第323話:考えるな感じろ
黄金色の空、どう見ても自然に出来た構造物ではないにもかかわらず、何故かそこに人の意匠が、意図が感じられぬ造り。
空の上に広がる都市、と呼ぶには入り組み過ぎている。
防衛拠点、そういう構造ではあるのだろう。では何を守るのか、そもそも誰が作ったのか、それは今の彼らにはわからない。
ただ、わかるのは――
「マスター・ハーテゥン、あれは」
「まあ、ヌシだろうなァ。本隊は後退、俺たちは出入り口を守るぞ」
あの神々しいとしか言いようがない存在が、この世界のヌシであること。
ただそれだけである。
「あんなのを、人間が三人で大丈夫なのでしょうか?」
「今まで連中の何を見てきた? 人間が三人じゃない。化け物が四体だ。天才しかいない群れの中で超越した、本当の意味での超人たちだァ」
ヴァルは少しだけ悔し気に微笑む。騎士として全てを諦めたわけではない。実際、学生時代の自分が思うよりも、自分には伸びしろがあった。
だが、だからと言って武力で彼らと肩を並べられるとは思わない。正しく努力を積んできた自負はある。休日も、給料も、自分への投資に費やしてきた。
それでも差は開くばかり。
天賦の才を持つ三人、それを磨くことに余念がなく、油断も隙もなく邁進し続ける努力する天才たち。世間一般の天才なら自分も入るだろうが、御三家基準の天才ではない。その壁を、努力で踏み越えた者を彼は一人しか知らない。
「任せたぞ、化け物ども」
ヴァルは笑みを持って吐き捨てる。
その視線の先には――
「……魔族感ねえな」
黄金色に輝ける巨大な、美しき裸体。翼を持つ赤子のような配下たちとは異なり、彼の者の身には布切れ一つない。どう見ても人間ではないが、人間が持つ性を表すパーツは全て、まるで男女で均したかのようにどちらともつかぬ印象を受ける。
正しく中性。
そして完全無欠である、ゆえに足すものも引くものもない。
そう、全身で語る。
「たぶん、俺は違うと思う。匂いがしない」
イールファスの言葉。
「匂うか?」
アンディは首をひねるが、
「ま、何となくわかるぜ。殺意がねえ。執念もねえ。ただ其処に在る。在り続ける、そんな感じだ。こりゃあ厄介な戦いになりそうだ」
ディンはイールファスの発言を肯定する。
「それならわかるぞ。強いわな、どう見ても」
「それ。じゃ、始めるか」
「「おう」」
先陣を切るは――イールファス・エリュシオン。
続き、ディン、アンディが駆ける。相談したわけではない、自然とこうなった。と言うよりも、おそらくこういう相手に事前の対策など無意味。
そも、接敵した時点で、リスクしかない。
近づく、近づく、近づき、そしてこの神域の監督者たる、上位存在の間合いに入った。ただ、眼を見開いただけ。瞳を向けられただけ。
それで、
「あぶねえ!」
二人の間に立つディンが叫んだ。前のイールファスを掴み、後ろのアンディに背中で合図を送る。前を引っ張りながら、前二人と後ろ一人が入れ替わり、
「百万リアの最新式防護マントだ!」
アンディがマントを前に出し、自分と入れ替わった二人をあの眼から遮断する。
「さすが金持ち」
「言ってる場合かよ!」
バチバチ、と悲鳴のような音を立てマントが、
「嘘、だろ? 騎士剣も何度かは防ぐマントだぞ!?」
燃え落ちる。マントを握っていたアンディは温度を感じなかった。なのに燃えて、落ちていくのだ。騎士剣相手の耐久テストすら超えたマントを、いともたやすく。
「後退しつつ散開!」
「「おう」」
百万リアを躊躇なく捨て、三人は後退しながらかの者の眼、それから逃れるよう左右に展開する。謎の攻撃、おそらく眼から放たれたそれは、着弾まで多少タイムラグはあるらしい。それがなければとっくに三人とも死んでいる。
「視線に気を付けろ!」
「「わかってる!」」
とにかくあの眼がヤバい。眼から何かが出ている。
よくよく見ると、
(……マジでやべえな)
