第329話:腹の底が見えない

「無事戻ったそうですね」

「うむ」

 岩盤二枚、男二人が横並び。裸一貫、タオル一枚、均整の取れた体を惜しげもなくさらす、まさにサービスショットである。

 若く見えるおっさん(テュール)と歳の割には若いジジイ(ウル)。

 セクシー。

「頬、統括教頭ですか?」

「うむ。最後はテュールがきっちりアフターケアするから、と説明したのだがもっと怒られたわい。やっぱりやり過ぎたかの?」

 ぶん殴られた頬をさすり、ウルはポカポカを感じながら天井を見つめる。最初はお湯に浸かってこそ風呂じゃろうがたわけ、と馬鹿にしていたが、いざ使ってみるとそれはそれ、これはこれ、であった。

 超気持ちいい。

「私は其処までログレスが窮していない、と確認できただけで満足です」

「……言い出しっぺはそっちなのに、わしばかり割を食うのはよくないと思う」

「有名税ですよ、有名税」

「……むう」

 ただ、絵面はあれだが話している内容自体はあまり穏当なものではなかった。

「ティル君からはどうかの?」

「定期的に連絡は届いているので無事ですが、さすがにアスガルド卒は『暗部』と接触できるほど、上に信頼はされぬようですね」

「わし、ちょっくら行こか?」

「駄目です。彼女が拉致されていたとしても、私とエメリヒに有休を取らせて秘密裏に回収、その過程で周辺を探索。それが限界でしょう」

「え~」

「どちらにせよ今回は此処まで。魔道研究の進捗を探るいい機会だったのですが、またの機会と言うことで」

「君ら同期三人は裏であれこれするのが好きじゃのお」

「……まあ、一番大好きだった男が亡くなりましたから。私のようなやりたくない善良な教師が、こういうことを画策する羽目になっている、と言うことです」

「クロイツェル君の意見が聞きたいところじゃ」

 何処が善良なんだこの腹黒騎士め、と思いながらも自分に足りぬ能力を持つ彼が学園にいてくれるだけで随分助かっている。頭はべらぼうにいいが存外腹芸を苦手とするリンドらには出来ぬこと、やらぬことが出来るから。

「しかし、気持ちいいですねえ」

「うむ、こりゃあいずれ世界に羽ばたくのぉ」

「間違いない」

 以上、岩盤浴を満喫する男二人でした。


     ○


 イールファナ周りが混沌としてきたことなど露知らず、

「三年目の騎士が、チームリーダーですか?」

「新年度からは四年目になります」

「私はすでに六年目、新年度からは七年目なのですが……あくまでユニオン騎士団はユニオンでの経験のみを上下に考慮する、と言うことでしょうか? 中途で募集をかけている割に、殿様商売が抜けていないようですね」

「……」

 クルス・リンザールは新年度から第七騎士隊に配属予定の騎士と顔合わせをしていた。御三家レムリア出身と言うこともあり、ユニオンと言う看板に臆するどころかそれを掲げようとするクルスに噛みついてくる始末。

「どう思われますか、マスター・リンザールは」

「自分は特に。これは隊長命令ですし、自分たちはそれを受け止めるしかないかと」

「ご自身の意見がない、と」

(殺すぞクソアマ。あと、そのいちいち眼鏡クイってするのやめろ)

 クルスは笑顔を浮かべながら、今この場で騎士剣を引き抜いて殺すパターンを何通りも頭に浮かべることで、何とか平静を保ち続けていた。

「先行きが少々、不安ですね」

「私は一緒に仕事できることを楽しみにしていますが」

(死ねボケカス。現場知りもしねえ中途の分際で口答えしてんじゃねえよゼロ年坊主が。ジンネマンにぶつけて殺させるぞクソが)

 クルスは一つ学習した。クロイツェルの行動、その意図を掴めていなかった部分はあったが、何のことはない。ムカつく部下を容赦ない相手にぶつけてぶち殺してやろう、そういう考えだったに違いないとクルスは理解した。

