第339話:暗躍開始

 騎士の国が成り立つには敵が必要。

 かつては敵がいたから騎士の国が生まれ、多くの尊敬を集めていた。騎士の守り手としての誇りを持ち、万民を守るため必死になって戦ってきた。

 それが始まりである。

 そう、始まりは高潔なる人の意志によって生まれたのだ。

 しかし――

「もちろん、それは本当に最終手段だ。そんなことログレスだって望んじゃいない。父上も、そうならぬために八方手を尽くしていると言っていた」

 技術の発展、社会の成熟、それにより騎士の在り方が、求められる姿が変化し、当初の理念とのバランスが乱れているのが今の世の中である。

 何が正しいのか、それは当の本人たちにもわからない。

「だが、現状は上手くいっていない、か」

「……」

 クルスの指摘にディンは口をつぐむ。土地が豊かでなく、特筆して強い産業があるわけではない。魔導分野に関しては悲しいほどに後れを取っている。有用な基幹技術の多くは、それを生み出した国が特許で雁字搦めにし、生み出せなかった国は使用料を払い続けるしかない。ログレスも年間かなりの資金を研究分野に投入しているが、成果は微々たるもの。単純にお金を積めばいいわけではないのだ。

 革新を起こすのは常に一部の天才。たまたま天才が出現した国家が次の時代を引っ張る。これまでログレスに天才は生まれなかった。

 その結果、次を見出すことが出来ていないまま今に至る。

「ま、ログレスって国が上手くいっていないのはここで話し込んでいても答えは出ないだろ。それよりも虚ろってのが増えているのはわかったが、それがそのまま魔族が消えるってことに結びつけるのは早計じゃないか? ただ虚ろの割合が増えているだけだろ? 最終手段を用意するほどに危機感を抱くにはちと、な」

 ティルは冷静に盤面を見据え、いくら何でも慌て過ぎじゃないか、と言う。ログレスにとって良くない報せであるのは間違いないが、此処までの話だけで考えると敵を作り出してのマッチポンプは些か飛躍し過ぎているように感じる。

 それはクルスやパヌも同じ意見である。

「理由はいくつかあります。まず、前提として人造魔族自体、それを作り出そうとしたわけではなく、ある種の偶然が絡み生み出すことが出来ただけで、あくまで研究の副産物でした。その上で――」

 ただ、ディンだけはそう思っていない。

 それは彼がいくつかの理由を知っているから。

「虚ろの発見以前、そもそもとしてログレスの魔道研究では一つの結論が出ていました。それは魔族が繁殖行動を行わない、です」

「「「……?」」」

 ディンの発言に三人は疑問符を浮かべる。積極的に繁殖行動を行わないのはどの学校でも学ぶことであるが、繁殖行動を行わないと言うのは学びに反する。

 学びだけではない。現にミズガルズには存在しているのだ。

 魔族との交配種であろう、そういう生き物が。

 ログレス名産の宝牛種だって――

「繁殖行動をしないのであれば、虚ろを調べるまでもなく魔族の数は有限になる。千年にも及ぶ戦争、いつ尽きてもおかしくない。その考え自体は数百年前からあったんです。最初はそれが希望だった。でも、ある時を境にその事実は希望ではなく、騎士から役割を奪うものだと考えるようになって……敵を調べる魔道研究は一つの分水嶺を経て、より深みに至った。クルスも覚えているだろ? アンディの実家で食ったクソ美味い肉。あれは、魔障が生物にどう作用するのか、それを調べるために動物実験をして、その結果生まれた副産物だ」

「……世の中には魔族と交配した可能性がある種が、それこそ図鑑になるほど存在している。世界中にだぞ? そんなことが――」

「今の秩序、その維持を求める国は少なくない。この時代を戦える武器を持たぬ国であればあるほど……わかるだろ、クルス。それぐらいやるんだよ、生存の、存続のためなら、それが国家であり、それが人間だ」

「……くっ」

 常識が崩れ去る。

 魔族は交配しない。その事実がもたらすのは魔族が有限であること。そして、その事実の拡散を忌避したログレスと、その考えに賛同する多くの国々が隠ぺいのため、魔道研究によって生まれた魔族の特性を持つ生物を世界中に頒布した。

