第335話:役者続々

 ティルに連れられてキャンプに訪れたクルスは今の服を脱ぎ捨て、彼から手渡されたログレス王立騎士団の隊服を着る。黒を基調としたそれアスガルドの制服に比べ多少重厚に作られているが、動きやすさはさほど変わらずさすがの技術を感じる。何よりも防寒が制服やユニオンの隊服と比べて完全に別物。

 土地柄が衣装にも反映しているのだろう。

「設定はマグ・メルからの、俺個人が呼んだ応援な」

「それで通りますか?」

「通す。ただ、自由に動き回ってくれるなよ。俺自身、平時ならともかく今の状況じゃあまり信用されていない。だから国境警備に回されたわけで。まあ、人手は必要だから国境沿いに張り付いている限りは怪しまれんよ」

「……承知しました」

 思っていたよりも厳戒態勢。隣国の人員まで国境警備に動員しているのだから、この空気感であることは想定できていたが――

「ところで、自分はファウダーが襲撃したと聞いて来たのですが……ティル先輩は何かご存じですか?」

「ご存じだよ。俺も戦ったからな」

「……っ」

 真偽不明、クルスが他国の秘密に踏み入るための大義名分でしかなかったファウダーかもしれない、と言うあやふやな推測が、早くも現実味を帯びる。

「驚いたってことは決め打ちか。さすがにファウダーまで漏れているのはおかしいと思っていたんだよ。人の口に戸は立てられないとは言え」

「……」

「そう警戒するなって。こっちも確認しただけだ。お互い様。で、元の話に戻るがドラゴンに変身する奴だった。たぶん学園情報網参照で『トゥイーニー』ってのか」

「あの仮面のメイドですか。よく勝てましたね」

 クルスを含め、幾人かの秩序の騎士は『トゥイーニー』と名乗るドラゴンに変身するメイドと交戦経験があった。とにかく堅牢、衣服の上から、素肌にも通常の攻撃ではまともに攻撃が入らない。同じく学園情報網によって鱗の隙間を狙えばいい、とまるで簡単なことのように書かれていたが、交戦経験があるクルス視点、人間状態の鱗の隙間を狙うのは普通の騎士ではまず不可能であると考える。

 簡単そうにやったテュールが化け物なだけ。

 つまり、普通にやったら無敵なのだ。しかもドラゴン化すれば空を舞い、騎士の手の届かぬところから炎のブレスを撒き散らしてくる。

 無敵の装甲と強力な攻撃力。

 何よりも空と言う高所、最大の地の利を取ってくるのだから難敵である。

 幸い、あまり活動自体に積極的ではないためか補佐的な立ち回りが多く、大車輪の活躍をしていたクルスでさえ一度切りの遭遇であり、他に遭遇した騎士も負傷こそすれ、命まで奪うことはしてこない相手であった。

「相性が良かった」

「ログレスの騎士団がですか?」

「いや、俺が」

「……? まさか、騎士剣が大きいから、みたいな」

「まさにそれ。こいつ、設置面積が増えた分導体ぶち込みまくって、燃費はエンチャント技術時代並み、下手するとそれ以上に悪いが、その分攻撃力が馬鹿みたいに上がっているんだわ。よく過剰だろって皆に言われていたけど、それが役立った」

「……そ、そんなに違うものなんですね」

「正直、俺が一番驚いたよ。普通に鱗ごとイケたし、相手もびっくら仰天、物好きのこだわりのせいでドラゴンスレイヤーかまされたわけだ。可哀そうに」

 現代の騎士剣に切れぬものなし。

 通常サイズで過剰な攻撃力であるとまで言われているのに、ティルの大剣はその遥か上を行くらしい。騎士が誇る最強の武器である騎士剣を寄せ付けぬドラゴンスケイル相手に、まさかの正面突破。

「大剣にした理由は、実は結構しょうもない個人的なこだわりだったんだが、リーグ先生の指導を受けといてよかったよ。もしもの時、誰も備えていないからこそ最大火力が役立つかもしれない。だから自分が握るのだ、と」

「……さすがですね」

「あの人が教師だってのが俺がアスガルド入りを決めた理由だしな。しかもそれからマスター・グレイプニルやマスター・フューネルまで教師になったわけで、そりゃあ復活もするわな。御三家の恥、もう誰も言ってない」

「ええ、確かに」

 学園長ウル・ユーダリルによる大改革。どの騎士団、どの学校も欲しがる騎士界の偉人、リーグ・ヘイムダルを始め、怒涛の勢いで優秀な人材を学園に囲い込み、見事黄金世代の優勝により復権した栄光の御三家アスガルド。

 騎士になり、こうして外の世界に触れたからこそわかる。クルスたちからするといて当たり前の先生たちであったが、外側の騎士たちからすると羨まし過ぎて血反吐撒き散らしたくなった、と言うのは第七先輩騎士二人組の弁。

 英雄本気のてこ入れ。

 締めにユニオンとのパイプも繋いで完成。クルスは未だ忙しくて応じることが出来ていないが、フレイヤとディンは年に一度学園で学生たち向けのワークショップを行っている。他にも優秀な卒業生につばを付けて、学園に呼び込む英雄ジジイ。