燃え落ちたマントはいつの間にやら消失していた。繊維一つ残さずに、この世界から完全に消滅している。
熱線とか、そんなちゃちなもんじゃない。
もっと別の何か――
「でも、行くんだな、お前さんは」
ディンの視線の先には笑顔のイールファスが敵目がけて突っ込んでいた。眼が向けられる。即回避、地面が一部消失する。どうやら魔導兵器としての優れた防御力があったから、あれで済んだだけで普通は存在が消滅するらしい。
それでもイールファスは笑ったまま、むしろ笑みを深めて回避を繰り返しながら、少しずつ間合いを詰めていく。
超反応、そして鍛え抜かれた鋭い動き。
「アンディもいい位置だ」
その対面、しっかりと回り込んでいたアンディも遅ればせながら間合いを詰めに行く。この同期二人に、どうやら怖れと言うものはないらしい。
それを見て、
「悪い。一旦、全部忘れるぞ」
ディンも自分を愛してくれる妻を、遅ればせながら愛するようになった妻を、思考の中から消した。死線を越えずに戦える相手じゃない。
死中にしか活はない、そう判断したから。
ディンもまた臆する心を削ぎ、三方から攻め立てる。眼がこちらへ向く。別にイールファスほどの反応速度がなくとも、ネタさえわかれば回避は間に合う。
消滅の眼、脅しとしては最上級でも、所詮眼は二つ、正面にしかついていない。首の速度以上は出せず、一方を見れば二方が空く。
そうなるよう、三人は流動的に連携しているから。
連携に言葉など要らない。彼らは同じ学び舎で育ったのだから。
「動く!」
言葉短く、イールファスが叫ぶ。今までろくに動かず、横柄に首だけを動かしていた相手が、とうとうその五体を使用する。
腕を突き出し、掌底を打ち出す。
これに関してはもう直感、ディンはそれを大きく回避した。
何かが消えていく感覚が、横を通り過ぎていく。そして、その後引っ張られる感覚もあった。瞬時に彼はその現象の理由を予測し、
「体を使っての攻撃は空気も消しているぞ! 強く引っ張られる感覚があるから気を付けろ!」
すぐさま共有した。
間髪入れずに大きく、薙ぐような蹴り。普段なら相手の攻撃に合わせてカウンターをお見舞いしたいところだが、散々配下の赤子たちと戦ってきた。
普段必殺の、最強の矛である騎士剣は今回の敵にとって最強ではない。矛と矛が衝突すれば、こちらの矛が折れることは全員理解していた。
ゆえに回避する。
が、其処に視線が置かれていた。
「アンディ!」
狙いはアンディ。イールファスの反応はそれでも捉えられないと踏んだか、それともたまたまかわからない。
それでもその眼は、確実に穴を見抜いていた。
三年前までならば、
「なんのこれしきィ!」
確実に彼は死んでいた。が、三年騎士としての経験を積んだ男は瞬時に最適解を導き出す。着地狩りをされるのなら、着地しなければいい。
アンディは空中で鞘を地面にぶん投げる。
地面に突き立ったそれに乗って、すぐさま跳躍。最小限の屈伸運動、それこそフェデルの如し準備動作が見えないほどの僅かな所作のみで彼は再び跳んだ。
ほぼ同時に、鞘がこの世界から消失する。
穴はとうに埋めている。あの日、とんとん拍子に成長していた自分に与えられた挫折、それを受け止めて必死にここまでやってきた。
だから――
「もってけ!」
再び空中、何も出来ぬはずの男は間髪入れずに唯一握る武器を、躊躇なくぶん投げた。それが最善手、彼らなら理解してくれる。
三年間、ヴァルにこき使われてきた。
三年間、出来る奴と一緒にいた。
それ以上に出来る奴らが此処にいる。
なら――
「――」
視線が魔導の剣、騎士剣に向く。簡単には消失しない、バチバチと音を立てながら、剣は真っすぐに敵を射抜かんと飛翔していた。
最強の矛成らずとも、最強の矛に多少は食い下がることが出来る。
ゆえに黄金の巨人は掌底打ちで破壊を敢行した。
視線と肉体、二つを一手で奪った。
其処に、
「「此処!」」