 魔族は増える、ゆえに騎士はずっと必要である。

 それを確固たる『事実』とするために――

「そ、そこまでやるのか~」

「……根の深さが凄まじいな。昨日今日の話ですらないのか」

 言葉がない。ただ、騎士である彼らには少しばかり理解できる部分もあるのだ。騎士自身が魔族という敵を失うと職を失うのは当然のこととしても、国家としても税収の面で面倒なことが起きる。税率自体は国家、地域によって様々であるが、基本的にミズガルズの税には『安全税』が大きな割合を占める。

 ウトガルド、災厄の軍勢による侵略から、ダンジョンの脅威から人々を守る代わりに民からはその分税を貰う。どの国も基本はそう成っている。

 魔族がいなくなればその分、税率を下げろとなるだろう。

 ならば、脅威が去ったから騎士団を解散、縮小して予算を削るか。それはしないし、出来ない。と言うよりもやりたくない。

 退魔が騎士団の主な仕事であることは当然であるが、それと同時に何かあった時の、国家の暴力措置の役割も騎士団は担っている。

 ゆえに国家として解散はない。

 さらに、どの国も『安全税』の多くは騎士団の維持に回しつつも、その他産業への支援やインフラ整備にも用いている。

 そもそも税率を下げること自体がありえない。

 それが国家の視点である。

 ゆえに社会基盤を揺るがす脅威でなくなった魔族は、むしろ国家にとっては『安全税』を徴収し続ける良い言い訳となっていたのだ。

「人造魔族は、その魔道研究の結果だ。品種改良、様々な生物をかけ合わせたりする過程で……ゼロベースからの生産に成功した」

「……人を基にはしていないのか」

「人の受精卵を使って、って話なら……そういう個体も存在したらしい。けど、わざわざ肉体のスペック的に劣る人間を基にするより、性能の高い生物をベースに知能や人の姿を与えた方が効率がいい、ってことになった、らしい」

「今生きている者を魔族化できないのか?」

「技術的には可能らしいが、今の主席研究員曰く、それはこちらの技術に劣るものであるから模倣する必要などない、と。かなり屈折した人物だったな」

「……なるほどな」

 人造魔族はログレスが積み上げてきた独自技術であり、ファウダーのそれとはまた別ものなのだろう。それに関しては専門分野の話であり、クルスも、話を聞いてきたディンとて理解が及ぶ世界ではない。

 ただ、言われたことを飲み込むしかないだろう。

「で、もう一つ問題がある」

「ま、まだあるの~? 俺、もうお腹いっぱいなんだけど」

 パヌ、もう勘弁してくれ、としょぼくれる。ただでさえ、すでにもう闇の沼にどっぷり半身浴していると言うのに、これ以上行ったら全身浴になってしまう。

 肩まで行ってしまう。

「……さっき触れたファウダーの研究と第十二騎士隊が監督する魔道研究所はリンクしているそうだ。かつては根を同じくしていた、と。今の主席研究員は元々其処の出身らしくて、それは断言していた。で、巷じゃ魔族化が騒がれているが、研究テーマ自体は端からその先、魔族化からの可逆性にあるらしい」

「……まあ、魔族化を商品としてパッケージする際、どうしたって可逆性は必要だろう。それを兵器として運用するなら、絶対に必要だ」

 驚くことじゃない、そうクルスは思う。なんだかんだとファウダーのケツを追いかけ回している専門家。とっくの昔に彼らが単独で暴れ、研究し、魔族化という商材を売り歩いている、などとは考えなくなっていた。

 裏がある。それを親友と内外から調査し続けている。それはクルスの仕事であり、友とのライフワークであった。最近は自分の忙しさにかまけ、少しおろそかにしてしまっていたが、落ち着き次第本腰を入れる気であった。

「ああ、そうだな。その裏は俺にもよくわからん。ただ、そもそもその可逆性がまずい。魔族の脅威が下がり、しかも可逆性を得た魔族化という兵器が国家の武力である騎士の特別性、武力の価値も下げることになる」

