第341話:もうダメだ…おしまいだぁ…
黒毛の二足歩行と四足歩行を使い分ける狼もどき、突っ込んでくる敵を見据え、クルスは状況から読み取れる情報を基に、様子見から入る。
退魔の鉄則は相手を侮らぬこと。
どんな見た目であれ、例え獣級であっても細心の注意を払い対処する。例えばそう、重要な情報は全身無傷であるにもかかわらず片目だけ負傷しているところ。
これはわかりやすく、前任の騎士が残してくれた遺産となる。
突っ込んできた相手をいなしつつ、軽く刃筋を立てて薄く切ろうとする。握るは必殺、騎士剣。普通ならその程度でも傷になる。
だが、
(やはりな)
全身を覆う体毛、黒光りするそれが騎士剣の魔力に干渉し、百徳スコップに近い効果を生んでいる模様。あれほどの強制力はないが、その分滑るような手触りがあり、魔力もまた滑り、切断の力を著しく損なう感覚を得た。
クルスはそれにやはり、と納得する。
騎士が残した遺言通り、セオリー通りに攻められなかったから、わざわざ難しい眼を狙った。それを受け取った上で、一手で確認も終える。
「ガァ!」
即反転、かなりの機動力にクルスは少し目を見張る。なるほど、単純にパワーはもちろんスピードも速く、基礎スペックが高い手合いである。
襲い来る爪。
通常であれば騎士剣の攻撃力を持って打ち合い、これで有利を取れる。
が、
「……」
クルスはこれも慎重を期し、攻めに転ずることも受けることもせずに逸らした。その最中に、繊細巧緻な手つきで、先ほど同様確認しながら。
(爪も、だな。この分なら牙辺りもそう見ておくのが妥当か)
騎士剣が通じない。厳密には騎士剣と相殺に値する武器を、相手もその身に搭載していると言ったところか。
全体的に対騎士に特化した、何処か人工物のような仕上がりである。
ウトガルドの魔族らしさはない。
まあ実際に、
(人造魔族、騎士メタ全部盛りだな)
そう造られた生き物なのだろうが。
ファウダーの『トゥイーニー』もそうだったが、とにかく騎士への殺意が高い。と言うよりも、現代の騎士剣頼りな騎士への殺意、と言うべきか。
正攻法じゃ難しい。
戦力自体は兵士級の上ぐらいだが、攻略難度で言えば戦士級の下の中ぐらいはあるか。何のヒントもなければもう少し難度は上がる。
それを二手でクルスは判断し、
「ビビリ、ビビリ」
安い挑発も聞き流して方針を定めた。もう一つの眼を奪う、リスクはあるがこの相手なら一番それが正攻法となるだろう。
しかし、
「……ハッ」
クルスは笑みを浮かべながら、面白みのない楽な道を思考から捨てる。今の自分なら、もう少し難しい解法でも答えに辿り着ける。
ノーリスク、かつ――
(そのキショい笑み、絶望に染めてやるよ)
相手を圧倒する。
相手は当然、視界をこちらが如何にして奪ってくるか、それのみに焦点を絞り戦おうとするだろう。
全ての動作が牽制、眼以外は全部捨てる勢いで来る。
其処への攻撃が有効である、それを相手に痛みと共に理解させたのが先に戦死した騎士の負の遺産と言ったところ。
それを、
「ムダムダムダ!」
逆手に取る。
クルスは相手の攻撃に合わせすべてカウンターで返す。誘うような大振り、それに応じるのは難しくない。その上、やはり顔以外、眼以外への注意が薄い。
カウンターを当てるのも容易。
「こうか?」
ただし、効果はない。
ゆえに人狼はゲラゲラと笑う。こいつ馬鹿だ、それとも馬鹿の振りをして、弱点への攻撃の機を見計らっているのか。
「こう」
どちらにせよ徒労、つまりは馬鹿。
何の意味もない。
「わかった。こうだ」
「エ?」
無効化されていたカウンター、それが人狼の右腕に傷を作る。騎士の攻撃を封殺する体毛は健在、そんなことはありえない。
ありえないのに。
「来い」
「ギ、ナメルナァ!」
次々とカウンターが炸裂する。攻撃の度に増える傷、しかも徐々に、傷一つ一つが大きく、深くなっていく。
無敵の防御を搭載していたはずなのに。
「ぎ、ぎぎ」
「来い」
「が、ガアアアアア!」
その無敵がズタズタに引き裂かれ、人狼は血だまりに膝を屈する。
「来い」
全て自らの無敵からこぼれ出たものである。
