第344話:王と王、それと長

 クルスは現在、ログレス王立騎士学校に在籍する王女の護衛として、雪に擬態できるような白い装束をまとい外で待機していた。

 アスガルドも冬はそれなりに雪が降っていたが、ログレスはもうその比ではない。少しちらついたと思えば、翌日にはしっかりと積もり視界を厚化粧する。学生たちはまず雪かきに勤しみ、スペース作りから行う。

 一見すると非効率的であるが、学年に応じたスコップやママさんダンプなどで雪かき量を全員競わせると言う発想は面白い。

 講義の一環、誰一人手を抜くことなくガンガン雪かきし、学年ごと、グループごとにタイムを付けられる。それもまた評価に繋がるのだろう。

(生活すべてが評価の対象……あの頃の俺だと、さすがにきつかったろうな)

 アスガルドの比ではない競争文化。必要以上に同期が手を貸す環境などなく、一人で立つ騎士育成を目指しているのがわかる。その分、非効率なこともあるが、効率だけが全てではないこともクルスは嫌と言うほど味わっている。

 仕事は理不尽の塊。

 その理不尽に学生時代から耐性を付けさせる。

 合理的ではなくとも、大きく見れば理に適っている。ただ、この環境では倶楽部ヴァルハラのような存在は生まれまい。まあ、彼女たちはアスガルドの中でも少しばかり特殊であったが。総じて、強い騎士を作ろうとしているのが見て取れた。

(それにしても……何とも面倒な状況だな)

 クルスは自身の護衛対象である王女の様子を見て苦笑する。

 ただ一人、黙々と雪かきしている様はのけ者にされているように映るが、よく見ると同期はちらちらと様子を窺っており、どちらかと言えば王女自身が距離を取っている印象である。その理由はわからない。

 特に興味もない。

 ただ、

(さすが良血、馬力は大したものだ)

 四学年の中でも目を引くパワーを持っているのは雪かき量からも明らか。足腰の粘りも決して、本人が言うようにサボっている者のそれではない。

 あれで落ちこぼれなのは、どちらかと言えば心の方に問題があるのだろう。少なくとも立ち方、フィジカル、騎士の眼から見てもなかなかのもの。

 座学もクルス調べ(ちなみにこの潜入に関しては学校側及び先生方には伝えており、其処で色々と聞き込み済み)では、二学年までは悪くなかったらしい。むしろ、良い方であったとか。ただ本番に弱く、力を発揮し切れないのは昔から。

 総じてもったいない素材、と言うのが先生方の見方であった。

 それを鍛えるのが教師の仕事だろう、と言うのは騎士と言う仕事を舐めている。教師を利用して立つのは良い。周りを利用して立ち上がるのはクルスの辿った道である。ただ、周りから支えてもらって、立たせてもらうのでは意味がない。

 今だから理解できる。

 あの頃、周りを使うと言う発想も出なかった己の未熟さを。放置されて当然、自分が教師であってもそうする。

 無用なプライドを捨てて頭を下げる。まあ、そんなことすら出来なかった自分が偉そうに言える立場ではないが――

 あの時の自分のように偶然を待ち、たまたま巡り合うのでは本当の気づきには至らない。結果として上手く基礎積みの期間となったが、それでも今思えばいくらでもやりようがあった。優秀な教師陣を有効利用していれば、もっと早く五学年の自分には到達できたはず。其処からゼロに至れたかはわからないが。

 かつての自分を見ているような歯がゆさがあった。

(しかし……暇だな)

 まあ、そんなことを考えてしまうのも暇なのが悪い、とクルスは思う。


     ○


 ログレスの騎士たちに混ざり、王の護衛を務めるディン。一応勘当の身である立場を利用して、一族の当主である父にも了承の上こちら側についている。

 クレンツェ家自体は先王派であり、当主である父もそちらに寄り添う必要はある。ただ、本音の部分ではリスク分散のため現王派にも一族を振り分けたい、と思っていたところでのディンがピンズドにハマることとなる。

 ちなみにクルスが王女の護衛に回っているのは、さすがに公の場で仮面の騎士などと言うふざけた存在は許されないし、ユニオン騎士団第七騎士隊のクルス・リンザールなどもっとありえない。

 なのであちら側に回らざるを得ない、となる。

 やれることが少ないのだ。仮面を外せぬ以上は。仮面の騎士はさすがに不審人物過ぎる、とはティルの意見。

 ディン、パヌは結構気に入っていた。

(……状況は依然として厳しいな)

 王自らが様々な場所へ足を運び、クルス案その一(工場誘致)などで上手くこちらへ誘い込む、そのための根回し中であるが、やはりログレスは偉大な先王の存在が大きく、その後継者と言うよりも繋ぎとしてしか見られぬ王は立場が弱い。

