第330話:何かやっちゃいました?

 ログレス王国。退魔の専門家として騎士という存在が生まれ、魔族がミズガルズに最大版図を誇っていた北の大地を人類が取り戻した際に、騎士が中心となり創り上げた国家である。設立の理由は取り戻してなお、どの土地よりも頻繁にダンジョンが発生し、それが南下すれば人類の脅威となり続ける。

 その防波堤として、騎士の国が生まれた。

 しかし、

「……」

 現代では魔族の脅威も薄れ、フロンティアラインを含めたダンジョンの攻略はマニュアル化し、半ば作業と化しつつある。騎士剣と言う最強の矛、それを効率的に運用するための連携、他にも魔導による兵器類の充実。最近では近接せずとも有効打を与えられる銃のようなものも発明され、騎士の優位性もまた薄れつつある。

 騎士、武力の存在感が薄れるのは平和に近づいている証とも言える。

 言えるが、

「……相変わらずの景色だな」

 人が住むには少々厳しい環境で、多少畜産などで有名な部分はあれど、メインは各国からの援助であり、最優の騎士たちが国家を支えている。

 民を支えている。

 実り少なき北の大地、騎士が価値を失った後、果たしてこの地に何が残るのか。無論、大国であり王都には何でもある。少しばかり外は寒いが、その分住宅の暖房設備は充実しているし、暮らすのに不自由することはない。

 だが、それらを支えているのはやはり騎士で、その構造は今も変わらない。

 それがこの国の抱える弱みであった。


     ○


「ディンです」

「入れ」

 ディンは父に会うため実家へ戻っていた。扉を開けて眼に映るは相変わらずの仏頂面、子どもの頃から笑った顔も、泣き顔も見たことがない。

 きっと、一生見ることは出来ないのだろう。

「久しいな」

「ご無沙汰しております」

「勝手に籍を入れた件、決して許したわけではない。相手がそれなりの名門とは言え、格下相手ではアスガルドから下に見られかねんからな」

「……自分は勘当された身と思っておりましたので」

「私が一度でもそう言ったか?」

「いいえ」

 そもそも対話自体ほとんどなかった。まあ別に珍しいことではない。親子仲が良好な名門貴族の方が少ないはず。

 何故なら当主は忙し過ぎて、父と子の交流自体がないから。

「まあいい。過ぎた話だ。それで、相手方を説得したのか?」

「家に入れるって話なら、この前手紙で送った通り、お互い今の仕事は続けるつもりですし、今のところその予定はありません」

「……子どもはどうする?」

「お互い稼ぎはありますので、シッターを雇いつつ、それで足りぬようならあちらの実家を一時的にでも頼ろうと……相談した際も快く返事を――」

「当たり前だ。格式に劣る側の家に、良血の子が入る可能性があるのだぞ。あちらにとってはメリットしかない。ありえん話だ、再考しろ」

「自分たち夫婦の関係です」

「貴様はクレンツェの男児だ。ならば、務めを果たせ」

「そういう時代じゃないだろって……ああもう、違う!」

「何が違う? 私は引かんぞ」

「今日は、その話をしに来たんじゃない」

「……?」

 父は意味がわからない、と言う表情をする。それはそうだろう。この時期、あまり実家に寄り付かぬ息子が乗り込んできたのだ。

 手紙のやり取りでは埒が明かぬ、だから父は当主として迎え撃つ所存であった。一切退く気はない。切り札、学費は誰が出したと思っている。

 そのカードを切る準備もあった。

 だが、

「今日はユニオン騎士団第六騎士隊、ディン・クレンツェとして来た」

 ディン、息子は個人としての訪問ではないと言った。

 息子の言葉にやはり父は疑問符が消えない。ログレスとユニオンは交流が薄目とは言え、それがないわけではない。今のところ、ユニオンの騎士に訪ねられる覚えもない。ましてや第六、今の隊長がついてからは一切交流がない隊である。