イールファスとディンが死角から飛び込み、互いに一太刀ずつ浴びせた。青き血が流れ出る。生理的嫌悪感、自分たちの領分とはあまりにも異なる存在。
それを感じた。
だからと言って、
「ウッラァ!」「むん!」
剣を止める理由はない。
二撃目。つまり四回斬った。
手応えは――
(ある。が、くそ、騎士剣が悲鳴を上げてやがる)
(びっくり。面白、こいつ)
あるが、やはり今までに感じたことのないものであった。
「――?」
流れる血。その青き血潮を見つめ、巨人はしばし沈黙した。追撃の好機、そう見えたがむしろ二人は後退した。アンディも様子見のため距離を取る。
全員、嫌な予感がしたから。
今までにない、異質な、根源的な恐怖。
巨人は天を仰ぐ。
そして、
「――――――――――――――――――――――――――――!」
今まで閉じていた口を開く。
その言葉は、
「「「ッ⁉」」」
三人の鼓膜を素通りし、血が沸き立ち、全身の穴から血が噴き出る。
それと同時に、残っていた二人の騎士剣も声の圧に耐え切れず、折れて、砕け、消失した。嘘だろ、と思う暇もない。
「退くぞ!」
「「当然!」」
三人は迷わず撤退を選んだ。一瞬、死んだかと思った。今までもヤバかったが、もはやこれは人間の技でどうこうできる相手じゃない。
巨人の啼き声、それと共に世界が裂け、其処からどろりと青き血が流れ出始める。空を舞い、遠くで様子を窺っていた配下であろう赤子たちも、一斉に青き血を全身の穴と言う穴から噴き出し、そのまま石くれとなって砕けていく。
世界が崩れていく。
同時に、巨人の形も崩れて――
「ヴァル、全員退かせろ!」
「もう指示した! ただ、何人かは気絶してしまったらしい。俺も危うく持っていかれるところだった。手を貸せ!」
「了解! 仕事ができる奴で助かるぜ」
「馬鹿言え。あれを見てもそう言えるか?」
振り返ると其処には、大きく、大きく膨らんだと思った眼が無数に別れ、百の、千の眼となり、自らの世界を消し続けていた。
腕も、自らを消しながら、その度に増え続けていく。
完全無欠は失われ、残ったのは全てを滅ぼす何か。
「……手出しすべきじゃなかったか?」
「かもなァ」
「たぶん、神様ってあんな感じだと思う」
「マジ? 俺、それなら無宗教でいいや」
気絶した騎士を担ぎ、恥も外聞も捨てて全員全力で撤退を開始した。あれはもう、さすがに戦いにならない。魔族とかとも違う。
桁が違う。
次元も違う。
「追っては、来ないのか?」
「傷を付けて反応したが、相変わらず俺たちは敵じゃねえって感じだな。腹立つけど、今はありがたく逃げさせてもらうぜ」
ヴァルもディンも表情を歪めながら撤退に徹する。
「逃げろ逃げろ」
「何か楽しそうだな、イールファス」
「驚天動地。俺、こういうの好き」
「大物だなー」
アンディとイールファスの会話は呑気だが、動きは機敏そのもの。あのイールファスをして、あれは戦える範囲外と言う認識らしい。
それはまあ、その通りであろう。
敵意のない一喝で、危うく全滅しかけたのだから。
「な、何が起きているんだ、マスター・ハーテゥン!」
「パウエル団長? なんで!?」
「ダンジョンが崩壊を始めているから、てっきりヌシの攻略が終わったと思ったんだが、戻ってきた部下たちがわけのわからぬことを口走っていて確認に来た」
「崩壊? 唯一の光明だなァ! まあ、説明は後にするので回れ右で一緒に逃げましょう。御覧の通り、俺たちにも何が何だかわかりません」
「……そのようで」
推測でしかないが、おそらくあの叫びによってこの世界が崩れ始めた。ダンジョンもそうなのだろう。これもまた今までにない現象である。
わけがわからない。
だが、今は起きていることを信じ、出来ることをやるだけ。
まあ、逃げの一手である。
その時、
「ヴァル! また別の所に裂け目が!」
「おいおい、俺たちの正面だぞ。あの血に触れたら、どうなると思う?」
「考えたくねえな」