 やり手である。

「黄金世代様様だ」

「たまたまですよ」

「よく言う。さて、真面目な話に戻すぞ。みんなが戻ってくる前に明日の予定を伝えておく。明朝、俺たち二人は北上して他の隊と合流する」

「他の隊、ですか?」

「ああ。其処にいるある人物へ繋げるから俺は仲介役、なわけだ」

「なるほど。ちなみにその人物と言うのは?」

「会ってからのお楽しみだ」

「了解」

 知っている人物か、それとも見知らぬ蛇の息がかかった人物か、どちらにせよ今のところは舞台設定をしたクロイツェルの掌の上で踊っているだけ。

 まあ、情報が手に入るのなら何でもいい。

 現場には自分だけ。此処から如何様にでも出来る。


     ○


 湖より国境侵犯したファウダー最高戦力である『斬罪』ジエィ・ジンネマンは全裸で焚火の火にあたっていた。服はその辺の木を切って組んだ即席の物干しざおに吊るし、自分と同じように火に当てて乾かしている。

 濡れた服を着たままでは危険であるが、それはそれとしてこの外気温の中で素っ裸と言うのはなかなか剛毅である。

 しかも敵地のど真ん中で騎士剣一本手元に置き、夜闇でとても目立つ焚火をしているのだから、根本的にこの男舐めている。

 まあ、広大なエリアを騎士たちが必死でカバーしようとしても限界があるし、全てをカバーしようとする限り一点はどうしても薄くなる。

 火が見つかり襲われても、自分なら絶対に返り討ちに出来る。

 その自負があるからこそのソロキャンプであった。

「……ふむ」

 達人、難しい貌で何を想うか――

「……寒い」

 昔は平気だった。でも今は年寄りだから寒い。身体は若返っても、あの頃の理不尽をぶっ飛ばす情熱、それによる空元気までは戻らなかった。

 寒いものは寒い。

「ぶえっくしょん!」

 寒い。つらい。

 おじいちゃんだもの。

「しかしまあ……」

 しかし、その方角を見つめる際は震えが止まる。

 鋭い眼で、獰猛な笑みを浮かべる。

「匂う。やはり来ておられるか……まみえる機会はあるかどうか、楽しみだ」

 その眼は、ログレスの王都へ向く。


     ○


 ログレスの王宮は二つある。一つは新宮と呼ばれる半星紀ほど前に築き上げられた騎士の王国を象徴する建造物である。もう一つは旧宮、もしくは離宮と呼ばれるかつて、建国の際に建造されたとされるかつての象徴。

 新宮には今の王や貴族たちが政を行い、

「……」

 王都の奥まった部分にある離宮には、現在は先代の王が主として構えていた。政の大半は新宮の方で決定、施行されるが、大きな節目には必ずこの離宮に座す先王のお伺いを立てる必要がある。

 院政に近い形であろうか。

 現役世代にとっては嫌な構図であろうが、それも仕方がないこと。何しろ、この先王の存在はログレスにとってとても大きなものであったから。

 純血のソル族はルナ族同様長命である。

 そして、ログレスの先王は純血のソル族であった。

 齢300を超え、今なお健在。

 その王の前に――

「失礼いたす」

「……面会の予定は、無かったと記憶しておるが?」

 深くフードを被った騎士が音もなく現れる。此処離宮は新宮からも少し離れているが、絶対に新宮を、この国の中枢を通らねば辿り着けぬ場所にある。

 つまりこの騎士は誰とも接することなく、この厳戒態勢のログレスを単身、この離宮にまで、この先王の膝元まで辿り着いて見せたのだ。

 その時点で尋常なことではない。

「ご無沙汰しております、父上」

 男はフードを脱ぐ。

 其処には、

「……おおっ、覚えておるぞ。出来のよい子だった。確かウーゼルの子であったか」

「はい」

 ユニオン騎士団第一騎士隊隊長にして、グランドマスターであるウーゼルの姿があった。そして現在の、騎士の長は現存する最古の王を父と呼ぶ。

「久しい。いつぶりであろうか」

「私がユニオンに入る前ですので、百年以上は前かと」

「百年ひと昔よなぁ」

「……そうですね」

 父子であり、古き王、そして騎士の長が対面する。


     ○


「ディン! 今伝令来てティルさんがこっちに合流するってよ」

「了解パヌ」

「どこ見てんの?」

「あそこ」

 ディンが指差した先、何もない空、雲一つない良い天気だな、ぐらいの感想しかなかった。次の瞬間、光が空へと伸びていくまでは――

「……あれって」

「ファウダー、『亡霊』だろ。それがどこかの誰かと戦闘しているんだ」

「騎士団の仲間かな?」

「馬鹿言え……仲間なら狼煙の一つでも上げるだろ」

「……ヤバい案件?」

「かもな」

 ティルの合流を待つか、それともここの戦力で向かうべきか。

「判断よろしく、隊長」

「うええ……ディンが考えてくれよぉ」

「……よそ者だろうが俺は」

 考えるは彼も黄金世代の一角、惜しくも当時ログレスの代表入りを逃したパヌである。ソロンは別格として、フレンがドロップアウトした時点でアスラクの台頭がなければ代表入りは堅かった男、優秀であるはずなのだが。

「どーしよ、どーしよ」

 今はただの優柔不断な男にしか見えない。

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