「ア、アア」
「来い」
「……」
僅かに見せた目の泳ぎ。どうやら人造魔族も他の生命に違わず、生存本能を持ち合わせているようである。
「来ないのか?」
逃げようとした。
退路を確認した。
クルス・リンザールからほんの一瞬でも視線を外した。
「なら死ね」
ほんの僅かな隙、其処にクルスは騎士剣を突き出していた。残った片目を奪うひと突き、これで人狼は視界を失った。
「アッ」
まあ、視界などもうどうでもいい。眼窩に差し込み、騎士剣が体毛の防衛網を突破した時点で、あとはそれを跳ね上げて終わり。
内側から頭蓋を、その中身を切り裂き即死させる。
「来世はもう少し毛並みを乱して来るんだな。おかげさまで読みやすかったよ」
無敵の体毛を突破した方法を毛並みに沿って刃を差し込む、毛と毛の隙間を断つ、と言うシンプルな解法であった。ただし、それが出来る騎士が果たして世界にどれだけいることか。毛に触れ過ぎるとやはり干渉が起き、騎士剣の機能が落ちる。
皮一枚、それを削ぐような剣が求められる。
クルスは騎士二人、しかもログレスの騎士を死に至らしめた相手を、多少ヒントを貰った上げ底はあったが、当然のように無傷で完勝する。
これぞユニオン騎士団が誇る若手の筆頭格が一人、である。
その様を見て、
「……」
「お待たせいたしました、殿下。念のために、と思いお迎えに上がったのですが、間に合ってよかったです。これもひとえに――」
ぐう、と大きな音が鳴った。
「「……」」
どう考えても少女の腹の虫が、盛大な音を奏でた。しかしクルスは騎士であり紳士である。女性の腹の虫を、空腹を指摘するのはエレガントに欠ける。
が、聞こえなかったとするにはあまりにも大きな音であった。
「……あの」
「な、何でしょうか?」
もっとユーモラスな言葉はなかったのか、とクルスは自己嫌悪に陥る。こういう時、ユーモア満点に小気味なトークを繰り広げられる友を二人ほど知っているから、尚更そう思ってしまうのだ。
ログレスを知ると、どちらも何故ここで生まれたのかわからなくなってしまうが。
「クルス・リンザールですよね?」
「え、ええ。殿下に隠す気はなかったのですが、よくお分かりになりましたね」
「はい。マスター・リンザールが思うよりもあなたはログレスで有名なのです。優勝が確約されたあの年、太陽を落とした男ですから」
「……お恥ずかしい。随分と前の話です」
「実戦中に新型、ゼロ・シルトを閃き、即座に取り入れた柔軟性に、確かな積み重ねによる覚醒はログレスの希望をへし折るにふさわしいものであったかと」
「……そ、そうでしたか」
ぼーっとした顔をしながら、なかなか棘のある言い方をしてくるが、本人に悪気はなさそうなのがまた何とも言えない。
あと、型の名を把握していたことに関しても驚きがあった。クルスが扱うゼロ・シルトであるが、実は正式には名無し、もっと言うとゼー・シルトの変則型と言うのが正しい。自分以外に汎用性がなく、わざわざ登録する意味はないと判断したので、当時の新聞から受けたインタビューで冗談めかして言った、その一回きりの名前。
それ以降、自分すら使っていない。
そんな名前を少女は記憶していたのだ。
よほどクルスに詳しいのか、それとも――
「ところでマスター・リンザール」
「何でしょうか?」
「お腹、空きませんか?」
「はい?」
真っすぐな眼である。冗談のつもりはなさそうなのだが、クルスは周囲を見渡す。結構凄惨な現場であるし、学生の年齢には酷な状況だと思うのだ。
クルスが間に合っていなければ命も失っていたかもしれない。
それなのに、
「殿下、その、今はすぐ王宮に向かわねば」
「王宮では決まった時間以外、食事をすることが出来ません」
その眼には微塵の迷いもなく、
「すでに夕食の時間は過ぎています」
ただひたすらに食べることを求めていた。
(そりゃそうだろ。学生だし、食事は学校で済ましているって聞いているぞ。食後二時間も経ってないはず)
「王宮で食事は出来ません」
「た、たった今、暗殺騒動に合われたばかりですし」
「稀によくあります」
(稀なのかよくあるのかどっちだ?)