 怒りのあまり大分見当外れになっている。


     ○


「俺は許せない!」

 ドン、とテーブルを叩く新進気鋭の騎士、クルス。

 すでに酒気を帯びた彼に対し、

「まあまあ」

「年上の中途って扱い難しいよな、わかるわかる」

 先輩二人が両隣でクルスの肩をぽん、と叩く。

 あ、この二人の名はリディオとジャン、クルスの従者時代を知る先輩であり、髪が長い方がリディオ、短い方がジャンである。雰囲気がそっくりでよくセット運用されているが、出身含めて年齢以外重なる部分はない。

 でも似ている。

 ちなみに現在はアントンチームで主な活動をしていた。

「先輩たちは中途の部下って持ったことありますか?」

「「ない。そもそも部下を持ったことがない」」

 まるで双子のように言葉が重なる二人。これだからセット運用されてしまいがちなのだ。本人たちも少しだけ悩んでいる部分であった。

「ま、期待しているんだよ、クルスに」

 お手洗いに席を立っていたアントンが戻ってきてクルスに声をかける。

「期待、何処がですか?」

「あいつらが言った通り、中途も新卒も、まずは大体副隊長の下に付くのが通例だ。それで散々駄目だしされ、自己肯定感を粉微塵にして、クロイツェル化する。出来ない奴は自主退団をするよう仕向ける。みたいな」

「……上司もクソなの忘れてた」

 上下クソまみれ、クルスは頭を抱えて項垂れる。

「副隊長があれなのは否定しないがなぁ」

「そーだそーだ!」

「評価が辛過ぎるんだよ! 今年は頑張ったのにぃ!」

「あー、良い評価で出したんだが、やっぱ下げられてたかぁ……辛いよなぁ」

 クルスだけでなく先輩二人もテーブルに突っ伏す。

 まあ、クロイツェルの評価が辛めなのは今に始まったことではない。ただ仕事をこなしている、それだけの騎士には容赦なく最低評価を付ける。文句があるなら転属願を出すか、さっさと退団しろ、とのこと。

「……俺、そもそも評価の話されたことないです」

 なんでみんなは自分の評価を知っているの、とクルスは驚いてしまう。逆に知らされていなかったことに先輩二人は驚く。

 が、

「そりゃあ最高評価だからだろう? この三年間は誰も文句を付けられんよ」

「……副隊長が? 俺に、ですか?」

「辛めではあるけど、何でもかんでも低評価にしているわけじゃない。副隊長なりの評価軸があって、それが一般視点厳しく映るだけ。評価自体は好き嫌いなく、きっちりしていると思うがなぁ」

「……」

 アントンは最高評価だから伝えなかった、とフォローした。そもそも本当に変な評価であれば隠居五秒前の隊長とて待ったをかける。

 それがない、と言うことは一応上はその評価を認めているのだ。

 まあ、そもそもアントンが新人の頃、先輩からよく「あの人は鬼だった」と聞いていたため、エクラがそっち側なのは知っているのだが。

「でも、仕事が、せっかく、形にしたんですよ。それを……クソがァ」

 思い出しても腹が立つ一幕。

 あのにやけ面が許せない。

「それも見方次第だと思うが……先輩のお二人さんはどう思う?」

「女の子の部下羨ましい」

「二人での出張なんてもう、考えただけで……うっ」

「……聞いた相手が悪かった」

 呆れ果てるアントン。まあこんなのでも仕事の面ではきっちりクロイツェルに適応し、クロイツェルも重宝する部下たちなのだが――

「出来上がった仕事をこなすってのは、まあ言ってしまうと誰にでも出来る仕事だ。クルスも言っただろう? 形にしたって」

「……まあ」

「何も立ち上げた実績が消えるわけじゃない。その上で次に挑むために、思い切ってその仕事から外した、そう見ることも出来るわけだ」

「……」

 いいや、あれは嫌がらせをする奴の貌だ、とクルスは受け入れない。

「さらに中途をクルスに預けた。これも大きい」

「嫌がらせとしか思えないんですが」

「いや、さっき二人も言っただろ? 部下を持ったことがないって。もちろんお互い役職のない騎士、騎士団としては横並びだが、隊長が手を出さぬ限りはクルスが仕事を教えるしかない。これはもうメンターを任されたと考えるべきだ。先輩二人を追い抜いて、その経験を積ませたいと上が考えた」