「……そうか」

「ログレスとしては看過できない。実際、ファウダーキラーであるソロンには裏で支援と、情報を流しているそうだ」

「天才の裏側見たり、だな」

「まあ、それにしても一時期は暴れ過ぎだったけどな」

「まあな」

 この件に関してはログレスとの密約よりもよほどヤバい橋を、鼻歌交じりに渡り、最後は最強相手に通せんぼされた輝ける男であった。

 きっと今頃くしゃみの一つでもしていることだろう。

「待て。可逆性の研究自体、いや、魔族への研究自体、俺の想像よりも遥かに闇が深い案件だった。なら、それにかかわる者は……どうなる?」

「ファナちゃんだろ?」

「……っ」

 想像よりも、国家ぐるみでもみ消していた研究。むしろレオポルドが表立ってやれていることが奇跡に近い、と言うよりも彼の立ち回りが天才的である証拠。そうでない者が、彼ほどの力を、立場を持たぬ者がそれに触れようとしたら――

「……『暗部』のリストには載っていた。父上に、学友には手を出さないでくれ、と頼んだが……ならば研究への関与を辞めさせろ、とだけ」

「ふ、ふざけるな! あれはただ、俺が、俺の、せいで」

 狼狽するクルス。それもそうだろう。魔族への研究自体、自分が彼女に色々と話した結果、彼女がやると決めたもの。

 いわば自分のせいで、彼女を危険にさらしたようなものなのだ。

「おい、ディンに掴みかかっても仕方ないだろうが。ファナってあの天才ちゃんだろ? 学園附属研究所の。なら、あの敷地にいる限りは問題ないさ。海を挟んだ島国って言う天然の要害、しかも伝説の英雄が学園長で、先生方も化け物ぞろいときた。どの騎士団でも攻め落とせないだろーよ。あまりにも割に合わない」

「そ、そうですよね。その通り、です」

 『冷徹』らしからぬ取り乱しように、ディンは本気で心配するもティルはニチャニチャ湿度高めの笑みを浮かべ、パヌはわけわかめと呆けている。

「ディン、何処かで通話機を借りられるか?」

「……あ、ああ。どうせ今から王都の方へ行くし」

「助かる」

「……」

 やることが決まりすん、と落ち着きを取り戻すクルス。その変わり身の早さにディンは何とも言えない表情を浮かべていた。

 別に狼狽してないですけど何か、とするには色々と遅過ぎたから。

「……結局ログレスが魔道研究をやっていて、それがまあ色々と良くない要素をはらんでいる、と。で、ディン・クレンツェはどうしたいんだ?」

 話は理解した。

 その上でティルはディンに問いかける。感情的に酷いことだ、許せない、それだけなら子どもでも言える。たかが騎士一人、何を言おうと戯言に終わる。

 無論、

「魔道研究自体の是非はともかく、人造魔族を敵に仕立て上げる、これに関しては国内でも反対派は少なくないんです。新宮の、現王派閥はもっと前向きな施策を求めています。実は先王派との衝突でもあり――」

 ディン・クレンツェならばその先を用意しているのだろう、と考えた上での問いかけであった。一人前の大人、一人前の騎士。

 否と言いたいのなら、腹案がいる。

「其処で新宮に勝利をもたらせば、流れは変わる」

 このように。

「魔道研究、『暗部』、それにソル族を中心とした古参の騎士は、先王の下に付いていて、王都の中で常に新宮へ剣を突き付けている状況です」

「先王を俺たちで討つのか?」

「「バッ!?」」

 クルスの冗談交じりの、でも本気半分の言葉にディンとパヌが大きく反応した。

「偉大な騎士王だぞ。暗殺なんてしたら大変なことになる。齢三百、武功は数え切れない、黎明の時代を彩る生ける伝説だ」

「でも、今は邪魔なんだろう?」

「そ、それは」

「冗談だよ。だが、そういうオプションもある、そういう売りでもいいんじゃないか? 本音は邪魔、ただ内内で処理するのは面倒。そんな時のための、よそ者であり、秩序の騎士だと思うがな」