 しかも今は、その先王が再び立つ機運が高まっており、むしろ現王派からも離反者が出てくる始末。

 それでも――

「苦しい状況を打開するためだ」

「微力ではありますが……」

「ありがとう」

 現実的な利益誘導の力は強い。クルスの案や王自身が用意していた腹案などを適宜使い、少しずつではあるが盛り返しつつあった。

 それでも先王派には遠く及ばないのが実情ではあるが。

「さて、では皆の衆……本丸へ乗り込もうか」

「はっ」

 騎士を引き連れ、今度は王宮へ向かう。

 自らが主たる新宮ではなく、先王が隠居する古き王宮へと――


     ○


「おお、よくぞ参った。アウレリアヌスの孫よ」

「ご無沙汰しております。偉大なる祖父、ウルティゲルヌス・オブ・ログレス」

「ふはは、まだ我をログレスと呼ぶか」

「当然でしょう」

 先王と現王の対面。双方の騎士たちは平然としているように見えるが、どちらもいつでも抜ける構えではある。

 しかし、ディンにとって驚きであったのは――

(……これが齢三百を超える人物か?)

 純血のソル族であったとして、三百歳を超えてしまえば立派な老人である。下り坂ゆえに玉座を一族で最も賢い孫へ譲渡したのもすでにかなり前のこと。

 その時点で父曰く、いつ亡くなられてもおかしくなかった。

 そう聞いていた。

 だと言うのに、その体は年輪の如く深きしわを刻みつつも、体には厚みがあり騎士としての充実を感じさせるものであった。さすがに現役バリバリの自分と打ち合えるほどかと言うと、正直其処までのものは感じないが――

(何だろうな、嫌な感じだ。理性は勝てるって言っているのに、本能の部分は勝てないって言っている。……こういう時は、本能が正解なんだよなぁ)

 これに近い感覚は二度。

 一度目は五学年の時のクルスとの決闘。どう考えても負けようがない、勝てる取り性が判断していたのに、心のどこかでは負ける気がしていた。

 二度目はつい最近、あの謎のダンジョンでの戦いである。まあ、あれは少し特殊であったが、理性で何一つわからないまま本能が勝てない、と答えを出したことに関しては正しかった。

 それに近い感覚、これを自分はどう判断すべきか――

 祖父と孫、表向きは和気あいあいと会話している。何処か腹の探り合いになるのは仕方がないことであるが、理路整然と言葉を交わしながら口も老人とは思えぬほどに回っている様子を見るに、失いかけた健康は取り戻したとみるべきだろう。

 偉大なる騎士の一人、黎明の騎士から直接教えを乞うた、と言う伝説まで語られるほど、彼の逸話には事欠かない。

 それに、

(脇を支える騎士たちも超豪華。もう現役からは離れていると言っても、元団長や元秩序の騎士、それに元隊長格もいる。こればかりはソル族の、長命種の強みだな。百歳、二百歳、まだまだ現役って面構えだ)

 偉大なる王を支える騎士たちもまた偉大である。純血、ハーフ、クォーター、ソル族の血が入ると寿命が延びる。特に肉体のピークに関してソル族はかなり長くなっており、ハーフであっても百歳程度じゃ落ちない。

 後進のために席は譲っても、まだまだ騎士としては現役。

 だが、

(でも、何だろうな。昔ほどの怖さはない、かな)

 どの騎士相手にも勝てない、とは思わなかった。これに関しては理性、本能共に同じ答えを出す。フォルテや副隊長に鍛えられているからかな、とディンは勝手に納得した。身体能力が自分よりも上なのはザラであるのに不思議な話である。

「ところで大王」

「む?」

「将来的な話ですが……私はログレスの活路に、ウトガルドの土地を考えております。そのためにお知恵と、お力を拝借できないでしょうか?」

「……ほぉ」

 先王の、そして騎士たちの空気が変わる。談笑していた柔らかい空気から、何処か引き締まった雰囲気となった。

 当然、現王の騎士たちも警戒を強めた。

「魔道研究による、大地の浄化。ログレスは豊饒の土地を誰から奪うこともなく得ることができる。素晴らしい考えではありませんか?」

「……聞こう」

 先王の右眼がぎょろり、と睥睨する。


     ○


 古き王宮を遠くから見つめるは当代における騎士の長。

「……」

 その眼は険しく、それ以上に肉体に力が入っているように見える。腕を組みただ立っているだけで、迸るほどの力が溢れ出る。

 その様子は何処か、戦いに向けて蓄えているようにも見えた。

 其処に、

「第六、それと第十二にもリークしておきました」

 馬鹿っぽい仮面を付けた男が現れ、長に報告する。

「……そうか」

「よろしいので?」

「同じ騎士団の仲間だ」

「ぷっ、はは、よくおっしゃられる」

「相手は王だ。俺一人で片を付けられるのが一番ではあるが……」

「場合によっては敵の、災厄の騎士の力すら必要になるかもしれない、と」

「……卿は戻れ」

「言われずとも。怪物同士の衝突に巻き込まれる気はございませんので」

 恭しく一礼し、男はすっと影のように去って行った。

 それに一瞥もやることなく、

「……まだ、足りん」

 めり、と地面が音を立てるほど、ただ立つだけの騎士が静かに圧を放つ。急ピッチで自分を仕上げているのだ。

 今、自身の記憶と照らし合わせ――

「まだだ」

 想いを伝えることすら出来なかった相手を、超える。

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