第342話:マルチツール
「下がりなさい」
「……はい」
当然の如く間食を叱責され、しょぼくれたはらぺこお姫様が下がっていく。それでここに残るのは今娘を下がらせた現在のログレス王とその護衛の騎士たち、それに加えて姫の護衛に回っていたクルスとディンである。
「愚娘が世話をかけたな」
「いえ、あれだけ強い胃袋を持つのは素直に羨ましいことです」
「昔、私が健やかに育つよう娘に、騎士なれば人より多く食べなさい、と伝えたがために、気づいたら食い気ばかり先行するようになってしまった。おかげで普通、ログレス出身者ならば食事が苦しかった、と学校生活を振り返る者が多いと言うのに、あれは間食をしてくる始末……我が娘ながらどういう胃をしているのかわからぬ」
「ははは」
その件について、クルスは愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。お姫様がもりもりと嬉しそうに食べる横で、自分がしかめツラでゆるゆると食事するわけにはいかない。気迫の暴食、ここ一年では間違いなく最も高き壁であった。
それだけ頑張ってなお、
『もしかして食事、すでに済まされておりましたか?』
『い、いえ、少しばかり味わい過ぎましたかね、ははは』
『わかります。私も毎度、味が美味しくてつい味わってしまいますから』
『……』
ほぼ周回遅れ。
完全敗北である。ディンやアンディ(あと女性陣ではフレイヤ)と言った同期の大食漢組と比較しても、破格と言うか桁違いと言うべきか――
そんな大敗を喫してしまったのだから苦い笑みを浮かべるしかない。
一応、味は濃くて美味しかったと言っておく。その濃さがまた、終盤に重くのしかかっていたのだが。天才はいる、悔しいが。
「ログレスの騎士育成、その文化と言ってしまえばそれまでではあるが」
(……うっぷ、気持ち悪い)
吐き気との戦いを繰り広げながら、クルスは王の言葉を想う。騎士育成において食事は大切か否か、これはもうどの学校でも大切である、と答えるだろう。基本上位校は何処も食事指導には気を遣っており、寮生活をさせる最大の狙いは食事のコントロールが出来るから、となる。
アスガルドも昔はログレス同様、かなり厳しい食事指導を行っていたらしいが、現在の英雄的学園長がその地位についたタイミングで、自分が美味しい食事を食べたかったから、もとい学生の人気取りのために今の形式になった。
その結果、テュール先生によるフィジークの講義に食事指導も盛り込み(無茶ぶりして盛り込ませた)、きめ細やかな個別指導ができるようになった、という適当改革が上手く転がったケースもある。
当然、騎士科教頭の仕事は爆増したのだが――
現在では優秀な学生確保、人気取りのために廃れつつあるが、未だにブロセリアンドなどはログレス同様の厳しい指導を行っている。常人よりも食事量が必要なのは当然のことであるが、オーバーカロリーはあまり意味がない、とされる今でもそうしているのだ。それはひとえに経験則によるもの。
ただ、経験則は決して馬鹿にされるようなことではない。何故なら実際、今なお厳しく、時に泣こうが吐こうが関係なしに押し込む両校の学生は、同ランク帯の学校と比較しても明らかに平均身長、体重が大きくなる傾向がある。
それについて行けずドロップアウトした者は統計に含まれぬから、ただの生存者バイアスかもしれない。たまたまそういう子が多く集まるだけかもしれない。身体のメカニズムは個人差も大きく、今なおすべてが判明しているわけではないのだ。
「で、卿はあの化け物、どう見る?」
「十中八九、こちらの研究所産かと」
「ファウダーとは違う、か」
「騎士への対策が徹底されておりますので」
「……ふむ」
王は少し考えこみ、
「普通、順番なら私から狙うのが筋と思うのだが……その後に娘を狙うのなら混乱に乗じることも出来るだろうに。これでは計画を強めるだけと思わぬかね?」
「思います。ゆえに直接的な襲撃はない、と考えて敵方の探りを警戒していたのですが、上手く裏を突かれた形です」
「卿らを責める気はない。そも、あれには悪いが失ったところで政に関して、さしたる影響はないと言うのが本音だ。継承問題は面倒になるが、親戚には事欠かんし、いつかの話であれば準備も容易。やはり意味がない。騎士の方が痛手だ」
「……そうですね」
所感を述べる。そして、クルスらもまた同じ疑問を浮かべていた。何故、王ではなく王女を狙ったのか。
これで王はより警戒を強めるだろう。
成功してもさほど美味しくなく、失敗すると大きくマイナスが出る。これではあべこべ、ゆえに相手の思考が読めない。
「ただ、これで大義名分を得ることが出来ました」
「あれがご隠居の管理する研究所のものである、と証明できれば、だが」
「必要ですか?」
「……悪い男だな、卿は」
「王は陛下ですので……グレーなどクロと言い切ってしまえばよろしいかと」
「考えておこう」
「ご用命の際は、いつでもお声かけを」
含みしかない会話。