「秩序には反するだろーが」

「そうか? 今の時代にそぐわぬものを、俺は秩序とは思わないが? かつてどれだけ貢献しようと、今の時代にそぐわぬのなら……ただのゴミだ」

「「……」」

「こればかりは価値観の違いだな。ログレス出身ならあり得ない考えだが、よそ者の俺も意外とクルス寄り、そんなもんだろ」

 ログレスの民にとって、先王の存在はとても大きなもの。その偉大なる功績に刃を向けるのは例え理由があっても難しい。

 だが、よそ者にとって、特に騎士の家出身ではないクルスにとっては歴史上の人物でしかなく、感覚としてはその辺の見知らぬ他人と変わらない。

 何より――

(悪くない。ディンの発言からしても先王派はかなり今の秩序に、騎士ありきの世界に固執している。だが、もうそんな時代じゃない。時代にそぐうのは新宮の、現王派だ。老いぼれ一人、上手く処理するだけで大きな恩を売ることができる。何のかんのとログレスは大国、いくらでも金に繋げることもできる)

 邪魔な老害を消せば、多くが上手くまとまる。それほど簡単な話ではなくとも、クルスとしてはログレスの魔道研究や、それに伴う強硬な姿勢を正せたならそれでも悪くない。危険な芽は先んじて潰しておく。

 自分のせいで彼女を危険にさらすことはあり得ない。行動制限させることも認められない。最高で大きな恩と大金、最低でも『安全』を取りに行く。

 不明瞭な情報一つで飛び込んだが、ようやく方向性を構築することが出来た。

「クルス、そういうのは最終手段だからな」

「わかっているよ、ディン。俺は平和が大好きなんだ」

「……その顔ぉ」

 やりがいのある案件になりそうだ、とクルスは舌なめずりした。

「面白くなりそうだなぁ」

「ほ、本気で言ってます? マスター・ナ」

「その呼び方やめてくれぃ」

 ログレスという国にとっても難しい局面。其処に若き騎士たちが暗躍を始める。まずは現王派、なるべく上の、それこそ王と接触して話し合う必要がある。

 多少の、口八丁で誤魔化せる程度の手土産は必要だろうが――


     ○


 第七の隊舎、会議室にはエクラ、クロイツェル、そしてアントンがいた。

 第七のトップ三人が頭を突き合わせて会議室でお茶会をするわけがない。しかもエクラ、アントンの表情は重苦しい。

 クロイツェルだけが嬉々とした笑みを浮かべていた。

「ディン・クレンツェにクルスを繋げたのはわかった。第六、いや、ワーテゥルは上手くクレンツェを使って現王派に入り込もうとしていた。その機先を制するために、先んじてクルスを投入したのもさすがだ。だが――」

 蛇の描いた絵。

 それは綱渡りよりもリスキーな大博打である。

「副隊長……本気で山が動くと思っているのか?」

 エクラも普段ののほほんとした雰囲気ではなく、かつてジエィとの戦闘時に見せた冷徹な一面を浮かべている。

「動く」

「その理由は?」

「クルス・リンザールに騎士の常識はない。伝説の騎士への敬意もない。何の情報を与えんでも僕らの求める通りに踊るやろ。ファウダーも動いとる。グランドマスターも、それよりずっと前から第十二騎士隊の、胡散臭いのも調査しとった」

「……それだけかの国の研究には価値があると?」

 エクラの問いにクロイツェルは嘲るような笑みを浮かべる。

「ちゃいます。どんなもんでもええんですわ」

「……?」

「長年独自に積み重ねてきたもん。別の可能性、それだけで充分、あれは必ず動く。重要なのは僕らが何処で動くか、それだけですわ」

 相手は何十年も完璧に、隙なく立ち回り続けた男。今回の件であっても、容易く隙をさらすとは思えない。

 だが、この蛇はここを勝負所と見た。

「刺すなら……確実に、だ」

「無論、心得とります」

 ならば、張ろう。何もせずに、リスクなく流れはつかめないのだから。

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