなみにディンにとって今は秋と冬、どっちだと思う?」
「暦通り間ぐらいかな。子どもの時分ならたぶん秋」
「まさか、半袖半パンじゃねーよな?」
「さて、どうでしょう?」
「……イカレてるよ、この国は」
談笑しながら二人は孤児院に戻る。
そして、
「おー、楽しそうにしてんね。かけっこか?」
「鬼ごっこじゃないか? 俺もよくやっていたよ、二人で」
楽しそうに鬼ごっこに興じる子どもたちを見て、二人はほっこりとする。
「……それ楽しいか?」
「……いや、正直……ん?」
ただ、
「どうした?」
「……んん?」
何か違和感もあった。
「すげー!」
「おもしろーい!」
「やべー!」
「う~」
鬼ごっこっぽいのだが、子どもたちの姿が消えたり浮かんだり、よくよく見ると変な動きをしていた。動きと言うよりも、現象と言うべきか。
「……な、なあ、俺の、目の錯覚かな?」
「いや、違う」
クルスはその元凶を見出す。
「う、う、う」
「凄いですね。魔法使いみたいです」
「う~」
子どもたちから、王女からも賞賛されて照れているファウダー、『墓守』グレイブス。あまりに馴染み過ぎて、クルスをして気づくのに時間がかかった。
襲撃はなくとも異変はあった。
異変しかなかった。
魔道の力を遊びに使っている。まるで状況が、意味がわからない。子どもたちが、王女が地面に入ったり、出たり、普通そんなことになったら驚くだろうに、おののくだろうに、何故彼女たちは喜んでいるのだろうか。
「「……」」
戸惑う騎士二人。
そんな二人を、
「あ、クル、いえ、クロスさん。今、とても面白い子が来まして」
王女が先に気づき、声をかける。
そして、
「……う?」
「……」
グレイブスとクルス、二人の視線がかち合う。因縁少なからぬ間柄、初めましてでぶん殴られたスコップの痛み、忘れてはいない。
げえ、と言う表情のグレイブスはすぐさま地中に潜り、
「う~!」
急げ急げとばかりに焼き肉が盛られた大皿のところに行って、それを地中に埋めて、自分も潜る。あまりにも素早い逃走劇であった。
追う気も失せる、何とも複雑な状況。
「殿下」
「驚いて帰ってしまいました。とても面白い子だったんですよ」
「……あいつ、ファウダーです」
「……はい?」
小首を傾げる王女に、クルスは頭を抱える。
○
「うっうー!」
「お、戻ったか。お使いは出来たか?」
「無理しなくてもよかったんですよ」
ファウダー御一行の隠れ家に戻ったグレイブスは、
「う、う、う」
ちっ、ちっ、ちっ、とばかりに指を振る。自分が成功するとは思っていなかっただろうが、自分はもう一人前なのだと、
「う!」
それを取り出して証明する。
「ほう。焼肉と来たか」
「まだ温かいですね」
そう、『墓守』グレイブスは二人の密命を受け(暇そうにしていたからジエィが悪ふざけで依頼した)、食料の探索から帰還したのだ。
「「うんまッ⁉」」
『斬罪』『亡霊』の両名が目を剥く衝撃の美味さ。
「お、俺の時代にはなかったぞ。これほどのものは」
「さすがは畜産大国ログレス、ですか。私も初めて食べました」
大人二人を驚かせ、すっかりご満悦の『墓守』。
が、
「店の場所を教えろ。俺が穏便にもそっと調達してきてやる」
腰の剣に触れながら、どう見ても穏便にやるつもりのない元偉い騎士、今はただのチンピラ以下のジジイ、ジエィは美食の悪魔に囚われていた。
そんな駄目な大人に対し、
「うー!」
『墓守』はスコップを取り出してバシバシと叩き始める。
「いだだ、おい、冗談だ冗談。こら、俺相手に、ぐぬ、子ども相手に、さすがに剣を抜くわけには……しかし、いだいいだい!」
「あっはっはっはっは」
王宮への道を未だ見出せず、内部からの動きを待つファウダー御一行はこんな感じで日々を過ごしていた。
基本、彼らは緩いのだ。烏合の衆なので。
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