その様子を見つめながら、ディンは苦笑いするしかない。自分が自国の騎士、その暗部に慄いている間に、友は易々と適応しているのだ。
今も王の求めに100%沿った答えであっただろう。
まだまだ若手とは言え、そろそろ各隊、各騎士、仕事内容で差が生まれてくる頃合いである。どういう仕事をして来たか、それが色々と浮かび上がる。
今の彼は『冷徹』と呼ばれるにふさわしい蛇のような眼をしていた。率先して汚れ仕事を引き受け、手段を選ばずに評価を、金を手に入れる騎士。
かつてのクルスを知るからこそ少し複雑な思いはあるが、同時に今ほど彼が一緒であることに感謝し、頼りになると思ったことはない。
それはもう、最初の交渉からそうであった。
○
時は少し遡り、
「では、陛下との交渉は俺たちで行います」
「頼む」
「よろ~」
一旦、リスク分散も兼ねて行動を二手に分けることにした。と言うよりもティル、パヌの国境警備組はそのままで、クルスとディンが王都に向かう、と言うだけであるが。重要なのは全て掃除できたことで、まだファウダー以外に彼ら四人の関係性がバレていないと言うこと。手札は伏せられるならそうした方が強い。
パヌは何食わぬ顔で報告、後処理を行いつつ、応援を要請し何食わぬ顔でティルが合流し、色々と整理した後に二人して王都へ入る。
幸いにも二人は隊長でありイレギュラーが起きた際、報告に戻るのは不自然ではない。時間差で王都入りし、状況が上手く回っているのならそのまま先行する二人に合流、そうでない場合は適宜臨機応変に立ち回る。
「つまりあれっしょ? ノリ」
「……まあ、そうなるんだが」
「無駄だぞ。リュリュとパヌに関しては襟を正してこれなんだ」
「……俺たち世代のログレスはどうなってんだ?」
「アスガルドも大概だったけどな」
それを言ったら、と何とも言えぬ表情となるクルスの横で、
「……?」
何言ってんだろこいつら、と小首を傾げるパヌ。
結局のところ出たとこ勝負になるのは仕方がない。それでも状況が整理され、クレンツェであるディンの存在や、すでに騎士団内にそれなりの立場を築いた隊長二人が味方なのは心強い。
「陛下と交渉するネタはあるのか?」
ティルの問いに、
「それは道中考えようかと。正直、陛下相手となると騎士風情、何が出来るのか、と思いますけど……クルスはどう思う?」
「一つ、考えはある」
「本当か?」
「ああ。細かい確認は出来ないし、正直ノリと勢いで押すことになるのはそうなるんだが……たぶん、相手も乗ってくる」
ディンは答えに窮し、クルスは腹案があると言った。ただし、表情から言っても前向きではなく、何処か最終手段のような雰囲気であったが。
「内容は?」
「今は伏せておきます」
「了解。じゃ、任せる」
「よろ」
こうして彼らは一度別れ、クルスとディンは王都に入ることとなった。今度はログレスの騎士の格好をして、パヌから譲り受けた仮面(お祭りでかっけーから買ったものらしい。何故仕事場に持ってきているのかは不明)を装備し、傍目にはディンに付き従う部下の騎士とでも映るだろうか。
王都に入ってからは話も早かった。
さすがに王への謁見ともなると、多少待つ必要もあるかと思えばそれこそ王と入りしたその日の内に、時間を作ってもらうことが出来た。
これはもう、クレンツェ家様様と言えるだろう。
まあ、
「父は一応、一族の顔を立てる意味でも先王派だからな。息子でもクレンツェの人間と渡りを付けておきたいんだよ、陛下は」
「なるほど。なら、勝算はもっと上がる」
「……最後までナイショなのね」
「サプライズだ」
「……交渉の場で驚きは要らないんだけどなぁ」
理由はちゃんとあるのだが。
王との謁見は最初の内、和やかに進行した。一緒に第七のクルスが訪れたのは驚かれたが、むしろ状況的にも大歓迎、と言ったところ。
と言うのも、
「卿らも知っている通り、ファウダーがこの新宮を襲い、かなりの騎士が負傷し、死者も出た。最終的には捕獲できたが……大事なのは魔族に王の御座所である新宮を襲われた、その事実を戒厳令を敷いたと言え、多くがそれを目撃した」
それが問題なのだと王は言う。
王の指導力が足りぬから、騎士としての威厳が足りぬからそうなった。先王の時代、騎士の国が逆に襲われることなどなかった。
これは大変な問題だ、となったのだ。
「先王派は増え、勢いも増した。元より、私は先王の衰えや新たなる時代に適応するため据えられた暫定の王であるため、立場もあまり強くない。目上の親族はそれこそ山のようにおるしな。五十過ぎても若輩、長命種の血が混じると厄介だ」
元々王の立場も強くはなかったところに、ファウダーの襲来があって一気に雲行きが怪しくなってきた。
自分を選んだはずの先王が復権を狙い始めたのだから、今の王からするとそりゃないだろ、となるのも仕方がない。
「ログレスの状況も芳しくない。色々と試しているが好転する材料に乏しく、力での解決に、先王派の急進的な考えに傾くのも仕方がないことだ。さて、困った」