 ワーテゥル出身、どこぞの野良犬を話す舌は持たない。

 だから、何も想い至らない。

「ログレスが禁忌とされる魔道研究を押し進めているって話は、本当ですか?」

 息子から、

「ッ⁉」

 思わぬ方向から、それが出てくるまでは。

 息子は父の反応を見て、表情を歪めた。この反応で何もない、と言うことはないだろう。交流の薄かった息子でもわかる。

「……レオポルド・ゴエティアに何を吹き込まれた?」

「マスター・ゴエティア? どういう意味ですか?」

「ならばその取り巻きか。まあいい。出所などどうでもいい。重要なのはな、ディン。その件には関わってはならない、と言うことだ」

「やっぱり、ログレスは」

「すべて忘れて戻れ。重ねて言う、貴様が関わるべき案件ではない」

「父上! 魔族の研究を禁忌としたのは他ならぬログレスの騎士たちでしょう!? それなのに、自分たちが率先して禁を破るのは――」

「ディン!」

「全てを知るまで、俺は梃子でも動きませんよ」

「……この、馬鹿者が」

 父の見たことも無いほどの狼狽。何か知っているのだ。それは間違いない。そして、其処に息子を踏み込ませたくない、それもきっと本音。

「知らば、後戻りは出来んぞ」

「元よりそのつもり出来ました」

 父は息子の眼を見て、

「いいや、貴様は何の備えも出来ていない。眼を見ればわかる。だから、私は最後にもう一度だけ言う。子どもの抜けん騎士が触れるべきではない。去れ」

 強く、さらに少しだけ祈るように、言う。

「去る気はありません」

 息子もまた強く返した。

「……貴様に騎士の矛盾と向き合う覚悟があるとは思えんが」

 父は立ち上がり、

「その気があるならついてこい」

「……ありがとうございます」

 息子ではなく騎士ディンへ言い放つ。

「……感謝は不要だ。どうせすぐ、そんなものは消える」

「……」

「何がために騎士は立つのか……さて、貴様はどういう答えに辿り着くかな」

 そう言いながら父は歩き出し、ディンはそれについて行く。

 騎士として知らねばならない。

 そう思っていた。

 正義とは何か、秩序とは何か、騎士とは何か、国家とは、民とは、全部言語化できているつもりだった。先生に聞かれても即答できていた。

 今日、この日までは――だって自分はずっと優秀であったから。


     ○


 第十一騎士隊の隊舎に一人の女性、そしてその従者が如く地味な男が付き従う。

 誰の制止も聞く耳持たず、

「よォ。うちのもんにテメエ、何吹き込みやがったァ?」

 第六騎士隊隊長、フォルテ・ヴァルザーゲンが殴り込む。机に足を乗せ、その机の主である男の襟元を掴み、引き上げる。

「何の話ですか? 藪から棒に」

「それを聞きに来たんだよ、小僧」

「さして年齢に違いはないでしょうに……会話になりませんね」

「被差別民の、って付けた方がいいか? テメエは誰の靴を舐めて騎士に成った? あそこの出で、学校なんて通えるわけねーよなァ」

 空気が、澱む。

 フォルテの発言、被差別民から続く全てがこの男、第十一騎士隊隊長バレット・カズンにとって触れてはならぬ逆鱗であったから。

「……へえ、いいツラじゃねえか。じゃ、喧嘩でもしてナシつけるか?」

「貴女が、私と? 勝負になりませんよ」

「だろうな。オレの方が強ェ」

「見解の相違ですね」

 第十一騎士隊の隊員、副隊長も含めて全員が一歩も動けない。隊長同士の睨み合い、その殺気だけで切り裂かれそうな気分になってしまうから。

 ただ、其処には、

「俺の方が強い。あ、これ報告書です」

 この男がいた。良い意味でも悪い意味でも空気を読まぬ男、イールファス・エリュシオンが。二人の間に割って入り、バレットに書類を提出する。

「ほォ、お前さんはそっち側か?」

「俺は誰にも与しない」

「じゃあ、なんで割って入った?」

「書類が出来たから」

「……」

 気の抜けた言葉だが、恐ろしいことにこの男、嘘偽りなく書類が出来たから空気を読まずにそれを提出した、それだけなのだ。

 亀裂が走る二人より、自分の仕事を優先した。

「確認お願いします」

「……ええ、承りました」

 とは言え、彼の介入で張り詰めていた空気が弛緩したのは事実。ひっかきまわそうとしたフォルテの挑発も効果は薄れた。

「じゃ」

 あとはお好きに、とイールファスはてくてく歩き、この隊舎内でお気に入りのソファーに寝転び、バレットの確認終わりを待つ。

 彼こそがユニオン一自由な男なのかもしれない。

「伝えたのはかの国が怪しい動きをしている、と言う旨です。私がどういう立ち位置なのかは貴女がご存じの通り、場合によっては使えると思ったんですよ。暴走するかもしれない古き秩序への、牽制として」