「そーだぞ!」

「不憫とは思うが、ちょっと羨ましいと思う気持ちもある」

「……」

 確かにそう見ることは出来るかもしれない。しかし、あの男のクソみたいな笑顔が邪魔をする。仕事を外した時の、あのにやけ面は――

「正直、今回の件、あれだけ理不尽な外され方をしてなお、結局いつもの特別扱いだろ、と考えている隊員は多い。今日もこの三人しか集まらなかった」

「……え、俺嫌われていたんですか?」

「まあ、そこそこ」

「知らなかったのか?」

「一部では副隊長の恋人扱いする声も」

「あ?」

「い、いや、世論ね。俺らじゃないよ」

「……まさか、そんな、この三年で皆認めてくれている、とばかり」

 まさか騎士隊で嫌われていたとは。いやまあ人気者とは思っていなかったが、嫌われるようなことをした記憶はない。

 そもそもこのメンツ以外とあまり絡んでもいなかった。

「アントンさんでも贔屓されてるとか言われることもあるしねえ」

「なんのかんのと競争、嫉妬は何処にでも転がっているさ」

「先輩……意外と、良い人だったんですね」

「「……」」

 今までどう思っていたんだよ、とツッコミたくなるところをぐっとこらえる二人。大人なのだから、先輩なのだから。

「そういう意味でも好機だな」

「何故、ですか?」

「まだ染まっていない人材だ。仕事内容同様、お好きにどうぞと差し出された。あとはクルス・リンザールがどう調理するか、それだけだ」

「でも、中途ですよ? 前の職場には染まっているんじゃ?」

「此処が格下の騎士団なら少し面倒くさいが、幸いここはユニオン騎士団、トップランナーなんだから最悪押し付ければいいさ」

「それでいいんですか?」

「それが第七のやり方、じゃないか?」

「……そうか。俺の駒、か。そう考えると、気が楽になりました」

 眼を輝かせるクルス。しかしその発言を聞き、

(こいつ、蛇の素質に満ち満ちてやがる)

(くそぉ、これが上司になったら蛇が増えるのか……もう腹痛いよぉ)

 すっかり染まってしまったことを知る。

「ん、まあ、ほどほどにな。仕事は大きくなればなるほど、一人の手には負えなくなる。その練習と思って頑張ればいいさ」

「よぉし、やる気出てきたぞ! あのクソアマ、バッキバキにへし折って、屈服させて、靴舐めさせてやる!」

「「「……」」」

 蛇二世、その誕生まであと少し。


     ○


 なお、

「全部新規案件やと予算作るのも難しいやろ」

「ま、まあ」

「僕が全体の数字だけ設定しといたから、あとは適当に文字詰めて提出せえ」

「……」

「返事ィ」

「い、イエス・マスター」

 数値目標は今年度を参考にした、自己ベストを当然の如く求められていた。数字だけ入った予算表、それをクルスは怒りに震えながら見つめていた。

「不服なん?」

「まさか、やりますよ。喜んでやらせていただきますとも」

 やってやろうじゃねえか。この三年間との違いは実力も不透明なメガネ女一匹、これをどう運用するかどうかで成績が決まる。

 それに三年間遊んでいたわけではない。仕事の進め方、作り方、無知であった新人の頃とは違う。伝手も培ってきた。

(見とけ。最後はテメエにワンって言わせてやるよ)

 心の中指を立て、クルスは負の情熱を燃やす。


     ○


 第六の隊舎、隊長の机の前に、

「休暇? まあ好きにすりゃいいが……結構休むのな」

「ちょっと地元に顔を出そうかな、と」

 ディン・クレンツェが有給の申請書を持って立っていた。第七のワーカーホリックではないが、彼もあまり休みは取らずに仕事に励んでいる。

 それで大型の休みを取ると言うことは、

「なるほど、そろそろ結婚絡みのナシつけに行くわけか」

 結婚絡みと判断して話を振る。

「あはは、そんな感じです」

「オッケー、ガツンと行ってこい!」

「ありがとうございます」

 笑顔で感謝を述べるディン。それを見てフォルテも笑顔を浮かべるが、

(……違うな。この時勢なら、あれ絡み、か?)

 腹の中ではディンの嘘を見抜く。

 土産頼むぞ、と囃し立てる隊員と笑い合うディンを見つめ、

(誰が吹き込んだ?)

 誰が火元か考えこんでいた。

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