第331話:友情、そして愛情

 食事も風呂も遠慮しておく、とのことだったのでクルスたちはユニオンの先進的な景色が一望できる高層建築物の屋上に並び立つ。

(……厚みすげーな)

 並んでわかる生き物としての強度の差。魔力にしろ肉体にしろ、他のフィジカルトップ層が異質過ぎて目立たないが、ディンはどちらのジャンルでも二等賞、三等賞程度の器を持ち合わせ、しっかりと鍛え込んでいるから隙がない。

 腕相撲なら千回やろうと負けるだろう。

 と言うか、やっている最中に腕が折れてしまう。

「で、話ってなんだ?」

「あー……その、そう言えばさ、俺ってクルスの故郷の話とかあんまり聞いたことなかったな、と思って……いきなり変な話題だよな」

「まあ、変ではあるな」

「だよなぁ」

 突然初対面のお見合いみたいな話題が飛び出すも、逆にクルスは少し心配になった。あまり持って回った言い方などしない男であるはずなのだ。

 ディン・クレンツェと言う男は。

 頭が切れ、思慮深く、気遣いの出来る男であるから。

 だから、

「特に話すことないぐらい何もないところ、かな。川があって、畑があって、近くにちょっとした山がある、そんだけ」

 あえてクルスは回った会話に乗っかる。

「広いのか?」

「子どもの頃はだだっ広いと思っていたんだけど、この前帰省した時は凄く狭く感じたな。畑も大規模なところに比べると小さいし、川なんてびっくりした。あの小さい川で、俺はどうやって遊んでいたんだろうな? 不思議だ」

「はは、そっか。なら、勉強とかはどうだ? クルスも師匠を持っていたんなら、他の村の子もそういうのあったんだろ?」

「……? あるわけないだろ」

「……え?」

「俺の『先生』は流れ者で、まあ、ただの部外者。同じ変わり者の俺が勝手に師事していただけで、あそこの連中と接点はないよ。そもそも俺の父さんも兄さんも読み書き出来ないし、村の大半が指の数以上、数えることも出来ない。足の指の数まで数えられたら、くく、神童になれるんじゃないか?」

 当たり前だろう、とクルスは笑う。

 だが、ディンは表情を曇らせ、手で口を覆いながら考えこんでいた。

「どうした?」

「いや、それが、その村の当り前、か」

「閉鎖した環境だからな。まあ、あそこはあれでいいんだよ。なんだかんだ中の連中はあの環境で上手く生活しているわけで」

「……それは、知らないだけなんじゃないか? 外の世界のことを」

「かもしれないが……なんだ、テレヴィジョンのことを言っているのなら、トイレすらまだ水洗になっていない連中だぞ? あと五十年はかかるね、導入に」

「……」

 ディンの様子がおかしい。自分と戦い、敗れた後もギクシャクしたところはあったが、その時以上の揺らぎを傍にいて感じる。

「本当にどうした? 今日は相当妙だぞ」

「……ウト族って、クルスは知っているよな?」

「当たり前だろう。俺がその末裔、この黒い髪が何よりの証左ってね」

「なら、ウト族の語源は知っているか?」

「……」

 知っている。だが、それを既知の情報として口に出していいのか、クルスは少し悩んだ上で、口をつぐんだ。

 どう考えてもあれしかない。

 だが、どの文献にも両者の繋がりは載っていない。徹底して、それこそあのグラスヘイムの書斎にすら、関連を匂わせる文書すらなかった。

「ウトガルドだ」

「巷じゃそう言われているな。でも、どの文献にも――」

「載っているわけがない。全部、騎士が徹底的に抹消したからな」

「……っ」

 クルスは隣に視線を移す。様子がおかしいと思っていたが、この話題を語る彼の表情を見て、其処に映る自嘲を見て、ようやくその理由の一端を理解した。

 彼は知ったのだ。何処かで、ウトガルドとミズガルズの歴史を。

「なあ、クルス。俺さ、前に偉そうに騎士って綺麗ごとだけじゃないとか言ったこと、覚えているか?」

「デリングにも言われたよ。期待するなって。実際、仕事として騎士に成ってみてその通りだと思っている。ただのジョブだよ、騎士は」

「ああ、そうだな。俺も同じ意見だ。わかっていた、家の人間全員騎士で、その後ろ姿を見てきたから、わかったつもりになっていた」

 笑みが歪む。

「でも、秩序って俺が考えているよりずっと、甘くなかった。ずっと血濡れていて、それだけ切り取るとわからなくなる。何処に、正義があるんだって」

「……何があった?」

「……言えない」

「俺に迷惑がかかる?」

「……それ『も』ある」

「も、か……なら、深くは聞かんよ」

「……すまん」

 自分だけなら無理にでも踏み込んだ。自分の手札をさらし、共有してでも力になろうと思った。だが、彼の口ぶりだと話すことで他にも波及することになる。そして、それでも誰かと、ほんの少しでも分かち合いたくなった。