 隠すほどのことでもない、と毒気を抜かれたバレットが先んじて口を開いた。

「隊長である貴女を飛び越えたのは謝りますが、あくまでただの世間話。秩序の騎士として何かを命じたつもりはありません。これで良いですか?」

「あいつが帰ってこなかったらオレはテメエを許さねえぞ」

「これは……くく、温いことを」

 バレットは口に手を添え、哂う。

「あ?」

「先にあちらが秩序の騎士に手を出すようなことがあれば、我々がかの国へ介入する大義名分を得ることが出来る。身内で争う前に、もっと大きな獲物に喰らいつく好機でしょうに……ま、だからこそ無事ですよ、身柄は」

「ある程度賛同する考え方ってだけだ。身内になったつもりはねえよ」

「秩序の騎士として、という話ですよ」

 ユニオン騎士団、その中にある派閥、其処には様々な思惑が入り乱れる。一方は賛同できても、もう一方は反対の立場。

 そんなものはザラ。

「次、うちのシマに茶々入れてみろ。本気で抜くぜ?」

「心に留めておきましょう」

 仲間であり、そうではない。

 いずれ、

「隊長」

「ん?」

「出掛けのおみくじ、そう言えば何が出ていたんですか?」

「大吉に決まってんだろ、馬鹿たれ」

 敵と成る可能性もある。

(凶、それにあの眼、本気でオレに勝つつもりだった。サシならさすがにオレだろ。第四の坊やはうちの地味男が止める。それをひっくり返す?)

 第十一の隊舎を振り返り、

(あいつ、まさか)

 彼女の勘が、鼻が、その憶測に辿り着いた。

 それと同時に、

(あの女、すでにロンダリング済みの出生に辿り着いていたこともそうだが、そのカードを使って、挑発的な振る舞いでこちらを探り続けていた。激昂しているようで常に冷静……厄介な手合い、何処かで削っておくべきか)

 バレットもまた警戒を深めていた。


     ○


 一週間ほど経ったある日の夕方、

「出来ない? それは嘘つきの言葉だ。出来るんだよ、俺がやって見せただろ? 何故出来ない? 騎士歴何年だって? なあ、おい、返事しろ」

「すいません。でも、レムリアのやり方とは、ぜんぜん――」

「此処は何処だ?」

「あ、その、ユニオン、騎士団です」

「テメエの古巣は、この騎士団より上等なのか?」

「違い、ます」

「なら、全部従え。上書きしろ。お前の経験はゴミだ。いいか一年坊主、俺のやり方に従えないならさっさと消えろ。代わりなんていくらでもいる」

「が、頑張ります」

「このクソ分厚いマニュアルは全部暗記する。引き出しから一瞬で引き出せるようにしろ。全部だ、頭の中を第七用に作り替えろ」

「イエス・マスター」

「報告書もまとめておけ。まとめ方は俺のを参考にしろ。それぐらいは出来るだろ」

「はい!」

「少し出てくる」

 第七の隊舎では今日も元気いっぱい、アットホームな声が響いていた。

 アットホームな空気を作り出す蛇の子どもはビシバシと愛の鞭を振るい、此処からが腕の見せ所とばかりに一旦席を立つ。

 そして、

「……珍しいな」

「よう。廊下まで聞こえたぞ。大丈夫か?」

「ああ、問題ない。隊舎の外に洩れなければ大丈夫だ」

「……おいおい」

 廊下のベンチで同期のディンがクルスを待ち構えていた。声をかければいいのに、いったいいつから其処にいたのか。

「あの人中途だろ? 確か騎士歴は上で……やめるんじゃないか?」

「温いからな。でも、それじゃ俺の評価が落ちる。鞭の次は飴だ。少し時間を置いて、遅くまでご苦労さんとコーヒーでも差し入れする」

「……」

「飴と鞭でどれだけ躾けられるかの実験中って感じかな」

「あの芋坊主が、擦れちまって……」

 ゲリンゼルから出てきたばかりの抜けた芋坊主は何処に行ったのか。とうとう飴と鞭で部下を調教し始めた模様。

「その、少し話せるか?」

「ああ。外に出たのは口実で、放置することに意味があるから今日はずっと暇だ」

「……早めに切り上げるよ」

「いいって。気にするなよ」

(気にするだろ)

「九時ぐらいに戻って、十時まで仕事させて、其処から俺は残りで泊まるし、食事も良いが風呂でも行くか?」

「……いかれてらぁ」

「……?」

 また俺何かやっちゃいました? みたいな表情でクルスは首を傾げる。

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