逃げる彼らの正面に、更なる亀裂が走った。全員身構える前に、イールファスが先頭に立つ。そして剣を抜くそぶりをしたが、
「……むぅ」
先ほど騎士剣は消失してしまった。
それも、
「悪いが俺も、そして皆の騎士剣も破壊された。脅威とみなされたんだろうな、こいつだけは、自分に届き得るものだ、と」
戦っていた彼らだけではなく、後方で防衛しつつ待機していたヴァルたちも剣を失っていたのだ。万事休す、そもそも、騎士剣があったところでこの状況、何が出来ると言うのか。誰もが顔を歪める。
「人の身で魔神に触れるか。末恐ろしき事よ」
次の瞬間、裂け目から何かが飛び出る。
「押して参る!」
青き血ではない。裂け目の先に、何かが見える。峻厳なる天を衝く山々、これまた見たことのない景色である。
其処より飛翔した何かはそのままあの巨人の方へ向かっていった。
「な、何だった? 今の?」
「かえる」
「え?」
「かえるだった。ちょっと大きい、素手のかえる」
「……わけが、わからん」
そして、凄まじい衝撃が背中を押した。背後で戦闘が始まったのだろう。その音、その衝撃、見るまでもない。
人が介在していいものでは、なかった。
あんなものと戦える謎のカエル。もはや考えたら負け、彼らは何も考えずに走った。及ばぬ思考休むに似たり。
ダンジョンから脱出した彼らは、其処でようやく背後を見る。
砕け、崩れ去るダンジョンの隙間から、光が、衝撃が、凄まじい轟音と共に飛び交っているのがわかる。もはや呆然と見守ることしかできない。
その内ダンジョンが完全に崩れ、戦いの気配も消えた。
やはり、何が何だかわからない。
「あっはっはっはっはっはっは!」
誰もが呆然とする中、イールファスだけが腹を抱えて笑い出す。何がそんなにおかしいのか、目に涙を浮かべながら――
「ったく、どうしたよ、珍しく笑って」
「ひっひ、だって、わけわからないし、俺も死にかけたのに、それなのに誰も死んでないし、だから……あれ、俺なんで笑ってるんだろ?」
「……聞かれても困るっての」
まあ、もう笑うしかない気持ちはわかる。ディンは彼の隣に座り、アンディらも同じように並んで座った。
そして、今はもう何もない、先ほどまでダンジョンがあった場所を見つめる。
「報告書、なんて書く?」
「ヌシを斬った、だァ」
「……悪い奴だなぁ、ヴァルは」
「嘘はついていないだろう? 無論、斬ったのは二人で、補佐はプレスコット。手柄を横取りする気はないさ。でも、仕事がなかったことになるのは困る」
「そりゃそうか」
どう書いても嘘くさくなる文面を、どうまとめるべきか大人な二人が考え込む横で、心にキッズを宿す二人は、
「あ、あそこ見ろ。黄金の蝶がいるぞ」
「新種?」
「いや、あまり詳しくない。クルスが必要だな」
「呼ぼう。今すぐ」
「いい考えだ」
いつもより五割増しで退行していたとさ。
めでたしめでたし。
○
「いい映画でしたわ」
「そうか? ストーリーが荒唐無稽だっただろ?」
「む、役者の怪演により生まれた、あのキャラクターたちの魅力に気づかぬとは、その程度でよく映画好きと吹聴できますわね」
「キャラがよかったのは認める。が、それはストーリーの整合性に寄与するものではない。逆に不快に感じたがね、周りが頑張ったせいで脚本の粗がより明確に浮かび上がっていたからな。褒める方が見る眼を持たぬと思うが?」
「……決着をつける必要がありますわね」
「君には無理だ」
「二人ともストップ!」
映画終わり、またも口論に発展しかけた二人をアマルティアが止める。どっちが正しい評価が出来るかすら、この二人は競い合い、意見をぶつけ合うのだから周囲とすればたまったものではない。
ちなみにこの映画の評価はフレイヤ、アマルティアが面白かった派、クルス、イールファナが面白くなかった派、に分かれたとかなんとか。
めでたしめでたし。
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