 それをクルスは弱さとは思わない。

 だって、自分も――

「父に、何がための騎士か、と問われた。父は国がための騎士だと、即答したよ。俺は、答えられなかった。クルスは、どうだ?」

「……俺も前、同じようなことを聞かれた。ディンと同じだ。答えは出ない。秩序の騎士なんだし、秩序のためだって言えたらいいけど……それはあくまでジョブとしての話で、個人として秩序が大事かと言われると、難しい」

「はは、そっか。今のクルスなら即答できると思っていたよ」

「同期だぞ? 似たような立ち位置だよ、お互い」

「はは、だな」

 秩序の騎士ならば秩序のために立つべき。ただ、クルスは知っている。その秩序が決して美しいものではないことを。臭いものに蓋をして、秩序に不要なものを斬り捨て、そうして成り立たせてきた歴史がある。

 ディンも知った。何処までなのか、自分よりも深いところなのか、それはわからない。わからないが、何かを知ったのは確実。

 それで揺らいでいる。彼の中にあった正義が。

 秩序への信頼が、敬意が――

「まあ、何か手が必要になったら言えよ。いくらでも手を貸すぞ」

「もし、ユニオンを敵に回すとしたら?」

「……マジ?」

「もしだよ、もし。俺を取ってくれるのか、親友ってこと」

「くく、そうだな。これ次第かな」

 クルスは指で丸を作り、金を表す。

「何だよ、友達甲斐のないやつだなぁ」

「金で地位を捨てるんだから充分特別だろ。ま、やるなら本気だぞ。負けるために立つ気はない。やるからには勝つ。誰が相手でもな」

「……頼りになるねえ」

 クルス・リンザールらしい回答。根本的にこの男は出身にしろ、帰属する組織にしろ、ある程度環境には染まるが、その上で決して繋がれようとしない。

 己がために突き進む。

 己にとって必要な場所にいるだけ。必要でなくなれば容易く離れる。当たり前のように必要な場所へ赴く。

「ま、クルス・リンザールの騎士道の邪魔にならんようにするよ」

「おい、頼れって言っただろ」

「金がかかるからなぁ」

「友達価格だぞ」

「スタディオンとどっちが安い?」

「……そういうのは異性に聞いてくれ」

「はっはっは」

 少しは気が抜けたのか、ようやくらしい顔つきになってクルスもホッとする。決して彼の中にある問題が解決したわけではないのだろう。解決するものではないのかもしれない。この会話自体、意味があったかと言われたら難しい。

 だけど――

「なあ親友よ。もし騎士って職業がなくなったらどうする?」

「考えたことない」

「俺もなかったんだが、そうだな、今日話していて何となく、地方のド田舎に小さな学校を建てて、世界中の人間が四則演算できるようにするって野望が出来た」

「おいおい、掛け算以降は無理だって。あいつらの知能を舐め過ぎだ」

「でも、クルスは出来るようになったんだろ?」

「うぐっ」

「はは、まあ、別に全員出来なくても、全員に、平等に機会を与えられたら、それでいいんだ。少しでもさ、そういう世界を作った側として……少しでも」

 また重くなりそうな空気を察し、

「なら、俺は最後の騎士になるかな」

 クルスは冗談めかしてそう言った。

「おー、格好いいな」

「だろう? 俺が最後に剣を置く。全部綺麗にしてな」

「……そっか」

 ほんの少しだけクルスは言葉に含みを持たせた。少しは知っているぞ、と。一人じゃない。限界が来たら頼れ、そういう意図を込めて。

 秩序の功罪、今の彼らはその渦中にいる。

「なあ、クルス」

「ん?」

「いつか聞かせてくれよ。クルス・リンザールの何がためってやつを」

「見つかったらな。ってか、そっちもだぞ」

「ああ、そうだな」

 他愛ない世間話であった。何か実りがあったわけでもない。お互いが抱える何かが解決したわけでもない。

 それでも無意味だとは思わない。二人とも。

「さて、仕事に戻るか」

「新人には優しくしてやれよ」

「もちろん。俺はあの男とは違う。嫌われるのはコスパが悪い。上手く調整して好かれる方に持っていくさ。そっちの方が色々と効率的だしな」

「……エグイてぇ」

 二人は笑い合い、仕事に戻る。

 やるべきことがたくさんあるから――


     ○


「げ、第七のクソが来た! クソアホめ!」

 第五陣営苦笑い、今年の大型新人アミュ・アギスは口から火を噴いていた。この自分がわざわざご足労して、顔を出してやったのに隊のカラーが合わないと一蹴した件を根に持っていたのだ。そんなことはあってはならないから。