「ただ、この国の騎士を、素晴らしき研鑽の結晶を失ったことは胸が痛いです。死ぬのなら、私のような半端者であるべきなのに……」
護衛の騎士、その喪失を自分の命をよりも惜しむ。
その眼も真剣で、其処にも嘘は見えない。ただ、少しばかり歪んだ価値観も垣間見えたが、今は横に置く。
何故なら素晴らしき騎士の喪失を嘆きながらも――
「何故、私のお腹は空くのでしょうか?」
哀しい眼でわけわからんことを言っていたから。
「……」
自分に聞かれてもわからない。
クルスは未知の生物と遭遇した気分であった。
○
「らっしゃい」
「大将、いつもの二つ所望します」
「あいよ」
「……」
少女の行きつけに案内する、と連れてこられた店は、ゲリンゼルから出て様々な経験を経た今もって、立ち入ったことがないほどにボロボロの店であった。
まず、看板が欠けている、褪せている。店の名前がわからなかった。
そして店内も汚い。
店主の服装も汚い。無愛想で、少女には一瞥、常連ではないクルスには一瞥もくれない。これでは仮面の意味もない。元々、念のために周囲の顔バレを防ぐためのものであったが、この店ではあってもなくても一緒。とりあえずせめて会釈ぐらいしろよ、礼儀だろうが、と思ってしまう。
店は店主一人で回す定食屋と言ったところ。
テーブルはない。カウンターだけ。
そして少女は当たり前のように、カウンターの上に放置されていた布巾で自分の食事するスペースを拭き始めた。
(あ、ありえん)
そも、客が来る前にカウンターの清掃など済ませておくべきである。間違っても今、クルスの目の前に零れ落ちた何かの汁など、真っ先に拭きあげておくべき。
戦慄の衛生環境であった。
「拭かない派ですか?」
「い、いえ、拭く派です」
何なんだ、拭く派とか拭かない派とか。
クルスは愕然としながら自分の前を拭く。拭くが、そもそもこの布巾があまり清潔じゃないことに気づき、結構潔癖寄り(元芋小僧の癖に)のクルスは盛大に顔をしかめた。ありえない、許せない、マナーが成っていない。
成らず者が、とクルスの内心は怒りで満ち満ちる。
だが、
「来ます」
「……は?」
「お待ち」
ドゴン、と重苦しい音を奏でてとんでもないサイズのどんぶりが目の前に叩きつけられた。怒りは一瞬で消え失せる。
天を衝く揚げ物の数々。それを支える土台は燕麦を粥状にしたもの。
匂いは良い。粗野だが、濃厚な香りは食欲をそそる。
が、物事には限度と言うものがあるのだ。
「……よ、よく来られるのですか?」
「ええ」
「学校で、夕食を取られた後に?」
「はい」
(ば、化け物めェ)
アスガルドも食事に関しては、しっかりと栄養を、カロリーを取るように指導されてきた。クルスも体を大きくするため、PFCバランスを気にしながら料を取るように頑張っていた時期もある。今も別に小食ではない。
しかしこれは、そういう次元じゃないだろう。
「楽しみです」
「な、何がですか?」
「素晴らしい騎士は皆健啖と聞きます。若手トップクラス、それほどの騎士ならばさぞ素晴らしい食べっぷりなのでしょう。私は少々、悲しい気持ちで胸がいっぱいで、いつもほどの勢いは見せられぬと思いますが」
(……今更、思い出した)
ソロンにも、ディンにも、何ならフレンからも聞いていた。ログレスの食事トレーニングは厳しい、と。自由意思などない(ソロンも二学年までは従っていた)、あれを楽しめる者は化け物だ、と。
此処にいたのだ。
「ん……美味しい」
(所作は上品だが、一口がクソでけえ)
彼らをも遥かに凌駕する化け物が。厳しいはずのログレスの食事を取ってなお、間食にこの大物を平らげてしまう。
勝てない、本能が告げる。
ちなみに少女の無事に関しては王宮の方へ伝えていた。別ルートの方を張っていたディンに任せる形で。一応、仕事はきちんとしている。
此処から先、務めを果たせるかは彼の、
(や、やるしか、ねえ)
胃袋の器次第だが――
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