わかりやすく王が話を振ってくれる。
そんな困っている自分に対し、君たちは何の話が出来る、と。
「まず、今からでも簡単に打てる手ですが……ログレスは畜産が強いと聞きます。其処を少し固めてみませんか?」
「おや、驚いた。まさか騎士の口からメーカーの、営業のような話が出てくるとは思わなかったよ。てっきり、剣の貸し借りの話と思っていたのだが……続きを」
クルスの話に王は驚き、続きを促してきた。
明らかに目つきが変わる。剣の貸し借り、武力として力を貸すことに関して、王はあまり魅力的に捉えていなかったのだろう。今、自分たちから弓を引くわけにはいかない。そう言う話であれば、和やかに会話するだけで終わり。
クレンツェの若様と仲良くなる、それで十分と考えていた。
だが、
「冷蔵、冷凍技術の向上はもちろんご存じかと思います」
もし、もっと面白みのある話が騎士に出来るのなら、話は別。
「多少は。ただ、魔導技術の進歩は日進月歩、目まぐるしくてね」
「畜産をより発展させ、冷蔵、冷凍のコンテナの積んだ列車を世界中に走らせる。こんな明日はどうでしょうか?」
「いいアイデアだ。検討しよう」
笑顔の王。ただ、内心はこの程度か、となっているだろう。さすがにそれぐらいの発想はある。アイデア出しにしては普通であるし、そもそもアイデアというものはそれ単体でさほど意味があるものでもない。
アイデアは、それを実現できるフローがあって初めて意味があるのだ。
「ログレスはコンテナの大口客となる可能性、これは強みです」
「……強み?」
もちろん、クルスもそんなこと百も承知。
「キャナダインの工場誘致。冷凍冷蔵の設備に特化した一大拠点を作る。ログレスには一応、港もあります。海路も持つのなら、キャナダイン側にとっても大口の顧客がいる国に拠点を構えつつ、同時に世界中にリーチできる環境は旨みがあります」
「その絵、誰が描ける?」
「僭越ながら私が。もちろん、我が友であるマスター・クレンツェでも可能です。我々の同期には、キャナダインのご令嬢がおりますので」
「……ログレスはダンジョン発生が多く、不安定だと忌避する向きも強いが?」
「用地選定はアルテアン傘下のコア社を使います。突発型を含めた予報で大きな実績があり、複雑に龍脈が入り組んだこの地であっても、キャナダインを説き伏せるぐらい難しくありません。それに、そこの社長はテレヴィジョンの基地局設置にも大きな役割を果たしましたし、何よりもこの国に縁がございます」
「……ログレスに?」
「名をフレン・スタディオンと申しますので」
「はは、これは、また」
「工場誘致の件、彼に音頭を取らせるのもよろしいかと。パンはパン屋、ご懸念の通り騎士よりも、専門家の方が心強いでしょうし」
「……く、ははは、なるほど、噂に違わぬ異才ぶりだ。さすがは第七騎士隊、その俊英たるマスター・リンザールと言える」
「恐縮です」
コネフル活用で一気に距離を縮めたクルスは話の手応えに笑みを深めた。リリアンにも、フレンにも話は一切通していないが、その辺は後で何とかする。今はとにかく可能性をぶつけて、少しでも扉を開く。
ゆえに、
「それでは本命の話をしてもよろしいですか?」
さらに畳みかける。
もっと食い込むために、もっとぶっこむ。
「……今の話がサブか」
「所詮は一つの産業、伸びたところで限りはございますし、それ一つで国を支えられるとも思いません。ただ、それで多少の延命にはなるでしょう」
「延命してどうする?」
「土地、欲しくありませんか?」
「……他国を侵略せよと申すか? 騎士の国が?」
「いえ、実はその土地には今、魔族しかおらぬのです」
「……まさか」
「ええ。生かしましょう。この国の積み重ねを、持ち味を」
「……本気で言っているのか?」
「無論。何故ならログレスは今、かの土地を拓くために必要な三つの手札があるからです。一つはこの国が抱える問題転じ、無数の入り口が湧いてくると言うこと。二つは先行した魔道研究があると言うこと。そして三つめは――」
「規律ある武力、精強な騎士団を持つ、か」
「御明察です」
「……」
「今、舵を切れば勝てますよ。アルテアンにも」
「……本当に騎士か、卿は」
「ええ。最新型である自負はございますが」
ログレスの問題を根本から解決する可能性。それをクルスは突き付ける。実現性は度外視、大事なのは実現するかもしれない、その希望を持たせられるか否か。
その希望さえあれば――
「……この玉座、お返しする気もあったのだが……気が変わりそうだ」
「それは何よりです」
流れを変えることができる。
そんな、最新型を自称する友の立ち回りを見て、
(はは、ちょっと、凄過ぎるな、これ)
ディンは笑うしかない。自分たちの考えていた騎士とはまるで異なる、新しい騎士の形。これが第七の、レフ・クロイツェルの求めた形。
全対応のマルチツール、目指している先が違い過ぎた。
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