 全騎士団、否、全人類が自分を求めるべきなのだから。

 ちょっと自己肯定感が高過ぎる。

「騒がしいですね」

「放っておけ、構ったら品性が下がるぞ」

「イエス・マスター」

 本部の食堂で騒ぎ立てる馬鹿に構うと、こちらまで巻き沿いを喰う。こんなもの無視が一番だ、とクルスは部下(あくまでチーム内)に伝える。

「ノア麺、俺の分も頼む」

 クルスは部下に紙幣を握らせ、

「あ、ありがとうございます」

 おごってやると言わずに、おごってやる構図を作り出す。別に二人とも騎士、ノア麺など何杯頼もうと安いものであるが、其処はクルスマジック。

 事前に下ごしらえ(鬼の如しパワハラ)で自己肯定感を激下げさせてから、こうしてほんのり甘みがするだけの飴を与えるだけであら不思議。

「最善を尽くし、最短で任務を遂行いたします」

「頼むよ」

「はいぃ」

 偉い人が言っていた。

 やってみせ、言って聞かせてさせてみて、クソミソ貶して机に叩きつけて褒めてやらねば人は動かじ、と。

 調教は順調である。

「バーカ! アーホ!」

「……」

 あいつも第七に入れて、自分が面倒を見ればよかったと少しクルスは後悔する。遭遇する度に延々悪態をつかれるとは思っていなかったのだ。

 彼女は賢い。第五が水に合うのはすぐ理解できたはずなのに――

(理解に苦しむ)

「ノア麺、お持ちいたしました」

「ありがとう。さっさと食って仕事に戻るか」

「イエス・マスター」

 ずずず、と食堂のエースであったノアが残した超人気メニュー、ノア麺を上品に、それでいて爆速ですすり、彼らは隊舎に戻る。


     ○


 その頃、第七の隊舎では――

「た、隊長!」

「ほえ?」

 うたた寝をしていたエクラの下へ、若手なんだけどそろそろ若手って言い辛くなってきた二人組の片割れ、ジャンが飛び込んでくる。

「先ほど本部から伝言がありまして、至急折り返しが欲しいとの、ことで」

「主語抜けとるわカス。それ、隊長が折り返すほどの相手なんか?」

 エクラのお隣、クロイツェルがにらみを利かせる。

 ただ、本日はその蛇睨みも不発。

 何せ――


「い、イリオスです。通話機の連絡先は、其処の王女様から、だそうで」


 隊長が必要なのかどうか、その疑問の余地もない相手であったから。

「……」

 どういうことだ、とクロイツェルはいぶかしむ。イリオスはもちろん連盟に所属しており、ユニオンと接点もある。あるが、それほど大きくはない。

 さらに言えば第七とはもっとかかわりがない。

「用件はなんと?」

「その、第七騎士隊とより密な関係を深めたい、とのことで……資金援助を含めた話を一席、設けたいのでご都合は、みたいな感じです」

「なんとぉ」

 エクラびっくり。各隊、緊密な関係を築くべく騎士団ではなく騎士隊へ直接援助してくれている国もある。正直、騎士隊的にはそれが一番ありがたい。

 ただし、

「隊長と、クルスが名指しでした」

「あれま」

「くく、なんや、ご指名やな」

 其処に面倒な意図がなければ、だが。

「これ、クルス君が新年度からチームリーダーになったから、だよねえ」

「そらそうでしょ」

「……どうしよ?」

「やることは決まっとります。あとはあのカスが上手く立ち回れるか、その湿気しか感じん王女様とやらをどれだけ捌けるか、やと思いますけど」

「あ、援助は受ける前提なんだねえ」

「……?」

 何あほなこと言っとるんですか? みたいな表情で上司を見るクロイツェル。予算達成が楽になるのは負荷が抜けて業腹であるが、まあそれだけの相手を捌くのも充分に負荷となり得る。何よりも金が手に入るのがデカい。

 迷わず掴もう、ビッグなお仕事。

「で、あのカス何処におんねん」

「た、多分食堂かと」

「カス過ぎる。誰が飯食ってええ言うたァ」

「……」

 この上司にしてあの部下あり。

 どうなる第七。

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